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第七話 西洋倶楽部が発足してしまいました。

 土日が終わって、また月曜日が始まっても、麻衣ちゃんは口を利いてはくれなかった。

 なので、先週の自己紹介妨害の件、謝りたくて話しかけようと何度も挑戦しているのに、未だに話しかけられずにいた。

 今日もさっそく教室の前で喋れそうだったのに、できなかった。

 もちろん、麻衣ちゃん自体は怒っているから口を利いてくれないのだろう。

 しかし、謝ることができていないのには他にも理由がある。

 それが、桜田雫だ。

 僕が謝りに行こうとすると、彼女は必ずついてくる。

 そう、必ずだ。

 もしその行為が金魚の糞ならば、何もしないし何も喋らないので、まだ許すことができる。

 ところが、彼女は積極的に喋ろうとする。

 西洋倶楽部に麻衣ちゃんを勧誘するために。

 あんな卑猥で、最低な倶楽部に麻衣ちゃんを入部させるわけにはいかない。

 こっちはそう考えているのだが、彼女は彼女なりに、新しい部活動の申請に五人以上集めなければならないので必死なのだ。

 この、僕と彼女との攻防はなんとも見苦しく、おかげで麻衣ちゃんに被害は及んでいないものの、謝る機会を同時に奪われている。

 これは戦争だ。

 なんとしても負けるわけにはいかない。


「今日もせっかくの謝る機会を奪ってくれたな!性欲テロはやめるんじゃなかったのか!」

「何をおっしゃっているのですか、ヨイチさん。わたくしは、あくまで麻衣さんを倶楽部に勧誘しようとしているだけのこと。邪魔をしているのはヨイチさんではありませんか」


 断っておくが、感情がこもっているだけで大声で言い争っているわけではない。

 登校初日の一件で、僕は学んだのだ。

 席が近い同士、まるで土日の思い出を語り合うかのように、ゲスな会話を小声でしているだけである。

 大きな声は決して出さない。

 それにこんな会話、聞かれるのはごめんだ。


「麻衣ちゃんは絶対に入部させない!」


「ヨイチさんも聞きたいのではありませんか?麻衣さんの口から、エロくて卑猥で興奮させられるような言葉を」

「麻衣ちゃんは、エロ雫みたいな卑猥な育ち方はしてないの!」

「エロ雫・・・それは、パックリ開いたビラビラのお口のほうから出てくる、あの高貴な雫のことを指しておられるのでしょうか?」

「お前のことを指してんだよ!」

「まあ、なんと!わたくしをそのような目で見ておられたとは。なんと卑猥なお方でしょう、ヨイチさん」

「会話になってないから」

「海綿体がなんと?」

「言ってないから!」


 こんな会話をあと何度続けなければいけないのだろうか。


「ほんと変態だな、お前は!僕にも麻衣ちゃんにも接近禁止だから!」

「そんな、ひどいです、ヨイチさん。接触したいです。あそことあそこを接触させたいです」

「接触なんて言ってないから!接近禁止ね!人数揃わなくて申請できなければいいんだよ、西洋倶楽部なんて!」

「言葉責めですか、ヨイチさん。Sなヨイチさんが、社会の窓から顔を覗かせてますよ」

「なんか意味違うから!」


 僕は、ほんの一週間のうちに完全に汚されてしまった。

 アンさん、この学校で一番警戒すべきは、モホさんではなくクラスメイトでした。


ガラッ


「おーし、みんな席に着けー。ホームルーム始めるぞー」


 レイ先生が、いつものごとくチャイナドレスを身に纏ってやってきた。

 今日は、紺碧のチャイナドレス。

 レイ先生には大人の色気が備わっている。


「土日を挟んで、今日から本格的に授業が始まる。浮かれてたら殺すからなー」


 それだけに、口が悪いのが残念だ。


「それから、今週の金曜日には、毎年恒例のヘルゲート見学が実施される。天使結晶の生成工程なんてのは、天使ではない我々が知っても仕方のないことではあるが、魔女見習いである我々が、各々の適性に反したものを生成した場合にどのような場所へ送られてしまうのかを知るには絶好の機会だ。恐怖を感じさせることが、罪を犯させないための最良の手段だからな」


 なんか怖いこと言ってますよ、この人。


「その見学は班行動にするから、明日のホームルームまでに班を決めておいてほしい。五人組だから誰もハミらないはずだ。まっ、そういうことだから、明日までによろしくなー」


 そう言い残してレイ先生は、開けっ放しにしていた教室のドアから出て、開けっ放しのまま職員室に戻っていった。

 レイ先生のホームルームはすぐに終わるので、生徒からは敬意を込めて、「神速のレイ」と呼ばれているらしい。

 それにしてもまさかヘルゲートに行くことになるなんて。

 ヘルゲートは、現世で罪を犯した人が行く場所。

 幸せなんて一つもない、地獄の監獄と言われている。

 現世で殺人の罪を犯した人はもちろんヘルゲートに送られるが、窃盗や恐喝から信号無視など程度がどれだけ低くなっていったとしても、デーモン大暮閣下さんが黒き魂だと判断した場合は、問答無用でヘルゲートに送られる。

 なので、ヘブンズシティには基本的に法律がない。

 魂の選別を合格した人だけが、ヘブンズシティで暮らすことを許されるからだ。

 それはつまり、年齢をある程度重ねた人よりも、圧倒的に幼児期の子どもの方がヘブンズシティに数多く送られてくるということである。

 その話をアンさんから聞かされた時に僕は、アンさんのおっぱいを触ってしまっても許されたことを納得した。

 だから、変態の桜田雫も魂の選別を合格した人であるが故に、卑猥な発言をしても咎められないのだ。

 そんな、変態もたくさん暮らしているヘブンズシティではなく、ヘルゲートに送られてしまった人の仕事はただ一つ。

 天使結晶の生成だ。

 その、生成された天使結晶を加工して、建築や土木工事に活用するのが天使代行の仕事である。

 天使結晶の原材料は、人間以外の生き物の魂や、ヘブンズシティとヘルゲートで役目を終えた魂、そして消滅執行によって消滅させられた魂だと聞いたが、その魂をどのように天使結晶へと変えているのかはアンさんも知らず、入試の問題にも出なかったので知識がない。

 それだけに、生成工程を見学できるのは非常に楽しみだ。


「ヨイチさん、わたくしといちゃいちゃ・・・ではなくて、一緒の班になりませんか?」


 言い間違い方がおかしいよね。


「なるわけないだろ」

「そう言われましてもヨイチさん、他の方々はすでに班を決められているようですが」

「え、ほんとに!」


 しまった。

 考え事をしていたせいですっかり乗り遅れてしまった。


「わたくしに良い考えがありますよ」

「ロクな考えじゃないだろ」

「あそこに、麻衣さんグループがあります。今のところ三人で、残り二人を探しておられるみたいです。グループに参加できれば、ヨイチさんは麻衣さんと仲直りができ、わたくしは倶楽部への勧誘ができる。一石二鳥ではないでしょうか」

「うーん・・・」


 桜田雫にしては良い意見だった。

 もちろん、こいつは勧誘のことしか頭にないだろうが、僕だって仲直りしたい。

 そして、麻衣ちゃんとの距離をより縮めるチャンスでもある。

 こいつさえいなければ・・・。


「麻衣さん、わたくしどもと一緒の班になってはいただけないでしょうか」


 僕が頭を悩ませているにも関わらず、桜田雫はすでに麻衣ちゃんたちに声をかけていた。


「え?」


 そりゃそうだ。

 急に話しかけられて困ってるじゃないか。


「麻衣ちゃんごめん!こいつが勝手に言ってるだけだから」


 やっぱり麻衣ちゃんをこんな奴と関わらせるわけにはいかない。


「うちは、別にいいけど・・・。みんなは?」

「スミレもいいよー、きゃはっ!」

「おれもオーケーや!桜田さん、洋一、よろしくな!」


 ・・・え?

 麻衣ちゃんいいの?

 ってか、きゃはって言った女の子と、僕の名前を呼び捨てにした暑苦しい男は一体誰!


「う、うん、ありがとう。じゃあ、よろしく」


 成り行きで合流してしまったが、ほんとに良かったのだろうか。


「よかったですね、ヨイチさん。わたくし、大感激です」

「大感激なんて桜田さん、面白いなあ!」


 ・・・だから、お前は誰や!


「はーい、席座ってねー。授業するよー」

「あっ、先生来たわ!ほな、また後でな!」


 暑苦し君の言葉で、僕たちの班はそれぞれの席に戻った。

 他の人たちもそれぞれの席へ戻る。

 静まり返った教室、始まる授業。

 とにかく、麻衣ちゃんと仲直りをする機会を得た僕は、ほっと一息。

 麻衣ちゃんとの仲は、なんとかなりそうな気がしてきた。

 頑張って信頼を回復しよう・・・ぐぐ。

 そして気がつくと、いつの間にかお昼休みになっていた。


「洋一、ご飯一緒に食べようや!」


 気づかせてくれたのは、暑苦し君だった。


「あっ、一緒の班の・・・」

「なんや、まだ名前覚えてくれてへんの?悲しいわ!おれは、サニー・シャイン。サニーって呼んでくれな!」

「サニーくん、よ、よろしくお願い」

「おう!」


 ・・・食い気味。

 そして、暑苦しい!

 そもそも、名前が暑苦しい。

 暑苦し君のままでもいいでしょうか。


「班で集まってるんや!こっちやこっち」


 それにしても、もうお昼休みだなんて衝撃的すぎる。

 冬眠から目覚めたクマが地上に出てみると、まだ辺り一面真っ白な雪に覆われていましたっていうぐらいの衝撃だ。

 ってか、班で集まってる?

 まさか!

 桜田雫が麻衣ちゃんを勧誘してるんじゃ!


「雫ちゃんって面白いね!うち、もっと仲良くなりたいわ!」

「わたくしも、麻衣さんとは仲良くしたいです。もっと深く、ねっとりとした関係まで発展させたいところです」

「その意味分からん発言が面白いって言ってるねん!」


 仲良くなってたー!


「あっ、ヨイチくん、おはよう!授業中に寝るなんて信じられへんわ!」


 こんなに長時間居眠りをしてしまうなんて、僕も未だに信じられていない。


「い、いや、なんか、安心したらそのまま・・・」

「安心て何さー、うちは心配やわ!」


 麻衣ちゃん、機嫌直してくれたのかな。

 すごく楽しそうだ。


「っていうか、なんで集まってるの?」

「なんでって、雫ちゃんが話したいから集まろうって言ってくれて」

「そうやぞ、洋一!授業中に寝てるから出遅れるんや」

「スミレはー、授業中に寝る人嫌いかなー、きゃはっ!」

「あれだけぐっすり眠っておられたのですから、さぞかし素敵で卑猥な夢をご覧になっておられたのでしょうね」


 ・・・キャラが濃い!

 発言のバリエーションが豊富すぎて、どれからつっこんだらいいのか分からない。

 先生、この人たち収集がつきません!


「え、えっと・・・まず・・・君は誰だっけ?」


 とりあえず僕は、きゃはっ、と語尾が鬱陶しくなる一番背丈の低い女の子に問いかけた。


「う、う、うえーん!洋一くんが名前覚えてくれてないよー、麻衣ー、きゃはっ!」


 それは悲しんでいるのでしょうか、楽しんでいるのでしょうか、どっちなのか分からないのですが。


「ヨイチくんひどい!女の子泣かすなんて!」


 あっ、泣いてるのですね。


「ごめんごめん、でもほんとに名前覚えてなくて」

「彼女は、スミレ・セントフォードちゃん。今年の新入生の中で最年少の十一歳だよ」

「スミレ、洋一くんのこと大嫌い!きゃはっ!」


 スミレ・セントフォードは、レイ先生よりも少し短い黒髪に、水色の髪飾りを付けていた。

 幼気な目で涙を浮かべなからこちらを見ているが、きゃはきゃは言うので、嘘か誠か全く分からない。


「ごめんね、スミレちゃん、泣かないで」

「・・・洋一くん、次そんな風にスミレのこと、子供扱いしたら殺すから、きゃはっ!」


 ・・・そして怖い。

 今時の十一歳ってこんなに怖いの!


「は、はい、すいませんでした」

「同い年だと思ってスミレと接してね、きゃはっ!」

「はい・・・」


 人は見た目で判断してはいけないと改めて思った。


「と、ところで、こいつはなんの話をみんなにしてたかな?」

「こいつってひどい!うち、ヨイチくんがそんなに口が悪いなんて思っとらんかったよ!」


 ・・・えー!


「これからは雫ちゃんって呼ぶんだよ、分かった!」

「は、はい・・・。じゃあ・・・その、雫ちゃんは何を・・・」

「ヨイチさん、その呼び方があまりに気持ち悪くて下のお口が濡れてしまうのでやめていただけないでしょうか」


 お前は黙ってろ!

 ってか気持ち悪いのに濡れるっていうのは完全に矛盾だろ!


「雫ちゃんが、新しく西洋倶楽部っていう部活動を作りたいって言うから、どんな倶楽部なのか聞いてたの」


 もう手遅れだったー!


「ど、どんな倶楽部って言ってた?」

「んとねー、雫ちゃんが部長でヨイチくんが副部長で、現世の西洋についてぐっしょりびしょびしょに濡れるまで語り尽くす倶楽部だとかなんとか」


 そんな説明でよく入ってくれると思ったな、こいつ。

 ぐっしょりとかびしょびしょとか、そんな表現を説明文に使わなきゃいけない倶楽部に誰が興味持つんだよ。


「うち、西洋ってなんだか知らないけど、雫ちゃんの説明で興味湧いたから、入りたいなって思ってるの、西洋倶楽部」

「スミレも、西洋倶楽部入りたいなー、西洋倶楽部、きゃはっ!」

「おし!みんなで西洋倶楽部を盛り上げて、学院一の部活動にするぞ!」

「おー!」


 え?

 なんでみんな興味津々なの!

 ってか、ボーイッシュな女の子と可愛い幼女と男性フェロモンの塊が、揃って性欲ラブなんて発言しちゃ、どんな性癖にも対応可能みたいに思われてしまうのでやめてください!


「ということでヨイチさん、ここに西洋倶楽部の発足を宣言いたします」


 雫ちゃんは、不敵な笑みを浮かべながら高らかに宣言した。

 この学院では基本的に、五人以上部員が揃えば、どのような活動内容でも規則に触れない限り自由に部を作ることができる。

 それだけに、五人揃ってしまった今、西洋倶楽部は正規の部活動として正式に認められたようなものだ。

 雫ちゃんの思い通りになってしまった。


「ヨイチさん、こんなに早く五人揃えることができるなんて、わたくし思っておりませんでした」


 嬉しそうな雫ちゃんが話しかけてきた。

 初めて嬉しそうな笑みを僕に見せた雫ちゃんを見て、案外可愛い子だったのだと気づいた。

 変態発言ばかりに気を取られていたが、赤髪ポニーテールの変態少女は、意外と需要があるかもしれない。


「僕も予想外だよ」

「これで性器、いえ、正規の部活動として、性欲ラブの精神の元、清く正しい青春の一ページを西洋倶楽部で刻むことができるのですね」

「いや、今わざと言い間違えたよね。それに、全くもって清く正しくないから」


 言い直しに対してわざわざつっこむ必要はないのだが、思わずつっこんでしまう自分自身に幻滅する。


「うち、この班の名前、もう西洋倶楽部にしたらいいと思うねんけど!」


 麻衣ちゃんの突然の西洋倶楽部が性欲ラブに聞こえて、思わずドッキンドッキンしてしまった。


「スミレも賛成!きゃはっ!」

「麻衣、いいこと言うじゃないか!」

「わたくしもヨイチさんも異論ありません」


 いやいや、異論ありありだから!


「ちょ、ちょと待って!班の名前ってどういうこと?」

「レイ先生が、班が決まったら呼びやすいように名前つけといてって言ってたやん」

「だから洋一、西洋倶楽部でいいだろ!」


 レイ先生が、性欲ラブと連呼する可能性があるということか。

 まあ、正確には西洋倶楽部だが。

 それはそれでありと言えばありかも。


「ヨイチさん、公衆の面前で卑猥で棹が立つような妄想に耽るなんて最低ですね」

「うわわ!だから、耳元で囁くなよ!」


 余計に興奮するじゃないか!


「ヨイチさんも妄想した結果、賛成のようです」


 妄想はしてたけど、賛成とは言ってないよ!


「ちょっと!」

「じゃあ、みんな賛成だね!これで、明日のホームルームの準備は万端やん!」

「ちょうど昼休みも終わる頃やし完璧だな!」

「スミレ、ヘルゲート見学も西洋倶楽部も楽しみ、きゃはっ!」

「うちもー!」


 みんな楽しそうで大変けっこうだが、本当の意味を知ったらきっと愕然とするだろう。

 西洋倶楽部はもう発足してしまった。

 だから、部活動を行うのは百歩譲って仕方がない。

 だが、雫ちゃんの暴走だけはなんとしても止めなければならない。

 止められるのは僕だけだから。

 昼休み、僕はいつまでも西洋倶楽部がギリギリセーフの一線を超えないようにするために尽力しようと心に誓った。

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