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33 雨の日


「我が生まれたのはこのフィルス魔国の後宮での、母は誘拐されるように連れて来られた人狼じゃった」

「……そうか」


「母は我が幼い頃に亡くなってしまってのう、それ以来我のそばには誰も寄らなんだ。我の言葉遣いはおかしかろう、母が聞かせてくれた絵本などで言葉を覚えたからじゃ」

「そう言えば、今も文字を読むのが苦手だなプリムは」


「うむ、そうじゃ。それからある日、ねえさまたちからお前はもう要らない。そう適当に強制転移させられた先がディレク王国だった。我はレイに会うまで2.3日草原を彷徨って倒れたのじゃ」

「大変だったな、プリムと出会えたのが俺で良かったよ」


「我もレイに出会えたのは幸福じゃった。ねえさまの誰か一人でも殺せば迎えをやる、などという戯れにすがった我をレイは助けてくれた。我はもう少しで意味もなく誰かを殺すところじゃった」

「プリムは優しいから、きっと誰も殺せなかったさ」


「そうだったと我も思いたい。魔王の位については何故か父の死の間際に譲られたのじゃ、どうして我に譲ったのかは分からん。ただ、そのおかげでレイに魔王の祝福というスキルを贈れた」

「そうか、プリムがずっと俺を助けてくれてたのか」


「我は死にたくなかっただけじゃ、レイの優しさが我のことを守ってくれるのではないかと期待した。我の思うたとおり、レイはいつだって我を助けてくれた」

「……俺は自分の旅を邪魔する奴らを始末しただけだよ」


「レイ、我はもう……、もうレイとは……うぅ……」

「プリムはもう俺の大事な仲間だよ、少し迷惑をかけたくらいでなにも泣くことはないさ」


「レ、レイも我にとって大切な仲間だぞ」

「ありがとう。さぁ、もう少しだけ眠って休むと良い」


ポツポツと雨が天幕に当たる、追っ手の気配を感じた。俺たちはまだフィルス魔国の中にある森に隠れていた。


プリムの落ち込んだ様子が辛そうで胸が痛い、彼女に比べれば自由に外に出れて行動できた分俺は恵まれていたほうだった。この子はずっと一人で秘密を背負い耐えてきたのだ、俺以外に守ってくれる者とも出会えず。だから、プリムはあんなにも俺を信頼するのか、…………だったら俺にはその信頼に応える必要がある。


さて雨が止む前に、プリムが起きる前に邪魔をする魔物たちは片付けてしまおうか。


眠っているプリムに五重の障壁を張って、俺は雨の中で異質な気配がする連中のところへ静かに移動して斬り捨てていった。声を上げる暇など与えない、連中は一声も上げることもできずに死んでいった。この国はプリムには危険だ、この国さえ出てしまえばきっと追っ手の数も減るだろう。


「プリム、そのまま眠っていていいから移動するぞ」

「うむ、……レイ……」


俺はプリムを背負ってフィルス魔国とアーマイゼ魔国との国境目指して移動を開始する。プリムは大人しく眠っていてくれた、酷い環境におかれていたのに素直な良い子だ。


そのまま国境目指して移動を開始する、しばらくは何もなかったが国境付近に近づくにつれて不穏な気配が混じり始めた。


落ち着け、落ち着け、こんなことは大したことじゃない。もっと幼かったころは両腕が使えなくなっても、魔物を倒して生き延びれたんだ。


プリムを背中から左腕で抱き抱えるような姿勢にする、これで片腕は使えるのだから昔追い詰められた時に比べればずっとマシなはずだ。


「邪魔をすれば切る、何もしなければ生きれるぞ。帰れ!!」


俺が叩きつけるようにそう言うと襲い掛かってくる影と動かない者とで別れた、戦力の分散はもっとも愚かな児戯だ。さほど間をおかずに俺の周囲に人の気配は無くなった。


しかし、雨と森のおかげで方角がわかりにくい。自分の勘と経験が頼りだ。おそらく、左にまっすぐ進めばアーマイゼ魔国に着くはずだ。


『……アーマイゼ魔国の国境……は貴方から見て……左の方角へ2kmです……』


突然、とても淡々とした人間の声がした、バッと身を翻して周囲を警戒した。刺客かとも思ったが誰もいない。それに『きろめーとる』とは何のことだろうか?疑問を感じつつ、俺は自分の信じる方角に向かって歩いていった。


そして途中で邪魔する者を切り捨てながら、俺はアーマイゼ魔国へと逃げ延びた。国境を越えてからは追っ手の者もその姿を消した、おそらくは雇い主に報告にいったのだろう。


それをいいことにアーマイゼ魔国の街へと急ぐ、ついたら真っ先に宿をとってプリムをベッドに寝かせておいた。


「これでとりあえずは……安心かな?」


俺はベッドを背にして剣を抱いて意識を半分だけ落とす、もう半分は覚醒させておいて索敵を怠らなかった。


「レイ、レイ、大丈夫か?」

「ああ、プリム目が覚めたのか。良かった、よく寝ていたぞ」


「レイはどうしたのじゃ、ローブがボロボロではないかえ」

「ああ、でも怪我はほとんどないんだ。ドラゴンの皮の防具はさすがだな」


「レイ、我はの、我は……」

「うん、プリムはとってもお利口さんだったよ。ここはもうアーマイゼ魔国だ」


「我が謝ら……」

「プリムが謝ることなんて一つもないよ、さて起きたんなら俺は水浴びをしてもうひと眠りしようかな」


「我も行く」

「そうか」


宿屋で井戸を借りて泥やこびりついた血を洗い流した、せっかくだからプリムの綺麗な髪をよく洗っておいた。それから、二人でベッドで眠った。まだ心配だったから、意識の半分は起こしたまま眠った。プリムは俺の胸の上に頭を乗せて、ようやく安心したようだった。


「おはよう、プリム。台所を借りて、何か作ろうか」

「……レイ、おはようなのじゃ。肉、肉を所望するのじゃ」


宿屋の台所を借りていつもの野菜スープと肉の串焼きを作った、しばらく携帯食しか食べてなかったから野菜は柔らかくなるように長めに煮込んだし、串焼きのほうも肉は小さ目にしておいた。


「相変わらずレイの料理は美味いのう」

「そうか、今度はプリムが作ってくれよ」


「任せるのじゃ、我の腕前を見せてやろう」

「それじゃ、昼飯はプリムに作って貰えるな」


雨はまだ降り続いていたので、雨が止むまではこの宿屋で大人しくしていることにした。追っ手の気配はもうなかった、他国に入ったからもう必要ないとみなされたのだろうか。


魔王の位とはどうなっているのだろう。今もプリムが持ってはいるようだが、それではフィルス魔国は仮の王が動かしているのだろうか。……今後もプリムの周囲には気をつけておかなくてはいけないな。


プリムは大人しく部屋で魔法の練習をしていた、俺も参加してより細かな魔力操作ができるように練習した。


「レイ、我がレイの元に来たのはねえさまのお遊びだったのだろうが、今では我は感謝しておるからのう」

「……そうか」


「そうじゃ、だから今度は仲間として我がレイを助ける番なのじゃ」

「期待しておく」


「ふふふ、待っておれよ」

「ああ、待ってる」


雨はシトシトと優しく何日も降り続いた、プリムに見張りを任せて俺は完全に眠ったりもした。プリムを信頼しているから、深く意識をおとしとてもよく眠れた。


俺の知らないプリムの昔のことなんて大したことじゃない、大切なのはいつだって今これから何をするかだ。

ご指摘のあった誤字を修正しました。

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