第77話 「ポンコツかよ」
2020/4/2
タイトル改訂。
「ご主人様、おおかた衛兵は片付け終わったようです」
まだ街の中に散っていったスパルトイたちは帰ってきていないが、戦闘音などはかなり収まってきているようだ。ひっきりなしに響いていた怒号や悲鳴なども散発的にしか聞こえてこない。
「じゃあ次は1軒1軒家探しして、隠れてる住民の皆さんをキルしよう! 死体は『死霊術』でスケルトン増やしたいから、どっか広場みたいなところがあったらそこに集めるように言ってきて」
脇に控えていた指揮官のスパルトイ、ヴァーミリオンが、かちかちと歯を鳴らして近くのスパルトイを呼んだ。呼ばれたスパルトイはブランの意思をくみ取ると、伝令のために街へ走っていった。
「なんか無線みたいなっていうか、離れていても指示出せるようなスキルでもあればいいんだけどな……」
「何を夢のようなことを……。そのようなものがあったら、伝令兵など必要なくなりますし、手紙や伝書鳩もみんないらなくなってしまいますよ」
「ですよね。そうかそういう文明レベルか……。魔法的なファンタジックなアレでどうにかできんもんかな?」
しかし無い物ねだりをしても仕方がない。伝令兵が必要だというなら、それに特化した眷属を用意するなどして改善策を考えた方が建設的だ。
「この街でスケルトン増やせたら専属の伝令兵でも作ろっか」
「そうでございますね。人間ベースのスケルトンならば、知能もある程度高いでしょうし、伝令に特化させるということでしたら敏捷力などを重点的に鍛えてやればよろしいかと」
「強いて言うならば、別の勢力などと連携する事態などに遭遇した場合が問題ですね。言葉が話せないままでは、伝令として使えません」
それに関しては、NPCの野良の魔物と何か連携するような事態は考えづらかったし、プレイヤーならば普通にフレンド登録すればいいだけのため、ブランはあまり重要視していなかった。
「その場合は、わたくしどもの誰かがコウモリなりに変身してご主人様のお言葉を携えて飛んでいけばいいかと」
「ああ、それで相手の近くについたらまたモルモンに戻って話せばいいのか」
「その通りです」
ブランがモルモンたちとそんな雑談をしている間に、スパルトイの伝令は仕事をきっちりこなしたらしく、先ほどまでは散発的だった悲鳴が再び上がり始めた。
民家に押し入り、虐殺を開始したのだろう。
ブランの命令通り、すべての住人を死体に変えて街の中央付近にある広場に集めているようだ。
「さすがに兵士のみなさんよりは経験値少ないな。でもまったくゼロでもないな。人類って生物としてかなり上位なんだね」
「人類は魔物に比べて腕力や生命力などは低いですが、知力などは際立って高いですから。その分格も高いのではないでしょうか」
プレイヤーは公平性を保つため、魔物種を選べば人類種との境遇や性能などの差分を、経験値としてキャラクタークリエイト時に入手できる。
しかしNPCはそうはいかない。弱い魔物に生まれるか、恵まれた人類種などに生まれるか、その時点で、人生というゲームの難易度が決定されるのだ。
「まあそれはプレイヤーも、ひとたびVRモジュールから外に出れば同じなのかもしれないけど」
一般の住民の掃討に入っているのなら、危険はもう少ないと言える。
ブランは供回りにモルモンたちとヴァーミリオンたちを連れ、街の中に足を踏み入れた。
イメージ的にはもっと、家が焼け落ちているだとか、そこら中で火の手が上がっているだとか、死体で足の踏み場もないとか、そうしたものを想像していたのだが、そのどれもなかった。
「侵略側である我々に炎を使うものがおりませんでしたから」
「衛兵などは松明を持っていたかもしれませんが、この街の家は石材を積み上げて建てた物が主流のようです。燃え広がりにくい建材ですので」
「死体はスパルトイたちが集めて持っていったのでしょう」
アザレア、マゼンタ、カーマインが口々にブランの思考に解説を入れてくる。非常に便利だ。便利なのだが。
人っ子一人おらず、物音さえしない街中を連れだって歩いていく。
「そういえば、広場ってどこにあんの?」
「知らずに歩いていたのですか!?」
「じゃマゼンタは知ってるの?」
「……アザレア? お答えしてさしあげて」
「……カーマイン。任せたわ」
「ごほん。ええと、スカーレット、先頭を歩きなさい」
「ポンコツかよ」
スカーレットに先頭を歩かせることで、次第に広場が見えてきた。
広場には仕事を終えたスパルトイたちが集まっており、その中心に山と積まれた住人の遺体がそびえている。
「うわ。すごい光景だな。あと匂いもきっつい……けどそんな不快感はないな? わたしが吸血鬼だからかな? これ大丈夫かな。リアルに戻っても血の匂い平気になってたりするのかな」
自分の血の匂いはもともと平気だが、それが他人のものとなるととたんに気分が悪くなるブランである。
たしかにVRの医療サポートなどで、疑似体験によってトラウマを克服したり苦手意識を払拭したりというサービスもあるにはある。しかしあの手のサービスは、かなりの枚数の同意書にサインする必要があったはずだ。
とは言え、もしかしたら長ったらしい利用規約の中にそうした内容がなかったとは限らない。その手のものをすべて読み飛ばしてきたブランには、はっきりしたことは言えない。
「まあ、いいや。とりあえず、ここに積んである住人は全部死んでから1時間以内と見ていいかな? もうじき1時間経っちゃうかも? じゃあ急がなきゃ。まずは『霧』」
スキル『霧』は吸血鬼の種族スキル『吸血魔法』のひとつだ。
その後開放された『死の霧』によって強化されており、霧の範囲内で『死霊』系のスキルを発動させると、成功率や効果にボーナスがつく能力が追加されている。
続いてブランはスキル『死霊』を発動した。
これも伯爵から聞いた話だが、死んでから1時間以内の死体なら、その体に魂が残っているらしい。
その状態で『死霊』を発動すれば、魂が死霊術によって肉体に囚われ、あらたな魔物としてアンデッドが生まれる。
1時間以上経ち、魂が抜けてしまった死体に『死霊』をかけても、すぐに力尽きてしまう弱いアンデッドしか生み出すことが出来ないのだ。
本来であれば魂が残っている死体は、その魂が抵抗するため『死霊』によるアンデッド化の成功率は高くない。
しかしブランは『死霊』ツリーの『魂縛』や『死の霧』によって成功率を上げている。この街にいたNPC程度の死体ならほぼ確実にアンデッド化できる。
「よーし全部成功したかな? でもあれか、ゾンビになっちゃったなこれ。スケルトンのが良かったんだけど、どうしよう。足遅いんだよねゾンビって」
「この街にそのまま置いておけばよいのでは? 無理に今連れて行く必要はないでしょう」
「そうですね。ゾンビであれば、日光にあたった際のペナルティも大きいので、このまま連れて行っても途中で力尽きてしまうかと」
「そうなれば、おそらくこの街で復活しますので、連れて行っても置いていっても変わりません」
「なるほど。じゃ全部『使役』だけして、このまま街に置いておこう。昼間は家に入っておくように言っておけば、無駄に死なずにすむよね」
ブランはそれから時間をかけてすべてのゾンビを『使役』した。
どうせすでにゾンビのため、吸血鬼の従者に転生することもキャンセルしないでおいた。




