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第18話 「ブラン・ニュー・ゲーム」

2020/4/1

タイトル改訂。





 ――せっかくだし、いつもの自分とは違う姿になりたいな。


 いよいよ始まった注目タイトルのオープンβテスト。普段はあまりゲームなどをしないのだが、思いがけず長期間時間が空いてしまったため、これを機会にと食わず嫌い気味だったVRゲームに手を出してみることにした。

 VRマシンは普段使用している医療用のもので兼用可能なようで、それもやってみようと思った要因のひとつであった。


 なんでもこのゲームは、これまでのVRゲームとは技術的に隔絶した進歩をしており、ゲームの中はまさに異世界が広がっているかのようだというのが著名人たちの評価だった。


 異世界で生活をするのなら、これまでの自分とは全く違った人生を歩みたい。

 彼女はそう考え、あえてアバターのフルスキャンはしないようにしてキャラクタークリエイトを始めた。

 

「すけるとん……ってなんだろ。なんかかわいい響き。種族はこれで決定──って骨じゃん! スケるにしても程があるでしょ!」


 普段ゲームなどしない彼女にとって、スケルトンというのは馴染みの薄い言葉だった。まさか骨だけの姿だとは思いもしなかったのだ。

 しかしせっかくの機会である。知らずとはいえ一度は選んだ種族だ。ちょっと見た目がエキセントリックすぎるが、いつもと違う自分という意味ではこれ以上のものはないだろう。彼女は確かに痩せ細っているが、骨だけというほどではない。


「よし! 種族はスケルトンだ!」


 種族を決めたら、次はスキル構成だ。といっても、ゲーム的なスキルなどほとんどわからない。


「スケルトンには何のスキルがいいんだろ……。全然わかんない……。あ、せっかくだから魔法使いたいな。魔法にしとこう。どうせ何がいいのかわかんないんだし好きなのにすればいいよね」


 スキルを『火魔法』、『水魔法』、『風魔法』、『地魔法』、『氷魔法』、『雷魔法』のツリーからそれぞれ1つずつ取得した。


「まだ経験値余ってる……。あ、スケルトンにしたら経験値多めに100ポイントも貰えるんだ! らっきー。よーし、余ったぶんは能力値上げるのに使お。魔法はいんと? ってので判定か。じゃあ全部いんとにつぎ込もう。どうせ余りだし」


 こうしてキャラクタークリエイトは完了した。


「名前はー……うーん「ブラン」にしよう! 美白だし。骨だけに」


 そうしてブランは魔物の領域の「洞窟環境」を選択してログインした。

 




 チュートリアルが終わってブランがスポーンしたのは、薄暗くジメジメした、岩壁に囲まれた洞窟だった。薄暗い、とは言うが、実際には全く光のない暗闇である。薄暗く見えるのはブランの種族「スケルトン」の種族特性の「暗視」の効果である。


 チュートリアルでサポートAIに聞いた話では、初期スポーン位置の近くにはゲームスタート時のキャラクターで十分勝てるレベルのエネミーしかいないらしい。

 ブランはひとまず洞窟を出口に向かうことにした。もっとも出口がどちらか分からなかったため、歩き始めた方向は当てずっぽうだが。


 天然の洞窟を歩くことなどこれまでVRでのリハビリでさえなかったために、何度も足をとられながら歩いた。

 数分も歩くと分かれ道があり、片方はこれまで通りの洞窟だが、もう片方は通路というより横穴で、四つん這いでなければ進めないような狭さであった。しかしその内壁は滑らかでなんだかつるつるしており、明らかに何かあるという雰囲気を主張していた。


 少し考えたのち、ブランはその怪しげな横穴に進むことにした。せっかくの初めてのゲームだし、普段だったら絶対やらないような選択をしてみたいと思ったからだ。

 

 横穴は床面も滑らかで、触れても痛くない。とはいえ四つん這いで体重がかかれば痛みも感じ、膝や手のひらが真っ赤になってしまっていただろうが、幸い今は骨の体だ。体重も軽いし赤くなる皮膚も痛む肉もない。

 ブランは改めてスケルトンを選んだ自身の慧眼を誉めたたえながら、かしゃかしゃと横穴を進む。やがて狭苦しい横穴は終わり、かろうじて立って歩ける程度の場所に出た。


「何かの部屋にとうちゃ……く……」


 そこにいたのはアリだった。ただし柴犬サイズの。


「ひっ」


 そしてアリは1匹ではなかった。3匹のアリがブランのほうを向き、触覚をしきりに動かしていた。

 暗がりに黒いシルエットだが、ブランは暗視のおかげで目があったのを感じた。


 あれに似ている。VR図書館でみた、大昔の昆虫図鑑の表紙のスズメバチの顔。


「ぎゃあああああああ!」


 反射的に叫び声をあげたブランに反応してか、叫び声を攻撃と認識してか、アリたちがブランに襲いかかった。


「あ、そうだ! 叫んでる場合じゃない! モンスターだ! こ、攻撃、えと、魔法を……」


 アリたちは素早くはあったが、ブランもそのくらいの動きならできそうかなという程度であった。落ち着いていれば魔法も発動できたかもしれない。

 しかし先手をとったのはアリたちのほうであり、貴重な対応時間をブランは混乱から復帰することに費やしてしまった。

 ブランが魔法の発動の仕方を脳内で確認するころには、すでにアリはブランの足にとりついていた。


「うわっアリが噛みつぅんぎっ!」


 アリは容赦なくブランの骨の足に噛みついた。柴犬サイズのアリの顎は相応に大きく、対してブランの骨の足は相応に細い。

 アリはブランの足を噛み千切らんとする勢いで咥えている。ゲームの初期設定で痛覚にフィルターを掛けているため痛みはそれほどではないが、自分の足がアリに噛み千切られようとしているという事実はこれまでにない経験だ。痛みが少ない為、自分の骨を直接攻撃されるという感覚がより鮮明に感じられ、そのことにも根源的な不快感を覚える。


「やだやだやめやめっ……!」


 ブランは何とかアリを蹴り剥そうとするが、骨しかないブランの蹴りではアリは剥がれず、逆にアリの顎が食い込んだ自分の足によりダメージを与える結果になる。また蹴りだした足にも別のアリが取り付き、ブランは転倒した。


「あだっ! ……え」


 ブランの頭の位置が下がるのを待っていたのだろう、もう1匹残っていたアリが、体を丸めブランに尻を向けている。いや、昆虫のあれは尻ではなく正確には腹だったか。


「ちょっ……ま」


 アリの腹の先端の毒腺から刺激臭のする液体が勢いよく噴射され、ブランの上半身に降りかかる。骨の体は健康に悪そうな煙を噴き上げ、溶け出していく。


「いぎっ……」


 ブランの視界は暗転し、暗闇の中、カウントダウンらしき数値の減少だけが見える。


《1時間以内なら蘇生を受け付けられますが、ただちにリスポーンしますか?》


「あ、死んだのか……。てか、足齧られて頭から酸ぶっかけられて殺されるとか上級者向けすぎるでしょ! 何あのリアルな感覚! 痛みはそれほどでもないけどそれ以外の……トラウマになるわこんなん!

 しかしゲームってこんなハードなんだ……。みんなよくやれるなあ。わたしがへたくそなだけかもしれないけど。でもまぁ、気持ち悪いけど、別にめちゃめちゃ痛いとか苦しいってわけじゃないし、ミスの代償だと思えば仕方ないっちゃー仕方ないのか……」


 さきほどはゲーム内で初めて見た自分以外の生物――スケルトンである自分が生物なのかは不明であるが――にいきなり殺意の高いコミュニケーションを受けたことで錯乱していたが、落ち着いてみればあの時こうすれば良かっただとか、もっとああしておけばよかっただとか、悔しい気持も湧きあがってくる。


「よし、ここで待っててもアリが蘇生してくれるわけでもないし、リスポーン? ていうのをすれば最初のとこに戻れるんだっけ。あ、死んだときのペナルティがあるんだったかな」


 リスポーンの了承の前にヘルプでデスペナルティについて調べてみる。どうやら死亡したあとシステムによってリスポーンを行うと、それまでの総取得経験値の1割を失うようだ。


「重いな! ……あでも総取得量が一定以下ならデスペナルティは無しになるのか。ボーダーは200と……。スケルトンはギリギリだなぁ。ゴブリンだと一回死んだだけで最初の状態より弱くなるのか。ひえー」


 魔物というデメリットを背負ってまで手に入れた初期経験値を、一度のミスで失ってしまうというのは随分と厳しい。


「ギリギリのバランス。やはりスケルトン最強説か。──とりあえずリスポーン、と」


 一瞬の酩酊感のあと、ブランは洞窟の中の初めに目を覚ました場所に立っていた。


「今度は慎重に行くぞ……というか、もうあの横穴には入らない。あれはきっともっと強くなってからじゃないと行っちゃいけないところなんだ、うん」






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