メルヘンランドにようこそ!
『Ladies and gentlemen ! 今日はメルヘンランドにお越しいただき、誠にありがとうございます』
ぼくは舞台の裏から、たくさんの光の中、観客の前に立って話すクラウンの姿を見ていた。
『只今より、サーカスの公演を始めます。どうぞ、夢の一時をお過ごしください』
「クラウン。ぼくは何をすればいいの?」
「僕とテイラーのお手伝いをして欲しいな。道具を取ってもらったりするつもりだけど、できるかな?」
「うん、できる」
ぼくは、はっきりと答える。
「OK. あと、もう一つ」
クラウンはぼくの前でしゃがむと、ぼくのほっぺたを引っ張る。
「ふぁ、ふぁにふるふぉ?」
「お客さんの前では笑顔でいること。サーカスはお客さんに笑顔を届けることが仕事だ。だから、舞台の上では常に笑顔でいること。いいね?」
「……うん!」
ぼくは笑顔で答えた。
舞台袖から見るサーカスはすごかった。車輪が一個しかない一輪車に乗ったり、玉乗りしながらジャグリングや皿回しをする芸、数人の人で逆立ち等を繰り広げる芸は、特にすごい。
「ジョーカー君、次は僕の番だ。こっちにおいで」
次は、クラウンがあの舞台に立つ番だ。
『続いては、シルバー・クラウンによる、マジックショーです』
クラウンは舞台の中央で礼をすると、舞台横にいるぼくと他の手伝う人に合図をする。まず、ぼくたちが運ぶのはクラウンの肩まである、何段かの箱。クラウンのすぐ横まで押していき、またもとの場所に戻ろうとすると、クラウンはなぜか止めた。
ジェスチャーで隣に来て、と言う。なぜ、ジェスチャーか。それは、道化芸は喋ってはいけないからだ。
さらに、ところどころにある扉を開けてほしいと伝えられる。
まず、一番近くにある扉を開けるが、何も入っていない。そして、他のところも開けてみるが、どこも特に何もなかった。
すると、今度はクラウンが扉を開ける。するとビックリ。
バサバサァ!
白い鳩が数匹、飛び出てきたのだ。
クラウンもビックリした様子。その姿にお客さんがどっと笑った。
箱にはともかくなんの仕掛けがないことを確認すると、その中にクラウンが入った。ちょうど、上から顔と手だけが出ている。
そして、扉を開けるよう指示する。ちゃんと普通にクラウンの体が見えた。
もう一度扉を閉め、今度は段を回してほしいと指示される。
他の手伝う人もやって来て、みんなでぐるぐると回す。
1,2,3……
合図と共に扉を開ける。
「えっ!」
間近で見ていたぼくも驚いた――クラウンの体がない!
後ろの扉を開けてみても、やはりない。舞台後ろのカーテンが見えてしまっている。
笑いながらクラウンは箱から出てくると、安心、ちゃんと体はあった。
たくさんの拍手が鳴った。
「びっくりしたぁ……」
お手伝いが終わり、舞台袖でクラウンに話しかける。
「ねぇ、全部どうなってるの?」
「えー? 近くで見てたのに、わからない?」
「クラウンの意地悪」
「まぁまぁ。次のお手伝いもよろしくね。ジョーカー」
後ろからテイラーが出てきた。
『続いては、リーヤン・テトラーによる、猛獣ショーです』
舞台にたくさんの檻が運ばれる。
まずはウサギ4匹の縄跳び。ぼくはその回し手を頼まれた。
檻から出されたウサギたちは、なぜかぼくのところによってくる。
パシィ!
テトラーが打ち鳴らしたムチの音が響く。すると、ウサギたちは横一列に整列した。
「First」
その声に反応して、一番左のウサギがその場で跳び跳ねる。
「Second 」
さっきのウサギの隣が反応。
「Third,Forth」
他のウサギも同じ。
「Great.Let's begin!」
猛獣ショーが始まった。
一番の見所はライオンの火の輪くぐり。
「Wild king,are you ready?」
低い声でライオンは答える。
「Go!」
煌々と燃える火の輪を、ムチの音と共にライオンはくぐり抜けた。
観客の反応は最高だ。すぐそばで見ていたぼくも、大きな拍手をした。
猛獣ショーが終わると、最後は空中ブランコと綱渡り。
あんなブランコは、初めてだ。小さい子が座って前後に揺れるおもちゃだと思っていた。
だけれど、実際は違う。座る部分に足を引っかけて逆さまになったり、手で掴んで大きく揺れたり、そしてその手を離したから落ちる! と思ったら、向こうでブランコに乗っている人に無事キャッチされて……
綱渡りもすごかった。目隠ししたまま細い綱の上で走ったりジャグリングをしたりする。落ちるのが怖くないのかな?
最後まで無事に終わり、舞台は幕を下ろした。
「ジョーカー君、今日はありがとね」
クラウンはホットココアをぼくに渡してくれた。
サーカスが終わり、お客さんがいなくなると、テトラーさんや他のお手伝いの人は片付けを始めた。
クラウンも同じ。使った道具を分解してケースに入れ始める。
「……クラウン」
ぼくはクラウンの服の袖を引っ張る。
「……これからも、ぼくはクラウンを手伝ったら、だめ?」
「それは、僕たちについてくるってことだよ?」
ぼくはうなずく。
「サーカスは悪い子を連れて行くんでしょ?」
クラウンはぼくの目をじっと見る。
「ぼくは大人たちの言うことを守らなかった。爆弾をつけたままたくさんの人が集まっているところに行って、消えてしまえっていうことを」
ぼくは笑顔で右手を伸ばす。
「ぼくは大人の言うことを聞けない悪い子だ。だからクラウン、ぼくを連れていって」
その言葉を聞いたクラウンは可笑しそうに笑う。
「面白いことを言うね」
そして、ぼくの手を握る。
「いいだろう、ジョーカー君。今日から君は僕たちの仲間だ。よろしく」
嬉しくなって、ぼくはクラウンに抱きついた。
「メルヘンランドにようこそ!」