第78話 「荒野のコヨー亭」
2020/4/2
タイトル改訂。
「じゃあ、人間が街に入ってきたら殺すようにね」
ゾンビたちにそう指示を出すと、何体かがわらわらと、ある建物に向かって歩いていく。
「え、何? なんかあったの?」
ブランがそちらを見やると、どうやら向かっている建物は広場に面している中で最も大きな建物のようだ。掲げている看板には「宿屋 荒野のコヨー亭」と書いてある。
「ダジャレかよ! でも宿屋か……。うーん」
街なかの宿屋。といえば、何かあったような気がする。どこかで見た。システムメッセージではない。オンラインマニュアルなどブランは読まない。あれは確か。
「あ、SNSだ。そうだ。宿屋って確か街の中のセーフティエリアだ」
かつて魔法について調べている時、確かそんな話題のスレッドが立っていた。SNSはスレッドタイトルと、その最初の書き込みのみが一覧に表示されるようになっており、そこでセーフティエリアの宿屋が見つからないとかそんな書き込みを見かけたのだ。
ブランが考え込んでいるうちに、ゾンビたちは宿屋の中へ侵入していた。
「あれ? セーフティエリアなのに魔物入って行っちゃったけどいいのかな?」
しかし考えてみれば、同じくセーフティエリア扱いである、伯爵の古城のブランの部屋などにも、モルモンたちは勝手に入ってくる。なんならブランのベッドで勝手に昼寝までする始末である。
「眷属化するとセーフティエリアにも入れるのか。じゃあその状態でプレイヤーとエンカウントしたらどうなるんだろ。セーフティエリア内だとPvP出来ないんじゃなかったっけ」
「人間が居たら殺せ、という命令の後にあの建物に入っていったのですから、あの中には人間がいるのではないでしょうか」
「わたくしが様子を見てきましょう。アザレア、カーマイン、ご主人様を見ていて」
「いや、そんな小さい子から目を離すなみたいな」
「……まかせて。いってらっしゃいマゼンタ」
マゼンタは優雅な足取りで宿屋の中へと消えていった。
*
宿屋の中ではゾンビたちが、1人の人間の男を囲んでうーうー唸っていた。
「何をしているの? 攻撃を……出来ない? ああ、もしかしてこれがご主人様の言ってらしたセーフティエリアとかいうものなのかしら」
「また来たあ! え? 人間? あの、あなたプレイヤーの人ですか!?」
プレイヤーとはブランが稀に言っている、おそらくブランと同郷の存在のことだろう。
マゼンタの顔を見て、一瞬安心するような表情を浮かべたところを見るに、マゼンタがそのプレイヤーとやらだとすればこの人間は警戒を解くはずだ。
「ええ。そうよ。あなたもそうなの?」
「よかった! あ、外、外はどうなってるんですか!? 経験値稼ぎから帰ってきたら、街が赤い骸骨の集団に襲われてて……。あっという間にやられちゃって、死に戻ったら宿屋の周りも囲まれてるし……。しかもゾンビまで入ってくるし! なんでセーフティエリアなのに魔物が入ってこれるんだよ!」
「ええと、じゃあ説明するわ。とりあえず外まで来てくれる? 大丈夫、そのゾンビは特に何もしないから」
マゼンタはそう言いながら外に出てみせる。プレイヤーらしき男は、おっかなびっくりゾンビたちの脇を通り抜け、マゼンタの後をついて外に出た。
そこで待ち構えていたスパルトイのクリムゾンが、爪を振るい男の首を撥ねた。
「これ、そのうちまたこの宿屋でリスポーンするんだよね。待ってたらまた出てきて殺されてくれないかな」
「自分が復活した場所で何度も同じように殺されるような間抜けはいないと思いますが……」
「……ソウダネ」
リスキルが無理なようなら、ここで待っていても仕方がない。
セーフティエリアが無くなったらリスポーン時にどうなるのだったか、どこかで見た気がするが覚えていない。だがまさか瓦礫の山にリスポーンしたりはすまい。
この街にゾンビたちを置いていくにあたり、いくらでも復活する敵性プレイヤーの存在はうっとうしい。
ゾンビたちも復活することに変わりはないが、何度も殺し殺されを繰り返すうちに敵プレイヤーは経験値を得て強くなっていくだろう。一方こちらは経験値は全員共通のため、このプレイヤーのためだけにゾンビを全員強化するというわけにもいかない。
「あ、これこの人と協力したら無限経験値稼ぎ出来るのでは……?」
本来であれば、デスペナルティで総取得経験値の1割が喪失するため、談合してPvPを行なっても収支はマイナスにしかならない。
しかしイベント期間中はデスペナルティによる経験値の喪失が起こらないため、この方法で経験値を稼ぐことが出来てしまうことになる。
これは実は、イベント期間に関係なく、デスペナルティの起こらない眷属同士を戦わせることで同様のことが可能である。
しかし経験値取得の際の判定に「敵対する無抵抗の対象を攻撃した時、経験値は得られない」というものがあるため、実際はやったとしても効率はよくない。
この場合の「敵対する無抵抗の対象」というのは、こちらを敵として認識しているにも関わらず無抵抗でいるキャラクターという意味であり、騙し討ちや不意打ちなどは含まれない。
「そういう事ができるかどうかは後で調べておくとして、今このプレイヤーをキルして得られた経験値から考えると……。そんな事してる間に、もう一つ街壊滅させたほうが実入りがよさそう」
たまには自分も活躍しようと考え、宿屋に『ライトニングストライク』を放ち、破壊を試みる。一発だけでは全破壊には至らなかったため、リキャストを待って数発落とす。
数分後には宿屋は宿屋跡地に変わり、荒野のコヨー亭は閉店した。
「んー。もう一回くらいリスポーンしてくるかと思ったけど、出てこなかったね」
「……破壊に巻き込まれて亡くなったのでは?」
「その場合どうなるんだろ。てかマジでリスポーンポイントが無くなった場合どうなるんだっけ」
それも後で調べておくことにする。調べるべきことがたくさんあって実に大変である。
「まあ、別に知らなくてもいいか。よし、じゃあゾンビたちはここに置いて次に行こう! 確か街道沿いに歩いていけば隣町行けるんだよね?」
「そのはずですね」
ブランは配下を連れ、街を出て街道を進んだ。
街道ではときおり、痩せたコヨーテが遠巻きにブランたちを眺めていることがあった。
スパルトイがそちらを見て歯を鳴らすと、すぐにどこかへ逃げていった。
「襲ってこないね」
「明らかに格上のスパルトイ30体の集団に、数で劣っているのに向かってくるような者はいないと思いますが……」
「まあそりゃそっか。逆に言えば、それでも向かってくる奴が居たら、なんか警戒すべき裏があるって事なんかな」
「そうでしょうね」
それからしばらくして。
遠目にだが、街道上に人影が見えた。もっともこれはブランの種族特性の暗視によって見えているのであり、視線の先の人影がこちらを認識しているかどうかはわからない。
「野盗の類でしょうか」
「だったらいいな」
しかし構わず近づいていくと、すぐにどこかへ去っていき、それからは姿が見えなかった。
「コヨーテとおんなじじゃないか」
「人間の方が賢いので、当然かと思いますが」
その後も戦闘などが起こることもなく、ただひたすら歩き続けた。
やがて東の空が白み始め、夜の終わりを告げる。
「やっべ夜が明けちゃう。外套着なきゃ」
「まさに伯爵様のおっしゃっていた通りの展開で、もうなんと申し上げてよいか」
「わかってるようるさいな!」
そうこうしながら歩くうち、ほどなく街が見え始める。
「うわタイミング悪いっていうか、この時間に戦闘か……。どうしようかな」
「お待ちを。選択肢はあまりないかもしれません」
「なんで?」
「あの街ですが……戦闘態勢が整えられているように見えます。こちらを警戒しているのかと」
「マジで!?」
「もしかすれば、先程の人影。あれはこの街の者だったのでは」
「あー……」
確かにこのような荒野に人が居たならば、その人物が立ち寄った、あるいは立ち寄る予定の街があったはずだ。人影を見たあの場所から一番近い街があれであるなら、こうなることは十分予想できたはずだった。
やはり。
「執事は関係ないでしょう!」
「まだ思ってもいねえよ!?」




