ちいさなコマドリと、ちいさなハリネズミのおはなし
大きな大きな森の中には、ときおりぽっかりとひらけた空き地があります。
まばらに生えた木が綺麗な光のカーテンを地面に下ろしていたり、それこそ青々とした芝生や花が、綺麗に咲いていたりする場所です。
そんな場所のひとつに、大きな岩と小さな岩が並んでありました。
その岩がどれくらい昔からあるのか、誰も知りませんでした。ただずいぶんと月日が経って、どちらも苔むしてところどころ黒ずんでいます。
森にすむ生き物たちは、大きい方をひぐま岩、小さい方をオオカミ岩と呼んでいました。ちょうど大きさがくまやオオカミくらいの大きさだからです。
仲良く並んだその岩たちに、夢見るうさぎは「ロマンチックな恋の話」を想像しましたし、冒険好きな狐は「戦におもむき共に倒れた戦友たちの話」を、みんなに語って聞かせたものでした。
そんなある日、小さなオオカミ岩の上で、小さな小さな影が、春の陽射しを受けていました。
ぽかぽかと暖かい陽気に誘われたのか、それは一匹のハリネズミでした。
ハリネズミはさきほど冬眠から出てきたばかりのようで、まだぼんやりと眩しい陽射しに目を細めていましたが、ときおりこしこしと目をこすると、青い空を見上げています。
風はまだ冷たいけれど、おひさまは優しく、ハリネズミの周りの空気を温めてくれています。ハリネズミは冷たい岩に腰を下ろし、くんくんと鼻を震わせて春の匂いを感じているようです。
ちゅんっと、ハリネズミの頭の上で鳴き声がしました。
ハリネズミが見上げると、空の上を一匹のコマドリが横切ります。コマドリは上空でくるりと旋回すると、隣のひぐま岩の上へと、軽やかに降り立ちました。
「ちゅん、ハリネズミさんこんにちは!」
ぴゅるると、歌うようにコマドリが鳴くと、ハリネズミはぺこりと頭を下げました。
「今日はいい陽気ね。絶好のおさんぽ日和ね」
「そうだね、コマドリさん。今日はいい天気だね」
ハリネズミがぼんやりとした口調で答えると、コマドリはぴょんっと岩の上でひとつ、ふたつ跳ねました。
「ねぇねぇ、お隣いい?」
「うん」
それを聞いたコマドリは、小さな翼を羽ばたかせると、オオカミ岩の上に移ります。
「そう言えばさっき、こんなことがあったのよ」
コマドリはちょんちょんっと、ハリネズミのそばに寄ると、自分が先ほど見た光景を話しました。空から見た光景はとても興味深く、ハリネズミは「そうなんだぁ」「すごいねぇ」と、相槌を打ちながら話を聞きました。
そうしてコマドリは、度々ハリネズミのもとを訪れるようになったのです。
ぽかぽかと温かい岩の上でハリネズミが座っていると、いつもコマドリがやって来て、今日あったこと、見てきたことをハリネズミに伝え、ハリネズミはそれに感嘆したり、質問したり、笑い合ったり。春の柔らかな陽射しの下、一匹と一羽は、それはそれは楽しい時間を過ごしました。
暖かな季節を過ぎ、暑い太陽の輝く中も、雨の日は蓮の葉で作った傘を差し、ハリネズミはオオカミ岩の上でぼんやりと空を見上げ、コマドリはそれを見つけて隣へと降りてくるのです。
やがて涼しい風が吹くようになり、木の葉の色づく季節がやって来ました。相変わらず岩の上でぼんやりと空を見上げているハリネズミに、コマドリはちゅんと鳴いて首を傾けました。
「ハリちゃん、ハリちゃん、どうしていつもお空を見上げているの?」
コマドリの声が聞こえたのでしょう、ハリネズミはコマドリの方を向きました。
「うん、あそこから見た景色は、どんなだろうなぁって思って」
楽しげにそんなことを言うハリネズミに、思わずコマドリは自分の翼に目をやります。コマドリにとって空は自由なもので、翼のないハリネズミには無縁なものだからです。
「せめて隣のひぐま岩の上なら、もっとお空に近いかなぁって思うけど、無理そうよね」
のんびりとした口調で、そんなことを言うハリネズミに、コマドリは立ち上がって翼をぱたりと羽ばたかせます。
「やってみようよ!」
コマドリはハリネズミが大好きでしたから、ハリネズミがしたいことのお手伝いがしたいと思ったのです。
その言葉にハリネズミは、う~んっとしばらく唸っていましたが、やがてゆっくりと首を振りました。
「いいよ」
「どうして?」
「たぶんすごく大変だと思うし、もし登るなら、自分でやってみるから」
「え~?」
ひぐま岩はオオカミ岩よりずっと大きいだけでなく表面がなだらかで、ゴツゴツしたオオカミ岩と違いつるつるすべすべしていて、足場もほとんどありません。森の生き物たちの中でも小さなハリネズミでは、登るのは確かに大変でしょう。
いつもののんびりとした口調で答えるハリネズミに、コマドリは不満げにハリネズミの肩をクチバシでツンツンしました。
「ハリちゃんのしたいこと、お手伝いしたいのよ」
「大丈夫だよ。ひとりでやってみたいの」
「う~ん」
どうやら決意は固そうです。ハリネズミがいらないと言った以上、それでもお手伝いをしたいと思うのは、単なる押しつけで余計なおせっかいだというのは、コマドリにも解っています。けれど、大好きなお友達がしたいと思っているのです。叶って欲しいし、叶うためになにかしたいと、コマドリは思うのです。
ハリネズミはとてものんびりさんで、いつもお話するのはコマドリばかり。自分からしたいと言うことがほとんどないのです。
「でも、お手伝いしたいの」
それでも、このままにしたくないです。きゅぅと、眉間にシワを寄せたコマドリに、ハリネズミは困ったような顔をしました。
「自分でやるからいいよ」
「むぅ、水くさいの。もっと頼って欲しいのに~」
「大丈夫だよ~」
とてももどかしいです。ハリネズミのためになにかしたい。自分の気持ちはどうやったら伝わるのだろう。コマドリは一生懸命に言いますが、ハリネズミはどうしても首を縦に振ってはくれません。
「ほら、ボクの身体ってトゲトゲしてるでしょ? 触ったらちくちくして痛いから、なるべく他のみんなに迷惑をかけたくないの。昔、いっぱい迷惑かけたことがあって、もうしたくないのよ」
のんびりと、やはりのんびりと、ハリネズミは言います。
「ボクの目標はね、誰にでも迷惑かけずにひっそりと、森の片隅で暮らすことなの。だからね、いいのよ」
ささやかにそんなことを語るハリネズミ。それを聞いてコマドリはとても悲しくなって、すっかりしおれてしまいましたが、もうなにを言っても無理そうです。
「わかった。もう帰る時間だから、帰るね……」
そろそろ夕暮れ時です。しょんぼりと、肩ならぬ翼を落としたコマドリは、ハリネズミの元を去りました。
そのうち色づいた紅葉は木枯らしに飛ばされ、いつしか寒い冬の季節がやって来ます。ハリネズミも冬じたくを始めて、岩に登ることを止めました。
森の他の生き物たちも、それぞれ寒さに備えて、暖かな巣穴で長い冬の到来を待ちます。
そんな静かな森の中。ちらちらと雪の降り始めたひぐま岩から、コツンコツンと、小さな音が響いてきました。
「うぅ、痛ぁ~い。岩かたすぎるよぅ」
コマドリです。白と岩の色彩の上に、その姿は鮮やかな緑のシミのように浮かんで見えます。
くすんっと、コマドリはそんなことを呟くと、またコツンっと、岩をつつきました。
「やっぱり、クチバシじゃ穴は開かないよね」
ため息がもれてしまいます。
つるつるのひぐま岩。せめて足がかりでもあれば少しは楽かもしれないと、コマドリはこっそり、岩に穴を開けようと頑張っていたのです。
「寒っ。もう冬なのね」
コマドリは渡り鳥です。寒い季節はいつも暖かな場所へと移住しているのですが、岩をなんとかしたくてこんな時期まで来てしまいました。
ぴゅるる。ダメなのかなぁ。出来ないのかなぁ。
そう考えて、コマドリはさらに悲しくなってしまいました。小さなコマドリはとても無力です。もっと強かったら、もっと大きかったら、ハリネズミを岩の上まで運んで行けるのに。
もうひとつ、ため息をこぼすと、しおしおと、小柄な身体を縮めます。
やがてコマドリはぴゅるっと、ひと声鳴いた後、翼を広げて南へと飛び去って行きました。
そうして、また、春がやって来ます。
だんだんと元気になって来たお日さまの陽射しを受けて、ひぐま岩とオオカミ岩もキラキラと輝いているかのようです。
冬眠から覚めたハリネズミは、岩の上で東の風に吹かれて、とがった鼻先を震わせました。春の息吹を全身に吸い込んでいるかのようです。
「ちゅんっ、ハリちゃんおはよう!」
「あ、コマちゃん、おはよう~」
ハリネズミは、いつもと変わらず呑気に挨拶を返しました。
「お寝坊ハリちゃん、あちこちでもう春がいっぱいなのよ!」
「そうなのね、あったかくてキラキラね!」
「うん、キラキラなのよ! お花もいっぱいなのよ!」
「いっぱいなのね! すごいのね!」
楽しそうに笑うハリネズミの肩を、コマドリがチョンチョンっと、つつきます。
「あのねあのね、ハリちゃんについてきて欲しいの」
「一緒に?」
「うん、一緒に行って欲しいの」
こくこくと頷くコマドリに、ハリネズミは「いいよ~」と、気安くうけあいました。
「どこに行くの?」
「内緒よ!」
「どこまで行くの?」
「内緒よ!」
すぐ近くだからと言うコマドリの後を、ぽてぽてと着いていくハリネズミ。けれど、もうずいぶんと歩きましたが、一向に目的の場所に着かないようです。
だんだんとジレてきたハリネズミが尋ねるたびに、コマドリはうふふと笑って答えてくれません。普段ほとんど運動をしないハリネズミは、すっかりくたびれてしまいました。
「どこに行けば着くの?」
「後少しよ! ほら!!」
もう帰りたいなぁって思って投げやりに聞いたハリネズミは、突然ひらけた目の前の光景に、ぽかんと瞳を見開かせました。
そこは眺めのいい、高台でした。
眼下には、濃い緑色した広い森が見えます。見下ろした直ぐそばには、ぽっかり開いた空間。その真ん中に小さな岩と、もっと小さな岩が並んでいました。
「あのね、ひぐま岩に登るのは大変だけど、ここはあんまり大変じゃないなって思ったの」
しおしおと、おずおずと。コマドリが言います。ハリネズミのご機嫌具合を伺っているようです。
「よけいなことしてゴメンなさい。ハリちゃん怒るかな、怒っちゃったかな」
ハリネズミは自分でやると言ったのです。コマドリがやったのは、なにかしたいという自分の気持ちを叶えることでしかないでしょう。
それが解っているから、コマドリはしょんぼりしているのです。
「ううん、ありがとう」
ハリネズミは首を振ると、しおれているコマドリの頭を撫でました。
「わ~い、ナデナデだ~」
ぴょんっと、嬉しそうにご機嫌で跳ねるコマドリに、ハリネズミも笑顔を見せました。
「ここ、眺めがとてもいいね。素敵なところね」
「うん! ほら、あそこの空き地にはお花がいっぱいなのよ」
「ほんとだぁ、赤や黄色が綺麗ね!」
いつもコマドリが教えてくれる森の色々なお話。綺麗なお花の咲く場所や、森を横切る大きな川。その先にある青くてキラキラしたのは、もしかしたら海でしょうか。オオカミ岩の上よりも高い場所から見る景色に、ハリネズミの瞳もキラキラと輝いています。
それを見て、もっと嬉しくなるコマドリです。
ハリネズミもコマドリの様子を見て、なんだか嬉しくなりました。なによりも、コマドリの気持ちが嬉しいのです。
「ここ、素敵なところね。岩の上よりお空に近くて、眺めもよくて。ボク、気に入っちゃった」
「ほんと? よかった!」
「うん、ありがとう!!」
一匹と一羽は、その後も色々な話をしました。
冬の間にあった変わった出来事や、南への旅で見た不思議な景色など。離れている間に起きたことは、いつまでもどこまでも、語っていて飽きませんでした。
ぽかぽかと、暖かなお日さまの陽射しを浴びて、ハリネズミは今日も高台で優しい風を受けています。そのうちにちゅんちゅんと鳴く色鮮やかな小鳥が、空からハリネズミを呼ぶのを、待っているのかもしれません。




