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マイクロ・ポテトチップス

作者: 文月瑞姫

 名字が小芋だったから、いや、私が公園でポテトチップスを食べていたからでしょう。私の幼少のあだ名は芋、あるいはポテチでした。芋女、なんて呼ぶ人もいたでしょうか。芋っぽいなんて言葉を知る年代ではなかったでしょうから、ただの偶然でしょう。大人になってからも芋ガールなんて呼ばれて、辟易していたものです。

 知っていますか、世間のセクハラというものは、身体に触れるだとか性的な発言をするとか、大々的に問題視されるものは、むしろほんの一部分にすぎないのです。むしろ本当のセクハラというものは、もっと息を吐くように行われるものです。「美味しそうな名前だね」がセクハラに当たるかは知りませんが、「でも君は美味しくなさそうだけどね」と続けることは立派なセクハラだと、そうは思いませんか。相手には一切の敵意もなく、悪意もなく、何か冗談のつもりだったのでしょうが。

 そう思うと、セクハラというものは小学生の名残だと、そう思います。ポテチなんて呼ばれるのも、セクハラをされるのも、似たようなものです。芋女も、今考えると相当なことを言われていて、どう呑み込めば良いのか分かりません。

 

 さて、そのように私の名前で遊ぶ人間しかいないものでしたが、あなただけは違いました。誰もが名字に注目して、それで大喜利でも始めようかという顔付きをする中で、あなただけは違いました。

あなたから私への第一声は、「小芋さんって何でも分かってるよね」だったこと、覚えているでしょうか。その通りです。こんなことを言っても、普通は信じませんし、あるいは驚くかもしれませんが、あなたはそうではないでしょう。きっと驚かないで、しかも本当だと信じてくれそうだから、こうして打ち明けているのかもしれません。

 私の脳にはマイクロ・チップが埋め込まれています。どういう仕組みなのか、私には分かりません。ただ、未来が見えるのです。隣を歩く園児が風船を手放して泣く未来や、トイレに入っていった父がペーパー切れに怒声を上げる未来。そうして仮想通貨の一時間後の取引価格まで、何もかもが見えています。


 それがどういう意味を持つか、賢いあなたなら分かってくれると思います。つまるところ、私は未来が見えないように動く必要があったのです。未来が見えるなんて言ってしまえば虚言癖の芋女としていじめの種になりますし、逆に未来が見えると証明してしまえば皆の玩具です。その噂は学校内に留まらないでしょう。やがてテレビの取材が来て、お茶の間の話題にされ、報道関係者にはあるいは疑惑の声が投げられ、リスク管理のために切り捨てられ、最後には政府の管理下に置かれるのでしょう。ああ、世界の玩具です。

 既に科学者の実験台ではある以上、これ以上遊ばれるのもごめんです。ああ、でも、実験そのものには私も興味があるんですよ。面白いのであなたにも話しましょう。彼らの実験の主眼は、「未来の見える人間がいつその事実を公言するか、その未来が見えるロボットに予測させる」というものです。なんとまあ、マッド・サイエンティストなのでしょう。彼らは金や世界を動かす力を持ちながら、ただ知的好奇心を満たすためだけに私を放流し、その後何が起きようと知ったことではないと言うのです。なんとまあ、マッド・サイエンティストでしょう。

 全二十六体の未来予測ロボットが、それぞれ別のアルゴリズムで計算したところ、どうもその公言日時は一致したとのことです。面白いでしょう? ちなみに、その計算結果は私には教えられていません。まあ教えられたところで、それを歪めるように動くつもりはありませんし、歪めようとしたところで、きっと何らかの形で公言する結果にはなることでしょう。彼女らの計算は、私ひとりの行動では覆らないでしょうから。


 こう書いていながらですが、私も人間なので、少なくとも人間でありたいという気持ちはあるので、未来が見えることで得をしたことはないとは言いません。テストではカンニングし放題でしたし、目の前で事故を起こさないままこの歳になりました。

 損をしたことを挙げるとするのなら、あなたの寿命が見えていたこと、それに対する葛藤で眠れなかったこと、ただその辺りでしょうか。あなたが突然に死ぬと知りながらも、それを伝える覚悟は、ついにこの時までありませんでした。死に怯えるあなたも、逆に死を受け入れて最期の時間を楽しむようなあなたも、見たくなかったのです。

 この手紙に書いたことはあなたと私だけの秘密です。棺桶にはこの手紙と、ポテトチップスでも添えようと思います。ポテトチップスは残念ながら棺から取り出されるようですが、この手紙はあなたの遺骨と共に、ちゃんと灰になってくれるそうですから。


 どうか、あなたの死後が安らかでありますように。

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