第443話 「交わした笑顔」
止めようとする参謀部の青年を振り切り、エルフの女指揮官は恐竜型鎧獣騎に颯爽と乗り込むと、地響きを立てて走り去っていった。
エンジン音などは一切しない。動力源は何だろう。
駆動音も脚部の関節部が軋む音くらいしか聞こえなかった。どうやって動力を伝えているのか。
いやその前に、並んでいる鎧獣騎の中で最小の物などは、人が入り込むスペースを考えるとほとんど何も積む隙間がない。これだけのエネルギーを生み出す機構が搭載されているようにはとても見えない。
魔法とかスキルとかの不思議なパワーで解決しているだろうが、原理不明のテクノロジーでは思うようにいじる事も出来ない。
鎧獣騎本体もそうだが、やはり専門のエンジニアも必要だ。
これについては可能であれば『使役』して連れて帰りたい。
「隊長! カルネヴァーレ隊長!
──くそ、あの人はいつもああだ……!」
参謀部の青年が悪態をつき、土を蹴った。
『迷彩』で姿を消しているため仕方がないのだが、危うくその土がライラにかかるところだった。
そのようなことをしても何にもならないどころか、この姿を誰かに見られてしまえば自身のマイナスイメージに繋がる。少なくとも今、確実にライラからの心象は急降下した。
合理的であるべき参謀畑の人間としてはあるまじき行いだ。
感情的になりがちだという意味では、今しがた去っていった何とか隊長と意外と気が合うのではないだろうか。巡り合わせの不幸と言うか、出会い方が違えばさぞ息のあったパートナーになっていたに違いない。
ただ残念なのは、その相手がこの後すぐにいなくなってしまうことだろうか。
恐竜型を追跡するのは造作もない。
目的地は分かりきっているし、あの隊長が撹乱のために独自ルートを進んだとしても、あの村を目指せば最低でも先回りはできる。
上空から俯瞰して捜索を始めたところ、恐竜型はすぐに見つかった。
土煙を上げて村を目指して疾走していたからだ。
「アホかな。でも、私にとっては都合がいい」
村で待ち伏せすればいいとは言っても、あまりに村に近づいてしまえば、やり方によっては村の悪魔たちも相手にしなければならなくなる。
あの村には大悪魔はいなかったように見えた。仮にいたとしてもあの程度なら負けることはないが、異形悪魔たちの数が多すぎれば苦戦を強いられるかもしれない。
あの女以外に大悪魔級の戦力がないとも限らないし、余計な戦闘はしないに限る。
恐竜型を村から遠い所で始末できるのであれば、その方が面倒がないしスマートだ。
ライラは上空で『迷彩』を解除し、『飛翔』も解除して自由落下を始めた。
そして恐竜型の少し前方に落着した。
着地の直前には『天駆』で勢いを殺している。
こうしなければ割と洒落にならないダメージを受けてしまう恐れがある。
ただし外からはそう見えないよう偽装はした。
おそらく恐竜型からは上空から人影が落ちてきただけに見えたはずだ。
***
「──ん? あれは!」
恐竜型鎧獣騎「フラギリス」の眼に、空高くから人のようなものが落下してきたのが映った。
カルネヴァーレはフラギリスの速度を上げ、何とか落下前に受け止めようと急いだが、わずかに間に合わず、フラギリスの眼の前の地面に衝突してしまった。
生体レーダーには何も映っていない。すでに死亡してしまったのだろうか。
しかし一瞬ではあるが、フラギリスを通して強化されたカルネヴァーレの眼にはその人影が受け身のような姿勢を取ったのが見えていた。
ならば、ぎりぎりでまだ生きているかもしれない。
カルネヴァーレはフラギリスを急停止させ、急いで降りるとその人影に駆け寄った。
人影はやはりまだ息があるようだ。
黒いローブがわずかに動いている。
「──君! 大丈夫か! 意識はあるか! どこを怪我している! 痛いところや、感覚が鈍いところはあるか!」
矢継ぎ早に問いかけながら、ローブの人物を抱き起こす。
フードから覗いた女性の顔は非常に美しく、こんな状況であるにもかかわらず、つい見入ってしまいそうになるほどだった。
その肌はまるで光を吸い込むような黒い色で、あまり見かけない色だ。
ただ、あまり見かけないというだけで、全く知らないわけではない。
カルネヴァーレには1人だけ同じ肌の人物に心当たりがあった。
「君は、もしかしてアクラージオ博士の血縁者か!?」
「……アクラージオ?」
女性が片目だけを開け、怪訝そうな声を出した。
助けを求めるよりも先にそちらが気になるとは、思ったほどダメージはないのかもしれない。
いや、油断は禁物だ。
もしかしたら逆にダメージがありすぎて、全身が麻痺してしまっているだけかもしれない。片目を開かないのもそのせいか。
「その話は後だ! とにかく、どこかで治療を──」
「……あの、貴女は……いえ、それよりも、悪魔に襲われて」
「やはりそうか! くそっ!」
「悪魔たちは私を弄び、空の上から落としたりして楽しんで……」
「何っ!? ではまだ上空に悪魔が──!」
女性を抱き起こしながら上を向き、警戒する。
しかし青空には雲ひとつなく、当然悪魔の影も見えない。
視認できないほどの遠くにいる可能性もあるため、上に視線を向けたまま女性に尋ねる。
「……居ないようだ。私の姿が見えたから逃げたのか? いや、こちらは一騎、悪魔が逃げる道理はない。ではいったい」
「いいえ、居ますよ悪魔なら」
「うむ。だがどこに──」
「──貴女の腕の中にです」
「え──」
***
「──ユーザーが死亡すれば登録は抹消されるものかと思っていたけれど……。消えないな。そうなると、一度誰かに登録された鎧獣騎は二度と誰も乗れないってことになるけど。そんなことあるのかな。仮にも兵器だぞ」
あるいはこの女隊長が誰かの眷属であり、死亡してもそのうちリスポーンするから登録されたままだという可能性もある。
「待てよ。その理屈でいうと、蘇生の可能性があるうちは登録は抹消されない、ということも考えられるな。それなら……『フレイムトーチ』」
倒れ伏す女隊長の身体が燃え上がる。
これは火を点けるというだけの魔法だが、魔法の炎だけあり、発動者のINTによっては生きたままのキャラクターをそのまま焼き殺すことさえ出来る。ライラのINTなら、対象が死体であれば一瞬で灰になる。
「──お、再登録可能になった。死体が半分以上損壊すれば蘇生不可能になる。それで解除されたということは、やはり蘇生可能な状態だと再登録は出来ないって事でいいのかな」
そして女隊長は誰の眷属でもなかったということだ。
再登録可能にはなったが、登録はしない。この恐竜型はマグナメルムへの土産だ。
インベントリに入れられれば話が早かったのだが、やはりそれは無理なようだった。
仕方がないのでライラは恐竜型を担いで飛び、ベヒモスの元へと戻った。
ベヒモスを起動させてカタパルトの中に恐竜型を放り込み、再び地面の下に沈める。撃ち出す目的でなければ、ベヒモスカノンは一時的に格納庫のような運用も出来そうである。とはいえ間違えて撃ってしまうと大惨事になってしまうため、操縦中はやらないほうが無難であるが。
「さて。次はエンジニアだな。さっきの野営地にいないかな」
あの女隊長はライラを見て「アクラージオ博士の血縁者」とか言っていた。
もしかしたらこの周辺にライラと同じ肌の、つまり人類の邪道ルートに進んだ何者かが存在しているのかもしれない。
そしてライラを見て真っ先にその名前が出てきたということは、そういう存在は女隊長の思いつく限りではそのアクラージオ博士しかいないということだ。血縁者と限定していた事からもこれは明らかである。
博士と呼ばれるくらいだし、そのアクラージオ氏が何らかの研究者であることは間違いない。
軍人である彼女が知っていたとなれば、それが軍用兵器、例えば鎧獣騎の研究者である可能性は高いと言える。
*
前線基地に戻り、『迷彩』と『隠伏』を発動したまま探ってみたところでは、邪道系人類らしき博士とやらは発見できなかった。
どれも普通のヒューマンかエルフ、ドワーフばかりだ。
獣人がいないのが気になるが、いずれにしても黒い肌の人間はいなかった。
冷静に考えれば、博士と呼ばれる程の研究者なら研究内容も専門的なのだろうし、仮に軍事関連技術の研究者だったとしても最前線になど来るはずがない。
いるとすればもっと内地だろう。
博士がいないとしてもこの前線基地にも鎧獣騎のエンジニアは誰かしらいるはずだ。
そういう人物を捕まえてもいいが、せっかくだしより専門的な研究者を手に入れたい。
やはり、ここはアクラージオ博士とやらとコンタクトを取る事を目指すべきだ。
ライラは前線基地から少し離れた場所で『迷彩』を解除した。念の為『隠伏』はそのままだ。『真眼』を持つ者がいれば不自然に思われてしまうだろうが、本来のLPを晒して行動するよりはマシである。
そして遠くから来た風を装い、前線基地に再び足を踏み入れた。
警備のために立っているらしい歩哨の兵士の視界に敢えて入る。
先ほど同様片目だけ閉じておく。ただでさえ目立つ風貌だ。肌は仕方ないとしても、わざわざ異質な特徴を見せる必要はない。
「──何だ! 何者だ!」
2人の歩哨が手に持った長物を突きつけてくる。
「ああ、すみません。私は怪しいものではありません。あの、ここは軍人さんたちがたくさんいる基地、でいいんですよね。
私はオク、タヴィアと言います。アクラージオという人物をご存知ありませんか? 私はその娘です。訳あって、アクラージオを探して旅をしているのですが……」
歩哨に突きつけられているのは槍のようだ。穴などが開いているようにも見えないし、槍に見える銃器というわけでもなさそうである。普通の槍だ。
あんな巨大な装甲兵器があるというのに、こんな槍を持っていたところで何の役にも立たないと思うのだが、一体どういう技術体系なのだろうか。
中央大陸と同等の技術レベルの世界に突然巨大メカだけが現れたかのような違和感がある。
「……顔を見せろ」
言われた通り、ライラはフードを上げてその顔を顕にした。
「ほわ……、うつく」
「おい! ったく……。
その肌……。確かに、博士と同じだ。他に見たことがないし、娘かどうかはともかく血縁者であるのは間違いない、か。よし、すまないがここで少し待っていてくれ。
──お前はこのお嬢さんをここで見ていろ。隊長に報告してくる」
「おう! 見てていいならいくらでも見てるぜ!」
「……それは本人に許可を取れ。おかしな真似をしないんだったら何でもいい」
歩哨の1人が基地内に駆けていった。
隊長というのが他にいるのか知らないが、いないのであればその上に報告する事になるのだろうか。
ライラをじろじろと見つめてくる気持ち悪い歩哨と2人で待つ事になった。許可を出した覚えはないのだが、ここで下手に顔を背けて不審に思われても面倒だ。
もう誰でもいいから早く来てほしい。
しばらくしてライラを迎えに来たのは先ほど見た、参謀部の青年だった。
「──申し訳ありません、ええと、オクタヴィア様、でしたか。アクラージオ博士のご親類の方だとか……。なるほど、確かにそのお姿は彼女の血縁者のようですね。
本来であれば当基地の責任者が対応すべき案件ではあるのですが、現在、当基地の隊長はちょっとその、手が離せない状況でして。代わりに私が要件を承ります」
驚くべき事だが、あの隊長がこの基地の最高司令官らしい。
その様な立場の人間がひとりでお出かけとは、どうかしているとしか言いようがない。
普通に考えれば、司令官たるものは戦闘の影響を直接受けにくい場所に常駐しているべきである。何故なら司令部が潰されてしまえば指揮系統に混乱をきたし、軍が機能しなくなる恐れがあるからだ。つまり死んでは困るから安全な場所にいろ、というわけである。
ただこの世界においては、司令だからと言って必ずしも弱いとは限らない。
中央大陸の貴族たちのように『使役』によって軍隊を維持しているのであれば、その経験値は指揮官に集約される事になる。
女隊長をキルしてもこの基地に混乱が見られない事から、あの隊長はそういう形で軍を掌握していたわけではないのだろうが、それでも明らかに上位機種であろう専用機を乗り回していたくらいだ。エルフということは見た目通りの年齢ではなかったのだろうし、きっと戦闘力も高かったに違いない。
つまり「司令官を死なせないために安全な場所に置く」のではなく、「軍隊で一番強い人物なら一番死ににくいに違いない」と考えて人事を行なった。
それがこの大陸の軍部ということだ。
合理的だが、イカれてもいる。
しかしその神話は今度ばかりは通用しなかった。残念ながらその女隊長が戻ることは永遠に無い。
参謀の青年は特に心配しているという風でもない。あの時女隊長の行動を制止していたのは、単純に最高司令官不在の状態になるのが好ましくなかったからだろう。事実、今のライラのように面倒な案件が舞い込んできている。
隊長の戦闘力については信頼しきっているという感じだ。鎧獣騎を降りたらただのエルフでしか無かったが、乗ったままならそれなりの戦闘力を発揮していたに違いない。
イノシシのようにまっすぐ敵陣に突進していったのも、その戦闘力に自信があったゆえのことだろう。
参謀部とはいえ、先ほどの様子を思い出せば、この青年は腹芸がそう得意なタイプではない。
その物腰に不自然な点がないことから、ライラの言葉を疑っていないことが伺える。
アクラージオの娘、という設定は悪くない賭けだったということだ。
もし疑われるようならこの基地を壊滅させて別の基地を探そうと考えていたが、手間が省けたと言える。
しかし名前の雰囲気から男性だと思いこんでいたが、アクラージオとは女性のようだ。危ないところだった。
ライラは脳内で急遽設定を修正した。
「それはご親切に……。
あの、私はアクラージオの娘なのですが、その事を知ったのも実はつい最近のことなのです。
臥せっていた父が亡くなり、その父から、実は母は生きていると、そしてアクラージオと名乗っていることを聞かされたのです。ですから私自身は母の顔も知らないのですが、父からは軍関係のお仕事をしていると聞きましたので、こうして軍人さんがたくさんいそうなところを訪ねてきたのです」
それを聞いた青年参謀は痛ましげな表情を浮かべた。疑っているようには見えない。
この青年が特別素直で人を疑う事を知らないのでなければ、アクラージオという女性なら自分の夫や子供でさえも捨てかねないと考えたのかも知れない。
どうやら女博士はなかなか癖の強い人物のようだ。
「なんと……それは大変でしたね……。
つまり、ええと、オクタヴィア様はアクラージオ博士の隠し、その、なんというか」
「はっきりおっしゃっていただいて結構です。はい、私はアクラージオの隠し子ということなのでしょう。
父や私にこれまで連絡が無かったことから、アクラージオがその事実を公にしているとも思えませんから、私の事は公的には存在していない事になっていると思います。
ですからそれを証明しろと言われても私にはどうしようもないのですが……」
「いえ、それは大丈夫です。オクタヴィア様のそのお姿こそがアクラージオ博士の血縁者であろうことを証明しています。お顔が別に似ているというわけではないのですが、肌ですね。
博士はどこか遠くの部族の出身だとか言っていましたが、まさかお子さんがいらしたとは……」
遠くの部族。
そのアクラージオが適当なことを吹かしている可能性が高いが、そうでなかったとしたらどこかにイービル・ヒューマンやダーク・エルフの集落でもあるのだろうか。
「ええと、とにかく今は隊長が戻、その、隊長の手が空き次第対応を検討する事にしますので、申し訳ありませんがそれまでご逗留ください。
ああ、安心してください。うちの隊長は頑固ですが人情には篤い人なので、多分お母上の元へとお連れ出来ることになると思いますから」
そう言って参謀の青年はどこか誇らしげに笑った。
ライラも笑った。
なにわろてんねん(
次回はブラン回です




