第17話 「傭兵組合」
2020/4/1
タイトル改訂。
街は城壁で囲まれているため、その門には衛兵が立っている。彼らは犯罪者を取り締まることもあるが、城壁は基本的に対魔物用のものであるため、それほど厳しくはない。
ウェインのような、というか、プレイヤーたちのような身元不明の人物でも、街の中に持ち込むことが禁止されているようなものを持っていなければ、基本的にはそのまま入れてくれる。
もっともプレイヤーにはインベントリがあるため、持ち込み禁止の物品を気にする必要はないが。
衛兵に手頃な宿屋の場所を聞き、宿が多い区画を目指して歩く。街に入った以上、危険なことなどないだろうが、早めにリスポーンポイントを上書きしておきたい。リスポーンポイントは基本的に最後にログインした場所になるので、宿についたら一度ログアウトする予定だ。
衛兵に教わった宿屋はずいぶんみすぼらしかったが、NPCと違って実際にそこで眠るわけでもなければ、寝ている間にインベントリの持ち物が盗まれるということもない。宿屋であるからにはセーフティエリアとして設定されているはずだし、セーフティエリア内では窃盗などを含む敵対行動は基本的に取れない。
序盤の宿に無駄な金を使うつもりはなかった。
チェックインして部屋に入ると、木のベッドに藁葺きらしき敷布団、薄っぺらいシーツ、他には家具もなしと、いかにも安宿といった様子だった。
ここを教えてくれた衛兵にしてみれば、ウェインの格好は安そうなシャツとズボン、切れ味の悪そうなショートソードと、いかにも駆け出しの傭兵のそれに見えたのだろう。金も持っていなかろうとの親切心でこの安い宿を教えてくれたつもりなのかもしれない。実際間違っていないし、金を使いたくないのも確かなのでウェインにとってはありがたかった。
一旦ログアウトし、すぐに再ログインする。明日から3日間は仕事も非番のため、俗世のことなど考えない。最新鋭のこのマシンなら、その気になればトイレも食事も無視できる。とはいえ丸3日もそんなことをすれば、出勤する前に軽いリハビリを行わなければならなくなるが。
ウェインはリログするとさっそく傭兵組合へクエストを探しに行くことにした。
宿屋の主人に場所を聞き、大通りを通って傭兵組合へ向かう。街中とはいえ、路地裏や治安の悪い場所を通ればなんらかのトラブルに巻き込まれないとも限らない。そうしたトラブルに遭うにしても首を突っ込むとしても、もう少し強くなってからだ。
道を教わった以上そう迷うことはない。辺境に城壁を建てて街を作る以上、かなり綿密な都市計画に沿ってこの街は建設されている。仮に迷ったとしても大通りに出られれば、すぐに再び目的地を目指せるはずだ。
日中だからか、辿り着いた傭兵組合には傭兵は少なかった。普通の日勤の業種なら、昼間のこの時間帯に仕事に出ていないというのはあまりないのだろう。傭兵が少ないのは外に仕事に出かけているからだ。
受付と思しきカウンターへ行き、今日からしばらくこの街で稼ぎたい旨を伝える。登録などは特にない。傭兵など所詮はアウトローだ。いつ死んでしまうかとんずらしてしまうかもわからないような者を、いちいち管理など出来ない。
ゆえに報酬もすべて成功報酬のみだ。成果を持ち帰らなければたとえ死にかけるほどの苦労をしたとしても金にはならない。もっともプレイヤーは死ぬことはないが。
続けてウェインは道中狩ってきたワイルドラビットの売却を頼んだ。死体そのままでも売ることはできる。解体費用や手数料などを差っ引いた上で、素材の売却金額で売れる。ただ通常死体は徐々に劣化していくので、そのまま持ってきても二束三文にしかならない。ウェインはインベントリが使えるため死体の劣化はない。インベントリからワイルドラビットを5匹取り出し、カウンター横の台車に載せた。
「おめぇさん、保管庫持ちか。珍しいスキル持ってやがんな」
受付の職員が軽く驚いた顔をした。
NPCの中では、生まれつき極稀に保管庫と呼ばれるレアスキルを持つものがいるとされている。ウェインが使ったインベントリの機能がそれだ。
つまりNPCたちはプレイヤーの事をそういうレアスキルを持った者として認識しているということだ。
――もっとも、極稀に生まれてくるんじゃなくて、インベントリを使えるNPCがプレイヤーと比べて少ないだけだけどな。
もし仮に「最近はそんな奴をよく見るが」なんて言われた日には、そのよく見る奴らというのは100%プレイヤーだろう。間違いない。
ワイルドラビットの代金を受け取ると、早速クエストボードを確認し依頼を見繕う。
傭兵組合に持ち込まれた依頼はクエストボードに貼り出されるようになっている。しかし傭兵がそれを剥がして持っていくことは認められていない。
傭兵はただ依頼を確認し、達成した時に受付で告げるだけだ。その時初めてボードから依頼が剥がされる。
割の良い依頼は取り合いになるが、自分の他に誰がその依頼を遂行しようとしているのかはわからない。故に誰より早くボードを確認し、誰より早く依頼を達成しなければならない。
そうして1日働いて帰ってきた結果、すでに誰かが達成していたなどということも珍しくない。もっともよほど珍しい仕事でもなければ、似たような依頼は他にもあるためそちらの達成に切り替わるだけだが。
そのため依頼者側も報酬をどのくらいにするのか思い悩む。高ければもちろん優先的に達成になるが、人気が高いようなら多くの傭兵が達成のために行動するし、そうなれば同様の依頼の中で2番目3番目の金額で出したとしてもすぐに達成になる。かといってあまり安すぎると手数料だけとられていつまでも達成にはならない。その見極めが難しいのだ。専門の仲介業者がいるほどである。
ウェインが狙うのはあまり実入りのよくなさそうな依頼だ。それと貼り出し開始日が古いもの。そのあたりの依頼なら、他人とかぶることは少ないだろう。
どうやら、森の方面に行く必要がありそうな依頼は人気がないようだ。都合がいい。
一通り依頼をチェックし傭兵組合を出ると、ウェインはさっそく森へ向かうことにした。
森の中には魔物の領域との境界があるらしく、森の方へ向かうウェインに衛兵が警告をしてきた。適当に流しながら街を出、ウェインは森へ入った。
魔物の領域との境界があるとは言っても、その手前までは普通の森のはずだ。
森の中は鬱蒼と木々が生い茂っており、昼間なのに薄暗い。足元も歩きにくく、地元の人間もあまりこちらには立ち入っていないのだろうことが伺える。森歩き自体は慣れているというほどでもないが、経験がないわけでもないのでなんとか探索を続ける。
ウェインが思っていたよりも本格的な森だ。今の装備で入れる場所ではなさそうである。藪や蔓などを切り払うナタのようなものが必要だし、肌を露出しないような服もいる。初期装備では早々に駄目になってしまうだろう。
これ以上深くまで分け入るのは自殺行為だと判断したウェインは、一旦街へ戻ることにした。依頼は達成できないだろうが、あの分ならしばらくあとに行ってもまだあるだろう。金が貯まるまでは草原で適当にうさぎ狩りでもしながら、あわよくば草原で達成できる依頼を狙おう。
その日は結局草原へ戻り、ウサギを10匹ほど狩って帰った。




