第232話 「復活」
2020/4/4
タイトル改訂。
ギガントブルムベアの出現に伴い、周辺からは魔物がいなくなっている。そのためボスが死亡したとしても、他の雑魚も死亡したのかどうかはわからない。
確認しなければ確かな事は言えないが、仕様から考えれば死んでいないはずだ。
「蘇生アイテムを使うって言っても、どうやればいいんだろう。くっつければいいのかな」
ザグレウスの心臓はアーティファクトではないため、使用方法がわからない。それは清らかな心臓も同じなのだが、今のところ使ったことがないため気にしていなかった。
とりあえずインベントリからとりだしたザグレウスの心臓をギガントブルムベアに触れさせてみた。
するとたちまち、手の中の心臓が溶けていき、ブルムベアに染み込むように消えていく。『真眼』で見えている光景でも熊にLPの光がもどり、頭を振ってよろよろと立ちあがった。
「──死亡状態から復帰してすぐに動けるのか」
「意識はどうなっているんだろう。連続しているのかな」
「眷属たちは死亡中は意識がないみたいだったから、今目が覚めた感じなんじゃない?」
蘇生したギガントブルムベアはライラの姿を確認すると後ずさりをし、踵を返して逃げ始めた。
「人の顔を見て逃げ出すとは失礼な」
「INTが低いと言っても自分をキルした相手のことはわかるのか。とりあえず追ってみよう。ボスエリアまで行けるかも知れない」
こちらの追跡を撒いたり、ねぐらを誤認させたりするために違う方向へ逃げるといったような知恵はないようだ。
ギガントブルムベアは一目散に来た道を走って逃げていく。
そしてそれを追う、湿原を水しぶきも立てずに走るローブ姿の二人組。
こんなところをプレイヤーに見られたら良くて怪談話になるところだが、幸い周辺にはMPを持つ生き物はいない。
この湿原の鹿やスライムの生息域が外周付近に集中していたのは、やはりボスである熊を警戒しての事だったようだ。
やがて足元の水気が少なくなっていき、植物もまばらなエリアに入った。
ちょっとした丘のようになっている。
このあたりがボスエリアなのだろう。
ギガントブルムベアは住処と思われる、丘に掘られたあなぐらの前まで来ると、こちらを振り返り体を小さくしながら低く唸った。
「『イヴィル・スマイト』」
「え? なんでまた殺すの?」
「いろいろなケースを試してみたいから。ていっ!」
熊が魔法攻撃によって死亡したのを確認すると、レアはザグレウスの心臓を振りかぶり、投げた。
本気ではないとはいえ、魔王の筋力で投げられた宝石は倒れ伏す熊の体に突き刺さり、貫通はしないまでも、かなり深くまで潜りこんでいったようだ。
「……生き返らないな。遠距離じゃだめなのかな」
「クールタイムとかもあるかもしれないよ」
「ああ、そうか」
熊の遺体に歩み寄り、今度は普通に手で持ったまま触れさせる。
しかし何の反応も起こらない。
「やっぱりクールタイムかな。はい、ライラもやってみて」
「了解。……だめだね。てことはクールタイムは使用者、つまり私たちではなくて、使用される側に設定された時間みたい」
「どのくらいなんだろう。それが明けるまでここでぼうっとしているというのも少し間抜けだな」
「それもあるけど、もし3時間を超えたらこの子勝手に復活しちゃうんじゃないかな。どうする? 待つ?」
「……この子はそれでいいかもしれないけど。
例えば普通の、ダンジョンの支配者とかじゃないNPCの場合、仮に蘇生アイテム使用に1時間以上クールタイムがあったとしたら、その間に魂とかいうものがどこかへ散ってしまうって事だよね」
「そうか。もしそうだったら、普通のNPCは短時間に2度死ぬと蘇生不可能になるってことか」
普通のNPCが短時間に2度死ぬ状況というのは少し考えづらいが、可能性としては有り得る事だ。
「一応待ってみようか。時間はもったいないけど、検証する価値は十分にある」
他にもこの熊を利用して試してみたいことは山のようにある。
いくら殺しても支配権が移らないダンジョンというのは実に素晴しい。
その後はしばらく、ライラがザグレウスの心臓で熊の死体をつついているのを眺めながら雑談をして過ごした。
待っている間に確認したところ、レアには『神聖魔法』のツリーに『復活』が出ていた。ブランの予想は当たっていたようだ。
しかし取得に必要な経験値が多い。
レアにとっては大した数値でもない、というか先日の『賢者は心を支配し、愚者は隷属する』よりも安いのだが、一般的な収入のプレイヤーにとっては躊躇する額と言えるだろう。
もちろん取得しておいた。
やがてライラが持っていたザグレウスの心臓が消え、ギガントブルムベアが目を開けた。
「あ、蘇生した。えっと、1時間くらいかな。微妙な時間だなあ。クールタイム切れと同時に使用すればギリワンチャンあるかな?」
「正確にはクールタイムは前回蘇生させてからだろうから、生き返ってから2回目の死亡までの時間が長いほどチャンスタイムは長くなるね」
かわいそうな熊はすっかり怯えてしまい、生き返ったと同時に逃げだして、あなぐらの奥で震えている。
そのブルムベアが去った後にはザグレウスの心臓がひとつ残されていた。先ほどレアが投げて埋め込んだものだろう。蘇生と同時に体内から押し出され、排出されたらしい。
「よしよし、大丈夫。安心しておくれ。そんなに痛い事はしないし、仮に死んでしまっても1時間後には生き返らせてあげるからね」
「全く安心できる要素がないんだけど。ところでライラは『復活』は出た?」
「出たよ。取得した」
「じゃあ次は、蘇生アイテムとこの『復活』でクールタイムは被るのかどうかの検証だ」
「だってさ! 出ておいでー熊ちゃん」
「そんなんで出てくるわけないでしょう。──ほうら」
「……なにそれ。何してんの」
そもそもギガントブルムベアは空腹に耐えかねてボスエリアの外に行き、エサを求めてうろついていたはずだ。
レアはインベントリから、もはやいつのものかもわからない生肉を取り出し、あなぐらの出口に置いた。
「……たまにさ、アホっぽい事するよね」
「アホっぽくないし、ライラに言われたくはないな」
何故かまったく出てこない熊に業を煮やし、結局『加熱』であなぐらを熱して燻り出した。
検証の結果、ザグレウスの心臓と『復活』はクールタイムは別であり、それぞれをそれぞれのクールタイムごとに使用することが可能だった。
つまり蘇生手段を複数そなえていれば、短時間に2度死んだとしてもすぐに蘇生が可能だ。
さらに言えば『復活』の場合は魔法であるため、クールタイムではなく正確にはリキャストタイムとなる。これは当然発動した本人に発生するものであり、『復活』を使用可能なキャラクターがたくさんいれば、対象は何度死んでも問題ない。その時間は5分とアイテムと比べるとずいぶん短いが、魔法のリキャストタイムとしては長い部類だ。しかし魂がどうのという問題は気にする必要がなさそうである。
この情報をあらかじめ知っていれば、現代の大天使戦はもっと楽だっただろう。そこまで見ている余裕がなかったが、このリキャストタイムの長さなら『復活』の使用には緻密な運用計画が必要になるはずだ。
「じゃあ、次だね」
熊はもう死んだような目をして、すべてを諦めて虚空を見つめている。
出会ったばかりの頃の、あの精気に満ちた雄々しい様子は見る影もない。
「まだ何かするの?」
「予行演習かな。こういう、自分の眷属でないキャラクターに賢者の石とかを与えて転生させる事が出来るのかなって思って」
「ああ、そうだね。それは重要だ」
インベントリから賢者の石を取り出して熊の前に置いた。
先ほど取り出した生肉はもう熊の腹の中である。
食べようとしない熊の態度にレアが苛立ちを見せたところ、貪るように口に入れたのだ。
今度の賢者の石も同様にすぐさま口に入れた。そういう使い方ではないのだが、賢者の石はアイテムを使用するという意思を持って触れるなりすれば発動する。どうやら食べることでもいいらしい。
ギガントブルムベアは一瞬目を見開くと、まばゆい光に包まれた。
『魔眼』の視界では周囲からマナが集まり、ブルムベアを覆い隠していく。
「おお! すごいな! そうか周辺のマナを集めてエネルギーにしてるのか!」
ライラが熊を観察しながら言った。
「視えるの?」
「うん。『邪眼』ツリーに『魔眼』が出てたから。でもレアちゃんがやってる、目で殺すみたいなのは出来ないっぽい。廉価版ていうか、機能制限版なのかな」
改めて目を開けて見てみると、ライラはレアと同様左右の目の色が違っていた。ただしレアとは左右で逆の色だ。いつからだろう。
それにレアは現在片目が『魔眼』、片目が『邪眼』になっていると思われるが、ライラは先ほど両目で邪眼を撃っていた。レアが『邪眼』で複数の状態異常を付与できないのは、片目だけが『邪眼』であるからだと考えていたが、これはどういうことなのか。
「レアちゃんだって、目で殺す時両目を開けるでしょう? あくまでベースは『魔眼』なんだよ。片目の色が変わったのは、アップデートされましたよってだけの意味しかないんじゃないかな。
私の場合は──もう言っちゃうけど、私の場合は6個の目のうち、半分が赤くなってたよ」
なんとなく、ライラは目が増えたのだろうなという気はしていたため驚かない。
ではレアが片目でしか、というかひとつの状態異常しか付与できないのは片目だからではなく、単に先ほどライラが言った通り機能が制限されているからなのだろう。
試したことがないが、レアも赤い方の眼でも紫の方の眼でも『邪眼』は撃てるのかもしれない。
そうしているうちいつの間にかギガントブルムベアはさらにひと回り大きくなり、ギガントパンターベアに転生が完了していた。
「……豹熊? まあ、豹柄ではあるけど」
「ブルムベアがIV号の突撃仕様の改修車だから、V号ってことなんじゃないかな」
「何言ってるの?」
「なんでもない。となるとこの次は虎柄になったりするのかな」
「いちおう機番ではV号とVI号だけど、命名されたのは虎のほうが先じゃなかったっけ」
「知ってんじゃん!」
身体のサイズだけでなく、能力値も相応に上昇したはずだ。
『鑑定』で覗き見てみると、思った以上に能力値が上がっている。INTもそれなりに上がってはいるが、他の能力値に比べればまだ少ない。それよりMNDが意外な伸びを見せていた。もしかしたらここ数時間の経験が何か影響を及ぼしていたりするのかもしれない。
STRやVITの伸びもいいが、それ以上にAGIが素晴らしい。豹なのは柄だけではないようだ。
この数値だと、もうおそらくここらのプレイヤーでは逃げ切ることはできまい。
例の全能感でも感じているのか、熊は悠々と立ち上がり、不遜な態度でレアを見下ろしてきた。
「これ、やっぱりNPCでも起こる現象なんだね。身の程を知るといい。『自失』、恐──」
「あ、待って。何か近づいてくる。プレイヤーかなこれは」
言われてみれば、『魔眼』で見える範囲にプレイヤーらしき複数のMPが近付いてくるのがわかった。
ライラはすでに『魔眼』の視界に慣れているようだ。というか、つまりこのダンジョンに入ってからずっと周囲のMPが見えていたということであり、いちいちレアが索敵をして教えてやっていたのは無駄だったということだ。早く言え。
「……プレイヤーが近付いてきているのなら、プレイヤーと遊んでもらった方が面白いかな」
『自失』による意識混濁は一瞬だ。実際には気を取り直すというか、再度行動に移れるようになるまでに数秒を要する場合が多いが、熊はもう自分を取り戻している。
ただしレアに何かをされて意識を飛ばされたということはわかったらしく、先ほどまでの恐怖を思い出したのかすっかり小さくなってしまった。『恐怖』まではかけていないにもかかわらずセルフで恐怖に陥っている。もっとも状態異常のそれと違って、目の前が真っ暗になるというほど強烈なものでもないようだが。
「熊ちゃん、ほら、そろそろ君にも見えるかな? あっちにニンゲンがたくさんいるでしょう? あれは食べてもいいやつだよ」
この程度のINTではまだ言語を理解できるかどうかは微妙なラインだが、身振りや雰囲気からライラの言いたいことを察したのか、再び立ちあがって遠くのプレイヤーたちの方を向いた。
「このままここにわたしたちがいると、さっきの、せっかくのライラの小芝居が無駄になってしまうかな」
「いいよ別に。どうせ咄嗟に適当なこと言っただけだし。重要なのはプレイヤーにNPCだと思われることであって、妹の目を治す云々は別にどうでも」
次回は別視点となります。話としてはこのすぐ続きですが。




