水難
琵琶湖付近にお住いの方、気を悪くされるかもしれません。
今回は小学生高学年になった頃、夏休みのお話です。
父の会社から貰った旅行券を使い、家族で滋賀県の琵琶湖の宿に泊まりました。
家族旅行など滅多にないのではしゃいだのを覚えています。
琵琶湖は広くて海みたいですね。
泳げない私は浮き輪に掴まってぷかぷかと漂っていました。近くで兄と父が泳ぎ、水が怖い完全カナヅチの母は浜辺。
ふと、少し浜辺から離れすぎている事に気付いて、両手で水を掻きながら戻ろうとしたときです。
足元が突然ひんやりと、驚くほどに冷たくなったのです。
水深のせいなのかと思ったけど、そんな冷たさではなく、凍えてしまいそうな冷たさ。
怖くなって必死で水を掻いて浜辺側へ戻ろうとした時、
ひっくり返ったんです。
浮き輪もしているのに、身体が何かに放り投げられたようにでんぐり返しになり、気がつけば水の中でした。
怖くて、冷たくて、とにかく上へ浮こうと足掻いていると、足首が痛いほどに冷えてくる。まるで氷の塊を押し付けられているような感覚。
息が苦しくなってきたころ、やっと指が浮き輪を掴みました。必死に浜辺へ戻ったのですが、あれだけ近くにいた父も兄も私の異変に気付かず…。
宿に戻り、大浴場に母と身体を温めに行きました。
夏だと思えないくらいの、あの水の冷たさ。
思い出してぞっとしながら大浴場に入ると、まだ早い時間なのに、隅っこに一人、首元まで浸かってる人がいます。
特に気にせずに身体を洗い、母と湯に浸かって、
「のぼせへんのかな?」
「何が?」
「あのおばちゃん」
私達が来てから身体を洗い終えて湯船に浸かり、先に上がるまでずっと浸かってる。
「長風呂の人おるからなぁ」
母にそう言われ、ふーんと大浴場から出たところでもう一度振り返る。倒れないかどうか心配で。
「……お母さん、おらん」
え?と母も振り返ると、湯船から出ていた頭がなかったのです。
まさか沈んだ!?やっぱりのぼせていた!?
二人で急いで助けるために湯船に戻ると、
誰も、何も、いなかったのです。
二人して一気にゾッとして慌ててその場を後にし、部屋に戻って父と兄に話しました。笑い飛ばされるだけでした。
母はこの時あたりから、私と一緒にいる時に限って色んなものを見るようになります。
もやもやとした気持ちだったので、景色でも見ようと母と窓際の椅子に座って障子を開けました。
すると、崖の上から花束を放り投げている人の姿が見えたのです。
琵琶湖は事故も多い場所、きっと色んなものが溜まってる気がします。
連れて行かれなくて良かったなと、その時ぼんやり思った私でした。
母はこの辺りから霊の存在を信じるようになりましたが、父と兄は信じない人でした。
人一倍怖がりだから認めたくなかったのかもしれません。