第38話 「地下水脈に迫る闇」
2020/4/1
タイトル改訂。
地下水脈へは城の地下の、牢の一角の崩れた壁から出られるようだ。伯爵はさも地下から普通に出かけられるような事を言っていたが、これは一般的には出口とは言わないのではないだろうか。城に侵入するための抜け道といったほうがしっくりくる。
「抜け道好きだなあの人……」
城の地下牢も相当な深さにあったが、そこからさらに坂道を下る。かなりの深さまで下ってきているようだ。やがて水音が聞こえてくる。
地下水脈の流れる洞窟へ出ると、城の中よりひんやりしている。湿度が高いせいなのか、地下水が冷たいせいなのかはわからない。
人が歩けるほどの洞窟が地下水脈に沿って伸びているということは、かつてはこの洞窟いっぱいまで水があったのだろうか。
水は真っ黒にみえるほど暗く、中に何がいるのか全くわからない。仮にリザードマンがいるとしても、ここで戦うのはいささか危険かもしれない。何かに気づいたら即魔法を撃つくらいの気概でいなければ死ぬことになりかねない。
慎重に洞窟を下っていく。どんどん地下深くへ降りていくようだが、この水はどこから来てどこへ行くのだろう。城の地下も相当深かったがここはどれほど深いのだろうか。
それとも城の立地が高地なのだろうか。周りが荒野だったためそういうイメージはなかったが、たとえばギアナ高地のような、極端な地形だった場合などはそういうこともあり得るかもしれない。特にあの伯爵は高いところが好きそうであるし。
どのくらい下っただろうか。例によってブランはまったく覚えていないが、ともかく、少し開けた場所に出るようだ。巨大な地底湖、といった風情である。
慎重に覗き込むと、地底湖の周りにいくつもの人影が見える。
おそらくあれがリザードマンだろう。長い尾がある。集落を作っているのか、かなりの数だ。
「いやあれで経験値稼ぎするっていうのはちょっとハードル高すぎでしょ……」
リザードマンの強さはどのくらいなのかわからないが、少なくともゾンビやスケルトンよりは強いと思われる。
コウモリたちは戦力にならなさそうであるし、流石に今のブランの実力で単騎ではあれは殲滅できまい。
胸元のコウモリから、なにやら案があるというような意思が伝わってきた。
「囮? そんな……危なくない? あー飛べるもんね……。うーん、じゃあ戦闘音とかが聞こえないくらい遠くに行くから、あの集落から何人か、そこまで誘導してきてくれる?」
ブランのマントから3匹、コウモリが飛び立っていった。
それを見送り、ブランは音をたてないように洞窟の奥へと下がる。
それからしばらくすると、コウモリを追って2体のリザードマンが洞窟の中へ入ってきた。
リザードマン達は暗闇で見失ったコウモリを探しながら、ゆっくりと奥へと進んで行く。
「コウモリ3匹に大層なことだけど……。もしかしてコウモリとかくらいでも貴重なタンパク源とかなのかな」
仮にそうならば、コウモリでいくらでも釣れそうだ。もっとも地底湖にいる彼らに、戻ってこない仲間を不審に思う程度の知能があればそううまくはいくまいが。
「何にしても、この2人を生きて返さないのが先だよね」
ブランは集中し、魔法を唱える準備をする。水に親しい種族であることだし、初撃は『サンダーボルト』でいいだろう。敵は2人いるため、間髪入れずにもう一撃が必要だが、同じ魔法は連続して放てない。ブランはここは相性があまり関係なさそうな『エアカッター』で切り刻むことにした。
「よーし……。もう少し……。もうちょっとこっちこい……。ここだ! 『サンダーボルト』! 『エアカッター』!」
放たれた電撃が軌跡を追う間もなくリザードマンに襲いかかり、数秒遅れて不可視の斬撃が生き残ったリザードマンを切り裂いた。
電撃に貫かれたリザードマンは即死したようだが、『エアカッター』に切り裂かれたリザードマンはまだ息がある。這って逃げようとしている。
「うーん? 弱点属性とかでないと確殺できないのかな? 『アイスバレット』」
撃ちだされた氷の礫に貫かれ、リザードマンは力尽きた。
経験値を確認すると、確かになかなかの量だ。
「でも効率がいいかって言ったらちょっと微妙かなぁ。釣ってきて、隠れて、魔法撃って、て結構手間かかってるし……。もっと一網打尽にできないものかな」
スキル習得画面を眺める。
『吸血魔法』というスキルツリーがあった。
これは当然、スケルトンであった以前にはなかったもので、吸血鬼になったためにアンロックされたツリーだろう。ツリーを開くと、ひとつ目のスキルは『霧』だった。
「広範囲に霧を発生させるスキルかあ……。効果は範囲内で自分が使う『吸血魔法』と『精神魔法』の判定にプラス補正……。そういえば精神魔法ってコウモリたちにしか使ってないな」
加えて発生させた霧の中では視界や探知の阻害効果もあるようだ。
『霧』を発生させ、『恐怖』で足を止めさせておいて一体ずつ魔法で倒す、というのもいいが、『恐怖』に抵抗する敵がいた場合は厄介だ。実戦でいきなり試すのはよくない気がする。
「いまの2匹にテストに協力してもらえばよかったかな……。うーん」
悩んだ結果、もう一度だけ、コウモリで釣りをすることにした。
まずはスキルを取得する。『霧』と『雷魔法』の範囲攻撃『ライトニングシャワー』だ。MP消費は大きくなるが、一度に複数の敵を攻撃できるのは大きい。一撃の威力は下がるだろうが、そこは『精神魔法』をあらかじめかけることでカバーする。これでまた経験値を消費してしまったが、今得られた経験値の量から考えるとこれでもまだ昨日までのゾンビよりは多いだろう。
今度はブラフも交えて、2匹のみ地底湖へ向かわせる。さきほどの2体のリザードマンが帰ってこないことを気にしていたとしても、すでにコウモリを1匹捉えて2人で食べているかもしれない、などと邪推でもしてくれないだろうかと狙ってのことだ。
リザードマンたちがどう判断したのかは不明だが、今度は3体が釣れた。
3体がキルゾーンまで誘導されたところで、まずは『霧』を発生させる。
暗がりで、ただでさえ湿度が高い環境のため、リザードマンたちは霧には気づいていないようだ。
続いて『恐怖』を発動させる。3体のリザードマンはそろって棒立ちになり、その尻尾が震え始めた。
「効いたね。よし『ライトニングシャワー』」
洞窟の天井から床までを貫く電撃が、幾筋も走った。そのうちの何本かが範囲内にいたリザードマンを襲った。リザードマンは電撃によりのけ反りかえり、痙攣した。すべて一瞬の出来事だった。痙攣したリザードマン達は倒れ伏し、動かない。
しかし死んではいないようだ。電撃によるダメージなのか、『恐怖』による効果が残っているのかはわからないが、動かないなら都合がいい。ブランは近寄ると、一体ずつステッキで頭を貫いた。
「これなら地底湖の集落まで行っても、先制で『恐怖』が叩き込めればいけそうだね。よーし!」
ブランは再び地底湖が見えるあたりまで進んでいった。
地底湖を覗き込むと、リザードマン達はコウモリ狩りの収穫が気になるのか、時折こちらを気にするようにしているものが何体かいる。
あまりもたもたしていると見つかってしまうかもしれない。
「『霧』」
ここから届くかは不明だったが、どうせ気づかれまいし、届かなければリキャスト終了を待ってまた発動すればいい。
「広範囲、ってマジで範囲広いな……。小さな村くらいなら余裕で覆えそう。でも『精神魔法』の効果範囲がそこまで広くない問題」
『霧』の効果時間は「解除するまで」であり、発動中は常にMPを消費し続ける。『霧』を発動した以上は早めに片をつける必要がある。
ブランは霧に紛れ、壁伝いにゆっくりと近づいていく。
ブランにとって霧は視界の妨げにならないらしく、濃い霧が発生している、というのは分かるが、それとは別に辺りの物もいつも通り見えている。
気付かれそうなそぶりでもあれば、即『恐怖』をばらまくつもりだったが、まったく気付かれないまま、かなり近くまで接近してしまった。
「まぁ近い分にはいいか。そーれ『恐怖』だよー」
ブランに近い位置にいるリザードマンから、硬直して震えだす。集落すべてを覆うには全く足りないが、すぐにブランの位置へ到達できる程度の範囲はカバーできたようだ。
「つづいて『ライトニングシャワー』!」
先程の洞窟よりも天井は高いが、それでも地面から天井までを稲光が満たす。屋外で放ったらどうなるのか気になるが、機会がくるまで棚上げしておくとして倒れ伏すリザードマンたちにとどめを刺していく。
今の攻撃はかなり派手で、この地底湖広間の隅に居たとしても十分わかるほどだったはずだが、ブランへ向かってくるリザードマンは想定よりも少ない。
「霧の効果なのかな? だとしたら超強いな……。種族限定スキルなだけある。限定ってもう名前だけで強そう感あるし」
寄ってきたリザードマンを単発の『フレアアロー』や『アイスバレット』で攻撃し、ステッキで止めを刺す。本来ならばもう一度くらいはまとめて範囲攻撃をしたかったが、思いの外集まりが悪いので仕方なく1体ずつ片付けていく。
やがて目に見える範囲にはリザードマンは居なくなる。あとは、湖のほとりにいくつか建っている盛り土のようなあれは、家だろうか。
「湖に向かって出入り口が開いてんのかな? だとしたら覗き込むのは危険かなあ」
魔法で崩そうかと考えたブランだったが、考え直して『霧』を解除した。
中に居たとしても子供や卵──卵生なのかどうか不明であるが、とにかくそうした者たちだろうし、だったらしばらく放置して、また今度来たときに経験値にしようと考えたためだ。
何かに使えるかどうか不明であるが、倒したリザードマンたちの死体をインベントリに収めていく。
「よーし、帰ろ。とりあえず今はわたしはこれ以上強化しちゃうとリザードマンで稼げなくなっちゃうし、帰ったらコウモリくんたちを強化しよう」
ブランはごきげんな様子で城へ帰っていった。




