36 風の試練
「……あれは盗賊なのかのう?」
「……本人達がそう言ってるんだから、盗賊なんだろう。多分」
駅馬車の動きを止めたのは服の上からでも分かるくらいにやせ細った男たちだった、かろうじて自分の足で立っているといった有様で今にも倒れてしまいそうに見えた。
「盗賊だったら、一応倒そう。えい」
「我の魔法の餌食になりゃれ、とう」
俺とプリムはお互いに気合の入らない声で一応盗賊たちを倒した、というかちょっとこずくだけで彼らは倒れてしまった。仕方がないので馬車の邪魔にならないように、道の端に寄せておいた。
「なんだったんだろうなー、あの盗賊たち」
「分からん、奇妙な者たちだったのう」
しかし、ロンボス国に近づくにつれて盗賊の数はだんだんと増していった。盗賊らしく元気のある奴は遠慮なく始末していったが、俺たちが手をくだすまでもなく倒れる自称盗賊という人々が多かった。その事情はロンボス国についたらすぐに分かった。
「大飢饉かえ!?」
「そうか、それで農民の成れの果てがあの盗賊たちか」
ロンボス国では数十年に一度の大飢饉に見舞われていたのだ。土地を治める貴族がしっかりと物資を備蓄している領地は問題なかったが、横領をしていたり、余裕が無い領地では飢えに屈して農民が盗賊になってしまったのである。
「た、食べ物がほとんど売ってない。それに高い!!」
「れ、レイ。我らは大丈夫かえ?」
俺たちはロンボスの都にある露天商などを見て驚いていた、プリムが不安そうに聞いてくるので安心させるべく俺はこっそりと答える。
「『無限空間収納』には数年分の食糧を入れてある、なぜなら魔物を倒してお金を稼いだらついつい美味しそうなものを買っていたからだ。この空間の中に入れておけば物も腐らないし、俺たちは大丈夫だ」
「そうか、他の者にはすまんが安心したのう」
とりあえず宿屋をとって俺たちはロンボス国の迷宮について情報を集めた、するととある古い本によるとある山がまるごと迷宮になっているらしい。
「はふ、はふ、つまりその山へ行けばいいのじゃな」
「あちちっ、そうだ。今度は山が迷宮になっているらしい」
じぃっとあちこちから俺たちを見つめる目がある、その目は俺たちの一挙一動をずうぅと見つめ続けていた。コカトリスのステーキ、ふんわりと柔らかな白パン、野菜たっぷりのシチュー、果物の砂糖漬け。俺たちが食べていたのは特になんでもない、普段通りの食事である。
「……とりあえず今は腹を満たそう」
「……そうじゃな、できるだけ早く食べてしまうかや」
宿屋の厨房を借りていつも通りに朝食を作ったのだが、泊まっている客はもちろん宿屋の人たちからも飢えた視線が向けられて怖かった。後で宿屋の主人と交渉して宿賃代わりに食糧をわけておいた。
「それじゃ、行くぞ。プリム」
「うむ、一刻も早く山へ行こう」
街の中でも浮浪者たちから飢えた視線をずっと感じていた、俺はまるで自分が食べ物になったような気がしていた。だからといって手当たり次第に食糧を配るわけにもいかない、俺の持っている食糧ではこの都を救うには到底足りないからだ。
「飢えとは恐ろしいものよ、幼き頃を思い出すのう」
「だからといって何も渡すなよ、渡したら一気に集まった人に潰されるぞ」
「わかっておるわ、何もせんぞ」
「なるべく視線を合わせないようにして行くぞ」
門の外に出たら、飢えた人々から追いかけられないように飛翔の魔法で一気に問題の山の麓まで来た。この大飢饉の間に迷宮に挑む者はいないようだ、俺たち以外に誰もいなかった。
「一晩、ここでゆっくりと休んで、明日迷宮を目指そう」
「やっと視線を気にせずに休めるのう」
交代で見張りをして俺たちは一晩しっかりと休養をとった、翌日から山登りを始めたのだがすぐにおかしな空気に気がついた。
「どうやら、この山には有毒な空気が混じっているようだな」
「毒無効の我らには関係ないかのう」
「いや、呼吸ができなくなるほどの有毒な空気が混じっているとまずい」
「それでは山に登れんではないか、…………ああ今度はこれが試練なのだな」
山を取り巻く風の流れを改めて調べてみると一筋だけ清浄な空気が流れていた、俺はプリムとともにその流れに逆らわずに山を登り始めた。一見して飛翔で頂上まで行ってしまえば良さそうだが、欠片がどこにあるのか分からないので地道に山を登るしかない。
キュイイィィィィィ!!
「炎よ、落とせ!!」
「我の魔法の餌食になりゃれ!!」
山を登っているとハーピーやワイバーンなどに襲われた。俺は炎の槍を放ち、プリムは雷の魔法でもって彼らを次々と落としていった。
「もうすぐ日が暮れる、この辺りで野宿しよう」
「うむ、何もない山なのじゃな。ここは寂しいところよ」
この山の迷宮には僅かな木が生えているだけだった、この山を取り巻く有毒な空気が恐らく植物にも良くないのだろう。持ち込んだ食糧でいつもの食事を済ませると交代で眠りについた。鳥系の魔物が多いので夜目が利かないのか、夜の間は襲撃はなかった。
「意外と静かによく眠れたのう」
「この毒となる空気以外は特に苦労することもないな」
「はむ、はむ、はむ、やはりレイの料理は美味いのう」
「そうか、最近はプリムも随分と上達したじゃないか」
時々、ハーピーやワイバーンの襲撃はあるが俺たちは順調に山を登っていった。道は複雑に分かれていたが、清浄な風の流れは一つだけだったから迷わずに済んでいた。
「このくらいの難関だったら、山に詳しい者なら登ってこれそうだ」
「無理じゃろう。空気の流れは読めたとしても、ハーピーやワイバーンの餌食になるだけじゃ」
「それもそうかって――――!?」
「なんとな!?」
俺たちは一週間かけて山道を登ってきたが、その途中にある広場でなんとドラゴンに出くわした。しかも、俺たちが取りに来た欠片がそのドラゴンのすぐ近くにあるのが見えた。




