第216話 「災厄3体融合 アルティメット魔王」
2020/4/4
タイトル改訂。
いろいろ実験してみた結果、王妃の部屋には床に穴が空いてしまった。そこはすでにスガルが工兵アリを呼んで修繕が始まっているので問題ない。
まず最初に鏡を見ながら行なったのは当然『変態』の発動だ。
しかしそう口にしながら発動するという事に抵抗があったため、一度も使うことなくワードの変更を行なった。
とりあえずの発動キーに設定したのはヒデオ同様「変身」である。
このゲームにおける『変身』と言えば、見知った人物ではライストリュゴネスのアザレアたちが持っている。彼女たちの種族由来のスキルで、別の種族・またはキャラクターに変身できるというものだ。
「変身」というワードに設定した場合は、例えば発動キーを誰かに聞かれた際、そちらの『変身』と誤認される可能性がある。もっとも『変身』を知っているキャラクターがいればだが。
それはそれで問題ない。
むしろもっと別の、例えばゲーム内に存在しないようなワードにしてしまえば面倒な事になりかねない。特にプレイヤーたちからは同郷であると疑われる要因になる。
レアがもっと幼ければ「メイクアップ」や「メタモルフォーゼ」などのワードに惹かれたかもしれないが、この歳になればそこまでこだわることでもない。究極的な話「変態」でなければなんでも良かった。
これで問題があるようならまたあとで変更すればいい。
そして鏡の前で何度か『変態』を行ない、この特性の仕様について大まかに掴むことが出来た。
もともとスガルが持っている『変態』は正確にはこういう効果だった。
自身の身体の一部、または全部を、特定の形状へ変化させる。変化に要する時間は追加でMPを消費することで短縮できる。変化した部位は変化後の形状により一時的にスキルを獲得する事がある。効果時間は消費コストによる。
しかしスガルが『変態』させていたカマキリの鎌やクモの出糸管などは、スガルの『産み分け』や『繁殖:蟲』によって『変態』リストに追加された、言わば隠れ特性である。
スガルの種族特性としてそれらが常に表示されているというわけではない。
『変態』によって発現させることのできる特性は様々であるが、基本的には単にフラグ管理をしているだけのようである。
要はそれぞれの特性が、オンの状態にあるのか、オフの状態にあるのかということだ。
例えばレアで言えば、「角」「魔眼」「翼」「超美形」などは常にオンの状態にあり、当然だがこれによってコストを要求されるようなことはない。
今回追加された特性も同じで、オンの状態にしたところで特にMPやLPが消費されることはない。
これを試した時、多脚や甲殻など全ての特性をオンにしてみたところ、レアの下半身が丸ごとクモのような形に変わり、8本の脚が生え、当然その分身長も高くなり、天井に頭をぶつけ、体重も増加し、床が抜ける事態になった。
咄嗟に『飛翔』していなければ、もう何階ぶんか床をぶち抜いていたかもしれない。
その教訓を生かし、現在は1階の多目的ホールに鏡を持ち込んで検証の続きを行なっている。
また前述の種族特性のオンオフはあくまで『変態』の副次効果にすぎず、本来は特性『変態』の内部データに格納されている別形態への変化を行なうスキルであるようだ。
説明文にある「特定の形状に変化させる」や「形状により一時的にスキルを獲得する」という部分はそれのことを指しているらしい。
スガルで言えば前述の隠れ特性がそれに当たる。
レアも『産み分け』が取得可能リストに載っているため、その気になれば同様の能力を得ることが可能だ。
しかしさすがに未婚の女性である自分が卵を産むというのは心理的抵抗が大きい。この方向からアバターの強化をすることはおそらくない。
クイーンアスラパーダの他に『変態』が可能な魔物がもしいるようなら、その種族はまた特有の『変態』形質の獲得手段を持っているはずである。それを見つけてからでも遅くはない。
『変態』については当面は特性のオンオフ機能だけでよいだろう。
ただどの特性をオンにして、どの特性をオフにするのかは指定してやる必要がある。
何も指定せずに『変態』を発動した場合、現在オンの特性はすべてオフになり、オフだった特性はすべてオンになるようだ。
ヒデオはもともとヒューマンで、通常の時は何の特性も発現させていなかったはずだ。彼ならそれで問題なかったということだろう。
だがレアはそれでは少々問題がある。
普段であれば「角」「魔眼」「翼」「超美形」がオンの状態だ。
ここで全てのオンオフを入れ替えてしまうと、下半身が甲殻に覆われたクモになり、毒を持つ毛針が生え、角が消え、翼が消え、目から光が消え、髪のキューティクルなどが消える事になる。
まるで自分自身の変化に耐えられず心を閉ざしてしまった人のようになってしまう。
それにもう慣れてしまったため普段は気にもしていなかったが、角も翼も、無いなら無い方が生活しやすいのは確かだ。できれば普段はオフの方がいい。また逆に角や翼だけが必要だというケースもあるだろう。
やはり個別に設定出来た方がいい。
この時、例えば翼をオフにするとスキルリストの『飛翔』の文字が灰色に変わる。
取得してはいるがノンアクティブになっているという状態だ。当然飛ぶ事は出来なくなる。
『飛翔』に際しては翼を使おうが使うまいが飛ぶ事が可能だが、やはりあくまで翼あってのスキルという事なのだろう。
ひとつひとつの特性を個別に切り替える場合、例えばデフォルトであれば『変態:角』のように発言する必要があるようだ。
そのように発動すれば個別設定も可能だが、ここのワードが例えば「変身」ではちょっと締まらない。
「──まあ、他に魔王が生まれたりしなければどうせわかんないだろうし、自分でわかりやすいワードにしておくか」
悩んだ挙句に「解放」にしておいた。
これならプレイヤーに聞かれたとしても、スキルの発動ワードなのか単に行動宣言しているだけなのか区別がつくまい。
そうして特性の選別を行う事にした。
特性から「魔眼」を外してしまうと『魔眼』が使えなくなるため、生活に支障が出る。これは常時オンのままだ。
それから邪魔ではあるのだが、「角」も常時オンにしておくことにした。外部からの精神攻撃や『使役』などを防いでくれるというのは大きい。
『使役』についてはブランに聞いたところでは、プレイヤーである限りは抵抗に失敗したとしても特に問題はなさそうではある。
しかし『精神魔法』への抵抗の際に大きなボーナスがあるというのは心強い。つい先ほどヒデオに発動した効果を見れば明らかだが、相手の行動を抑制する状態異常は非常に強い。絶対に食らいたくない。
また「超美形」も常時オンのままだ。相手に対する『魅了』のボーナスくらいにしか使っていないが、『魅了』の前にいちいちオンにするのも面倒である。わざわざオフにする理由も特にない。
一方で「翼」は普段はオフにしておくことにした。『飛翔』やフェザー系の攻撃が必要な時だけ生やせばいい。初動が一拍遅れることになるが、これまで初手から『飛翔』や『フェザーバレット』などが必要だった場面はあまりない。戦闘開始直後に『飛翔』が必要になるような事態だったらもっと前から飛んでいるだろうし、フェザー系の攻撃は戦闘の合い間、魔法のリキャスト中に使う事の方が多い。
この状態を自身のベースの形態としてひとまず決めた。
パッと見ではただ少し耳の尖ったヒューマンだ。角が生えている事を除けば。
またスガルを通じてクイーンアラクネアたちに新しいドレスを作るよう指示を出した。
デザインとしては背中側が腰まで開いたバックレスのドレスであれば何でもいい。
普段から翼があるのならそこにだけ穴を開けておけばいいが、そうでないなら開けていてもおかしくないデザインが必要になる。
生まれながらの特性によって肌が弱いにもかかわらず露出がどんどん増えていくが、背に腹は代えられない。
そうしたドレスを着て上からショールでもかけておけばいいだろう。
それと新しい下着も必要だ。
先ほど下半身がクモになった時に弾け飛んだ。
スカートが広がってくれたためドレスはほぼノーダメージだが、下着はそうもいかなかった。
特性の「甲殻」も上半身部分にはほとんど影響が無かった事も幸いだった。
ヒューマンであるヒデオは全身が甲殻と鎧に覆われていたようだったが、この差はどこから来ているのだろう。レアも「鎧」を得られれば変化するのか、それとも魔王の上半身は他の特性に対して優勢因子でも持っているのか。
「こんなところか。じゃあ、次だな」
大きな鏡をインベントリに入れ、再びトレの森に戻った。
*
広場に戻り、次に『召喚』したのは鎧坂さんだ。
第七災厄としての鎧坂さんのビジュアルはそれなりにインパクトがある。
これからもこれまで通り、第七災厄の第一形態として運用して行くのもいい。
しかし近い将来、鎧坂さん単体ではプレイヤーたちに勝てなくなる時がくるだろう。
今でもすでに一部のプレイヤーは鎧坂さんに傷をつけることが可能になっている。
そうなる前に、何らかのテコ入れが必要だ。
まずは賢者の石グレートを与える。
これですんなり転生し、継続して運用が可能なようならそれでもいい。
しかし転生できなかったり、または転生したとしてもこれまでと同じような運用ができない場合、その時は名残惜しいがレアの血肉になってもらう。
《眷属が転生条件を満たしました》
《あなたの経験値3000を消費し「カストルム・カエレスティス」への転生を許可しますか?》
もう名前から想像がつく。
これはたぶん、また大きくなる。
「……許可しよう。天上の城塞、神の城塞か。あんまり変わってないような気がするけど、消費経験値からしてたぶん、これが一番上なんだろうな」
あれ以上大きくなるのなら、やはりこれまで通りの運用はできそうにない。
ならば鎧坂さんとひとつになり、これからは第一形態と第二形態の力を併せ持つ完全態としてプレイヤーたちの前に立つことにしよう。
思えば鎧坂さんとは長い付き合いだ。
第一回目のイベントの時にまでさかのぼることができる。
あの頃は鎧坂さんもまだ常識的なサイズで、剣崎と──
「あれ、剣崎は? あ、しまった! 一緒に転生させてしまった!」
アダマンアルマたちの時と同じで、たぶん装備品として一緒に取り込まれ、鎧坂さんに統合されてしまったと思われる。
転生が終わり、姿を見せた鎧坂さんはやはりさらに大きくなり、武者髑髏やジャイアントコープスたちよりもだいぶ大きい。というか、近くのウルルと同じくらいある。もはや普通に巨大ロボだ。
その背には4本の巨大な剣を携えており、剣崎たちの面影がうかがえる。
《災害生物「天の城塞」が誕生しました》
《「天の城塞」はすでに既存勢力の支配下にあるため、規定のメッセージの発信はキャンセルされました》
「……まあ、いいか。どのみち、あまりにサイズとかが変わってしまうようなら、この後まとめてわたしとひとつになってもらうつもりだったし」
鎧坂さんはすでにそれを察してか、アルケム・エクストラクタに近づいている。
心なしか「早く、早く」と言っているようにも見え、なんだかレアの方が腰が引けて来てしまう。
こいつらとひとつになって本当に大丈夫なのだろうか。
アルケム・エクストラクタはアーティファクト特有の不思議なパワーにより、巨大な鎧坂さんをも難なくフラスコに取り込むことができた。
そのため片方のフラスコが異常に大きく、もう片方のからっぽのフラスコは普通サイズという、シオマネキのような形になってしまっている。
スタニスラフはたいへん驚いているようだ。
無理もないだろう。あの地下遺跡ではどうやってもこんなサイズの素材を使うことなどできないし、試したことがあるはずがない。
「じゃあ、頼むよ」
*
「なるほど、種族特性には組み合わせ効果みたいなものがあるのか」
例えば「翼」と、剣崎を取り込んだ事により手に入った「剣」だ。
この2つを同時にオンにすると、『フェザーバレット』や『フェザーガトリング』で射出する羽の弾丸が短剣の刃に変わる。要は背中に大量のスペツナズナイフが生えているようなものだ。生えている時に触ってもふつうの羽根の感触しかしないが、部位を武器として扱うような時には剣としての属性も得られるようだ。
ゲーム的に言えば、特性「剣」を持つキャラクターの素手による攻撃は「打撃」と「斬撃」または「刺突」のダメージ属性を持つということだろう。
同様の相乗効果は他にもあり、「角」「金剛鋼」などもおそらくシナジー効果がある。
これらを同時にオンにすると、頭部の角が黒くなる。
金剛鋼、とはアダマスのことのようなので、この時、角はアダマス製になっているということだ。それ自体に意味があるのかはわからない。
しかし見た目には角の色以外に変化はないが、この時物理耐性と魔法耐性も上昇している。角の精神耐性と合わせて三耐性にボーナスがつくという素晴らしい状態だ。
またあまり積極的に使うつもりはないが、「金剛鋼」「鎧」「多脚」「巨体」の組み合わせはまさに圧巻だった。
全身を黒金の鎧に包まれた、女騎士然とした上半身を持つ巨大なアラクネーが出現したのだ。
さらにここに「翼」「剣」を追加すれば、クモ部分の頭胸部、その背中側からまるで剣を材料にして造形したかのような鋭利な黒い翼が現れる。
この状態で『フェザーガトリング』を放つと、サイズ補正のせいか異常な威力になり、山をも削り取る事ができる。ただし命中補正は最悪で、ヒューマンサイズを狙ってもまず当たらない。それにコストとして必要なLPも増大する。
こんなことになってしまってはもはやドレスの形状など関係ないだろう、すべて破れ飛んでしまったに違いない、と当初は悲観していたが、そんな心配は無用だった。
なぜなら元々のレアの上半身は、巨大アラクネーのヒト型上半身の額部分から生えていたからである。
「これ、こういう敵どっかで見たことあるぞ……」
とりあえずわかったのは、魔王の種族としてのアクの強さであろうか。
「……おかしいな、ブランの依頼で変身ヒーローを作る実験をしていたはずだったのに、完成したのは巨大化する敵怪人の着ぐるみだ……。どこで間違えたんだ」
ただよかった事も当然ある。
鎧坂さんが天の城塞に転生した際にアンロックされたらしい『天駆』をレアも取得可能になっていたことだ。
これは『産み分け』にも言える事だが、すべての特性をオフにしても特に消えることがなかった。
特性によって与えられている特定の部位とは関係ないファクターだということなのだろう。要は能力値と同じだ。そういった表示には出てこないマスクデータによってスキル習得の条件を満たしたものと思われる。
だとすればあのヒデオも、なんだかよくわからないスキルを取得可能になっていてもおかしくない。
なにせフンコロガシ100匹をその身に取り込むことでアンロックされるスキルだ。恐ろしいものに違いない。
また、これまでINTとMNDに偏っていた能力値も、ずいぶんと平均化されたように思える。
おかげでLPもMPもまたかなり伸びた。
『技術は長く、人生は短い』の効果によってかつてMPはLPの倍以上あったが、増えた能力値やLPそのものの事もあり、その差もかなり縮んでいた。
特性「巨体」をオンにすると大型ボスの仕様によってLPだけがさらに増えることになる。
同時に同じく仕様により範囲攻撃が多段ヒットしてしまうようになるが、この時レアの場合は『魔の鎧』によりダメージを受けるとMPから減っていく。つまり増えた分のLPはレアにとっては特にメリットにならない。
MPが無くなったとしてもLPを消費することで魔法やスキルの発動は可能なので、別にどっちでも変わらないと言えば変わらないのだが、なんとなく損をしているような気分になる。
積極的に巨体をオンにしたくないのはそのせいでもある。
「……とにかく、素材をよく吟味さえすれば、おそらく変身ヒーロー化は可能になった。強いからとか、思い入れがあるからとかの理由で考えなしにアルケム・エクストラクタを使うと怪人になってしまうから気をつけろと言っておかないとね」
それからもう一度、リーベ大森林の洞窟に行く必要が出てきてしまった。
別にやってもやらなくてもそれほど変わらないのだろうが、出来ればベストは尽くしておきたい。
>こういう敵どっかで見たことある
既視感美!
検証する予定がないので書いてしまいますが、上半身のみそのままなのは種族特性でオンにしっぱなしの「超美形」のせいです。
いやだから美形ってそういうことじゃn
次回は別キャラクターの視点になります。主視点としては初登場の方です。




