第86話 「ウェイン、王都に立つ」
2020/4/2
タイトル改訂。
《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》
《イベント期間中につき、経験値の減少はありません》
《あなたのリスポーン地点が見つかりません。リスポーン出来ませんでした。他にあなたの既存のリスポーン地点がありません。初期スポーン地点にランダムにリスポーンします》
「……はあ」
全く駄目だった。あの街のNPCは、衛兵などの戦闘要員でもウェインと比べて非常に弱い。
エアファーレンの街の衛兵たちは、少なくとも現在のウェインと同程度の戦闘力はあったので期待していたのだが、街によって衛兵の強さにはバラつきがあるようだ。
考えてみれば当然のことかもしれない。
あたりに魔物の領域などがあれば、その魔物たちから街を守るために戦闘力が必要だ。
しかしそういった脅威がなければそこまでの戦力は必要ない。
戦力を抱えているだけでもコストはかさむことになるし、必要ないなら雇われない。ならば戦闘力に自信があるものは領域近くの辺境へと移り住んでいくのだろう。
開幕と同時に街の食料の生命線である大麦畑に火を放たれたのも痛かった。異常な勢いで燃え上がり、消火をするか迎撃を優先するかで揉めている間に、あっという間に畑は灰になってしまった。
指揮官の統率力のなさや、いざというときの優先順位の曖昧さが招いた悲劇だ。
普段から魔物などと組織的に相対していれば、あのような無様な結果にはならなかっただろう。
そもそも辺境の街であれば、イベント中の現在は魔物の集団に襲われているはずだ。当然、その周辺でも戦闘が起こっている可能性がある。
であれば、アップデートによって初期スポーン位置の安全性が高められた今、そんなところにランダムリスポーンする可能性は低い。
ウェインがリスポーン出来た時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。
ならばなぜそんな平和な街にいきなりアンデッドの群れが現れたのか全く不明だが、そういう街で遊んでいるプレイヤーのための救済措置か何かだろうか。
生産スキル特化など、非戦闘プレイヤーにとっては悪魔のような余計なおせっかいだが、運営なりの考えがあるのだろうか。
プレイヤーに反応してイベントが起こるような設定になっていたとしたら、あのアンデッドはなぜ現れたのか。
あの街にはプレイヤーはいないようだった。
いたのはウェインだけだ。
「俺のせいなのかな……。俺があの荒野にリスポーンしたから、もしかしてあの街は……」
いや、さすがにそんなことはないはずだ。プレイヤーひとりひとりに配慮してイベントを発生させるなど、いくらなんでも現実的ではない。
それならばまだ、たまたま発生したアンデッドが、ウェインを見つけたため追いかけ、その先に街を見つけた、と考えた方が自然だ。
「だったらやっぱり俺のせいじゃないか……」
悔やんでも悔やみきれないが、今さらどうしようもない。
ここは気持ちを切り替え、これからのことを考えるべきだ。
徐々に日が登っていく。イベント2日目の始まりだ。
*
今回は楽に街を見つけることができた。
あたりはすっかり明るくなっている。
そうして日の光に照らされ、見えてきた街には、見たこともないような立派な城と城壁があった。
城壁を見て一瞬辺境かと期待したが、辺境にあのような雄大な城があるわけがない。
あれはおそらく王都だろう。
今最も安全な、つまりイベントからは遠い場所だ。
しかし、行くしかない。
確かイベント期間中は、距離に関係なく隣接した街への転移サービスとやらがあったはずだ。
それを利用し、王都近郊から徐々に辺境へ向かうしかないだろう。
王都にたどり着いたウェインを出迎えたのは、いやに機嫌のいい門番だった。
門番なんてつまらない仕事のように思えるが、彼にとってはそうではないのだろうか。
まるで門番であることを神に感謝でもするように熱心に、それでいて人当たりよく仕事をこなしている。
トーマスと言うらしいその彼の案内に従い、とりあえず傭兵組合を目指した。
プレイヤーがもしいれば、ちょっと話を聞いてみたい。
さすがは王都だ。街並みも美しい。ただ歩いているだけで楽しいなんて、なかなかない。
到着した傭兵組合も、エアファーレンのどこかけだるい雰囲気とは大違いだ。
どうやら食事処が併設されているようで、いい匂いがたちこめている。
ゲーム内時間はまだ昼まで時間があるが、朝食も摂っていない。
しかし満腹度はまだ余裕がある。経済的なことを考えればインベントリ内のショートブレッドでも齧った方がいい。味はお察しだが。
ここで食事を買うことにメリットはない。無駄な行為だ。
肉の脂が弾けるぱちぱちという音。ソースの焦げる香ばしい香り。
「……なにか、軽くつまもう」
ウェインが食事処の方へ足を向けると、組合へどかどかと、豪華な鎧を身に付けた騎士が入ってきた。
通常、あんな立派な騎士が傭兵組合に来ることなどない。何事だろうか。
気にはなりつつも、彼のことはいったん置き、まずは腹を満たすために食事を注文した。
食事が来るのを待つ間、何となく騎士の方を気にしていると、どうやら騎士は傭兵を集めたいらしい。「保管庫持ち」がいればなおいい、というようなことを言っている。
「旦那、申し訳ねえんですが、保管庫持ちの奴ら、どいつも昨日からまったく姿をあらわさねえんでさ。いつもは時間に関係なく押しかけてくるってのに、どうしたことなんだか」
騎士はプレイヤーに用があるようだ。プレイヤーたちが昨日から姿を現さないのは、イベントに参加するため、もっと辺境に近い街へ向かったためだろう。
ウェインもプレイヤーに会えないかと考えて組合まで来たのだが、無駄足になってしまったようだ。
だがこればかりは仕方ない。
出来上がったホットスナックを受け取り、インベントリからお金を取り出し、おばちゃんに支払う。
「あれ。お前さん保管庫持ちなんかい」
「ああ、そうだよ。俺も他の保管庫持ちに会いに来たんだけど、どうやら今日はいないみたいだね」
するとその声を聞きつけてか、騎士がこちらへやってきた。
「すまない! 貴殿は保管庫持ちの傭兵なのか?」
「え、ああ、そうですけど」
「保管庫持ちは、どれほど距離が離れていても保管庫持ち同士で連絡が取れるというのは本当か?」
フレンドチャットのことだろうか。
しかしあれはフレンド登録した者同士でなければ使用できない。
現在のウェインで言えば、前回のイベントでフレンドになったギノレガメッシュのみだ。
しかし専用SNSなどを使えば不特定多数のプレイヤーとの会話も可能とも言える。
「まあ、そうですね。できないことはないけど……」
「そうか! 申し訳ないのだが、城までご同行願えないだろうか。火急の事態なのだ!」
次回「身を知る雨の味」
レアの飲む、王都の苦渋は、苦い。




