第355話 「まるで落下ダメージじゃん怖」
『召喚』や転移装置による移動について、どこまでが装備品や所持品として認められるのか、その検証はまだ出来ていない。
以前はおぶった状態のキャラクターをも装備品として認識していたようだったが、これはすでに修正されている。
そのため、ウェルス王都から国王の遺体を持って去る際も一息に移動する事が出来なかった。
変則的な移動をして、手に持った国王が付いてこられず、その場に置き去りになったりしては元も子もないからだ。
『天駆』を駆使し、また時折翼を出して『飛翔』なども織り交ぜながら高速で移動し、レアはペアレの北部、プロスペレ遺跡へとやってきた。
この地はすでにペアレ王家にマークされている。
マークされているというか、もともと王家が調査していたところを、留守を狙って空き巣よろしく支配し直しただけだ。王家がここを意識するのは当然である。
しかしこの地への調査団は全員無力化してある。
以前にゴードンを始末しようとしていた者たちだ。
ペアレも余裕がないだろう今、できる限り少ないコストで多くの効果を得ようと考えていたはずだ。であればこの調査団の目的もゴードンの始末だけでなく、この地の調査も同時にしようとしていただろう事も想像に難くない。
となると、この世界での調査の期間というのがどのくらいなのかは不明だが、数日戻らない程度で心配するとは考えづらい。
ただでさえ調査団はすべてがおそらくは国王の眷属だ。普通に考えれば消息不明になることはあり得ない。
帰ってこないということは、調査が順調に進んでいると判断するはずだ。
もうしばらくは時間的余裕があると見ていい。
「──お疲れ様、ゴードン。調査団の人たちの様子はどうかな」
「これは陛下。このような場所においでくださるとは。
調査団の者たちでしたら、変わりなく。地下の拠点に移動はさせましたが、陛下が倒された時のまま安らかに眠りについております」
「そう」
この森の地下には、遺跡を避けるように、アリたちが掘った簡易な巣が張り巡らせてある。
調査団の遺体はそちらに安置してあるようだ。
ゴードンはどうやら休憩で外の空気を吸いに来たらしい。
現在、ペアレ王国で使役した衛兵たちは全てこの遺跡に移動させてきている。
遺体の管理などの仕事にはそれほど人数は必要ないため、チーム分けしてローテーションを組み、無理せず安全確実に作業を継続できるよう配慮してあった。
「じゃあ追加でこれも頼むよ。一応途中で1回心臓を与えたから、たぶん後30分くらいは大丈夫。管理が面倒だったら、多少時間が残っていても、他と投与の時間を合わせてしまってもいい」
レアがウェルス国王の遺体を手に持ったまま、ここまで運んできたのはこれが理由だった。
設定では死亡してから1時間以内であれば、その遺体には魂が残っているとされている。
この魂が残っている状態というのが、アイテムやスキルなどで蘇生が可能な制限時間だ。
しかしこの制限時間は絶対的な数字ではない。あるアイテムによって伸ばしてやることが可能だ。
それが前回イベントで天使たちが大陸中にバラ撒いた、清らかな心臓というアイテムである。
このアイテムは、使用すると死亡した肉体と魂との結びつきを強める効果があるとされている。具体的には蘇生受付時間を1時間伸ばす効果であるらしい。
つまりこのアイテムを使い続けることで、死亡したキャラクターをいつまでも死亡時の状態に保っておくことができるのである。
この間、対象の死体は腐敗しない。
そして何者かの眷属であったとしても、リスポーンすることはない。
これは前述の調査団の死体を使って検証済みだった。
この処置にウェルス国王の死体も追加するのである。
と言ってもこちらはリスポーンの妨害が目的ではない。
北の極点に封じられているとされる黄金龍。
その復活と討伐がレアたちマグナメルムの目的だ。
これを達成するためには、封印の際に協力した種族、すなわち幻獣王、真祖吸血鬼、蟲の王、精霊王、海王、そして聖王のマナが必要になるらしい事がわかっている。
ゲーム的な考察になるが、それらの存在の協力を得られるかどうかがわからない以上、この条件は討伐でも満たす事ができるのではと考えていた。
しかし確実ではない。
配下や仲間にいない種族についてはすべて討伐で済ませるつもりだが、一応保険も懸けておく。
清らかな心臓を利用して遺体をきれいな状態に維持し、いつでも蘇生できるようにしておくのはそのためだ。
「清らかな心臓もたくさんあるとは言っても、他にも使いみちはある。もし残りが心許なくなってきたら、調査団の方は切ってしまっても構わないからね。
彼らがペアレ王のもとに帰ったとしても、わたしときみの繋がりが知られてしまうだけだし、知ったところでペアレ王国にできることはない」
「は。心得ております」
「よろしい。それと遺跡の防衛については引き続きモン吉に任せておけばいいから。
後々のことを考えるとウェルス国王の遺体は誰かに奪われるわけにはいかないけど、こんなとこまでおっさんの死体欲しさに来る人なんていないだろうし、モン吉たちだけで十分なはずだ」
「は」
国王の遺体を恭しく抱えたゴードンが地下に戻っていった。
蘇生可能であれば他の事はどうでもいいので、多少雑に扱ってもらっても構わないのだが真面目なことだ。
ゴードンが居なくなり、1人になると、レアは先程の戦闘のことを考えた。
マーレから得ていた情報や、上空から国王を『鑑定』してわかった事によれば、あのとき国王は『マテリアルウォール』と『ミスティックウォール』という2つの防御系スキルを発動していたはずだ。
『マテリアルウォール』は物理完全反射、『ミスティックウォール』は魔法完全吸収というイカれた性能のスキルだが、これは非常にコストパフォーマンスが悪い。
レアの『魔眼』にも、国王のマナがみるみる薄くなっていくのが視えていた。
あの様子では数分も保たなかっただろう。
そしてこの2つのスキルを同時に発動していたということは、つまり国王にはあらゆる攻撃が通用しなかったということである。
全ての物理攻撃は反射され、全ての魔法攻撃は吸収される。
しかしさすがにそんな美味い話はない。
いくらなんでも上限はあるはずだ。
そして上限があるとすれば、それは発動者の能力値によって左右されている可能性が高い。
格上相手に通用しないようではスキルの存在価値も薄れてしまうため、仮にそうであったとしても相当高い数値が設定されていると考えるのが妥当だが、つまりレアは、そのボーダーラインを探ってみたかったのだ。
物理と魔法のどちらで試すか迷ったが、魔法系で今のところ最も火力が出せるスキルは『ダークインプロージョン』だ。
このスキルは効果範囲が狭く、効果範囲を超えるサイズの対象に撃った場合は不発に終わる。
あの状態の聖王は、壁を含めたサイズが対象に取られるのか、それとも中身の本人だけなのか、それがわからなかった。
そこでとりあえず魔法は後回しにし、物理攻撃から試してみることにした。
物理攻撃でレアが出せる最大火力はなんだろうか。
考えてみたが、魔法ほどに強力なものは思いつかなかった。
手札の多さや素の威力の高さならそれなりに自信はあるが、どれも一撃必殺という感じでもない。
それに吸収されるだけの魔法と違い、物理攻撃は壁に反射されてしまう。
あまりに強力すぎる攻撃では、もし上限が存在しなかった場合、反射された際にこちらが死亡してしまう可能性がある。
そこで思いついたのが『魔の剣』で武器を生み出すことだった。
これならば消費MPによって攻撃力の調整が可能だし、仮に複数回検証することになっても威力の比較が容易にできる。
これに以前にディアスも取得していた剣術系のアクティブスキル『シュヴェルト・メテオール』を乗せ、国王に叩きつけるのだ。
その結果があの大惨事である。
『魔の剣』に割いたMPは大した量ではなかった。これならば、反射が自身の急所に直撃したとしても死ぬことはないだろうと思える程度のものでしかなかった。
しかし放ったスキルはレアの予想に反し、『マテリアルウォール』によって何の抵抗も受けることはなかった。かといって、『ミスティックウォール』に防がれる事もなかった。
抵抗されたが突破したとか、壁が攻撃を反射しきれず破壊されたとか、そういうものは一切なかった。
完全に壁をスルーして国王の下半身を吹き飛ばし、大地を穿った。
物理攻撃であれば『マテリアルウォール』が反応したはずだ。
そして魔法攻撃であれば『ミスティックウォール』が反応したはずである。
そのどちらも反応しなかったということは、つまり今の攻撃は物理攻撃でも魔法攻撃でもないということになる。
『シュヴェルト・メテオール』は『剣術』ツリーにあるスキルのため、普通に考えれば物理攻撃であることは間違いない。
であれば理由は、その攻撃の媒体となった『魔の剣』だろう。
魔力によって生み出した物理的なアイテムという、どっちつかずな性質がそうさせているのか。
魔王の持つスキルとしては使い勝手がいいとはいえないと考えていたが、もしかしたらこの性質がこのスキルの真価なのかもしれない。
物理耐性にも魔法耐性にも引っかからないというのはかなり大きなアドバンテージだ。『魔の剣』による攻撃を防ぐことが出来るのは、純粋な能力値などの数値だけだということになる。
「でも種別としては斬撃だろうし、斬撃耐性とか斬撃無効とかは抜けられないのかも。まあその場合は『魔の剣』で釘バットでも作ればいいだけだけど」
漠然と、物理耐性というのは斬撃や打撃耐性の上位の物だと考えていたのだが、違ったのかもしれない。
あるいは『魔の剣』は斬撃耐性もスルーするのかもしれないが、斬撃だけに耐性を持つキャラクターやアイテムは手持ちにはない。検証は難しい。
魔王のスキル、そして魔王の能力値によって撃ち出された高位の剣術アクティブスキル。
少なくとも、その威力がどれほどのものになるのかは検証できた。物理は一撃必殺がないなど、とんでもない。
あれならば、もっとMPをつぎ込んだ『魔の剣』で発動すれば、十分に『ダークインプロージョン』にも匹敵しうる。
残念ながら聖王の持つ防御壁系のスキルの強度は検証出来なかったが、何も得られないよりはいい。
〈やっほー! レアちゃん。今いい?〉
〈ブランか。どうしたの?〉
〈例のさ、わたしが逃しちゃったエルダー・ドワーフのおじさんの軍隊、けっこういろんな街を制圧したみたいだからさ。そろそろ頃合いかと思って。あれやるんでしょ? 「力がほしいか」ってやつ!〉
〈うん。もちろん。あ、でもわたしはウェルスで十分楽しめたから、ブランがやりたいならやってもいいよ。一応わたしも同席するけど。心配だし〉
〈え、マジで!? やりたいやりたい!〉
〈しょうがないなあ。じゃあ今から賢者の石持ってくよ〉
〈やったー! ありがとう! シェイプのお城の前で集合ね!〉




