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箱舟が出る港  作者: 村雨 正巳
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引け請け人 菊村貢 その壱

「探したましたよ、貢さん」

 眉に刺青を入れ派手なストライブのスーツを纏った男が、人相のよくない二人を背後に従え、場違いな室内にのっそりと入ってきた。

「うん?・・・ なんだ、てめえらか。何の用だ。今はオフラインの時間だぜ・・・」

 乞食のような汚い男は本から目を外さずに、睥睨したようにボリボリと頭を掻いた。

フケが飛ぶ。 隣に座った学生が、嫌な顔をして、体を少しずらした。 が、何気なしに訪問者の顔を見上げると、あわてて、立ち去った。

「ここじゃあ、話すわけにぁ、いかなくてね。悪いがちぃと場を外してくれませんか?」

 ドスがきいている低い声だ。

 平日の夕方だが、学生を中心に、市立図書館はほぼ満員であった。

 「てめえら、読書の邪魔をするってえのか。俺の一番の趣味ってえコトは、知っているはずだが・・・どうも分からないとみえる」

 「そう怖い声で言わないでくれよ、貢さん。至急の依頼なんで、すまねえが・・・」




 汚いジャージ姿の男、歳のころ三十前後に見えた。

 ススキをくわえ、一心に分厚い本を読んでいる。櫛など入れていない肩までの長髪。

頬骨が高い。横から見れば鼻筋も高い。唇の横に小さなホクロがある。細長の双眸はお世辞にも明るいとは言えない。

 育った凄まじい環境が垣間見える、そんな目、だ。全体的に薄氷のようなオーラを放っている印象を受ける。

 「出る必要は、ねえな。ホラ、紙をくれてやる。義だ、依頼者と的の名、そしてゼニを書いて早々に出ていきな・・・受けるか受けないかあとで返事をする・・・」

 「なあ、貢さん、すまなかった。今度は大物も大物なんだ。至急の用件なんだ。義はある。的は大悪党だ・・・なんとか外に出て話を聞いちゃくれまいか?」

 「でけえ声を出すんじゃあ、ねえよ・・・二度と言わねえぞ、俺は・・・」

 口にしたススキをゆっくりと手にとると、軽く一閃させた。

 その速さを誰も捕らえることが出来なかった。




 「男だったら、うめくなよ、鉄次っ!」

 あわてたスーツ姿が言い終わらないうちに、背後にいた、悪人面のひとりが、首筋を抑えた。鮮血が吹き出ている。

 ススキの葉は細長く、堅く、縁は鋭い鉤状になっている。肌・皮膚を傷つける事は簡単だ。凶器の植物だが、操る膂力が異常に強く早く、ススキを刃物より鋭利に使いこなしている。

 「いてぇっ!!」

 叫びながら、切られた男が、首を押さえながらしゃがみ込み、靴下を脱いで血止めをしている。

 何事だと、それまで静かだった館内が、騒然となった。

 「しゃあねえなぁ・・・ヤクザ者も落ちたもんだ。あの程度で、このザマかよ。たった一ミリの深さだぜ。もっとも動脈までこれもわずか一ミリだがな・・・」

 「わしが悪かった。今回ばかりはどうかかんべんしてくれや!!」

いつ次ぎのススキの旋回が俺に来るか分かったものではない。

 スーツ姿が手を前にやり、あわわと腰砕けの格好をしている。

 「正雄、サツに出頭しろ、鉄次はてめえがやったことに・・・」

 最後まで言わせず、「・・・次はねえぞ?」



 パタンと本を閉じた菊村貢は、さっさと館内を出ていった。


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