41 水中での攻防
「最後の迷宮はどこにあるのかのう、ゼームリングは既に滅んだ国だからの」
「それなら僕に心当たりがあるよ」
「本当か、シオンどこだ」
俺たちは宿屋の厨房を借りて作った朝食を食べながら、次の迷宮について話していた。シオンは食べていた砂糖漬けを飲み込んだあとにこう続けた。
「僕の母がまだ僕が幼い頃にここがあの昔話のところよと言っていた、母に思念を送って詳しく場所を聞けば迷宮を見つけることができると思う」
「……思念を送るって、龍ってやっぱりすごいな」
「そんな上級魔法、人間なら使えないのう。上級魔法の使い手がそう沢山はおらんからに」
「ただし、次の迷宮には僕はついていけない」
「うん、どうしてだ?」
「何か問題でもあるのかや?」
シオンはバターたっぷりのパンの上に、これまたたっぶりのベリーのジャムを乗せながら言った。
「ゼームリングの迷宮は水の中にあるんだ、僕は水属性の魔法が得意ではない」
その後、母親に思念を送ってシオンはゼームリングの迷宮の詳しい場所を聞きだしてくれた。俺たちはいつも通りに駅馬車で近くの街まで行き、そこからは徒歩で迷宮にむかった。
「これが海か――!?」
「とても広くて、それにちょっと塩辛い風だのう」
「さぁ、二人とも僕に捕まって、ゼームリングの迷宮へ案内するよ」
右手と左手で抱え込まれるように飛翔するシオンに運ばれて、俺たちはゼームリングの迷宮の入口に辿り着いた。海の中に巨大な穴がどこまであるのかわからないほど深く広がっていた。
「シオンはここまでありがとう、プリムこの迷宮ではお前が頼りだ。頼むぞ」
「うむ、我に任せよ。必ずや最後の欠片を見つけてみせよう」
俺とプリムは命綱をつけて二人で海の中に飛びこんだ。プリムが魔法で空気の大きな泡状の結界を作ってくれているので苦しくはない、だがいつまでも潜ってはいられない。
時間制限はプリムの魔力がきれるまでだ、今回プリムは海水から結界内に空気を作り出すことだけに集中する。何かに襲われたら攻撃は俺の役目だ。
「こっちじゃ、何かがそう呼んでおる」
「ああ、分かった」
プリムに連れられて深く、深く潜っていく。いつの間にか俺たちはお互いに手を繋いでいた。魔法が破られたら溺死する、こんな状態での心への重圧は半端じゃない。
俺たちはそれをお互いに手を繋ぐことで和らげていた。プリムへの信頼が心を落ち着かせてくれる、それはプリムも同じようだ。
”こっちだよ、そっちは何もないわよ”
”こっちよ、こっちだってば”
”嘘じゃないよ、貴方たちを助けたいのよ”
海の中の迷宮は複雑に枝分かれしていたが、プリムは迷うことなく一つの道を選んで進んでいった。
途中で俺たちを惑わすかのように人魚たちに声をかけられたが、プリムがその声に惑わされることはなかった。人魚たちは俺が少し魔法で脅してやると、耳障りな笑い声を残して去っていった。
気の遠くなるほどの時間、いや実際にはそんなに時間は経っていないのだろう。同じような海中の風景ばかり見ているから、時間がやけに長く感じるだけだ。
「やったぞ、レイ。ここだ、着いたのじゃ」
「よくやったぞ、プリム。――プリム、危ない!?」
巨大な触手が俺たちを狙って素早く伸びてきた、俺は咄嗟に飛翔の魔法を使ってプリムをひっぱりその触手を避けた。そこにいたのは烏賊と蛸を合わせたような生き物、巨大なクラーケンという魔物だった。
「プリム、役割の交代だ。俺が飛翔の魔法であの触手から逃げ回る、この中の空気が残っているうちにあいつをどうにか倒してくれ」
「うむ、承知した!!」
俺は水の魔法が得意ではない、人魚くらいなら倒せるがこんな大物相手は倒せない。対してプリムは水魔法が一番得意な魔法だ、今の状況ならばこの方法が一番良いはずだ。
ぬおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!
水の中だから音がこもって聞こえる、また触手が俺たちを狙ってきたので飛翔の魔法で何とか避ける。空気中なら素早い魔法だが、水の中では思った以上に抵抗を受けてしまう。
何度も何度も触手が俺たちを狙ってくる、それを俺は魔法を制御して紙一重で躱し続けた。プリムはずっと大きな魔法の魔力操作に集中していた。
「我の魔法を受けてみや!!」
ごぼぼほがぼぼぼぼぼごぼごぼぼ!!
飛翔中の泡の中の空気も残り少なくなって、息も絶え絶えになって来た時。プリムの魔法は完成した、その大魔法は大きく鋭い水の刃となってクラーケンを見事に切り裂いた。
「ははははっ、これが最後の欠片だ!!」
俺は最後の欠片を手に入れるととっておきの魔法の魔力操作をしはじめた、プリムは俺の行動に気がついて残った魔力で水の結界を引き継いでくれた。このままプリムに結界をまかせたまま移動しても海面までは魔力がもたない。
それならば、これはどうだ。
「プリム、捕まれ!!『瞬間移動!!』」
無属性魔法の俺がずっと研究していた魔法だ、使うのは実は初めてだ。だが、絶対に成功すると信じる、俺の手を握ってくれている小さな手のぬくもりがそう信じさせてくれる!!
その次の瞬間、俺たちは二人揃って水の中に放り出された。




