第226話 「ザグレウスの心臓」
2020/4/4
タイトル改訂。
トレの森に帰還したレアは、そこへウルルを『召喚』し、かなり減らされていたLPを回復させた。
そこにはすでにライラが待ち構えており、レアを出迎える。
「──おかえり、レアちゃん。マジで大天使倒しちゃうとは。ってうわ超LP減ってる!」
「ただいまライラ。なんでわかっ……ああ、『真眼』か。ブランは?」
「ちょっと席を外してもらった。まあ別に居てもいいんだけど、念の為」
ということは運営絡みで大天使絡みの件だろう。
「それで、なんなの話って。システムメッセージがどうとか言ってたね」
「うん。読んだ?」
「まだ。じゃあ先にそっちを読んでみる。あ、その前に。スガル」
〈こちらに〉
天空城落下地点の周辺を蟲たちで固め、武力封鎖しておくように指示しておいた。
現在、あの辺りはベスパたちがドロップ品を求めて飛び交い、さらにメガネウロンたちもいる。
プレイヤーは見つけ次第始末するよう命じてあるため、よほどの事がなければ大丈夫だとは思うが、あまり荒らされたくはない。
手に入れそびれたと言っても、天空城はそれそのものが重要なアイテムだ。壊れてしまっているとしても、何の使い道もないとも限らない。
*
「なるほど、そういう事か」
「そうなの。そういう事」
生まれて少し経った魔王よりも強い程度、つまり前回のイベントでヒルスを滅亡させた災厄以上の戦闘力を持つボスが56体である。
戦っている時はそこまで意識する余裕は無かったが、冷静に考えればプレイヤーが普通に戦って勝てる相手ではない。
というよりレアでも正攻法では無理だった。
つまりあれはもともと勝てないように設定されたボス、いわゆる負けイベントだったのだろう。
「まさか勝っちゃうとはね。どうやったの?」
「それは秘密だけど。それよりライラが運営からされた提案だか協力要請だかっていうのは、ヒューゲルカップについてのこと?」
「そう。それで、システムメッセージで告知があるまでは原則他言禁止、その後でも最小限の情報しか漏らしちゃ駄目って言われてて。大天使が誰かに一回でも討伐された後ならオールオッケーですよって話だったんだけど。
まぁ、とは言っても、私がヒューゲルカップを支配している事を公にしてないって点は織り込み済みでの許可なんだろうけども。それを考えれば話せる相手も話せる内容も限定されるし」
「具体的には何を協力したの?」
「書いてあったとおり、騎士たちの動きを制限させたりとかだよ。魔物プレイヤーも来るかもだし、むやみに魔物を攻撃しないようにとか。
幸い出入り口から城の地下までは街に入らなくてもアクセス可能みたいだったし、街の中をどうこうする必要がなかったのはよかったけど。
その代わり城から地下へのアクセスは全く出来ないから、街の中にはあっても私の制御下にはない設備ってことになっちゃってるけどね。私があれの存在にまったく気付かなかったのはそのせいかな。
後は騎士たちにアイテム持たせて地下道を綺麗にしたり、出入り口付近にテントとか設営してやったり、騎士団詰め所でやってた酒場を出張させて屋台出したり」
「それで運営からの報酬は? なんかあるんでしょ?」
「それは秘密。大天使討伐の秘訣を教えてくれたら教えてあげるよ」
「じゃあいらない」
「あそう……」
SNSではさっそく話題になっている。
その過去世界とやらではまだ誰も討伐に成功していないようだが、一方で現代においてすでに大天使が滅びた事は例の丈夫ではがれにくいというプレイヤーによって宣伝されていた。
なにやらやたらとレア──第七災厄が格好良く描写されていて面映いが、必死なあまり気づかなかったが傍から見たらこのくらい格好良かったのかもしれない。
「何ニヤニヤしてんの?」
「してない。それよりも、まだ過去で大天使1回も倒されてないみたいだけど、わたしに情報公開しちゃってよかったの?」
「私の受けた指示としては、大天使が討伐されたら情報公開おっけー、ってことだから、現代のは倒されてるからいいんじゃない?」
運営が言いたかったのはそういうことではないだろう。
過去世界に転移する仕様についての口止めがしたかったはずであり、現代の大天使については全く関係ない。
「どういう仕様にするつもりだったのかな。過去で一定数大天使が討伐されたら現代のやつが弱くなるとかかな」
「さあねえ。どのみち、何か起きる前にレアちゃんが倒しちゃったし、これから先に明らかになることはないだろうし、どうでもいいんじゃない」
「それもそうか」
あの大天使が弱体化するとしたらどんな形になるだろう。
数が減るとかだろうか。
いや、それではただの雑魚である。
あれだけの数が居たからこそ苦戦したのであって、数が少なければもっと短時間でケリが付いていた。
「そういえば、大天使のドロップアイテムって何だったの?」
「ああ、そうだった」
ドロップアイテムの回収を任せているユーベルを『召喚』し、宝石を『鑑定』してみた。
「名前は、ザグレウスの心臓……? タロット? ギリシャ神話かな。何で大天使の心臓にギリシャの神の子の心臓の名前が付いてんだろ。ザグレウスっていうと……確かゼウスとペルセポネーの子で、一回殺されるけど後に再誕して……まさか」
説明には「死した者の肉体を癒し、魂を呼び戻す効果がある」とある。
「……まんま、蘇生アイテムなんじゃない? これ」
「……そうだね」
単純にそういうアイテムとして名前を借りているだけのようだ。パニックやナルシストなど、神の名に由来する言葉は現代にも多く伝わっている。変わったところではヘベレケもそうである。ゲームの中ではこれもその類なのだろう。
しかし期せずして蘇生アイテムが入手できてしまった。
しかもこれからは、その気になればいくらでも入手が可能だ。
システムメッセージを読む限りでは、適当なアイテムを消費することで大天使に挑戦することができるとある。
討伐に成功した者が未だ存在しないため詳細は不明だが、過去世界の大天使の討伐時にもこのザグレウスの心臓がドロップするのであれば、実質的に要らないアイテムを蘇生アイテムに変換できるイベントと言い換えることもできる。
「関連のスレ見てみると、一番変換効率がいいのは清らかな心臓みたいだね。特に使い道がないのに10AENするんだって。つまり清らかな心臓10個で大天使に挑戦できると」
低ランクの素材などでは小数点以下の数値にしかならないようだ。銅鉱石を10個入れてようやく1AENになったという報告もある。
幸い、ライラの所にもレアの所にも清らかな心臓は大量に集まってきている。最近ではウェルス聖教会にも同様の指示を出しているため、そちらでも集まっていることだろう。
このアイテムも、もしも蘇生アイテムの素材になるのならと考えて一応集めているというだけで、特に使い道を考えているわけでもない。というか、蘇生アイテムを手に入れる算段がついたのならもう必要ないとも言える。
ライラの手引きでヒューゲルカップの騎士などに持たせ、金貨と引き換えにアーティファクトを利用させてやるというのも悪くないかもしれない。
「要するに清らかな心臓10個と蘇生アイテムを交換するアーティファクトって事だね。悪くないレートなんじゃない?」
「いや要しすぎでしょ。それも大天使に勝てればの話だよ。今のところのレビューだとちょっと無理そうな気配なんだけど」
勝てるかどうかはプレイヤー次第だ。
というか、単純に試行回数の問題なのではないだろうか。
このメッセージを読む限りでは、転移先は必ず大天使誕生直後になるらしい。
であれば、プレイヤーたちがどれだけ戦ったとしても、戦闘経験が大天使のAIに蓄積されていくことはない。
相手の経験が毎回リセットされているのなら、相手の行動をある程度パターン化して解析することも可能なはずだ。
それなら何度も挑戦し、相手の手札を詳らかにしてやれば、いつかは誰かが勝てるだろう。
「どうやら、大天使は蘇生とか復活とか、回復とかそういうものに適性が高い種族みたいだね」
「ドロップアイテムからすると、そうなのかな」
ライラは知らないだろうが、それだけではない。
50体を超える大天使、そのすべてが『回復魔法』や謎の蘇生スキルを取得していたことからもそれは明らかだ。
「『復活』かあ。取得条件は何かな」
これまでレアは蘇生についてそれほど重要視はしていなかった。
レアの陣営において、最も死亡してダメージが大きいのは当然レア本人である。
その時、眷属たちは同時に全員死亡しているはずであり、レアを蘇生できる者はいない事になる。
それに仮にその時レアが蘇生できたとしても、どのみち眷属たちのリスポーンには1時間がかかってしまう。
つまり死亡した時点で大損害なのであり、すぐに生き返ろうが3時間後に生き返ろうが大差ないためだ。
しかし大天使たちと戦ったことで考えを改めることになった。
蘇生は何もレアにのみ必要なことではない。
死亡してしまった眷属をその場ですぐに復帰させられるというのは思った以上に強力な戦術だ。というかあれをやられると非常に面倒くさくて鬱陶しい。自分がやられて嫌だった事は、敵がやられても嫌なはずである。
考えてみれば当たり前のことなのだが、自分自身が死亡したケースの損害ばかりに目が行って全く考慮していなかった。
「え? 何『復活』って。そんなの使う奴が居たの?」
「うん大天使がね。まあおかげで大変だったよ。と言ってもあんまり詳しくは見れていないし、何が取得条件なのかは詳細にはわかんないけど」
「まあ、格上との戦闘中じゃ、そんな余裕はないよね」
1体であれば別に格上というわけでもなかったのだが、それは言う必要はない。
「あっでも、アーティファクトで過去に行ったらさあ、生まれたての大天使がいるんだよね? もしその時点でその『復活』とかいうのを持っているのなら、調べられるんじゃない?」
悪くない提案だ。
正直しばらく大天使はもういいという感じだったが、そういう目的であるなら行くのもやぶさかでない。
しかしシステムメッセージの内容によれば、討伐難易度は☆5以上ということだった。
これはなんとも判断しづらい数値である。
何せおそらく現状、☆6以上の難易度設定は存在しない。つまり☆5以上とは難易度が青天井ということであり、倒せるレベルなのかどうなのかも不明だ。
現に未だにプレイヤーによる討伐者は出ていない。
「現代のやつを弱体化させるだの消滅させるだのが目的で過去にジャンプしてるくらいだし、現代のやつより強いってことはないでしょう。それだと本末転倒だ。現代のやつが倒せたレアちゃんならよゆーよゆー」
SNSに上げられている内容を見るに、大天使はどうやら単体のようである。
その上で現代で戦った個体より弱いとするなら確かに楽勝だろう。
初見殺しとも言える各種弓矢のアクティブスキルは、正面から撃たれたとしたらもう当たる気がしないし、1体しかいないのであれば集中すればノーダメージクリアも可能かもしれない。
「せっかくだからお姉ちゃんと行こうよ。ブランちゃんとか誘ってさ。ね?」
「……悪くないかもね」
全ての特性をオフにし、マスクか何かで口元や目元を隠していけば騒ぎにもなるまい。
その上でライラやブランとパーティを組んでボス討伐戦というのは面白そうではある。
とはいえ3人パーティでクリアした事がバレてしまえばやはり面倒になるだろうし、出来れば誰にも見つからないのが望ましい。
『迷彩』などで姿を隠していくべきだろうか。
「だったらブランにはやたらめったら変身しないように言いつけておかないとね。言っておかないと絶対変身するよねあの子。ところで発動キーの変え方はわかったのかな」
「それは教えておいたよ。いつまでも変態!じゃ可哀想だし」
「むやみに『変態』するのを抑制するという意味では悪くないと思ったけど」
ザグレウスよりもディオニュソスの方が有名かもしれない。心臓は同じものだけど。




