第147話 「早速悪用される新サービス」
2020/4/3
タイトル改訂。
遠征には当然鎧坂さんを着ていくことにした。
王都から災厄が離れたという事を強調したいのなら、ここに影武者を置いておいても意味はない。
他の同行者には悩んだ末、スガルを連れて行くことにした。
☆1のフィールドに災厄級が2体というのも過剰戦力極まりないが、スガルはずっとリーベ大森林で留守番をしてもらっていた。このように出かけた事がほとんどないし、たまには良いだろう。
それにスガルなら単独で飛行が可能だ。どういう旅程になったとしても対応できる。
すでに日はとっぷりと暮れている。
ラコリーヌの森についてはクイーンアラクネアに任せて問題ない。サポートとしてクイーンベスパイドもつけてある。彼女たちはこの1日で十分学習できたはずだ。
それに夜に森に突入してくるプレイヤーはあまりいない。全くいないというわけではないあたりが彼らの恐ろしいところだが、昼間よりは少ない。
転移サービス実装初日だが、用事で昼の間にログインできなかったのだろうプレイヤーたちがSNSで情報をまとめ、せめて感触だけでもと侵入してくる程度だ。日が落ちてからは散発的に浅層をうろつくプレイヤーくらいしかいない。次の波は明日になってからだろう。
それなら、この夜の間に飛行して移動を済ませておくのがいい。
目立つのが目的のため到着してもダンジョンにアタックするのは日が昇ってからになるが、街や領域周辺の様子も見ておきたい。早めに行って観察しておくとしよう。
*
リフレの街についたのはまだ夜明け前だった。この街は距離で言えばラコリーヌより近い位置にある。飛行することで直線移動ができるならさほど時間はかからない。
上空から見える街は暗く静まり返っている。ところどころ街灯らしきものがぽつぽつと見えているだけだ。
肉眼でも魔眼でも明るく見えているため、あれはおそらく魔法的なアイテムなのだろう。
「街灯が設置されているとは感心だな。随分治安の良い街のようだ」
街の向こうに広がっている広大な土地がおそらくテューア草原だ。
草原と言うだけあり、草が生い茂っている。ところどころに背の低い木が生えているのも確認できる。レアの記憶にあるなかでもっとも近いイメージをあげるとすれば、雨季のサバンナだろうか。この地方に乾季があるとかいう話は聞いたことがないため、おそらく年中この様子なのだろう。
それならなぜもっと木々が増え、ジャングルのようにならないのか謎だが、なにか理由でもあるのだろうか。
「それが判明するかどうかは不明だけど、どちらにしても明日だね。今日のところは適当に休んで、明日活動を始めよう」
街からも草原からも少しだけ離れた場所に夜営の準備をする。と言ってもそれが必要なのはログアウトするレアだけで、鎧坂さんもスガルも睡眠のためにそこまでの準備は必要ない。
スガルはもともとアリだったため断続的な数分の睡眠で十分だし、魔法生物である鎧坂さんもどうやら同様らしい。
鎧坂さんは全く動かず静止していても疲れもしない。食事などもしない。これらのことから考えれば本来睡眠も必要ないはずだ。それでもそういう睡眠の設定がされているということは、おそらくリスポーン地点の登録などのために、このゲームにおいて「睡眠」という行為が重要な意味を持っているためだろう。察するに、その数分の睡眠というのがゲーム内での睡眠の最小単位だ。
適当に『土魔法』で地面に穴を開け、そこにすっぽりと鎧坂さんを座らせる。
レアは鎧坂さんの内部に入ったままログアウトだ。
これなら仮に夜間に街道を通る何者かがいたとしても見つかるまいし、野生動物や魔物も草原から離れたここにはそういないだろう。何より寝ずの番が2人もいる。これでダメなようなら、初心者はこの周辺で生きてはいけまい。
翌朝、ゲーム内で日が昇るころにログインした。
穴から出る前に『迷彩』で姿を消しておく。
スガルの姿はどうしようもないが、例えば上空でレアが鎧坂さんごと『迷彩』を使い、その背中にスガルを隠してしまえば地上からは見えない。上からは丸見えだが。
明るくなった街並みを上空から俯瞰する。
夜は『魔眼』で視ていたが、鎧坂さんの中にいるなら鎧坂さんの視界で見ればいいため、『視力強化』も相まって非常によく見える。
朝も早いと言うのに早速草原にアタックをするプレイヤーたちがいるようだ。
熱心で実に結構なことだが、よく見るとその流れは2種類ある。
街なかから草原へ向かう者たちと、街の外から草原へ向かう者たちだ。
街の外から来ている者たちは、おそらく転移サービスで追加されたセーフティエリア【テューア草原】から来ているのだろう。
転移先がこの街であるならリストの名前は【リフレの街】になっているはずだし、リストでテューア草原となっていたからには街とは別にセーフティエリアが新設されているということに他ならない。
「うん? ということは」
そのテューア草原への転移は一方通行なのだろうが、リフレの街からは他のダンジョンへ行くことが出来るはずだ。
つまりこの場所だけ、少し歩くだけで別の場所への再転移が可能ということになる。
例の転移先リストとヒルスの地図を見比べてみれば、そういう条件に合致している街はこのリフレだけだ。
さらにオーラルの地図から読み取れる限り、同様の街はオーラルにもひとつだけ存在している。
「……転移先に選ばれる領域とそうでない領域の差はなんだろうと思っていたけど、これか。つまり周囲に街などが存在している場合は転移先には選ばれない。
例外的に☆1程度の初心者用の街が選ばれることがあるが、各国ごとにおそらくひとつずつ。
こうした街を物資の集積場として発展させてしまえば、ダンジョンにアタックするプレイヤーへの補給は事実上無制限になるな。
しかもこのパターンに合致した街同士でなら、お互いの間で転移し放題だ。
プレイヤー次第だけど、下手したら王都以上に栄えるなこれは」
まさに運営によって繁栄を約束された街と言える。
おそらく初心者というか、低ランクのプレイヤーに対する救済やサービスのつもりで設定したのだろう。
しかしいつの時代でもどんなゲームでも、こういう初心者救済目的の調整というのはたいていガチ勢に悪用されて地獄絵図が出来上がるものだ。
2日目にしてこの街に気づけたのは幸運だった。
他にも気づいているプレイヤーは絶対にいるだろうが、SNSで話題になっていないということは、気づいたものは黙っているのだろう。あるいはすでにこの街にも来ていて、土地や物件を買い漁っているのかもしれない。
システムメッセージの文面から運営が流通の破壊を懸念しているのは明らかであり、本来転移先から再度転移ができない仕様はそれを嫌ったためだと思われる。
しかしこの街と同様の立地条件の街が各国にひとつずつあるとすれば、容易に密輸が可能だ。
誰かが大々的にそれを行えば修正案件になるだろう。気づいたプレイヤーはそうならないよう口をつぐんでいるとも考えられる。
「……あとでレミーとライリーあたりを呼んで、この街の物件を押さえさせておこう。いや、もうケリーもマリオンも呼んで4人総出で地上げしてもらおうか。資金は王都の貴族屋敷とかから回収したものがあるし、マネーパワーでこの街を掌握だ」
またしてもレアだけ違うジャンルのゲームというパターンだ。いや、すでに察したプレイヤーがいる可能性を考えればレアだけとは限らない。
しかし現時点ではまだそれほど価値は生まれていないはずだ。ならば物件を押さえるにしても先行投資という事になる。先行投資なら基本的に自分の持っている資産以上の投資はできないし、借金してまで土地を買うとしても、数ヶ月前に突然この世界に現れたようなプレイヤーの信用度など知れている。それほど多くは借りられまい。
いくらかはすでにプレイヤーに押さえられていたとしても、それ以外の全てを買い上げてしまえばいいだけだ。
今すぐ土地や建物が必要なわけではないため、金貨を積んで権利だけ買取り、住民にはそのまま賃貸物件として継続して住んでもらえばいい。向こう数十年の賃料よりも売値のほうが遥かに高ければ迷わず売ってくれるだろう。
なんなら住民を眷属化しても良い。いや眷属化するのなら、そもそも金貨を支払う必要がない。
さすがにこれは他のプレイヤーではそうそう真似できまい。出来るとするならライラくらいだ。
ダンジョンアタックの前にすることができてしまった。ケリーたちに連絡を取り、概要を説明して城の宝物庫からありったけの金貨を持ってこさせなければ。
堂々と転移できるわけでもないし、押さえたところで別に意味はないんだけど、かといって他人が土地転がしで儲けるのを指をくわえてみているだけというのもモヤモヤする。
というだけの理由で地上げを行う主人公。




