第135話 「新装備」
2020/4/3
タイトル改訂。
鍛冶屋に戻ると受付にドワーフの親方が立っていた。ということは、作業は完了したということだろう。普通に考えれば板金仕事を片付けたにしては早すぎだが、生産スキルというのはそういうものだ。
親方はにやりと笑うと、顎をしゃくって奥の部屋を示した。
親方に付いて部屋に入ると、作業場のような空間の真ん中に、鈍く輝く全身鎧が仁王立ちしていた。
その隣にはたくさんの小さな金属板を革紐でくくりつけて作られた、いわゆるラメラアーマーがある。
全身鎧はギル用、ラメラアーマーはウェイン用だろう。
さっそく着用してみた。
親方がベルトや金具を調整してウェインたちの体型に合わせてくれた。
全身鎧は思ったほど厚くはなく、打ち出した形状によって構造的に強度を出しているようだ。フリューテッドアーマーというのだったか。そのおかげで見た目ほど重くはないようで、STRとVITの高いギルは軽々と着こなしている。
しかし防御力は以前の比ではないらしく、今朝までウェインが腰に佩いていた鉄の剣では傷ひとつつけられない。
ウェインのラメラーアーマーは逆に見た目より若干重く感じる。小さな金属片とはいえ、使われている量も多いし、革の分の重さもあるせいだろう。しかし防御力は見た目以上で、単純な斬撃や刺突などに対しての防御はギルの鎧と遜色ないほどだ。さすがに体重の乗った攻撃や打撃攻撃に対してはそこまでではないが。
こちらは脇や股下、ひじやひざの裏は動きやすさ重視のためにやや大きく開けられ、アダマスがまったく使われていない。立ち回りには注意が必要だが、今のウェインならうまくかわしたり、防御力の高い部分を使っていなすことができるだろう。
「……すげえなこれ」
「……ああ」
親方にサイズの微調整をしてもらいながら、呟いたギルに同意する。
他に言葉の発しようがない。
まさに一流の素材に、一流の仕事と言えるだろう。
「おっと、こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」
親方が作業台に乗っている剣と盾を親指で指す。
2本の剣は、1本はやや小さめの、ブロードソードというものだ。片手用の剣で、盾と合わせて運用するための剣である。これはギルのものだろう。
もう1本はロングソードだ。片手でも扱えるが、柄がやや長めにとってあり、両手で握ることもできる。バスタードソードと呼ばれる事もあるタイプである。
盾はスクトゥムなどと呼ばれる、歪曲した四角い大型のものだ。本来は木製や革製であり、このように総金属製で作ってしまえば重くてとても持てたものではないが、この世界の傭兵や騎士のようにSTRやVITが高ければ十分活用できる。もちろんギル用だ。
先ほどの全身鎧と同様に、盾には鉄の剣では傷一つ付かない。
一方剣の方だが、切れ味を試すにしてもここにはちょうど良い的などがない。竹に巻きつけた藁束などがあればいいのだが、ゲーム内では見たことがない。現実でも実物を見たことはないが。
「試し斬りはそこらの魔物を斬ってみるしかないかな」
「そこの薪を使え! 縦に切ってくれりゃ、薪割りの手間が省けらあ!」
無茶を言う。割るのなら確かにできるかもしれないが、薪など剣で切るようなものではない。
「縦割りは自分でやれよ。横にだったら……」
ギルが上段に剣を構えた。そこへ親方が薪をとり、山なりに放る。
普通であれば、薪は剣で打たれ、傷はつくとしても、断たれはせずに地面に叩きつけられるはずだ。
しかし当のギルがいぶかしげな顔をするほど、音もなく剣は振り抜かれ、薪は地面に叩きつけられることなく普通に落ちた。
落ちた薪は真ん中あたりで2つに分たれている。
「……うおお。鳥肌立ったぜ」
横で見ていたウェインも言葉が出ない。おととい、というかメンテナンス前まで毎日見ていたギルの剣閃だ。今突然技量が上がったと言うわけでもない。強いて言うなら鎧が相対的に軽くなったため、多少速度は出ているように見えたが、それだけだ。
「お前もやってみろよウェイン」
ギルが落ちていた薪を山なりに放る。薪はギルによって半分にされているため、ギルが行った試し斬りより難易度が上がっている。的が小さいと言うこともあるが、重量も半分になっているため、切る際の抵抗が大きければ場外ホームランになってしまう。
タンクメインのギルと比べれば、多少格下とはいえ攻撃にウェイトを置いているウェインの剣の方が早く鋭い。それは剣のサイズ差を加味してもだ。
剣の品質が同程度なら、やれないことはないはずだ。
薪が届くまでの短い間でそう心を落ち着かせ、集中する。
妙な角度に当ててしまって、もし切れなかったら大惨事だ。
ギル同様上段に構え振り下ろしのタイミングを計る。
「フッ!」
あまりにも抵抗なく通り抜けてしまったため、剣先を地面に当ててしまいそうになり必死で止めた。
STRもある程度上げていたからこそそんな無様は晒さずに済んだが、気をつけなければ下手をすると自分の足を斬ってしまう。この期に及んでそんなルーキーのようなミスはできない。
「……すごいな、これは……」
床に落ちた薪はさらに半分に断たれていた。刃先を確認してみるが刃こぼれひとつない。まさにファンタジー金属といえる。
これなら魔物も骨まで一息に断てるだろう。
「問題ねえみたいだな! いやあ! いい仕事をさせてもらったぜ!」
「ありがとう親方! これは素晴らしい装備だ」
「おう! 俺たちもだいぶ強くなった方だと思っちゃいたが、これじゃ装備に負けてんな。もうちょいと鍛えないと」
ウェインとギルは親方に最大限の礼を言い、古い装備も受け取った。ギルの分は下取りを、ウェインの分はそのまま処分をするか聞かれたが、今回のようなことがあるといけないので引き取った。
それを見て明太リストが満足げに締めに入る。
「さて! ふたりとも満足できたならよかったよ。それで、支払いのほうだけど」
「それなんだが、今回、預けてくれた材料だが、まだ余りがあってな。お前さんらがよかったらだが、あれをそのままウチに置いて行ってくれるんなら、作業工賃はタダでいいぜ」
ウェインとギルは明太リストを見る。あれはもともと彼の所持品だ。
「……僕らから、というか傭兵から買い取ったという事を口外しないならそれで構いません。独自ルートで偶然仕入れることができたとか」
「ああ、まあ心配しなくてもそんなこと聞いてくる奴なんて稀だけどな! なにせ素材だけあっても加工できなきゃ意味ねえからな」
親方はそう言うが、これからもそうとは限らない。
プレイヤーの生産職、特に鍛冶を生業とするプレイヤーが今後成長してきて、アダマスが適正素材になるころには、絶対に必要になる情報だからだ。
しかし明太リストたちにしても、半ばイベント報酬のようなもので偶然入手できたに過ぎない。入手経路からウェインたちの事が割れるのを嫌がっただけで、独自の仕入れルートを守りたいとかそういう思惑があるわけではない。
「まあ、僕らのことが漏れないならなんでも。ところで、本当にそれだけでいいんですか? 結構な技術を盛り込んでくれたように見えるけど」
作業時間が実質半日程度と、ありえない短納期ではあったが、品質は間違いなく最高のものだ。生産系スキルなどのファンタジックな能力で仕上げたのだろうが、普通は品質を落とさずに納期を縮めればコストは上がる。
「それは、親方が喜んで勝手に品質を上げちゃっただけなので、お客様が気にされなくても大丈夫です。それに残りのアダマスを買い取る金額を考えれば、そんなに差はないはずです」
受付にいた女性が作業場に顔を出し、そう答えた。経理は彼女が担当しているのだろう。扉が半開きだったため聞こえていたらしい。
「そういうことなら、ありがたくそうしてもらうよ」
こうしてウェインとギルの装備更新は完了した。
まだしばらくは装備の方に使われている感が落ちないだろうが、その期間が少しでも短くなるよう努力すべきだ。
それに結局、今回の持ち出しはすべて明太リストの懐からになってしまった。
あの受付嬢の言い方からすれば、素材自体が相当な金額になるようだし、ウェインはおろかギルでさえ完済には時間がかかるだろう。
「まあ、そこは気にしなくてもいいと思うけどね。あの王都の時点から僕としては、すでにこのパーティで行動していたつもりだったし。ドロップ品拾いもパーティとしての仕事のうちだと考えれば。
どうしても、というなら、現物で返してくれればいいよ」
明太リストの言いたいことは、つまりこういうことだろう。
「……わかった。装備も整ったことだし、そろそろヒルスにアタックをかけよう。
まずは様子見も兼ねて、エルンタールという街を目指すとしようか。確かあそこも、災厄の配下によって壊滅させられていたはずだ」
「ゾンビと赤いスケルトンがいるんだったか? それと巨大なクワガタだな」
「簡易地図で見ると大した距離に見えないけど、あの高地を迂回していかなければならないからね。大まわりになるけど、こればっかりは仕方ないか」
そろそろ、この街周辺の難易度では経験値も頭打ちになってくる頃だ。
新装備の慣らしや経験値稼ぎも兼ねてヒルスを目指して移動し、例の転移サービスというものが実装されたらそれでゴールまで飛べばいいだろう。
ウェインたちは新たな目標としてヒルス王都攻略を掲げ、旅の計画を練り始めた。




