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復讐の朱(6)

 庭の底からスプリンクラーのように突き出たビーム照射機

 発射されるビームを浴びて爆発を起こす偽妖女たち。

 攻めてはいるが、すぐに傷を再生させる相手には、些細な足止めにしかならない。

 ノートパソコンを覗きながらユウカは苦い顔をする。

「屋敷の中に攻め込まれるのも時間の問題だわね。Mフィールドを発動させたいのだけれど、いいかしら?」

「僕が外に出るまで待ってください。あとまだしばらくの間、これを預かっていてください」

 メルフィーナの心臓をユウカに手渡し、愁斗は急いで屋敷の外に向かった。

 玄関ホールで愁斗は伊瀬に呼び止められた。

「愁斗さん、通信機です」

 伊瀬の投げたイヤホン型通信機を受け取り愁斗は外に出た。

 玄関を出たすぐそこに偽妖女たちが迫っていた。その数は両手では納まりきれない。20、30と次から次へと湧いてくるようである。遠くにいる影は月夜の晩では見通せない。

 愁斗が玄関を出てすぐ、屋敷全体は蒼白い防護フィールドに包まれた。魔導式のエネルギーフィールドだ。

 迫り来る偽妖女を愁斗の妖糸が断ち割る。

 脳を割られた妖女は肉塊と化す。偽者の証拠だ。

 愁斗の耳に声が響いた。

《愁斗さん……聴こえ……ますか?》

 伊瀬の声だ。

「Mフィールドの影響で、少し電波状況が悪いようですね」

《周波数を強くしました。クリアに聴こえるようになりましたか?》

「はい、問題なく聞こえます」

 受け答えながら愁斗は偽妖女の攻撃を躱し、鮮やかな手つきで煌きを放つ。

 その動きを映すカメラアイ。

《引きこもりなのに、よく動けるわね愁斗クン》

 伊瀬とは違う声が通信機から聴こえた。亜季菜の声だった。

「亜季菜さんは少し静かにしていてください」

 言葉に棘を含み、愁斗は黙々と敵を八つ裂きにしていく。

 1体を狩りながら、眼は別の妖女を探している。

 この中のどれかに本物がいる。

 本物プレッシャーを感じるが、偽者に混ざりすぎて見分けがつかない。

 視線を動かす愁斗の耳にユウカからの通信が入る。

《機動警察が乗り込んでくるそうよ、なにが有事律法よウザイわね》

「邪魔です、僕の姿も見られたくない。どうにかなりませんか?」

《するわよ、アタシだって自分ちで機動警察に暴れられたくないもの》

 機動警察に圧力をかけられる民間人は数少ない。ユウナは数少ないひとりなのだ。

 続けて伊瀬の声が割り込んできた。

《機動警察ではなく別の侵入者が敷地内に……植物園がある方向です》

「植物園?」

《正面門を上とすると、左下、屋敷の裏手です》

「徒歩では遠いですか?」

《遠いですね》

「なら相手がここに来るまで待ちましょう」

 最初のうちはバラバラに散らばっていた偽妖女たちだが、いつの間にか一箇所に終結しようとしているのが窺えた。みな、愁斗の元へ集まってきているのだ。新たな侵入者が同じように来る可能性は高い。

 愁斗の手が急に止まった。

「可笑しい」

 止まったのは愁斗だけではなかった。

 偽妖女たちも動きを止めている。動いていたのは――本物だけだ。

「心の臓が鼓動を打ちて呼んでおる。やはり汝が持っておったのじゃな蘭魔!」

 メルフィーナが睨みつけた視線の先にいた者は、

「残念ながら僕は蘭魔じゃない」

 愁斗だった。

 偽者たちが枯れはじめる。

 灰と化して地に積もる。だが、そのまま地に還ることはなかった。

 メルフィーナの躰から細枝のような部位がいくつも伸び、地に刺さると養分を吸いはじめたのだ。

 敵は前にいる。

 しかし、愁斗は下から来ると感じた。

 幹が意志を持ったように地面から突き出し愁斗を串刺しにせんとする!

 メルフィーナの躰から伸びた部位だ。

 飛び退き躱した愁斗は地面からの刺客に妖糸を払おうとしたが、手を止めて本体に向かって妖糸を放った。

 地面との接合部を切られたメルフィーナはニヤリとした。

 すでに積もった灰は消えていた。それだけではない、芝まで枯れてしまっている。辺りの精を吸い尽くしたのだ。

 枯渇した大地が自然に元に戻ることはないだろう。新しい土を入れるしかない。

「生を喰い尽す悪魔か……」

 呟く愁斗の耳に大声が流れ込んだ。

《愁斗さん後ろ!》

 伊瀬の声に反応して後ろを見ると、そこには蒼白い顔に浮かぶ紅い唇があった。

「朱の一族は禁忌を犯した。故に放逐されなければならないんだ」

 影よりも密やかに瑠流斗がいた。

 そして、銃声が鳴った。

 その音はおぞましい。

 幼女が泣き叫び、男が吼え、老婆が嗤う。

 怨霊たちが蠢き、闇を形成する。

 リボルバーから発射された怨霊呪弾はメルフィーナの肉を喰らうはずだった。

「外してしまったね」

 呟く瑠流斗の視線の先にメルフィーナの姿はない。

 愁斗も消える瞬間を見ていた。

「地に潜ったようだけど……そのことより僕まで殺す気ですか?」

「キミが延長線上にいたのだから仕方ないさ」

 瑠流斗の放った呪弾は愁斗の目の前で放たれた。呪弾は口径よりも大きな渦を巻いて飛ぶために、弾の中心から30〜100センチは危険範囲になる。そこに入れば怨霊に呑まれ手しまう。

 瑠流斗は地面に開いた穴を覗きながら、関係のない話を愁斗に投げかけてきた。

「キミ、僕が今日あった二人に似てるね……匂いが」

「…………」

 愁斗は黙した。

 静かな夜だ。

 先ほどの戦いが嘘だったように辺りは静まり返っていた。

 その静寂はこの場ではなく、別の場から破られた。愁斗の耳に届く焦りの声。

《愁斗さん、奴が屋敷の中に侵入しました》

 伊瀬の声と共に走る音が聴こえる。

「Mフィールドを解除してください」

 返事は返ってこなかったが、Mフィールドは解除され、屋敷への道が開かれた。

 駆け出す愁斗の背中に、穏やかに瑠流斗が投げかける。

「ボクが何者かとなぜ尋ねないんだい?」

「あなたの名前は知っています」

「……なるほどね」

 艶やかに笑う瑠流斗。

 愁斗は内心では焦ったが、それを表情に出すことはなった。仮面を被ったように無表情のまま無言でいた。

 突然、現れた瑠流斗に対して愁斗はなにも尋ねなかった。それは2度も会っているからだ。相手が何者で、メルフィーナを追っていることも知っていた。

 瑠流斗がどこまで勘付いているかわからないが、紫苑、つかさ、愁斗に関連性があることは気付いているだろう。

 屋敷の中に入れたのはいいが、メルフィーナがどこにいるのかわからない。

「メルフィーナの心臓はどこですか?」

 通信機で愁斗は尋ねたが、返事は返ってこなかった。

 しかし、通信が切れている様子はない。微かに息遣いが聴こえるのだ。しゃべれない状況と考えたほうがいいかもしれない。

《そこかッ!》

 通信機から聴こえたのはメルフィーナの怒号。

 続いて、

《わっ!》

《ユウナ様お逃げ――》

《お姉ちゃ――》

《向こうへ!》

 多くの声が混在した。

《愁斗クン、2階よ!》

 最後の声はユウナの声だった。

 通信機だけに聴こえるその声を、なぜか瑠流斗も感知していた。

「2階だね」

 玄関ロビーの大階段を上る瑠流斗の背中を愁斗が追う。

 右の廊下から猛スピードで走ってくる車椅子の影。その後ろにはメルフィーナ。そのさらに後ろには複数の人影があった。

 愁斗が声をあげる。

「ユウカさん心臓をこっちに!」

「えいッ!」

 ユウカの投げた銀色のケースを取ったのは瑠流斗だった。

「ボクが預かるよ」

「アンタ誰!」

 と、声をあげるユウカに瑠流斗は魔性の微笑を浮かべた。

「殺し屋です」

 凄まじい形相でメルフィーナは瑠流斗に飛び掛った。

 瑠流斗の姿が自らの影に沈む。

 沈んだ瑠流斗が這い出したのは愁斗の真後ろだった。

「戦いはキミに任せるよ。ボクはこれの処理をする」

 逃げ出す瑠流斗を追おうとするメルフィーナの足止めを愁斗がする。

 愁斗の放った輝線はメルフィーナの両足首を切断した。

 バランスを崩して床に這いつくばるメルフィーナは、そのまま腕の力だけでジャンプをして瑠流斗の背後に飛び掛る。

 それを遮ったのは屋敷に仕えるメイドが撃った捕獲ネットだった。

「ナイスよ椿ツバキちゃん!」

 ユウカが歓喜の声をあげた。

 この隙に瑠流斗が玄関を出て行こうとする。

 得体の知れない男に心臓を持っていかれるわけにはいかず、ユウカが車椅子を走らせる。

 エスカレーターなど使っている時間もなく、横幅の広い大階段を身体を上下させ車椅子で駆け下りた。

「待ちなさいアナタ!」

 一人で先走るユウカの後を追ってバトラーと数人のメイドが玄関を出て行った。

 2階の踊り場に残された4人。

 愁斗、亜季菜、伊瀬、そしてネットに捕獲されたメルフィーナ。

「おのれ、小癪な網じゃ!」

 憎々しく発し、メルフィーナは網を切り裂こうとしたが、まったく歯が立たない。

 伊瀬は眼鏡を直しながら網を見ていた。

「帝都の蜘蛛が吐き出す糸を寄り合わせて作られた糸ですね。これはその蜘蛛が吐き出す溶解液でしか溶かせません」

「ならこのまま研究所に直行ね」

 そう告げる亜季菜に愁斗は不服そうな目をした。けれど、口にはしなかった。


 瑠流斗を追う車椅子は自動車並みのスピードを出せる代物だ。なのに追いつけない。

「アイツ人間じゃないワケ?」

 もうすぐ瑠流斗は敷地の外に出そうだ。

 敷地の外にはすでに機動警察が包囲している。偽妖女が一歩でも外に出れば射撃の的になるだろう。彼等に瑠流斗の捕獲も任せるか?

 ユウカはケータイを手にとって、一瞬で考えを改めた。

 今から上に電話をしても、下に伝わるまでに時間がかかる。外にいる機動警察は思うように動いてくれないだろう。

 前方で瑠流斗が足を止めていた。

 嫌な音が聴こえた。怨霊銃弾が発射されていた。

 瑠流斗の前に立ちはだかっている偽妖女。まだ残っていたのだ。

 偽妖女を葬り立ち尽くす瑠流斗にユウカが追いついた。

「それ返しなさい」

「ボクが責任を持って処理をする。それではダメかい?」

「他人のアナタに任せられるわけがないでしょ。それは誰にも処理できないわ」

 すでに試した。

 切り刻んでも、焼いても、溶解液につけても、心臓は心臓の形を保ち、鼓動を打ち続けたのだ。そのため、仕方がなく屋敷の地下金庫に安置されることになった。

 心臓からメルフィーナの形が復元されないことから、心臓は独立した器官であることが窺える。それと共にエネルギーの源であることが、過去の戦いでわかっていた。

「ボクのほうがキミたちよりも、彼女たち一族について詳しいと思うよ」

「アナタなら処理できるってワケ?」

「方法はあるよ」

「『できる』とは言わないのね」

 方法はある。その言葉には続きがありそうな言い草だ。接続詞の『は』がなにを訴えている。

「鋭いねキミ」

「方法はあるけれど、なに?」

「失敗の可能性もあるってことさ」

「どんな方法よ?」

「あまり人前ではやりたくないね」

「ハァ?」

 ユウカは目を丸くして口をあんぐり開けた。

 いったいどんな方法なのだろうか?

 瑠流斗が耳をそばだて辺りを見回した。

「音がする……地の底だ」

 ユウカには聴こえなかった。

 理由は遠く離れていたせいだ。

 地に亀裂が走り、地の底から轟音と共に這い出た太い幹。

 何本もの枝は天に向かって折れ曲がりながら伸び、枝の先辺りに紅い蕾が芽を出した。

 蕾の先が小さく開くと、一瞬にして甘い香が辺りに漂い、むせ返るほどなのにもかかわらず、それはヒトを魅了する魔性の香だった。

 その木は屋敷玄関のすぐ近くに生えていたが、遠くにいるユウカにもその蕾が見えた。理由はその蕾が2メートル近くもあることと、その蕾が淡く輝いていたためだ。

 夜闇で輝くその蕾は、なんらかのエネルギーを持っているように思えた。

 瑠流斗の眼を細めて木の動向を眺めていた。

「不味いことになったね。栄養を蓄えたセルフィーナは木になった」

「ハァ?」

「次は花が咲き、子が生まれる」

「だって本体は屋敷の中に……」

「あれは抜け殻だったんだ。本物は地中にいた……そして、根はボクらの真下にも」

 地中から突き出した尖った根の先が瑠流斗に襲い掛かる。

 ジャンプというより、天に飛翔するように舞い上がった瑠流斗は地を見た。

 夜目が冴える瑠流斗の瞳には大地が枯れていくのが見えた。さらに自分に魔の手を伸ばす根が見え、瑠流斗は空中で身を翻すも、空中では体勢を変えるのが精一杯で、1本、2本で済まなかった根を避けきるのは不可能だった。

 狙いはわかっている。瑠流斗が抱えている銀色のケースだ。

「キミに一時的に任せる!」

 瑠流斗の手から投げられた銀色のケースをユウカが受け取った。

「この状況でアタシに――」

 ユウカの表情が凍りついた。

 空中で串刺しにされた瑠流斗の姿が眼に焼きついた。

 腹を貫いた根を伝い落ちる鮮血。

 瑠流斗はユウカに向かって微笑みかけた。

「痛いけど死にはしない、早く逃げないとキミのほうが死ぬよ」

 瑠流斗の言葉どおり、根は次の標的をユウカに定めていた。

 根は槍のようにユウカを串刺しにしようとする。

 瑠流斗はその姿を見ながらも、助けに助けられない状況だった。腹を突き貫かれ、手足には根が錠のように巻きついてしまっている。

 ユウカに出来ることはひたすら逃げることだった。

 電動車椅子の最大出力を出し、固定されているシートベルトと脚が軋む。

 ドリフトしたタイヤが枯れ土を舞い上げる。

 逃げるとしたら公道。つまりが屋敷の外だった。館の前には木の本体があり、引き返すわけにもいかず、正面門ならば運良く近くにある。

 外には機動警察が待機している。

 正面門が迫ってきたとき、ユウカは車椅子についたリモコンで門を開けようとした。

 だが、開かない。

「サイテーだわね」

 しかし、策がないわけではない。

 車椅子に仕掛けられていたギミックが作動し、側面から出たビーム照射機が門に向かって放たれた。

 爆発音と共に門の周りに煙が蔓延した。

 軽く咳き込むユウカが見たものは、無傷の正面門だった。

「さすがウチの門だわ。丈夫に作りすぎよ」

 後ろや地中からは根が迫っていた。同じ場所に留まっている暇はない。

「この機能使ったことがないけれど大丈夫かしらね?」

 一か八かの賭けだった。

 車椅子についた緊急脱出ボタンを叩き押した次の瞬間、ユウカの身体は花火のように宙に飛ばされていた。

「まさかこの機能を使う日が来るなんて思ってもみなかったわ」

 パラシュートを開きゆっくりと降下するユウカの身体は、屋敷の外に止めてあった戦闘車両の上に落ちていった。

 そして、ユウカはある重大なことに気付くのだった。

「あらん? な、ない!?」

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