第134話 「今夜何食べる?」
2020/4/3
タイトル改訂。
鍛冶屋の親方はこの国では珍しいドワーフだった。
寡黙で気難しそうな外見とは裏腹の、明るく気さくな人柄だ。ただ声が非常に大きいため、和やかに会話をするのに向いていない。
「よーしよしよし! じゃあ、さっそく取り掛かるからよ! そこらで待っていてくれや! すぐ終わる……ってわけにゃいかんが、今日中には終わる!」
そう言ってありったけの金属塊とウェインたちの現在の装備を抱えて工房へ引っこんで行ってしまった。
「……そこらで1日待ってろっていうのかよ」
「おい聞こえるぞギル。でもそうだな。今の装備も採寸替わりに持って行かれちゃったし、狩りにも出かけられないな。どうする?」
「どうもこうも。まあ、たまにはぶらりと街なかを歩いてみるのもいいんじゃない? 本屋とかさ。気になることもあるし」
明太リストは検証スレにも顔を出している。イベントまとめスレでもいろいろと書いていたし、国の成り立ちでも調べるのだろうか。
「本屋かあ。俺はあんまり得意じゃねえんだよな……。ウェインはどうする?」
「俺も明太リストに付き合おうかな。本屋とか、ゲーム内で行ったことがないから、どういうものがあるのか興味がある」
本屋で知ることができる情報なら、つまり一般的に知られている情報と言ってもいいだろう。
宰相から聞いた六大……七大災厄の話などは初耳だった。しかし実は一般レベルで知られていた情報だったという可能性もある。
普段、街のNPCとそんな話はしない。ゲームだから、ということではなく、現実でも普段からそう親しいわけでもない隣人と災害や事故が起きたらどうするかなど話したりしないだろう。直近でそういうニュースでもあれば別だが。
「ギルはどうする?」
「ひとりだけで放り出されてもすることないし、ついてくって。でも、これまで用済みになった古い装備なんかは全部売ってきたけど、オーダーメイドだとこういうことあるんだな。これからは持っといた方がいいな」
それには同意だ。
どうせプレイヤーにはインベントリがある。かさばって困るという懸念はない。
「この間にごろつきとかPKなんかに襲われたらまずいけど、ここは街の中心に近い区画だし、宿に戻るよりはここで時間を潰した方がたぶん安全だよ。
それに僕は装備を取り上げられたわけじゃないし、いざとなったら魔法で守るから大丈夫」
鍛冶屋の受け付けをしている女性に本屋の場所を聞き、そこへ向かった。
彼女はウェインたちの会話を聞いていたらしく、大通りなどを通るわかりやすく人の多い道を教えてくれたようだ。
本屋はかなり大きく、頑丈そうな扉がついていた。窓もなく、一見すると倉庫のようだ。看板が出ていなかったらわからなかっただろう。
「窓がないのは日光を避けるためかな?」
「そういや、本屋って本買わないといけないのか? 正直買ってまでは、って感じなんだが」
「さすがに、そんなことはないんじゃないかな。まあせっかく来たんだし、まずは入ってみようか」
明太リストを先頭に本屋へと突入した。
扉は見た目の通りに重く、STRにそう振っていない明太リストでは少々辛そうだった。この細腕でよくあの金属塊を回収してきたものだ。
店内は薄暗いものを想像していたが、予想外に明るかった。魔法の明かりらしきものがそこかしこで輝いている。
「……値段は……そう高くはないね。印刷技術があるのかな」
ウェインも同じところに気が付き、明太リストの言葉にうなずいた。
紙などがある程度流通しているのは知っていたし、傭兵組合の掲示板の存在から、識字率が一定以上あることもわかっていた。ということは本かそれに類するものはそれなりに手に入れやすい環境にあるということであり、その場合生産のネックになると思われる印刷技術はすでにあるということだろう。
「……なんだ、本が珍しいのか? 田舎もんか? そこに並べてあるのは『複製魔法』で増やした本だ。原本が見たけりゃ、王都の大図書館にでも行きな」
店主と思しき、メガネをかけた老人が口を歪めてそう言った。
こちらは先ほどのドワーフの鍛冶屋と違い、見るからに偏屈という風体の老人で、発する言葉もそれを裏付けている。
ギルとは合わなさそうだな、と思い振り返れば、最初から相手になるつもりはないらしく、無視してそこらの本を手に取ってめくっている。
「『複製魔法』……! そんなものがあるのか! 店主、すまないが詳しく教えてくれないか」
一方明太リストは本来の目的を忘れ店主に詰め寄っている。
もっとも本来の目的は時間つぶしであるわけで、その意味では間違っていない。
仕方なくウェインはひとりで調べ物をすることにした。いや、ギルもそれらしくしているのだが。
ぶらぶらと店内を歩いてみると、本は内容別に分類されているらしく、思っていたより整然としている。
ウェインがなんとなく気になっているのは災厄などの伝承だが、分類としては何になるのだろう。
「このあたりかな……?」
伝説や伝承に関係ありそうな本の並ぶ棚から一冊を手に取ってみる。
タイトルには「大発見! 災厄は6体だけではなかった!? 闇に葬られたドラゴンの伝説!」とある。
パラパラと中をめくると、わかりやすい大きな太字の見出しがあるページや、微妙なイラストで災厄と思われる6体の魔物が描かれていたりするページなどがある。あまりにイラストが微妙すぎて、信憑性があるのかどうかもわからない。文字も微妙に読みづらく、あの店主の言うように複製したということならば、これはもともとの執筆者の字や絵が微妙だったということなのだろうか。
イラストを目当てに一応最後までパラパラ読みをしてみたが、ドラゴンとやらに関する情報などはなく、想像図でさえイラストもなかった。
「なんだこれ……」
全く何の参考にもならなかったが、ひとつ収穫があったとすれば、どうやら災厄の件に関しては一般的に知られた事実らしいということがわかった点だ。そうでなければこのような本が書かれたりはすまい。
「まあ、ポートリーだったかな?とかじゃ街頭で説法してる人もいたみたいだし、そりゃみんな知ってるか」
しかしこんな本の原本が王都の大図書館とやらには納められているということだろうか。もしかしたら本というのはどんなものでも出版と同時に原本を納めなければならない決まりなどになっているのかもしれない。
「おい! あんまり長いこと読むようなら、買ってもらうぞ!」
店主からお叱りが飛んできたので、あわてて棚に本を戻した。
それはそうだ。暇つぶしにすべて読まれたりなどされては商売になるまい。たしかタチヨミというのだったか。今はもう本屋というのもフィクションの中にしか存在しないため、うろ覚えだが。
「なにかいい情報はあったかい?」
明太リストだ。店主がウェインを注意すると言うことは明太リストとの話が終わったということでもある。
「そっちは?」
「興味深い事実がわかったよ」
明太リストが店主から聞き出したのは『複製魔法』の詳細だ。
まずあらかじめ複製したい現物と、その現物を一から作成するのに必要な素材をすべて用意しておく。本であれば必要数の紙と閉じるための紐、表紙で使われているならば革や金具など、それからインクである。
現物を対象に『複製魔法』を発動し、コストとしてMPと用意したアイテムを消費することで効果が得られ、複製したいものが完成する。
ただし『複製魔法』ではまったく同じものを生み出すことはできず、最高効率でもワンランク落ちるアイテムにしかならないらしい。ゲーム的に言えばクオリティが1下がる、というところだろうか。
「クオリティが下がるのか。あ、まさかそれで字も絵も微妙だったのか!」
原本に比べ字や絵が下手になっているのなら、確かに品質が低下していると言える。本の価値とはそういうものではない気もするが、ゲームシステムがそう判定しているのならそうなのだろう。
「まあ、そういった理由があってコストに見合わないことが多い……というか、スキルがあれば生産の時間は短縮されるから、材料があるなら普通に作った方がいいからね。ほとんど本にしか使用されない技術らしいよ」
よく出来ている……ように思えるが、よくできたシステムを作ろうとして失敗したようにも思える。
「なるほどね……。あ、こっちはとりあえず知りたいことはわかったからいいんだけど。明太リストはそもそも何を見に本屋にきたんだ?」
「僕はあれだよ。システムメッセージにあったろ? 「転生アイテム」だ」
そういえば課金アイテムとして実装するかどうかのアンケートが来ていた。ウェインは当然賛成として返答をした。もともと、出勤せねばならない日はあまりプレイ時間もとれないため、課金などに抵抗はない。リアルマネーで解決できる選択肢が増えるならば、それがどんな内容のものであっても賛成である。
「それが?」
「メッセージによれば、課金アイテムとはいっても、基本的にゲーム内で入手可能なものばかりだということだ。クイックセーフティエリアを作るアイテムは実装されたばかりのはずだけど、他のアイテムに関してはそういう文面はなかった。それなら、今この時点でもゲーム内には存在しているはずだよね。
それならひとつ、探してみようと思ったわけさ」
その情報を得るために本屋に来たということだ。たしかにすでにあるアイテムなら、文献などがあってもおかしくない。
「いいなそれ、探してみよう」
「だろう? ちょっとギルも呼んで手伝わせよう」
それから数時間、怒った店主に追い出されるまで本屋で過ごした。
入手方法などはわからなかったが、そういうアイテムの存在を匂わせる記述のある本などは見つけることができた。
この日の収穫としては、明太リストの仮説を裏付けただけで終わった。
「……結局買わされたな……。この微妙な本」
怒る店主の迫力はなかなかのものがあり、勢いに押されてウェインが購入したのはあの微妙な内容の本だ。災厄とかドラゴンとか書いてあった本である。どのみちタチヨミではイラスト周りしか確認していないため、まったくの無駄遣いというわけではない。
明太リストが購入したのは転生に関するアイテムなどの記述があった本だ。こちらもすべて読んだわけではないため、細部まで読み込めばもしかしたら入手に関係する内容も書いてあるかも知れない。
ギルが購入した本は意外にも料理本だ。まったく顔に似合わないが、料理は得意なほうらしい。スキルがないため特殊効果は得られないが、それでも満腹度が回復するような、つまり普通の料理は作ることが可能だということだ。
「男の手料理か……」
「あんだよ。誰が作ってもおんなじだろうがよ」
ウェインには別に明太リストのようなこだわりはない。そもそも、通常屋台で購入するような食品だって多くは男性の手により作られている。
「そんなことより、そろそろ完成しているかもしれないし、一度戻ってみようか。本屋で潰した時間と移動時間を考えれば、出来ていてもおかしくない」
仮に出来ていなかったとしても、もう夕方になる。これ以上どこかで時間を潰すのも難しいし、あとは鍛冶屋で待たせてもらうしかない。




