その杭は、出ようとすることすら許されない。
勇気がない俺たちに、羽ばたくことは許されない。
――――――――――――――――空へも、地獄へも。
みんなでテレビを見ている。
好きでも嫌いでもない芸人が喋っている。
時々面白い。
でも大抵はつまらない。
ただ惰性で眺めているだけだ。
なんとなく消していないだけ。
手がリモコンに届かないから。
無音が嫌だから。
みんなも見ているから。
だからとりあえず消さないでおいている。
別に消しても困らない。
いつ消してもいい。
あ、嫌いな芸人が出てきた。
またこいつだ。
最近よくテレビに出てくるよな。
なんでこいつが人気なんだよ。
みんなおかしいんじゃないの?
てか順番書いといてよ。
出てくるの分かってれば先に消しといたのに。
あー声聞くだけでもイライラしてきた。
消そうかな。
できれば消したい。
いや、できればじゃない。
消したい。
みんなはどうかな。
みんながよければすぐに消すんだけどな。
どうやらみんなは消す気ないっぽい。
ここで消したら怒られるんだろうなぁ。
悲しまれるかも。
俺は消したいけどね。
みんなもどうせそこまで楽しんでないでしょ?
俺分かってるよ?
まぁ消された瞬間くらいは、
「えー見たかったのに」
とか、
「まじかよ……」
ってなるんだろうけどさ。
「絶対消してほしくない!」
って程じゃないでしょ?
あーまたイライラしてきた。
ほんとにこの声イライラする。
喋りも。
容姿も。
全部がウザい。
ムカムカしてくる。
消したい。
すごく消したい。
ここでテレビ消したらすごく気持ちが楽になる気がする。
あぁ消したい。
消したいなぁ。
まぁ消さないんだけどね。
だってめんどくさいしさ。
みんなも見てるし。
ここで消すのって「悪い事」なんでしょ?
分かってるよ。
消さないほうがいいってことくらい。
分かってる分かってる。
消さないから。
安心してよ。
いきなりテレビ消すとかさ。
俺にそんな勇気ないよ。
そんなことしないよ。
大丈夫だよ。
あ。
あの嫌いな芸人の出番が終わったっぽい。
よかったよかった。
今度は知らない芸人が喋り始めた。
話は可もなく不可もなくって感じ。
まあそれなら消さなくてもいっか。
別に消してもいいけどね。
あいつが出ないならどっちでもいいや。
うわ……。
次に出てくる芸人も嫌いな奴じゃん。
ご丁寧にテロップまで出しちゃってさ。
こいつも最近人気だよな。
なんで俺の嫌いな芸人ばっか人気なんだよ。
みんなやっぱりおかしいんじゃないの?
もう消すか。
いい加減さ。
さすがにもういいでしょ。
早めに消しとこ。
うん。
消しちゃっていいよね。
あいつ出てくるしさ。
あーあ。
迷ってたら出てきちゃったじゃんこいつ。
またイライラしてきた。
いつまでこんなこと続けりゃいいんだよ。
ほんとさ。
もういいじゃんほんとに。
てかもう誰か消してよ。
さくっとさ。
いきなりでも怒んないからさ。
ブツッて。
消してくれないかなぁ。
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―――――――――――――――――――。
――――――――――――。
まだテレビは消せそうにない。
はぁ。
俺はいつになったら死ねるんだろう。
このテレビはまるで俺の人生だ。
変わらないものなど何もない。
でも、俺たちは「下へ落ちること」は許されない。
“現状維持”は、思っているよりはるかに難しい。
毎朝起きることも。
何度も明日を迎えることも。
その習慣一つ一つが、小さな偉業のはずだ。
――――――――そう信じていないと、今にもなにかが音を立てて崩れそうだ。