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第68話 「ヒルス王国 臨時国会」

2020/4/2

タイトル改訂。





 豪奢な広い部屋に、これまた豪奢な椅子だけが円形に何重にも並べられている。


 ここはヒルス王国の王城一階にある、会議室である。


 普段はここは宗教会議などに使うため教会関係者などに有料で開放されているが、この日は国家の重鎮たちも列席する重要な会議で使用されていた。教会からもこの街に拠点を置くヒルス聖教会の総主教をはじめ、名だたる主教たちが会議に参加していた。


「──神託がありました。新たな「人類の敵」が誕生したようです」


 総主教の言葉に、ざわり、と場が震える。壁際に護衛のために控えているトーマスは、議場の人々のざわめきがまるで実際の振動のように自分の身体を震わせたのを感じた。この場にいる人間にとって、それほどの衝撃だったということだ。それは一兵卒に過ぎないトーマスにとっても同じだった。


 人類の敵。六大災厄。絶望をもたらすもの。殺戮の権化。


 忌むべき呼び名は数あれど、それらは実際には同じものを指している。


 西方大陸に存在する始源城。その禍々しき城には、城主たる真祖(トゥルーヴァンパイア)が坐していると聞く。


 北の極点にそびえる氷の巨壁クリスタルウォール。その奥には太古の昔、天空よりなお高い場所から現れた黄金の龍が封印されているという。


 南方の大陸にある大樹海には、魔界に通じる門があるとされており、大悪魔なるものがその地を支配しているらしい。


 極東には人外どもが住む島国があり、その統治者は昆虫の王だという話だ。


 その極東の島国とこの中央大陸とを隔てる世界最大の海、大エーギル海。その底にはすべての海の覇者たる魚人の王がいると聞く。


 そして世界のどこにあるのか不明な、その名のみ知られる天空城。その玉座では忌まわしき天使どもを統べる大天使が下界を睥睨している。


「なんということだ……。それで、どこなのだ? 新たな災厄はどこに……」


「──この、大陸です。このヒルス王国の東端、エアファーレンの街にほど近いリーベ大森林の中で誕生したと神はおっしゃいました」


「おお……。まさか」


「そのような……。そのような……」


 ある参列者はうなだれ、ある参列者は天を仰ぎ、ある参列者は椅子から崩れ落ちた。しかしそのどれもに共通している感情は、絶望感だ。

 それはトーマスも例外ではない。手に持つ旗付きの槍も、ともすれば取り落してしまいそうだ。

 まさか、人類の敵が、この大陸に現れるとは。


 これまでこの中央大陸には、人類の敵と言われるような存在は居なかった。それゆえに発展して来られたとも言える。交易があるため、他の大陸や島などに人が住んでいるらしいのは確かなのだが、この中央大陸ほどには文明は発達してはいない。その理由は、生活を豊かにするとか以前に、まず生き抜くことが困難な環境だからだ。


 その大きな理由が、六大災厄である。

 奴らの存在によって魔物や獣たちが活性化し、この大陸のそれとは比べ物にならないほど強力な個体がそこら中にいると聞く。そのような中で生活環境の改善など夢のまた夢だ。

 そんな六大災厄の住処がない中央大陸にとって、長らく天敵といえば、気まぐれのように現れて襲撃してくる天空城の天使どもくらいだった。その被害は確かに大きいが、常に一過性で、すぐそばにずっと住んでいるというわけではない。ゆえに他大陸に比べ豊かにやってこられた。


 しかしそんな恵まれた環境もこれまでのようだ。

 さらに最悪なのは、六大災厄が移住してきたとかではなく、新たに生まれたという点だ。六大災厄だったものが七大災厄になってしまった。単純に、世界全体の危機レベルがひとつ上昇したのだ。ゆえに他からの援助も期待できない。


「……過去、災厄を討伐できたという記録はありませぬ。しかし、生まれたばかりの災厄に挑んだという記録もまたありませぬ。今ならば、もしかすれば、まだ……」


「……そうだ。生まれたばかりの赤子のようなものならば。今なら討伐がかなうやもしれませぬ!」


「ただちに討伐隊の手配を!」


 熱狂していく会議場とは対照に、トーマスは血の気が下がっていくのを感じた。

 討伐隊?

 いったい誰のことを言っているのだろう。発言している本人たちがそこへ行くわけでもない。彼らが直接戦うなんてありえない。

 であれば、そこへ行って災厄と対峙するのは、トーマスたち兵士だ。

 冗談ではない。国の端に災厄が誕生したからって、別に今すぐ死ぬというわけでもない。ならば誰がわざわざ、真っ先に殺されに行きたいと思うのか。


 しかしここにいる、貴族などの支配者階級の騎士団なら話は別だ。彼らは主君たる貴族が害されない限り、死ぬことはない。騎士団に入るということは、主君に忠誠を誓い、その生命をともにする代わりに、単独の死からは開放されるということだ。

 ほとんどの場合、主君たる貴族より従属する騎士の方が戦闘力は高い。いかに主君は幾重にも守られているとはいえ、自分より脆弱なるものに自分の命をまるごと預けるというのはぞっとしない。特に彼らはしばしば、権力闘争など戦闘と関係のないところであっけなく死ぬ。

 ゆえに騎士団に入ろうという兵士はほとんどおらず、代々忠誠を捧げる騎士の家系か、もはやそうする以外に選択肢のない奴隷のような人間しか忠誠を誓う事はない。


 そういう騎士団だけを向かわせればいいのだ。そうすれば、人的損害など考えずに攻勢に出られる。しかし同時にそれが決して叶わないこともトーマスはわかっていた。騎士団は彼ら貴族を守る鎧だ。おいそれと自分たちから引き離すわけがない。かといって自ら死地に赴く貴族など居るはずがない。


 兵士の任期はおおむね3年。本来であれば職業兵士たるべき騎士団は、すべてが王侯貴族の私兵である。ゆえに国としての軍事力の安定や治安の維持のためには徴兵制度は欠かせない。

 トーマスも去年までは地元の村で畑を耕していた。貧しいながらも穏やかな生活だった。つまり、任期はまだ2年近く残っている。この大陸はトーマスの知る限り、戦争などは起こったことがないので、徴兵されるといってもこうした形だけの護衛やごろつきの制圧、あるいは街などの入口の立ち番くらいしか仕事はなかった。それが、こんな。


 災厄誕生の報を聞いた時よりもさらに絶望的な気分でトーマスは会議の行く末を呪った。





「では。そのように。王にはしかとお伝えしておきましょう。各方面への根回しはお願いしても?」


「お任せください宰相殿」


「これは人類全体の危機。まだ勝ちの目があるうちに、取れる手はすべて講じなければ」


 会議は踊る、されど進まず。とはならずに、驚くほどの早さで結論が出され、対応策が練り出された。

 たったひとつの目標を定め、協力に徹した為政者たちの連携は素晴らしかった。


 つまり、生贄──徴兵された平民──を捧げて問題を解決する、という目標である。


 本来であれば徴兵されたと言えど、過度に危険な任務に就かせるには本人や家族の同意が必要だ。しかしそれも「七つめの災厄の誕生」という世界規模の危機に対抗するためやむなし、という理屈で新たな戦時特例法の草案がこの場で作成され、次の合議ではフリーパスで議決されることまで合意がなされている。しかも頭数を揃えるためか、任期を全うした元兵士の再徴兵や徴兵年齢の引き下げなど、平民にとっては悪夢としか言いようのない法律も通ることになっているらしい。

 トーマスは途中から、どうやれば地元の家族を穏便に国外に脱出させられるかを考えながら現実逃避をしていた。


 議論が終わり、国内の役持ちの貴族のお歴々が退出していく。トーマスは黙って扉を開き、頭を下げてそれを見送った。

 会議室にはヒルス聖教会の総主教と主教たちだけが残る。


「総主教様……。その、浮かないご様子ですが、何か……?」


「……ええ。人類の敵とは……」


「はい、人類の敵とは……?」


「人類の敵とは、そう成り上がって初めて人類の敵足るのではないかと……。つまり、なんと言えばいいのか……。生まれたてで、まだ力が弱い状態なら、人類の敵などと神託が下ることはないのではないか……。そう神託が下された時点でもう、人類の敵として完成してしまっているのでは……と、思いましてな……」


 主教たちは黙り込んだ。しかし、もはや先程の会議の結論を覆すことはできない。いや、仮に倒せそうにないから静観するなどと結論が変わったところで、国の未来に暗雲が立ち込めているという事実が変わるわけではない。人類の敵とは、こちらから手を出そうが出すまいが、近くにいる人類種を片っ端から殺して回るような存在だ。距離が離れていればそれほど被害は出ないだろうが、やつは国内にいる。甘く見積もっても、少なくともヒルス王国は大陸地図から消えるだろう。


 うなだれる主教たちを見ながら、もう考えることをやめたトーマスは、ただ早く出ていってくれないかなと考えていた。


 



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― 新着の感想 ―
[気になる点] そんな強くもない平民送られてきても経験値にすらならないから傍迷惑……
[一言] 経験値どれくらいになるんだろ
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