第106話 「敬語?そりゃボスにだけさ」
2020/4/2
タイトル改訂。
ケリーたちはリーベ大森林より南、白魔たちの足で3日ほど下った場所にある、コネートルという街の宿屋で目を覚ました。
「ボス、なんだって?」
「ああ。大丈夫だから、この街に留まって防衛戦の様子を見ておくように、って」
フレンドチャットが終わったのを見計らい、尋ねてきたライリーにケリーはそう返す。
この街には昨日の夜到着したのだが、1泊して翌日、つまり今朝にはチェックアウトして一旦街を出ていた。
1日でたどり着ける位置には街や村はなかったため、街道沿いで交代で見張りを立てて野宿する予定だった。その辺りで突然全員死亡し、この宿で目を覚ましたというわけだ。
「この部屋、誰も泊まっていなくてよかったよ。もし誰かいたら、ここで復活できなかったかもしれない。その場合、リーベ大森林で目覚めていたのかね?」
「取り敢えず、もう何泊かはしたいって女将に話に行ってくる。まだ起きてればだけど」
ライリーはそう言うと階下へ降りていった。朝方出ていった客が突然2階から降りてくればさぞ驚くだろうが、他にどうしようもない。
幸い多めに路銀はもっているため、それでゴリ押しするしかない。
金の力は偉大だ。
「そんなことより、ほんとにボスは大丈夫なの?」
「ああ……。声を聞いた限りじゃ、そうめちゃくちゃに落ち込んでいるとか、そういう感じではなかったけど……。仮にそうでも、そういうの多分あの人見せないと思うんだよな……。とくにあたしらにはさ」
ボスと初めて会ったときの、あの自信に満ち溢れた姿を思い出す。
ボスの容姿はあれから随分と変わってしまったが、ふとした時に見せる悪戯っ子のような表情は変わっていない。
ボスのすることはケリーたちには想像もつかないようなことばかりだった。
最近はどういう目的で何をしているのか、ようやく分かるようになってきたが、出会ったばかりのころは本当に何をしているのか見当もつかなかった。
ケリーたちの人生は、ボスに出会ったことで大きく変わったと言える。
あの時ボスが教えてくれた通り、あのままでいれば遠くない未来にケリーたちは誰かによって全てを、その生命さえをも奪われていただろう。
あの時。ケリーがレアに伝えた「ボスになってほしい」。
あの一言からすべてが始まったのだ。
そのボスを害した者がいる。
到底許すことは出来ない。
「でも、一体誰に……って聞いたところで、ボスは教えてくれないだろうけど」
レミーの言うとおりだ。いや、ボスのことだ。すでに自分で落とし前をつけに向かっているところなのかもしれない。
「腹に据えかねる……けど、今あたしたちに出来ることはないよ。ボスに言われた通り、この街で様子を見るしか無い」
「そうだね……。この街の防衛の様子を見ておけば、いつかボスを倒した連中を殺す役に立つかもしれないし」
ボスを害したと思われる、人類側の味方をして立ち回らなければならないというのは業腹だが、それがいずれボスの役に立つと思えば、やるしかない。
「ただいま。なんか、拍子抜けするくらい普通に対応してくれた。最近よくあるんだってさ。チェックアウトしたのにまた部屋から出てくる人。だからチェックアウトした部屋には1日は誰も泊めないようにしてるんだってさ」
妙なこともあるもの──だと思ったが、ケリーたちが今まさにその状況に置かれている。
「眷属……いや、ボスのようなプレイヤーか。この宿にはプレイヤーがよく泊まる、ってことかい?」
「そうなる、のかな」
そして今、ケリーたちもプレイヤー同様、死に戻りして宿に帰ってきた、と思われている。
「……どうせこの街の防衛戦に参加するんだ。久々にプレイヤーのフリでもするかね」
「ケリーがいいなら。でもあたしたちはそんな経験ないよ」
「マリオンは黙っていればいいよ。もともと知らない人と話すの好きじゃないだろ」
こうしてケリーたちは、プレイヤーとしてコネートル防衛戦に参加することになった。
*
〈というわけで、あたしらは防衛戦に参加するから。アンタたちはどうする?〉
〈そうだな……。攻防戦に参加する、ってわけにゃいかねえしな〉
〈ボスは白魔たちについては何も言ってなかったけど……。もともとはボスが『召喚』ですぐに移動できるように火山に向かうって計画だったからね。人類側のプレイヤーなんかの戦力調査が必要になったからあたしらはこっちに参加することになったけど、あんたらは先に行って火山までの道筋をつけといてもいいんじゃない?〉
〈そうだなあ。そうすっかな。じゃ、こっちは任せとけ〉
〈頼むよ〉
この街に泊まった時、ケリーたちは宿をとったが、巨大な狼である白魔たちはそうはいかない。
彼らは街道から外れた場所で寝床を作り、2匹で休んでいた。周辺には脅威となる魔物などは居なかったためか、彼らのリスポーン位置はその仮の寝床だった。
フレンドチャットを終えた白魔は、銀花を伴って走り出した。さほど重いというわけでもなかったが、これで荷物を気にせずに駆けることができる。
このペースならば、火山まではすぐだろう。新たに支配下におく領域が増えれば増えるほど主君の力は増すはずだ。そのために今できるのが駆けることならば、そうするのみである。
*
「白魔たちは予定通り、火山を目指す。あたしらは指示通り、この街を守る」
「わかったよ。で、今朝は結局見ないで出ちまったけど、この街は一体何に襲われてんだ?」
街を見た限りでは、そう深刻な戦況という感じはしなかった。
少なくとも現時点で外壁の内側まで入り込まれているという風には見えない。
先ほどの宿屋の女将の話から察するにプレイヤーと思しき存在もそれなりの数いるようだし、街の衛兵はさほどの強さには見えなかったが、そのおかげでもちこたえているのだろう。
単純に、外壁や門を破壊するだけの能力を持った魔物がいないというだけのことかもしれないが。
「なんだろうね。傭兵組合とかに行きゃあわかるだろうけど。そうヤバいって感じには見えなかったけど」
「でも少なくとも外部とのやりとり……特に商業というか、物資のやりとりは出来てないはずだよね」
レミーの言う通りだ。
かつてのケリーたちはそんなことを考えたこともなかった。街で売っているものは、街の中でどこからか湧いて出てくるものだとばかり思っていた。
しかし今は違う。それぞれの街でもっとも得意なことをやり、それを街同士でやりとりし、欲しがっている奴に欲しがっているものを売る。そうすることで物質的な価値以上の付加価値が生まれる。それがつまり、経済活動というものらしい。
レミーは特に、エアファーレンで店舗を経営していたため、そういうことも気にかけられるようになっている。
「まとめると、こういうことかい。
敵が何であれ、プレイヤーのおかげで戦力的には心配ない。
しかしプレイヤーはこの街の行く末そのものにはあまり興味がない。だから物流なんかがストップしてるからといって、積極的に相手の親玉を倒しに行く気はない。
ボスから聞いた話も統合すりゃ、あたしらが森を出た……えーとその次の日か? そっから10日間はいべんととかいう期間で、手に入る経験値が増える。だからプレイヤーはその間は敵の親玉を生かしておく可能性がある」
この街の人間にとってはなんとも救いのない話だ。
別にケリーたちには関係ないためどうでもよいのだが。
「あたしたちがプレイヤーを装うってことは、おんなじようにするってことでいいんだよね? 適当に襲ってくる雑魚を殺して、そうしながらプレイヤーの実力を探る」
「そうなんだけど……。そうだね、ライリーには別の仕事をやってもらいたいんだけど、いいかい」
「いいけど、何?」
「プレイヤーたちが雑魚と遊んでる間にさ、ちょいと領域に分け入って、親玉の姿を確認しといてくれないか。いべんとの後か、あるいはうちらのボスの手が空いた時かはわかんないけど、いざどうするって決まった時までに、得られる情報は全部網羅しといて悪い事はないだろ」




