25 命の重さ
「レイも我が要らないのかや、我が役立たずだからか。弱くてレイに頼りきりだからかや、今度はもっと上手くできるのじゃ、だから、だから、どうか我を捨てないでおくれ。うぅ、ひっく、ううぅぅぅぅ」
「俺がプリムを捨てるわけがない、ちょっとプリムの将来の為に勉強をさせただけだ。プリム、プリム、話を聞いてくれ、そんな泣かないでくれよ」
プリムが冒険者ギルドのど真ん中で、声を殺して泣きだしたものだから俺は慌てて弁解しようとした。
「やっぱり我は要らない子なのじゃ、我は要らない。だから捨てられるのじゃ、ううぅぅぅ、ひっく、うっく、うぅぅぅう」
「プリム、話を聞いてくれって。ああ、もう行くぞ」
でも、プリムは泣いてばかりで俺の話を少しも聞く様子がなかった。仕方なくプリムを抱えて注目を浴びながら冒険者ギルドを後にした。
「ううぅぅ、ひっく、捨てられるのは嫌じゃ。うぅ、我はレイと離れるのは嫌なのじゃ」
「分かった、分かってるからプリム」
「ちょっとその子どうしたの?いい大人なのに女の子をいじめちゃ駄目よ」
幸い宿屋には連泊していたので、プリムが泣いていても部屋に戻ることができた。これが初めての宿屋だったら、誘拐などと疑われて泊まることができなかったかもしれない。
「プリム、話をしよう。聞いてくれ、プリム。なぁ、俺はお前を捨てるつもりはないぞ」
「で、でもレイは、うう。我と一緒にいなくなるのじゃ、要らないのじゃ。我はもうここでも要らないものなのじゃ」
プリムは宿屋に帰ってからも、静かに泣きっぱなしで話を聞いてくれなかった。これはもう今日は話をするのは無理だと思って、プリムを抱き込んでベッドで眠ることにした。
「我は要らないの、要らない、要らない子なのじゃ。レイ、レイ、捨てないでおくれ。次はもっと役にたつ、我は、ひっく、うぅぅぅ」
「俺はプリムを捨てないよ。でも一人でも生きていけるように、プリム強くしたいだけだったんだ」
翌朝、起きたらプリムの目は真っ赤に腫れ上がっていた。魔法で冷やした濡れた布を当てておく、その後はプリムの頭や耳をベッドに横たわったままずっと撫でていた。
しばらく経つとプリムも目を覚ましたようで、恐る恐るこちらに話しかけてきた。
「……レイ、…………我はいつから要らない子になったのじゃ?」
「プリムは俺の大切な仲間だ、要らないなんて言っていない」
「では、どうして一人で生きていけるようにするのじゃ?」
「それはプリムがもう大人だからだ、いずれは俺の傍から離れるかもしれないだろう」
「我がレイの傍から離れることはないのじゃ」
「これから何があるか分からないだろう、俺だって死んでしまうかもしれない」
「レイが死ぬのなら我が助けるのじゃ、だからレイは我より先に死ぬことはない」
「プリムが助けてくれるのか、俺がどんな状態になっても?」
そこでプリムは瞼にかけられていた布をとって俺を見た、真剣な瞳でこう言った。
「たとえレイが手を失っても、足を失っても。それで動けなくなったとしても、我はレイの傍にいたいぞ」
「………………そうか」
俺はプリムの覚悟に驚いた、今までそんなに俺のことを想ってくれた者はいない。だが、プリムは違う。この優しくて一途な仲間はそこまで俺を想ってくれているらしい、こんなに深い感情に俺は応えることができるだろうか。
「それなら、プリムはなおさら一人でも生きていけるようにならないとな」
「何故じゃ、我はレイとともにずっとおるぞ」
「俺が動けなくなってもプリムは傍にいてくれるんだろう、だったら俺の分も二人分プリムは働かなきゃいけなくなる」
「そうか、それは気づかなんだ!!」
まだ少し目が腫れているがプリムは嬉しそうに笑った、笑って何でもないことのように言った。
「そうじゃ、レイが動けない時には我が代わりに働くのじゃな」
「だけど大変だぞ、二人分だからな」
「我はこれからもっと強くなるのじゃ、昨日はすまなんだ。これからもいろいろ教えておくれ」
「ああ、プリムが困ることが無いようにいろいろ教えるからな」
「うむ、レイ。ありがとうなのじゃ」
「……どういたしまして」
今までも思っていたがプリムは一途で危うい、このままでは独り立ちなどできはしないだろう。何かあったら本当に俺を庇って死んでしまいそうだ。
一体どういう育ち方をしたら、こんな子どもが育つのだろうか。とにかくプリム相手に『要らない』は絶対に言ってはならない言葉だとわかった。
「レイ、お腹が空いだぞ。我が朝食を作ろうか?」
「いや、その前に水浴びをしよう。俺達は山から帰ってそのままの格好だ。これで厨房に入ったら怒られるかもしれない」
「それもそうじゃな、レイ。また我の髪を洗っておくれ」
「いいぞ、プリムも俺の背中を流してくれよな」
俺の命はいつの間にか俺のものではなくなっていた、この狼少女を拾っていつだったかは分からない。だが、俺がもし死んだらプリムも間違いなく死ぬだろう。
「プリム、俺はもっと強くなるからな」
一度はプリムの為に強くなると決心したはずだった、だが俺にはまだ覚悟が足らなかったようだ。
「レイが強くなるなら、我ももっと強くなるのじゃ」
「そうだな、プリムも俺に負けないくらい強くなって欲しい」
俺はプリムを自分のせいで殺したくない、俺の命にはプリムの命もかかっているようだ。依存に近いものなのだろう、プリムをもっと強く鍛えよう。そして、広い世界を見せるのだ。そうすればきっと、プリムは自分の命をもっと大切にしてくれるだろう。




