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第八話 生成術の授業が始まりました。


「次の授業は・・・生成術の授業か。この授業は、魔女見習いになるためには一番大事な授業だし、寝たらさすがに殺されるな、アンさんに」


 食事を済ませた僕たちは、それぞれの席へ戻り、次の授業の準備をしていた。

 昼休みが終わっての次の授業は、生成術の授業だった。

 クラスの中には、すでに教室移動を始めている生徒もいる。

 昼休みまでの授業は座学だったので、寝ていたことは問題ない。

 誰かにノートを見せてもらえれば万事オーケーだ。

 なんなら、ノートを見せてもらいながら麻衣ちゃんと話をする絶好の機会を得たと言ってもいい。

 先生が寝ている僕を起こさなかったのは、きっと僕が特待生だからだろう。

 特待生という肩書きは、この学園では思っている以上に効果を発揮するようだ。

 しかし、生成術の授業だけはちゃんと受けなければいけない。

 なんでも、生成術の授業に遅刻してきた一年C組の男子生徒二人が、入学早々に退学処分になったらしいからだ。

 ってことは、居眠りなんてした日には退学どころの騒ぎではなくなるかもしれない。

 退学はさすがにまずいので、とりあえず僕も移動することにした。


「ヨイチくん、一緒に行こっ!」


 声をかけてきたのは、麻衣ちゃんだった。


「う、うん!」


 待っててくれたなんて幸せだ。

 大好きな女の子と教室移動なんて甘酸っぱすぎる。


「ヨイチさん、麻衣さんが言っているのは、絶頂まで一緒に逝こっ、という意味ではありませんよ」


 ・・・雫ちゃんも一緒でした。


「そんなの分かってるよ!」


 いちいち腹の立つ奴だ。

 そんな風に言われたら、次からそう解釈してしまいそうじゃないか。


「ほんとに仲が良いね、二人は」

「し、雫ちゃんとなんて全然仲良くないよ」


 仲が良いなんてとんでもない。

 誤解されてはいけないので、僕はこいつとの仲良し説を全力で否定した。


「でも、二人で西洋倶楽部を立ち上げたんでしょ?」


 性欲ラブを・・・・立ち上げる・・・。

 だめだ、全部がエロく聞こえてしまう。

 僕は、思考回路まで犯されてしまったみたいだ。


「無理矢理こいつに副部長にされただけだよ」

「こいつじゃないでしょ、雫ちゃん!」

「し、雫ちゃんに・・・」

「麻衣さん、わたくしは麻衣さんに雫ちゃんと呼ばれるのは快感極まりないのですが、ヨイチさんに雫ちゃんと呼ばれるのは虫唾が走るのです」


 さっき、下の口が濡れるとかなんとか言ってたじゃないか!


「なのでヨイチさん、わたくしのことは御主人様とお呼びください」

「呼ぶわけないだろ!」

「でしたら、ちゃん付けだけはおやめください。次にちゃん付けで呼ばれますと、ちゃんこを蹴り上げますので、ちゃんだけに」


 ちゃんじゃなくて、ちんね。

 それだとお相撲さんだから。

 なんて分かった上で間違えてるよね、きっと。


「分かったよ、雫」

「やっぱり仲良いじゃん、羨ましいなあ」

「ほんと仲良くないから!」


 ってか、羨ましい?

 それってどういう・・・。


「教室着いたよー」


 話をしているうちに、生成実習特別教室に着いてしまった。

 麻衣ちゃんの発言は気になったが、それはまた後で考えよう。

 とにかく今は授業だ。


ガラッ


 ドアを開けると、すでにほとんどの生徒が集まっていた。

 どうやら退学になった男子生徒の話は、もうほとんどの人に広まっているみたいだ。

 僕もそうだが、みんな退学が怖いのだろう。

 僕たちも先生が来る前に席に座る。

 この授業は座席自由のようで、各机ごとにすでに仲良しグループがいくつかできていた。

 当然、この世界でもグループにうまく馴染めない人はいる。

 そんな人たちのために用意されていたかのような端っこの席に、一人でこの教室まで来た人たちが座っていく。

 そういう人たちに限って、変なプライドが邪魔をしているのか決して隣同士喋ろうとはしない。

 一匹狼かっこいい、的な雰囲気を醸し出して。

 その気持ちは痛いほどよく分かる。

 現世もこの世界も、独り者には残酷なのだ。

 だからこそアンさんに出会えて、麻衣ちゃんに出会えて、この世界では独りにならずに済んだこと、ほんとにラッキーだった。

 現世では、僕も彼らのような存在だったのだから。

 自己紹介をすれば、名前もスペックも平凡だと罵られた。

 平凡な人間はいじめるにはちょうどいいと言われ、いじめられた。

 そんな日常が続いていた中で、僕が死んだ金曜日、机の中に入っていた返事の手紙が、クラスの男子のいたずらだということは薄々気づいていた。

 それでも、喜ばざるを得なかった。

 じゃないと、反応が面白くないなどとまた意味の分からない言いがかりをつけられて、いじめられてしまうから。

 それに何より、返事の内容を信じないと精神的に壊れてしまいそうだった。

 あの日死ななくても、いつかは自殺していただろう。

 自殺してこの世界に来ていたなら、こんな幸せな日々は過ごせていなかっただろう。

 独りは惨めだ。

 だから、この世界では青春を謳歌したい。

 そう思っているのだ。


ガラッ


「さ、授業始めるわよん」


 少し深刻な話に脱線していた僕の意識を引き戻したのは、モホさんの声だった。


「この授業は、マカオデ・モホが担当するわよん。みんな、親しみを込めてモホさんって呼んでねん」


 モホさんのオネエぶりは、どうやら授業でも存分に発揮されるようだ。

 こんなオネエさんが、魔女見習いにとって一番大事な授業を教えることに誰も違和感を感じていないことが不思議極まりない。

 少なくとも僕は、モホさんがこの授業をちゃんと授業として成立させることができるのか不安だ。

 魔女見習いとしては一流でも指導者として一流かどうかは全く別問題なのだから。

 ちなみに、モホさんは一年H組の担任もしている。

 誰の意向かは知らないが、モホさんは必ずH組の担任を任されるらしい。


「さて、みんなは一回目の生成術の授業よねん。生成術は、努力次第でどのようなものも生成できてしまう素晴らしい魔法みたいなものなのよん。でもそれ以前に、生成するためには必ず道具が必要だっていうのはみんな知ってるわよねん。その道具である、始まりの指輪を今日は渡すわん。これからこの指輪は、授業の際には必ずしてくるようにねん」


 そう言うとモホさんは、おしゃれなケースに入ったままの始まりの指輪をケースごと配り始めた。

 僕はそれを受け取る。

 中を開けてみると、そこには銀色に輝く始まりの指輪が刺してあった。


「これが始まりの指輪か」


 みんな自分自身の始まりの指輪を手にすることができ、喜んでいる。

 僕もその例外ではない。

 始まりの指輪。

 ウィッチアカデミアで生成され、ウィッチアカデミアの生徒にだけ配られるという生成術を行使するための道具。

 魔法によってどの指でもぴったりとはまるようになっているので、どの指にはめても構わないが、指にはめていないと生成術が行使できない。

 つまり、魔女見習いにとっては命よりも大切なものである。

 生成方法は、魔女デヴィとウィッチアカデミアの学院長、そして一部のウィッチアカデミアの先生しか知らず、トップシークレットとして厳重に管理された場所で生成しているらしい。

 始まりの指輪には、規則違反検知機能が備わっており、適性のない分野での生成を行った場合は、この検知機能により違反が発覚する仕組みとなっている。

 また、今は銀色だが、ウィッチアカデミアを卒業すると自由に色を選択できるようになる。

 実際、麻衣ちゃんのお母さんは、銀色ではなくバーガンディーミスト色の始まりの指輪をしている。

 ただ、金色を選ぶことができるのはウィッチアカデミアの先生だけという規則になっており、逆にウィッチアカデミアの先生でいる限りは金色以外の色を選択することができないという規則にもなっている。

 なので金色の始まりの指輪は、ウィッチアカデミアの先生の印であると同時に、優れた魔女見習いであることの証なのである。


「貰った人から付けてねん。失くしたら退学だからねん」


 そりゃそうだ。

 始まりの指輪の支給は、一人一個と決まっている。

 どこかの会員カードのように、無くしても再発行ができるようなシステムにはなっていない。

 つまり、失くせば生成術が行使できなくなり、ウィッチアカデミアにいる意味が無くなってしまうということだ。


「早くお母さんとお揃いの色にしたいな」


 始まりの指輪をはめた麻衣ちゃんはそう呟いた。


「とりあえず三年は銀色で我慢しなきゃだけどね」

「銀色、可愛くないよ」

「男にとっては銀色でありがたいなって思うけどね」

「そういうこと言うヨイチくんみたいな人に限って、自由な色を選んでいいですよって言われた途端にすごい色にしちゃうんだよ」

「そんなことないって」


 麻衣ちゃんと僕が、始まりの指輪について盛り上がって話をしている中で、雫は一人黙々と始まりの指輪を付けたり外したりという行為を繰り返していた。


「何してるの、一人で」


 嫌な予感しかしないが、目障りだったので聞いてみる。


「ヨイチさん、これは男と女の究極の愛し方を表しているのです」

「はあ・・・」

「指が棹で指輪がお口、それをこうやって出し入れする行為はまさに男女の交わりそのものです」

「いや、そのものじゃないでしょ」


 やっぱり、ロクなことを考えていなかった。

 さすがはブレない女。

 そこは一切ブレないのに、髪型はツインテールだったり三つ編みだったりとブレブレなところが面白い。


「それ、なんか楽しそうやね!うちもやろっかなー」


 そんな、髪型ブレブレ変態女子のロクでもない遊びの真実を知らない純粋無垢な女の子が麻衣ちゃんであることをすっかり忘れていた。

 僕はすかさず言葉を返す。


「そんな取ったり外したりしてたら失くすかもれないよ!」

「確かに!雫ちゃん、やめといたほうがいいよ」


 ふう・・・。

 麻衣ちゃんの純潔はなんとか守ることができた。

 しかし、雫がいる限り常に気を張ってないといけないと思うと先が思いやられる。


「でも麻衣さん、この行為をずっと見ていると気持ちよくなってはきませんか?」

「うーん、見てるだけではよう分からんけど、やってる雫ちゃんが気持ちよさそうだから、やると気持ちいいのかもとは思うかな」

「やる・・・ヤル・・・気持ちいい・・・。やはり、麻衣さんは素敵です。おかげでますます下のお口のヌルヌルが止まらなくなってきました」

「よう分からんその発言が、うちにとっては気持ちいいぐらいに面白いわ!」

「わたくし、喜んでいただけて光栄です」


 変に噛み合うと話が余計にややこしくなるのでやめていただきたい。

 麻衣ちゃんの気持ちいい発言には・・・興奮させられたが。


「はいはーい、一通り行き渡ったかしらん?」


 ざわざわした空気の中で、モホさんが確認する。


「みんなつけてくれたみたいだし、大丈夫ねん」


 始まりの指輪を貰った嬉しさでみんなが手を動かすので、いたるところで指輪がきらきらと光っていた。


「これからこの授業を通して、どんどん生成術について勉強していってねん。そして、この中の誰かが金色の指輪をつけられるようになることを願ってるわん」


 モホさんはそう言うが、実際卒業後にウィッチアカデミアの先生になれる権利を与えられるのは、学年成績の上位三名のみ。

 なりたくてなれるものではない。

 先生になること、それは魔女見習いとして最高の栄誉と最高額の給与を与えられるということなのである。


「それから、一年生はこの授業以外で生成を行っちゃだめだからねん。家での練習も禁止よん。やった時点で、バレて退学になるから気をつけてねん」

「はーい」


 理解しておりますともという心の声が聞こえてきそうなほど間延びした返事が教室内に響く。


「じゃ、注意も終わったことだし、残りの時間は瞑想をするわよん」


 瞑想?


「わたしは、この最初の瞑想の時間が一番好きなのよん。みんな目を瞑って、両手を前に出してん」


 いきなり始まった瞑想タイムにみんな戸惑っていたが、言われるがままに目を瞑り、両手を前に出す。


「わたしがいいって言うまでその状態をキープだからねん。次に目を開けた時に面白いものが見れるわよん」


 面白いものがなんなのかよく分からないが、そう言われたらキープするしかない。

 確かに、生成の基本は心だと勉強したが、アンさんが死神であるのと麻衣ちゃんのお母さんが曖昧な答えしか教えてくれなかったので、生成術についてあまり理解はできていない。

 そんな状態での突然の瞑想タイム。

 これが、目を瞑って授業が終わるのをただ待つだけの時間だというならば、なんて楽な時間なんだろうと思うことができる。

 でも、必ず裏がある。

 それは、モホさんの発言からも十分に読み取れる。

 読み取れるけれども・・・何かは分からない。

 だったら、今はそんな難しいことは考えなくていい。

 そうだ。

 時間に任せて目を瞑っていればいいのだ。

 ついでに妄想をしていれば、時間なんてあっという間。

 これは、瞑想タイムではなく妄想タイムだ。


「はーい、目を開けてねーん。机の上には何があるかしらん?」


 妄想、いや、瞑想タイムは、思っていたよりも長かった。

 僕は目を開ける。


「な、何これ・・・」

「変なのが置いてあるんだけど!」

「きゃあー!気持ち悪い!」


 突然に響き出す悲鳴や驚きの声。


「なんでこんなに騒がし・・・ってうわっ!」


 ぼんやりしていた視界が徐々に明るくなってきて、自分の目の前にあるものがはっきり見えた時、僕は思わず驚いた。

 僕の目の前には、笑顔の麻衣ちゃんの顔の置物が色付きで出来上がっていた。

 それはまさに、妄想していた笑顔の麻衣ちゃんそのものだった。


「ヨイチくんそれって・・・うち?」


 麻衣ちゃんは、僕の目の前にあるものを見て、真実を確かめるかのように尋ねる。

 麻衣ちゃんに話しかけられた僕は、この状況のまずさをようやく理解した。


「あっ、いやあ・・・これは・・・」


 やばい!

 これはいとこの似顔絵だよ、麻衣ちゃんにそっくりだね・・・違う!

 これは現世のお母さんの顔だよ・・・それも違う!

 この場を切り抜ける返事の仕方が見つからない!

 あっ、そうだ!


「これは・・・理想の女の子の顔だよ・・・なんちゃって・・・」


 だあー!

 そんなんで誤魔化せるなんてよく思えたな、僕!


「そ、そうなんだ・・・なんかうちに似てるなあって思って・・・」

「そ、そう言われてみれば見えなくもないね・・・あはは」


 微妙な返答だったけど、なんか誤魔化せたような気がする!


「ちなみに麻衣ちゃんのは・・・」


 話を逸らすために、僕は麻衣ちゃんに尋ねた。


「う、うちのは・・・ぐちゃぐちゃでよう分からんね」

「た、確かに」


 麻衣ちゃんの目の前のそれは、例えるならスライム。

 原型をとどめていない、ぐちゃぐちゃの何かであった。


「し、雫ちゃんは何ができたん?」


 その場の空気を変えたかったのか、麻衣ちゃんは雫に話を振った。


「わたくしは、男性と女性が交わる光景を妄想していたのですが、目の前にあるこれは、まさしく性器ですね」

「性器って言うな!棹とか口とか言って誤魔化せよ!」

「性器は性器なので仕方がありません」


 雫のそれは、色こそ付いていなかったが、形で判別できるほどに原型をとどめた男女の生殖器だった。

 それにしても、なんて生々しいんだ。

 出し入れしやすいように、大きさが調整されている。

 性に対する雫の想像力は、賞賛に値する。


「これが指輪の力なのよん。想像で描いたものを創造できるのがこの指輪で、それを忠実に再現するために学ぶのが生成術なのよん」


 あまりの衝撃に大騒ぎの生徒たちに向けて、モホさんが説明した。

 これが、生成術なのか。


「もちろん、適性のある分野以外のものを生成してはいけないから、今のみんなみたいに想像したものを好き勝手に生成した時点でヘルゲート送りになるってことは理解できるわよねん。だから、生成術を学ぶことはこんな状況を阻止するための精神の修行でもあるのよん」


 ということは、魔女見習いとして働いている人たちはみんな、精神のコントロールができてるってことか。

 それはすごい。

 今の僕なら、まず間違いなく麻衣ちゃんの等身大フィギュアを作ってしまう。

 卒業までにコントロールできるようになるなんて、とてもじゃないが思えない。


「ちなみに、原型をとどめていて、かつ色付きのものを生成できた人は手を挙げてねん」


 それはまさしく、僕が作った麻衣ちゃんの顔のことじゃないか。

 僕はスッと手を挙げる。

 それと同時に、他に二人が手を挙げた。

 そのうちの一人は、スミレちゃんだった。


「その三人は、センスがいいってことだから自信を持っていいわよん。今すぐにでも二年生に進級させてあげたいけど、精神のコントロールがある程度できてないとだめだからその部分を頑張ってねん。他の人たちは、ぐちゃぐちゃだったり色が付いてなかったりすると思うけど、この一年で原型をとどめている色付きのものを生成できなかった場合は退学になるから頑張ってねん。ということで、今日の授業はここまでよん」


 そう言い終えると、モホさんは教室から出て行ってしまった。

 しばらくの沈黙の後、教室内はまた騒がしくなった。

 それは、針を刺した風船が突然割れるのと同じような沈黙の弾け方だった。


「やばい!そんなの聞いてない!」

「わたし、ぐちゃぐちゃのしか作れなかったよ!どうしたらいいのよ!」

「退学なんて絶対嫌だ!」


 激しさを増す愚痴、愚痴、愚痴。


「あいつ、授業中寝てたくせに」

「特待生だからってなんでもできると思うなよ」

「だから優等生は嫌いなんだよ」


 それと同時に聞こえてくる嫉妬の声。

 向けられる視線。

 僕は平凡だったから現世ではいじめられていた。

 今度は優秀だからいじめられてしまうのか。

 握った拳が恐怖で震える。

 その震えを払ってくれたのは、麻衣ちゃんだった。


「行こっ、ヨイチくん」


 麻衣ちゃんの温かい手が、僕の冷たく震えた手を優しく包む。


「う、うん」


 引っ張られるがまま、僕は教室をあとにした。

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