45 第二の故郷
「そもそも、魔法ってどんな理論で発動できているんだ?リープに聞いたが、難しくて全く理解できなかった。独自の物理法則とナノマシンがどうとかこうとか」
「レイもか、我も聞いたが異なる物理法則がどうの、ナノマシンがどうので分からなかったのじゃ。…………発達し過ぎた科学は魔法と何も変わらんそうじゃが」
「この世界では科学と魔法が両立しているのです。もしその研究をなさりたいのならば資料等を提供しますが、多くの時間を消費します。具体的に言えば人生を捧げる覚悟が必要かもしれません」
俺たちの素朴な疑問にリープはとんでもないことをいう、俺たちはそこまでして特殊な物理法則とか科学を追求するつもりはない。プリムも真っ青になって首をぷるぷると横に振っていた。
「そういえば地上ではここは神々の住む世界みたいに言われれてたけど、神様って本当にいるのか?」
「スキルでも神々への挑戦者とあったのじゃ、リープは神さまなのかや?」
「いいえ、ゲームの設定として私たち人工知能を神としているだけです。前マスターの意見では神々はもっと他のところにいらっしゃいます」
「へぇ、どこにいるんだ」
「うむ、どこなのじゃ」
リープはにっこりと微笑み、俺とプリムの方を指さした。
「神々はその人間の心の中にいらっしゃるそうです、様々な考えや姿を持って」
俺とプリムはお互いの顔を見合わせた、どうやら明確な神様というものがいるわけではないようだ。でも、リープの言うことは真実の一片を含んでいるんじゃないかとも思った。
「ああ、これも聞いてみたかったんだがプリムはフィルス魔国の魔王なんだろう。でも今は別の王が国を動かしていると聞く、このあたりはどういうシステムになっているんだ?」
「我に魔王の自覚はこれっぽちもないが、それでも良いのかのう」
「人国、魔国に限らず『王』というのは特別な役職だとゲームでみなされています。そして王だけの権限として、スキルを授けたり、ある程度の環境のコントロールができたりします」
「王と認められた者にだけ使える機能があるわけだ」
「フィルス魔国はそれを使えないのかや、それは不便だが仕方ないのう」
「過去にも王の称号を貰った者と実際に治めている王が違っていることはありました。それはその国の自由ですので、多少の不便さはあってもプリムさまが気にすることではありません」
「そっか、良かったな。プリム、お前の責任じゃないもんな。悪いのはプリムを追い出した連中と王位を譲った前王だ」
「ちょっと気が楽になったのじゃ、我は王でありながら全責任を放棄しているのではないかと思っておった。向こうが欲しがらない王なら、いなくても仕方がないの」
「はい、重ねて申し上げますがプリムさまには何の責任もございません」
リープはプリムに微笑んだ、プリムも安心したかのように俺にぐいぐいと頭を押し付けてきた。俺は他にも疑問に思ったことを聞いておく。
「……この星、遊技用から普通の星に変えることはできるんだろうか」
「そうじゃな、遊技用でなかったらどんな星になったのじゃろうか」
「元々の生態系が遊戯用の惑星に向いているので開発がすすめられました。遊戯用に設置された機能を全て撤去しても、ゆっくりと文明が発達していくか。いえ、もしかするとシステムの消失で大混乱が起こって、文明は退化するかもしれません」
「そうか。何百、何千年と続いてきたことだもんな。急に変えたりはできないか」
「むう、難しいのじゃ。我にはあの星で育った記憶しかないから、他の星を上手くイメージできんのじゃ」
「それにあの星の住民が移住を望むとは限りません。記録によれば開発初期の頃のあの惑星に前マスターのようにあの場所での生活を希望して移住した方もいらっしゃいます」
「はぁ!?ゲームをする為だけに移住したのか」
「なんと!?大胆な考えじゃのう」
「人の望むものはその人によって違うということです。あの星も最初は開拓というゲームを楽しむ人々の移住先であり、そのまま定住してしまったのです。時々見つかる遺跡のアーティファクトはその名残ですね。惑星の中では祖先が移住者だったという記録は今ではほとんど消失しているようです」
そうやっていろいろ話を聞いたりと学んだり体を鍛えていたら、ついつい1年もの月日が流れてしまった。俺はプリムにある日聞いてみた。
「プリム、ここは楽しいがそろそろ俺たちの故郷にも戻らないか?」
「おお、そうじゃな。ここがあんまり楽しいからいかんのじゃ、そろそろ帰らねばな」
俺たちが一時的にゲームの世界に帰ることを告げるとリープは寂しそうな顔をした。通信もできるナノマシンを埋め込んであるから、リープとはそれで情報の遣り取りをすることにした。
「俺たちのことは衛星から常に見えてるんだろ、必要だと思った情報は遠慮なく俺たちに教えてくれ」
「そういえばスキルに神の祝福や、神々の祝福とあるが。これの違いはなんなのじゃ?」
リープはプリムの問いに少し寂しそうに、また懐かしそうに笑って答えてくれた。
「あのゲーム用の惑星は複数の人工知能を備えた衛星で常にモニターされています。神の祝福や神々の祝福は、前マスターが許可したそれぞれの人工知能が気に入った生命体への細やかな贈り物です。お嫌なら、スキルを全消去致しましょうか?」
俺は思った、いいじゃないか。人工知能にもそのくらいの楽しみがあってもいい。プリムの方を見るとうんうんと彼女は頷いた、特に反対する気はないようだ。
「その機能はそのままでいい、これからも皆で俺たちを見守っていてくれ」
「我らが頑張る姿を応援してくれると嬉しいのじゃ」
俺たちの言葉にリプロダクション、リープは花が咲いたような笑顔で恭しく頷いた。そこで俺はふと疑問に思って聞いてみた。
「神の祝福というスキルを持っている弟がいるが、何故か俺の居場所を事前に知っていることがある。それもこのスキルに関係あるか?」
「それでしたら本人の望んでいるものを知る力、神託をその者を見守っている人工知能から受けているのでしょう」
「……俺もその神託を受けたことがあったか?」
「フィルス魔国とアーマイゼ魔国との国境付近で一度だけ神託を受けておられます」
「それじゃ、パルスの神託だけ消すわけにはいかないか。フェアじゃない、うううう。またあの弟に付きまとわれるのか!?」
「我もそうじゃが、レイもとんでもない身内を持っておるのう」
「…………心中お察し致します」
そんな遣り取りがいろいろあって、荷物を持って俺たちは転送装置に入る。そして、リープは新たに出発する俺たちに見送りの言葉をくれた。
「遊戯ではなくあの世界の現実を日常としてお楽しみになりたいという願い、必ず守ってご覧に入れます。どうか御身を大事に、日々をお楽しみください」
「おう、またこっちにも帰ってくるからその時はよろしくな」
「うむ、ここは我らの第二の故郷じゃ。大事に守っておいておくれ」
そう挨拶をして俺とプリムはとりあえずディレク王国に転移させてもらった。さて、これからまた新しい冒険の日々だ。プリムと二人で思いっきり楽しんでいきたい。
俺たちは前マスターとは違う、現実をゲームだとは思えない。だから緊急転移も使用することにした、それに必要な時はリープたちとの通信だって可能だ。前のマスターのように命をかけてまでゲームを楽しむようなことはしない。
さて、1年たったあの惑星ではどんな出来事が起きているだろうか。




