第76話 「ボーナスステージ再び」
2020/4/2
タイトル改訂。
イベントが始まる前には、地下水脈の出口の拡大は無事終えられた。
努力目標であった洞窟と同サイズの出入り口も完成していた。
「これなら何列かで通れそうだね。よーしみんなで出かけるかあ!」
「待て、念の為外套を着てゆくがいい。日が昇っては面倒だ。スパルトイたちは多少動きが鈍くなる程度だろうが、貴様はまだデイウォーカーに至っておらぬだろう。毎日昼間は屋根のあるところで休めるとも限らぬ。特に貴様は計画性が無いゆえ、荒野のど真ん中で立ち往生するさまが目に浮かぶわ」
伯爵の信頼度の高さに涙が出る思いで外套を受け取るブラン。
これで、準備は十全に整ったと言える。
「では、行ってきますね! イベントは一週……10日間なので、最初の街落とした後は街道使って、10日間できるだけ人間の街ぶっ壊してきます!」
「うむ。日光に気をつけるのだぞ」
「そんな車に気をつけなさいよみたいに言われても」
この日の夜、日が落ちてすぐ意気揚々とブランは出発した。人間の街を目指して。
「そういえば、なにげに人類種と会うの初めてかも? ファーストコンタクトが殺意に基づくコミュニケーションとか、わたしも随分魔物らしくなってきたな!」
傍らのモルモンたちは苦笑いである。伯爵や執事が居なければ、ポンコツランキングはブランがダントツの1位でモルモンたちは最下位のため、随分落ち着いて見える。
スパルトイたちが開通させた出口を通り、河沿いに進む。スパルトイ隊を指揮しているのは、最初に産み出した3体だ。名前を与えてしまった手前、彼らに指揮官を任せることにしていた。
最初に産み出しただけあって、ブランが気合を入れて経験値をつぎ込んだということもあり、能力値も他の者達より高い。
スパルトイたちは疲労しないので休憩も必要ない。食事もしなければ、排泄もしない。防寒具なども必要ない。装備も最低限というか、全員裸一貫だ。ゆえに進軍速度は非常に早い。
おかげで行程は順調に消化され、ほどなく遠くに街が見えてきた。
イベントはゲーム内でのこの日の朝に開始されたはずだ。なのでイベントが始まってからおよそ半日と少し過ぎている事になる。
しかし街の様子は静かで、明かりなどはあまり見えない。他の魔物たちに襲われたということは無いようだ。明かりがないのは、燃料などを無駄に使わないために、暗くなったら早く寝る習慣が根付いているのだろう。
伯爵の言ったとおり、街には城壁のようなものはない。高い位置にぼんやりと明かりが見えているのは、物見櫓かなにかだろう。近づいてわかったが、ときおり街なかを明かりが動いている。夜間の警らをしている衛兵だろうか。
何も考えずにのんびり近づいていたせいか、物見櫓と思しき木組みの塔の先端の明かりがにわかに慌ただしく動き始めた。すぐに鐘の音が鳴り響き、街なかの明かりも街の端、ブランたちの方に集まり始める。
どうやら見つかったようだ。
「まあ、赤い骸骨の集団が近づいてきてたら、そりゃ気づくよね……」
モルモンたちは痛ましいものを見るような目でブランを見ている。
「そんな目で見ないで! いや、これどうしようもなくない? 避けようのない事故だったと思うよマジで」
確かにブランの言う通り、遮るものが少ない荒野の河べりである。隠れて行軍する手段は少ない。
「私達はともかく、スパルトイたちは、河の中を歩かせてきても良かったのでは? 元はリザードマンですし、不可能では無かったかと思いますが……」
「あ」
しかし今更言っても遅い。発言したカーマインも今気づいたようなので、これはブランだけの責任ではあるまい。あの有能執事であれば、村に近づく前に「僭越ながら」と意見を具申してくれたに違いない。
「執事は今関係ないでしょう!」
「何も言ってないじゃんまだ!」
眷属とは声に出さずとも多少の意思疎通は可能なのだ。コウモリ時代の彼女らと会話せずに意思が通じていたのはそのためだ。会話できる今、それはあまりメリットにはなっていないようだが。
「まあどっちにしても見つかったんなら仕方ない。お前たち! やっておしまい!」
これもブランが言ってみたかったセリフのひとつだ。普通に生活していて、このようなセリフを堂々と言えるシチュエーションなど回ってこない。実に爽快な気分だった。
ブランの号令に応え、スパルトイたちが街へ向かい走り出す。
街の警ら隊が色めき立ち、逃げるのか迎撃するのか、防御を固めるのか避難を優先させるのか、決めきれずに右往左往しているのが見える。衛兵の練度は高くないようだ。
「やっぱ初心者向けのステージみたい。特に作戦とかなくても勝てそうじゃない?」
「作戦が仮にあるのでしたら、突撃を命じる前におっしゃっていただかないとさすがに……」
「いや、無いからよかったなーって」
「……」
ブランもモルモンたちも、戦闘はスパルトイにまかせて観戦モードである。ブランは万が一にも死ぬわけにはいかないため、直接戦闘する事をモルモンたちにも伯爵にも執事にさえ止められている。
モルモンたちは、この程度の街の壊滅などスパルトイだけでも過剰戦力だろうと分析しているため、手を出す気はなかった。
「おお。けっこう経験値入ってきてるよ。明らっか雑魚ばっかなのになんでだろ。下手したらリザードマンより貰えてない? ボーナスステージ?」
ブランのその考えは概ね、間違っていない。
このイベント期間中は取得経験値にボーナスが入る。加えて、対する人類種たちは大抵武器や農具などで武装しているため、若干だがそこにも経験値にボーナスが乗る。
このイベントの侵攻戦はまさに、魔物種プレイヤーにとってボーナスイベントと言える。
前回のバトルロイヤルでは、魔物種のプレイヤーはほとんど参加しなかった。
サービス開始からそれほど時間が経っていないタイミングでの開催だったのが理由だ。
魔物種のプレイヤーにとって序盤は非常に難易度が高い。
周りは敵だらけの場合がほとんどだし、街なかの宿屋と違ってセーフティエリアに看板が立っているわけでもない。運良く見つけられてそこを拠点に経験値稼ぎが出来たとしても、得た素材などを売ったりして装備品を買うなどの強化は出来ない。
それらのデメリットを飲み込んでの初期経験値のボーナスなのだが、それを踏まえても効率よく成長した人類種のプレイヤーに序盤で勝つのは難しい。
急遽変更されたイベント内容だったため、仕方ない部分はあったのだが、魔物種を選んだプレイヤーたちは少なからず不満に感じていた。
もっともそれを踏まえて、バトルロイヤルは基本的に経験値の取得もなく、参加賞も大したアイテムでは無かったため、炎上するほどまでには至らなかったが。
そういった不満の解消というわけではないが、今度こそ全プレイヤーが参加できるイベントとして企画されたのが今回の攻防戦だ。
全プレイヤーが参加できるというか、参加申請が無い上に全てのエリアで起こるので実質強制参加なのだが、その補填としてイベント期間中はデスペナルティによる経験値ロストは起こらないことになっている。
魔物プレイヤーであれば、NPCの通常のモンスターなどに紛れて街に入り込み、適当に住人NPCをキルするだけでそれなりに経験値が手に入る。住人は武装していないため兵士などの経験値よりはだいぶ少ないが、人類種は闘争心が薄い傾向にあるので同ランクの魔物よりかなり弱い。いいカモと言える。
兵士にしても、街の衛兵レベルなら序盤でも少し経験値を稼いだプレイヤーであれば問題なく狩れる。これは倒せば武器も手に入る可能性があるため、積極的に狙っていくプレイヤーも多い。
だが下手に城壁のあるような街の襲撃に参加すると、武装して徒党を組んだ防衛側のプレイヤーが出てくる恐れがある。彼らは大抵街の衛兵たちより遥かに強い。
どの街ならばそういうカウンターが少ないか、どうすれば最大限の効率で獲物を狩れるのか、その見極めが重要なのだ。
しかしブランが襲撃した街はそれらの心配は必要ない。
城壁はないため攻城戦の工夫は要らない。
プレイヤーもほとんど居ないため手痛いしっぺ返しを食うこともない。
そんな中で最大の脅威であろう衛兵は、見ての通りスパルトイの猛攻の前に風前の灯火だ。
確かにブランの言う通り、ボーナスステージなのだった。




