第71話 「侵攻計画」
2020/4/2
タイトル改訂。
「うーん、せっかく準備も整ったことだし、南下して火山に遠征に出ようかと思ってたところだったんだけど」
レアは次の大規模イベントの案内などを見ながらつぶやいた。
「何か、問題がありましたか?」
ケリーが不思議そうにレアを見る。
魔王としての特性や新たに解放されたスキルなどを確認し、それらの取得と配下の転生が一通り終わったため、この日は主だった眷属たちを集めて、南方の火山帯への遠征を計画するつもりだった。
「いや、ちょっとね。大陸規模で魔物の領域から人の領域に大侵攻が起こるらしいからさ。わたしのところにもその協力要請というか、まあそういうお願いが来たから。残念だけど、火山遠征はそれが終わった後かな」
〈大陸規模での大侵攻とは、穏やかではありませんな。儂らの生きておりました時代にも、それほどの事態はありませんでしたが〉
〈協力というのは、陛下はどちらにご協力をされるおつもりなので? 侵攻側ですか? それとも防衛側ですか?〉
ディアスとジークは、レアが魔王に転生してから「姫」ではなく「陛下」と呼ぶようになった。それ以外のメンバーは変わらずボスと呼んでいるが、とくにそれに対して諌めたりしようとはしない。ディアスは特に生真面目なきらいがあるため、そういうところはうるさそうだと思ったが、何か彼なりのルールがあるのかもしれない。
「そりゃもちろん、侵攻側だよ。協力するのならね。侵攻側に協力しない場合は静観かな。人類側というのは今更だし」
〈大侵攻を起こすという魔物たちはどのような種族なのでしょう? それによっては、協力できるか、あるいは獲物を喰いあうかが変わってくるかもしれません〉
「ええと、アンデッドなど、って書いてあるから、メインはアンデッドなのかな。どこの魔物の領域にもアンデッドっているのか──」
そんなわけがない。
運営はアンデッドたちが魔物の領域から溢れると言っている。しかしレアの支配する領域からはそれができない。
レアがいなかったらどうなっていただろうか。おそらく、ディアスとジークが侵攻を行なっていたはずだ。
つまりこれは、運営の仕込みだ。もともとディアスとジークはそのために用意された仕掛けだったのだ。
もしかしたら、運営はもっと早くこのイベントを実行したかったのかもしれない。思えば第一回の大規模イベントは、確か予定していたイベントの発生が困難なためバトルロイヤルに変更したと言っていた。
あれがもし、レアがディアスをテイムしたことで予定が狂ったからだとしたら。
そして今、レアが魔王に到達したために、プレイヤーではあるがレイドボスとしての資格ありと判定され、それで協力を要請されているとしたら。
「なるほど、つじつまが合わないではないな」
もしそうならば、レアのせいで予定が狂ってしまったことになる。であれば、進んで協力すべきだろう。レアが最大限ゲームを楽しんでいるように、他のプレイヤーもゲームを楽しむ権利がある。レアが協力しないことで、この近隣の街でイベントが起こせないなどというような事態は、あってはならない。
「もっとも、参加するからには全力でやるつもりだし、わたしもプレイヤーには違いないのだから、わたしが勝って街が滅んでしまっても、それはそれでイベントの結果だということでいいよね」
〈ボスが楽しそうで何よりです。それで、友軍……と言っていいかわかりませんが、とにかく魔物はアンデッドということでよろしいですか?〉
「そうだね。もしかしたら、あふれかけたアンデッドをねじ伏せた、別の種の魔物が侵攻してくる地域なんかもあるかもしれないけど、たぶん多くはアンデッドじゃないかな。それも」
レアはちらりとディアスとジークを見やった。
「たぶんだけど、アンデッドだとしたらディアスとジークの元同僚の可能性が高いかも。かつて統一国家だったのなら、大陸中にその無念が散っていてもおかしくないし」
〈そうですか……〉
〈……陛下、儂らは運よく陛下に拾っていただけましたが、それだけです。運が良かっただけなのです。やつらのことは、無理に儂らと結び付けて考えていただかなくても結構ですぞ〉
〈ええ、そうです。我々は、すでに死んだ身。今、ここで私とディアス殿が陛下のもとで忠義をささげていられるのは、例外なのです。同僚たちのことは、とうに滅びたものとして、どうか〉
「まあ、君たちがそういうなら」
とはいうものの、レアはできれば取り込みたいと考えていた。
第4騎士団以降の団長クラスは、ジークに聞いてみても実力的にはそう秀でたところがあったわけでもないようだし、悪しざまに言えば貴族としての血筋のみで地位についたような者たちらしい。なのでどうでもいいと考えていたが、第2騎士団は別だ。第1が近衛で、第3が事実上の第一軍だとしたら、第2はなんなのだろうと思っていたら、どうやら憲兵隊らしい。
『使役』というシステム上、どうしても眷属たちはレアに逆らうことはない。
それは太古の統一国家でも同じだったはずだ。であれば、憲兵隊や軍警察という存在がなぜ必要だったのだろうか。自分自身も含めて、取り締まるべき軍部のすべてが、主君に忠実だったはずだ。
そのあたりの話を聞いてみたかった。そして有用そうならば、レアの軍にも取り入れてみたい。
「街に攻め入るとなれば、その街を守る騎士団とか、専用の軍がいるはずだね。彼らがもし誰か、例えば領主などに『使役』されているとすれば、殺したところで詰所とかそういう場所でリスポーンするはずだ」
イベント期間は1週間──ゲーム内時間で10日間もある。領主が生きている限り彼らがリスポーンするのならば、もしかしたらイベント期間を利用する事でリスポーン狩りができるかもしれない。
これはプレイヤーたち相手でも同じだ。宿屋などはなるべく直接襲撃したりせずに、遠巻きに監視し、リスポーンして宿屋から出てきたプレイヤーを速やかに狩っていくなどできないだろうか。
〈恐れながら陛下。このような辺境の一領主に忠誠を誓う騎士はそれほど多くはないかと思われます〉
「どういうこと?」
〈儂らのような、騎士団長や将軍級の騎士ならば国に、ひいては時の王に忠誠を誓い、この命ごと捧げるのが常ではありますが、小隊長程度になりますと、そうもいきませぬ。忠誠の儀はその忠誠を受け取る側にも負担を強いますゆえ、ほとんどの兵は死んだらそれまでです。まとまった数といえば、儂の第1騎士団のように主君の近衛くらいですな〉
レアはなるほど、と思った。憲兵隊が必要な理由はそれだ。ディアスは言及しなかったが、おそらくすべてが眷属で構成されている隊は近衛の第1と憲兵の第2だけだったのだろう。『使役』する側にも負担を強いるという言葉はピンと来なかったが、それが本当だとしたら実に合理的なシステムと言える。
「じゃあ、意外とあっさりと街を平らげてしまうこともできるってことかな?」
「意外と、といいますか、エアファーレンの街の傭兵たちのレベルでは、我が軍の侵攻を1時間も耐えることなどできないと思いますが」
普段、街で傭兵たちの相手をしているレミーがそういうのなら、そうなのだろう。
「兵士たちはどうかな? 『使役』されていない平の兵士とかは、どの程度戦えるんだろう」
「どうでしょう? 私のお店にはそういう階級の人は来ないので……。でも、街の衛兵隊のレベルでしたら傭兵たちと同程度のようですよ。最近は街住みの傭兵もリーベ大森林に来るものもいますし、傭兵全体のレベルが上がってきて、酔った傭兵の喧嘩を収めるのも命がけだと話しているのを聞きました」
だとすれば、問題だ。10日間あるイベントが、半日程度で終わってしまう。かといって手を抜くような真似はしたくない。それはイベントに臨むプレイヤーを馬鹿にする行為だと感じられた。
それにレアとて人間だ。ゲームとはいえ、これだけ毎日頑張ってきたのだ。その成果を誰かに見せつけてやりたい気持ちもあった。
「──よし、地図を。エアファーレンの街と、トレの森の近くの、ええとルルドの街かな? この二つを攻め滅ぼすのは確定として……」
レアは地図上の街道にそって指を滑らせる。
「この、ラコリーヌの街というところも落とそう。この街は枝分かれしたここいらの街道のちょうどすべてが交わる位置にある、交通の要所だ。街道を動脈とするのなら、心臓部にあたる商業都市だ。ここを滅ぼせば、ヒルス王国もわたしたちを目の敵にしてくれるだろうし、そうなればイベントが終わっても向こうから奪還に来てくれるだろう」




