第23話 「ゲーム内経済の行き着く(かもしれない)先」
2020/4/1
タイトル改訂。
タヌキの肉はそのまま白魔に預け、適当に食事を摂っておくように告げると、レアたちは這いずって洞窟の奥へ戻った。
女王の間(仮)に戻ると、スガルの凍結は解除され、レミーと2人で一行を待っていた。
マリオンがさっそくレミーにインベントリの自慢をするのを横目に見ながら、レミーとスガルのINTに経験値を振る。
「レミーも試してみたらどうだい? マリオン、レミーに教えてあげるといい」
丁度いい機会なので、マリオンの説明でレミーがインベントリを使えるようになるのか確認してみることにした。
最初のうちは何を言ってるんだこいつはというような顔をしていたレミーだったが、マリオンが何度かインベントリを操作するのを見たところ、すぐに使えるようになった。
誰かに教わらなければ使えるようにならない、という仮説がどうやら有力のようだ。さらに言えば、実際にその目で確認しながら教わる必要がある。
条件がこれだけだったとしたら、教える側に教えるつもりがなかったとしても、見ていれば覚えるのだろうか。もしそうならば、この先プレイヤーと接するNPCが増えていくにつれ、インベントリを使えるNPCも増えていく可能性がある。
もしそうなれば、どうなるだろうか。
まず、物流業界が崩壊する。
荷物を運ぶだけならば、人が1人いれば事足りるようになり、馬車などの需要も激減するだろう。
馬車を初めとした物流に関するあらゆる産業が打撃を受け、輸送コストの低下にともなって物価も下がるだろう。未曾有のデフレに襲われる可能性がある。
生鮮食品もいくらでも遠くに輸送できるようになる。足が早いために価値があるとされるものは、軒並み価値が下がるだろう。
食品などは、よほど絶対数が少ないもの以外は、おしなべて価格破壊に襲われる。
また、傭兵たちがモンスターを狩る際の効率も跳ね上がる。
これまでは現地で解体して、持って帰れる分しか街へ供給されることはなかった。
しかしこれからは狩った獲物をまるごと持って街へ帰る事ができる。
食料や水の輸送もノーコストになるため、遠征の際にペース配分をする必要もないし、どれだけ長い旅になっても、いくら狩っても、それ自体が遠征の失敗につながることはありえない。
兵站の概念が消え失せるのだ。
そしてそれは軍事行動にも言える。
最も早く、インベントリを軍に導入した国が、この大陸の主導権を握ることになるだろう。
大陸は大戦国時代に突入だ。
建築業界なら、石材や木材は1人で運んで必要なところにそのまま出せる。高価な家具が、輸送中に破損する危険もない。
漁業もそうだろう。漁獲量は船のサイズに依存しなくなる。
農業ですらそうだ。豊作のときの蓄えを、いつになっても採れたての状態で出荷することができる。
極論を言えば、その年の税のための獲れ高をごまかすことも容易だ。他人のインベントリの中のものは誰であっても干渉できない。
いまレアがぱっと思いつくのはこのくらいだが、この程度ではないはずだ。
インベントリが開放されれば、究極的には人は家さえ必要なく、それはもはや土地に縛られないということを意味する。
土地に縛られないとなれば、もはや国は体をなさなくなり、経済は崩壊する。金をありがたがるものはいなくなり、取引は宝石や貴金属そのもので行われるようになる。
ここに至れば、誰も自分の情報を公開する事さえもなくなる。
人類であれば大抵はなんらかの職についているはずだが、その商売道具や服装さえも普段は完全に隠しておくことができる。資産も家も隠し通せるとなれば、税を取るにしても一律の人頭税以外は有り得なくなる。
しかし、住居もなく、その人物が旅行者なのか国民なのかさえ国は見極めることができないとなれば、その人頭税さえ取ることは難しい。
そこにあるものを自分のインベントリに入れてしまえば、盗みも容易に行なえる。
表に出してあるものはすべて誰かに持ち去られ、しかもそれを証明できない。
だれもが何もインベントリの外に出さなくなり、宝石取引さえ信用手形で行われるようになるだろう。
そのうちにその手形さえも使うものは居なくなり、取引という行為そのものが変化を余儀なくされるだろう。
信用できる人間は自分だけ。信用できる物は自分のインベントリに入っている物だけ。
インベントリの使用を前提とした、全く新しい経済体系の始まりである。
とは言ったものの、さすがにそこまで大事にはなるまい。
仮に本当にワールドシミュレータ級のハードウェアで異世界をエミュレートしているとしても、さすがに経済が崩壊しそうになったなら運営も介入するだろうし、そもそもそのように世の中が推移していくとも限らない。
もとよりレアは先のAI関連技術同様、経済も素人だ。そうした事を考えるのが好きな人間が近くにいたため、多少影響を受けているに過ぎない。
下手の考え休むに似たりという言葉もある。考えても仕方がない。
教えるつもりがない場合はインベントリの継承が行われない、という可能性もまだ残っている。また、教わる側に覚える気がない場合もそうだ。
現に、スガルも試そうとしているが成功しそうな気配はない。あれはスガルに教えるつもりでやっていないから、かもしれない。
「じゃあレミー、使えるようになったのなら、今度はそれをスガルに教えてやってくれないか。ちゃんとお手本を見せるんだよ」
レミーがスガルにインベントリを教え始めた。レアはスガルのINTをいじりながら、後回しにしていたスガルのスキルの確認を行うことにした。
やはり、見たこともないスキルがある。
『産み分け』とか『多産』とか、どう考えてもプレイヤーが取得できるとは思えないものも若干気になるが、レアの目を最も惹いたのは、『眷属強化:STR』などだ。
現時点では取得可能リストに現れただけであり、スガルはまだ取得していないが、もしこの系列の『眷属強化:MND』をスガルが取得していたら、あれほど容易に巣を制圧できたかわからない。いや、おそらく無理だったはずだ。
そして気になるのが、『眷属強化』は単体のスキルではなく、『調教』のツリー上に存在しているということだ。
一般スキルのツリーにあるということは、『調教』が取得できるなら条件さえ満たせば誰でも取得できる可能性があるということだ。
その条件とはなんだろうか。
そういったスキルが有るのなら、レアもぜひ取得したい。その系統のスキルを取得することを第一に考えれば、無理に眷属たちに経験値を振る必要がなくなり、総経験値の節約につながる。
スガルのスキルを見てみるが、そう特別なものはない。ようにみえる。
まさか『産み分け』や『多産』が条件ということはあるまい。
レアは自分のスキル取得画面を眺めながら、関係ありそうなスキルを考える。
まず魔法関係は、スガルが持っていないため考えづらい。
と、そこまで考えたところで気づいた。スガルはそもそも『精神魔法』も持っていない。
にもかかわらず、『使役』を持っているということは、女王の種族特性として『使役』、というより『調教』ツリーに特化しており、それらのスキルは無条件で取得が可能なのかもしれない。
ならばスガルのスキルからヒントを得ることはできない。
『眷属強化』も種族特性で取得が容易になっている可能性がある。
仮に魔法が関係しているとすれば、最もありそうなのは『付与魔法』だろうか。このツリーなら、そのものズバリの名前の魔法がある。
そもそも『付与魔法』も、ツリーには『付与魔法』しか存在しないスキルだ。しかしこちらは『錬金』と同じく、派生条件を見つけるのは容易で、クローズドテストの時にすでに一通りは判明していた。
その内容は、次の通りである。
『付与魔法』と『火魔法』で『強化魔法:STR』
『付与魔法』と『水魔法』で『強化魔法:MND』
『付与魔法』と『風魔法』で『強化魔法:AGI』
『付与魔法』と『地魔法』で『強化魔法:VIT』
『付与魔法』と『雷魔法』で『強化魔法:DEX』
『付与魔法』と『氷魔法』で『強化魔法:INT』
おそらく、この『強化魔法』を取得すれば、対応した『眷属強化』がアンロックされるのではないだろうか。
これに関しては仮に間違っていたとしても、自身があまり直接戦闘をするつもりがないレアには相性のいい魔法なので、取得に抵抗はない。
問題なのは、数が多いため検証に必要な総経験値が膨大になるということくらいだろうか。




