第128話 「巣立ち」
2020/4/3
タイトル改訂。
「あと、クーデターに参加して、ヒューマンの国の政権を倒しました!」
これを聞いた伯爵は目をぱちぱちとさせ、マゼンタたちのほうを見た。
「発言お許しください。
ええと、ご主人さまのおっしゃる通りで、ライラ様という人間の貴族に協力し、その国の王を倒し、ライラ様による傀儡政権を樹立いたしました。
そのライラ様も、ご主人さまや先にお話に出られたレア様のご友人です」
「──ははは! なんだそれは! ではつまりあれか、かつてこの大陸の者どもが精霊王に行なった仕打ちを、今の王族がやり返されたということか! なんと愉快な!」
上機嫌である。
特に精霊王と仲が良かったような話し方はしていなかったが、面識があるような雰囲気でもあったし、知り合いを殺されたということで、この大陸の国々をあまりよく思っていなかったのかも知れない。
そういえば、街を襲撃したいと言ったときはいつにも増してノリノリだった。
「いやー、喜んでもらえて何よりですけど、計画したのはそのライラさんって貴族と、魔王のレアちゃんなんすよね。
伯爵は直接人類の国を攻撃したりはしないんですか?」
伯爵はゆっくりと笑うのを止めると、遠いところを眺めるようにして言った。
「ああ……。まあ、そうだな。直接我がどうこうするというのは禁じられておる。
禁じているのは古い盟約だが……。
この調子ならば、そう遠くない未来、我が地上へ下りることもあるやもしれぬな」
「まじっすか!? 人類滅亡の予感!?」
「まあ、盟約が失効するほどの事態であれば、それほどのことにはなるまいが。
その時には、お前はどうするのか、自由に決めるがいい。お前は世界でも数少ない、自ら至った吸血鬼なのだからな」
そう言われてもピンとこない。あれは伯爵から『使役』を受け、その抵抗に失敗したゆえの事だ。
結果的に『使役』されなかったが、それはブランがプレイヤーだからに他ならない。
ブランがぼかしてそう言うと、伯爵は笑って答えた。
「結果が全てだ。だいたいのことはな」
*
「まあそんなようなことがこの10日にあったわけなんですが。
それでですね、せっかくお部屋とかまでいただいておいて申し訳ないんですが、あちらの街の方に住もうかと思っていまして……」
「ああ。そうだな。それがよいだろう。なに、こちらのことは気にするな。我がやりたくてやったことだ。
それに巣立ちというのは大抵そういうものだ」
ホッとした反面、なんとも言えない寂しさのようなものがこみ上げる。
思えば伯爵とは、ゲーム開始初日からの付き合いだ。別に今生の別れになるわけでもないが、今のブランがあるのは間違いなく伯爵のおかげだ。
「あの、よっぽどないと思いますけど、なんかあったら言ってくださいね。とりあえずしばらくは、エルンタールっていう街にいますから」
「現代の街の名前など言われても知らんわ。よいよい、気にするな」
「あ、そうだ!」
ブランはエルンタールから1体のスパルトイを『召喚』した。
「ときどき、この子をターゲットにわたし自身を『召喚』して遊びに来ますね!」
「……何を言っておるのだお前は」
「こういうやつですよ、ちょっとまってて下さい!」
部屋の外まで駆けていき、そこから『術者召喚』で玉座の前のスパルトイのそばに出現してみせる。
「……なんだそれは! 転移魔法!? いや違うな、どうやったのだ!」
転移魔法、そういうのもあるのか。
しかし聞けそうな雰囲気ではない。聞けるとしても伯爵の質問に答えてからだろう。
手短に、と言っても要領があまりよくないため時間を要したが、必要な前提スキルなどを教えた。と言っても現在の伯爵のビルドでは、足りないのはおそらく『空間魔法』くらいだろう。伯爵のビルドを知っているわけではないが。
「……ほう。このような技があったか。これは、ふふふ」
伯爵がおかしさをこらえきれないという風に笑っている。そんなに嬉しいのだろうか。
「いや、ふふ。まさか、お前に何かを教わることがあろうとはな。はは。長生きはしてみるものだ。今日1日だけでこれほどまでに愉快な気持ちになるとは……」
「それはちょっと失礼では!?」
「ご主人さま、そういうあれではないのではないかと」
「じゃあどういうアレなの?」
「いや、言わずともよい。それでよいわ。さて」
ちらり、と伯爵が脇に目をやると、執事がひとつ頷いて前に進み出た。
「此奴をお前に付けておこう。そうすれば、我もお前の街へ気軽に出かけられるというもの」
「えっ出かけていいんですか!? ってか執事もらっちゃっていいの?」
「我が直接戦闘行為を行わなければ問題あるまい。それに此奴はくれてやるわけではない。預けるだけだ」
「でも身の回りの世話とか……」
「もともと自分でやっておったわ!」
執事が伯爵に一礼し、ブランの脇に立った。
アザレアたちが居心地悪そうにしている。
「今後お前達が成長し、其奴の能力が及ばぬようになったらここへ来い。お前達に合わせて成長させてやろう」
いたれりつくせりである。
ブランはあまり馴染みがないが、ゲーム的に言えば同行する非操作キャラクターという感じなのだろう。
味気のない事を言えば、伯爵というコネクションが成長しきったためにその報酬として受け取った、というところなのだろうが。
──いや、わたしはもともとゲームとか詳しくないからわからないや。これはきっと伯爵の親心みたいなもんなんだ。
だから精一杯お礼を言うことにした。
「ありがとうございます!」
「ふふ。大事にしてやれよ。基本的にお前たちの言うことを聞くようには言ってあるが、あまりにあんまりだと言うことを聞かぬかもしれんでな」
「ブラン様、これからお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
執事はそう言うとアザレアたちに視線をやり、微笑んだ。
が、アザレアたちには鼻で笑ったように見えたらしく、憎々しげな表情をしている。
「そういえば、君名前なんだっけ」
「新たにお前が付けてやるがいい。我の眷属であることに変わりはないが、そうすることでお前とのつながりも生まれよう」
伯爵もそうだが、話し方の割に非常に若い。ふたりとも二十代くらいにしか見えないが、話し方は結構老成している。
執事は白髪なのですこし年がいっている様にも思えるが、顔立ちが整っているためか白髪さえも輝いて見える。おそらくレアなどと同様の現象だろう。レアが言うには「わたしが「美形」だからだよ」とのことだ。突然自慢されても何と答えていいかわからなかったため、その時は曖昧に笑っておいた。
「うーん……。白い吸血鬼……ホワイト……ドラキュラ……目赤いな……レッドアイズホワイトドラ……?」
執事はときおり苦々しい表情を浮かべながらも、とりあえず黙って聞いている。
「あそうだ、ヴァイスってどう? 何語かわすれたけど確か白だよね!」
「ありがとうございますよろしくお願いします!」
いささか食い気味に頭を下げられた。これ以上けったいな名称をつけられそうになる前に、という勢いだ。
アザレアたちでさえも同情の目を向けている。
そんなにマズい名前だったろうか。
「えっと、それじゃあ……」
「ああ。また、来るといい」
「はい! また来ます!」
初めてこの城に来たのは地下の謎の洞窟からだった。
オンボロな城だと思ったものだが、そうではないと今は知っている。
あの時伯爵は、廃城と言ったブランに対して怒ったが、おそらく今ブランが誰かにそう言われたら同様に怒るだろう。
そう確信できるくらいにはブランにとっても大切な場所になった。
城の正面玄関や、地下水脈の洞窟から歩いて出ていく必要はない。今のブランならこの窓からでも飛び立てる。
成長した姿を見てもらいたいという思いも少しある。
「あの」
しかし窓に足をかけたブランにヴァイスが声をかけた。
「申し訳ありませんが、私は飛べません……」
「締まらないなあもう!」
それから伯爵に頼んでヴァイスにも『飛翔』などを取得させ、5人連れ立って空へ舞った。
ブランから見えるギリギリの距離でも、伯爵は窓辺に立っていた。
ブランの冒険はこれからだ!
あ、ごめんなさい。転移魔法は来月からなんですよ
青き眼のホワイト…それ以上いけない




