第47話 「水洗」
2020/4/1
タイトル改訂。
というか、冷静に考えれば今の林への攻撃は何者も炙り出せてはいない。もろともに焼き払っただけだ。炙るにしては火力が高すぎた。
であれば草原は水攻めがよいだろう。全てを洗い流してしまえばプレイヤーも出てくるはずだ。
「では「タイダ……」、おや?」
魔法を放とうとしたその時、草原からいくつもの影が向かってくるのが見えた。
林を消し去ることによって、結果的に草原のプレイヤーの炙り出しには成功したようだ。
「フードかぶっていかにも魔法使いって風体かと思いきや、そんなゴッツい鎧着てるとはな。いや行動自体はいかにも魔法使いだけどよ」
「炎特化の魔法使いみたいね……。にしても威力が強すぎだけど。それにさえ気をつければ、何人かがかりならいける……かな」
「何に焦ってるのか知らないけど、切り札切るのが早すぎなんじゃない? あんま目立つと、他のプレイヤーに寄ってたかって真っ先に攻撃されることになるよ。こんなふうにね」
先程の魔法を見てレアを危険度の高いプレイヤーだと判断したらしく、即興の同盟を組んでレアを狙いに来たようだ。
言ってる間に攻撃すればいいのでは、と思わないでもないが、彼らなりの何らかのポリシーでもあるのだろう。
『ヘルフレイム』発動前に他のプレイヤーをキルしていた姿は見ていないようで、レアを完全な魔法特化プレイヤーだと考えている。
せっかくの機会であるし、彼らの攻撃を受けてみようと思った。徒党を組んで殺しに来るプレイヤーと戦うことがこの先あるかもしれない。その予行演習だ。
「『サンダーボルト』!」
「『サンダーボルト』!」
「はあっ!」
魔法特化らしい2名が牽制の『サンダーボルト』を撃ち、剣を携えたプレイヤーが腰を低く落として突っ込んでくる。その後ろにはメイスと盾を持った戦士が続き、その戦士の影に身体を隠して槍を構えているらしい者もいる。矢などは飛んでこない。弓矢メインのプレイヤーはおそらくほとんどが林に居たのだろう。つまりもう残っていないということだ。
牽制のつもりだろう『サンダーボルト』は鎧坂さんには全く通じていないように見える。なので無視して剣を持つプレイヤーに正面から向き合い、その刃を受けた。
さすがにプレートに刃を打ち付けるような愚は犯さず、関節を狙って攻撃して来たが、実際はどこを狙われても大差ない。ギャリィ、という嫌な音を立てて刃が滑っていく。ノーダメージである。やはり相手にならないようだ。メイスを持った戦士を待つ。
「嘘!? 効いてない! 何のスキル!?」
「剣も歯が立たない! 鎧だ! スキルじゃない!」
「まかせろ! うおおおおお!」
雄叫びを上げてメイスが振るわれる。そう、こういうのが大事だ。とくに彼のような重戦士は、基本的に攻撃するときは相手にすでに気づかれている。ならば静かに攻撃するよりは、雄叫びを上げるなどして瞬間最大出力を少しでも上げたほうがいい。この一行の中で重戦士の彼が最も合理的なプレイヤーだとレアは思った。
だが哀しいかな、それが結果につながるとは限らない。簡単に鎧に弾き返され、衝撃をそのままメイスを持つ手に返された重戦士は、メイスを取り落してしまった。致命的なミスだ。
「かてえ! 何だこれは!」
落ちたメイスを見てみるとゴツゴツとしてろくに成形されていないように見える。精錬だけ終わらせてなんとか棒状にした、という感じだ。潰れたりせずに弾き返されたということは、鉄と比べて硬いのだろうし、鉄より上の金属なのかもしれない。しかしそれでも鎧坂さんには傷一つつかない。
というか、傷がついたとしても鎧坂さんは魔物というかキャラクターのため、LPの自然回復がある。死んだり部位欠損などしたりしない限りそのうち回復してしまうし、つまり傷が消える。メンテナンスの必要のない武具と言える。剣崎たちもそうだ。
おそらくかなりの上位陣と思われるプレイヤーの群れでもこの程度だ。もっと大人数の、いわゆる他ゲームでのレイドクラスの人数を連れてきたとしても結果は変わらないだろう。
鎧坂さんが落ちているメイスを拾い上げ、投げた。
回転しながら高速で飛ぶメイスは魔法使いの頭部を吹き飛ばし、そのままどこかへ消えていった。鎧坂さんは『投擲』も伸ばしている。遠距離攻撃も隙はない。
「や」
おしゃべりに付き合うつもりももう無かった。話したり聞いたりしている間に殺したほうがいい。そのほうが効率的だ。なにか言いかけた剣士の頭部を握って潰した。
腰の一郎を抜き放ち、メイスを落とした重戦士を叩き斬る。盾を構えるのを待ってやろうか一瞬迷ったが、あのメイスと同程度の素材だとしたらあってもなくても一緒だろう。
槍を構えていたプレイヤーはそれでも冷静にこちらを攻撃してきた。レアは感心した。彼はバイザーの隙間を狙ったようで、たしかにレアから見てももはや勝機はそこにしかないように思える。
ただ鎧坂さんがそれを許すかどうかは別問題だった。一郎を持っていない方の手でふつうに穂先を摘んで、くしゃりと潰した。これは鉄だろうか。
『スラッシュ』が発動し、槍使いの首が飛んだ。レアの手には負担はかからなかった。テストは上々だ。
残るは少し離れてしゃがみ込んでしまった魔法使いがひとりだけだ。
完全に戦意を喪失していると見て、レアは他になにか試しておくことがあったか考えた。防御力のテストも出来たし、攻撃性能も十分に試せた。中々放てない魔法も使えた。とりあえず、今回はこんなところだろう。あとは大森林でもできるはずだ。
最後にレアは『タイダルウェイブ』を放ち、草原を魔法使いもろとも洗い流した。
どうやら、これで決勝まで残っていたプレイヤーは全員死んだらしい。システムメッセージより勝利の祝いが送られた。
続けて、この後行われるエキシビジョンへの参加の要請も来た。
そのような予定は無かったはずだが、たしかに予定時間よりも大幅に早い。おそらく大半はレアのせいだろうが、今もとの時間に戻されても1時間と少ししか経過していないくらいだろう。
エキシビジョンの内容は、事前登録なしの、この場で参加を募っての希望者とのバトルロイヤルだ。
〈わたしに何のメリットが?〉
もう、自分と鎧坂さん、剣崎くんたちの性能試験はあらかた済んでいる。しかもこの場で希望者を募るとなれば、今の決勝出場者より質は格段に落ちるだろう。逆に人数は予選の比ですらない可能性もある。
レアになんのメリットがあって要請を受けると思うのか。強いて言うならば、雑魚プレイヤーどもを気が済むまで殺しまくれるという程度の爽快感くらいしか得られまい。
このPvPイベントではデスペナルティはないが、この場で晒した手札に対策され、デスペナルティがある場所でキルされるようなことになってはたまらない。
優勝者の名前は大々的に公表するであろうし――たしかイベント参加時にそのような確認あった気がする――「レア」という名前を頼りにPKがぞろぞろ大森林に集まってこないとも限らない。
もっとも、集まってきたところで大森林に潜むアリの軍隊をプレイヤーが突破できるとは到底思えないが。なにせ自分たちの庭でゲリラ戦ができる、重火器を持った統率された軍隊だ。しかも足元から突然現れる。プレイヤーなど控えめに言って経験値袋にしかなるまい。それも何度殺しても立ち上がるドMのエコ資源だ。
おかしい。メリットしかないように感じられてきた。
もうこの時点でかなりやってもいい方向に傾きつつあったが、交渉の際のメリットとは自分で見つけるものではなく、相手に提示させるものだ。故に運営の返事を待った。
《運営からの提案をお伝えします。「エキシビジョンマッチでプレイヤー名【レア】がプレイヤーをキルした際の、経験値の取得」です。いかがでしょうか》
これは悪くはない。なにしろこのイベントでは、デスペナルティがない代わりに経験値の取得もない。
とはいえ、経験値であれば大森林でプレイヤーを待っていても同じだろう。お客さんが来なかったとしても、ゴブリン牧場で時間はかかるがいずれ回収できる程度のものでしかない。
ならば、運営からしか得られないような、特別な何かを引き出すべきだ。現状自分では手詰まりな何かを。
〈経験値は要らないからひとつだけ攻略情報を教えてほしい〉
《検討中。…………内容によります》
〈わたしのいる大森林……国名で言えばヒルスかな? あの周辺の地図がほしい〉
あれだけの広さのフィールドだ。地図もなしに探索するのは自殺行為でしかない。とはいえレアならばアリたちを使った人海戦術で時間をかければ精密な地図も作成できるかもしれない。いつかはやらねばならないだろうが、やらずに済むなら済ませたい。
あの大森林で得られる素材はおおよそ頭打ちと言っていいだろう。素材のレアリティ自体は非常に高いものも含まれているようで、かなり高ランクの錬金素材として素材情報がアンロックされているものもあるのだが、やはり全てではない。もっと低ランクの素材でもアンロックされていないものもある。
《検討中。…………少々お待ち下さい…………。運営からの提案をお伝えします。「その条件でお願いします。イベント終了後のメンテナンス後にレア様のインベントリに優勝賞品と共にお送りします。また先程の経験値の件もそのまま条件に加えさせていただきます」》
〈すばらしい。エキシビジョンマッチへの参加を了承する。では、エキシビジョンでは可能な限り、わたしがプレイヤーを殺すとしよう――〉




