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第五話 僕はウィッチアカデミアに入学しました。

 なんていう日常を繰り返し、僕は現在に至っている。

 あの時は、一月の試験まであと六ヶ月しかないと気づいて焦ってたっけ。

 結局、試験問題というのは、ヘブンズシティについてどれだけ知っているかを問うもので、知識欲の強い僕がアンさんから聞き出した情報をもってすれば何のことはなく、無事合格することができた。

 入学するのに試験が必要なのはウィッチアカデミアだけなので、それをいいことに過去問題集や対策本などをたくさん販売して、ウィッチアカデミアは大儲けしているらしい。

 そんなウィッチアカデミアのあくどい商売に目もくれず、独学で勉強、いや、正確にはアンさんから知識を吸収しただけなのだが、結果として特待生扱いとなった。

 教材を使わずに特待生になった人間は僕が初めてらしく、アンさんは学費を払わなくていいと大喜び。

 今日は、新入生代表として挨拶をすることになっており、心臓バクバクで登校中だ。

 決して全力疾走したわけではない。

 緊張しているのだ。


「ヨイチくーん!」


 後ろから呼びかけられる。

 その声は・・・!

 振り向くと、声の主は麻衣ちゃんだった。


「麻衣ちゃん、おはよう!そんなに走ってどうしたの?」

「はあ・・・はあ・・・どうしたの・・・じゃないよ・・・はあ・・・ヨイチくんが見えたから・・・走ってきたんやん!」


 ・・・可愛すぎる!

 そしてこれは、マンガで読んだことのあるお決まりの展開!

 前を歩く僕。

 後を追いかけて走ってくる麻衣ちゃん。

 二人は、実は両思いで、付き合うことになって・・・。

 なんて青春らしい青春の一ページなんだ。

 ってかその息遣い、エロいんでぜひ録音させてください!


「そうだったんだね!お疲れ様!」

「お疲れ様じゃないよー!もう!ヨイチくんのあほ!」

「そんな怒らないで、ねっ!」

「ヨイチくんなんてしーらない!」


 ほんとほのぼのとした日常だ。

 これからこんな時間が毎日続くのかと思うと、幸せすぎる。

 誰かが、「リア充爆発しろ!」と魔法を唱えたなら真っ先に爆発するのはきっと僕だろう。

 麻衣ちゃんとはお店に足繁く通う中で仲良くなり、一緒に勉強したり、オープンキャンパスに行ったりと受験勉強を共にした。

 一夜を共にすることは叶わなかったが、僕は決して諦めてなどいない。

 必ず麻衣ちゃんを彼女にし、そして一夜を共にします!


「ねーねー、ヨイチくん!ヨイチくんってば!」

「あっ、うん・・・何?」


 いかんいかん、幸せに浸ってしまっていた。

 完全に上の空だったようだ。


「隣でぷんぷん怒ってる女の子がいるのに、なんか言うことないん!」

「そ、そうだね・・・ごめん!んで、追いかけてきてくれてありがとう!」

「よろしいよろしい!素直にそう言えばいいんよ!」


 麻衣ちゃんの可愛さは、おっとりとした女の子の可愛さではない。

 活発でボーイッシュな女の子の可愛さだ。

 ショートカットの髪が風に揺れる。

 金と銀の間のような髪色で、ふわっと香るフルーティーな香りが、僕を一層幸せな気持ちにさせた。


「ところでヨイチくん、入学式での挨拶はちゃんと考えてきたん?」


 やりとりに一通り満足した麻衣ちゃんが聞いてきた。


「考えてはきたけど・・・」

「緊張してるん?」

「うん、心臓バクバクだよ」

「バクバクって何!ヨイチくん、なんかおじさんくさい!」

「じゃ、じゃあなんて言ったらいいのさ!」

「そりゃ、ドッキンドッキンでしょ!」


 やだー、おばさんくさいー、なんてとてもじゃないが言えない。


「そ、そうなんだ・・・」

「そうだよ!これからは心臓ドッキンドッキンって言いなよー」

「う、うん・・・」


 心臓ドッキンドッキンの僕は、麻衣ちゃんの意外なおばさんくささにドッキンドッキンである。


「頑張ってね、応援してるから!」


 頑張ってね、なんて現世でも女の子にほとんど言われたことがない。

 恋愛経験ゼロの僕は思わず、付き合ってね!っと空耳しそうになった。


「ありがとう」


 しかし、空耳はあくまで空耳でしかない。

 ここは無難に返事をしておこう。

 もしこれが恋愛マンガならばこの場面は、「君のために頑張るよ」なんて主人公がかっこよく決めゼリフをかますところである。

 しかし、そんなことはしない。

 なぜなら僕は、現世で一度失敗しているからだ!

 決めゼリフなんて現実には存在しないのだ。

 あんな恥ずかしい思いは二度としたくない。

 全てが思い通りの恋愛マンガなんて大嫌いだ!

 なんて思っていても、読んでしまうところが恋愛マンガの魅力というかなんというか。


「見えてきた!」


 感傷に浸りつつも、麻衣ちゃんの言葉にすかさず反応する。


「ほんとだねー、なんか綺麗な装飾がしてあるよ」

「わあー、なんかお祭りみたいな飾り付け!」


 それが近づくほどに、僕は改めて魔法の素晴らしさを実感した。

 新入生歓迎のために生成された装飾品の数々。

 その装飾品に負けない立派な校舎。

 そう、ここはウィッチアカデミア。

 魔女見習い養成学院である。

 新入生歓迎の装飾品の数々に目を奪われながらも体育館までやってきた僕らは、入学式のために並べられた椅子に腰掛けた。

 席は自由のようで、一緒に来た僕と麻衣ちゃんは必然的に隣同士に座ることになった。

 やがて照明が消されて辺りは暗くなり、入学式が始まった。


「それでは、第」


 入学式が始まると緊張がピークに達し始めた。

 お腹が痛い。

 でも、負けるわけにはいかない。

 麻衣ちゃんにかっこいい姿を見せるために練習してきたのだから。


「新入生代表、山田洋一くん」

「はい!」


 名前を呼ばれて、咄嗟に返事をする。 

 あまりに緊張していたので、知らない間に出番が回ってきたようだ。

 入学式自体は粛々と進められていたようで、時計を見るとオンタイムだった。

壇上から名前が呼ばれると、周りが騒がしくなる。


「あいつが特待生の山田洋一だ」

「参考書を使わずにトップで入学したらしいぞ」

「頭では負けるけど、顔はおれの方が上だな」

「あんな平凡そうな奴がなんで特待生なんかに」


 尊敬されているのか蔑まれているのか分からないが、ひそひそ話があちこちで湧き上がっていた。

 それはもはや、ひそひそ話の枠を超え、騒音となってしまった。


「静かに!」


 再び壇上から声が飛ぶ。

 今度は矢のような鋭い声だ。

 その声は、見事に騒音を貫き、会場に静寂をもたらした。

 また騒がしくなる前に終わらせよう。

 緊張はいつの間にかほぐれていた。


「本日は、私たち新入生のために、このような盛大な入学式を催していただき、誠にありがとうございます。学院長をはじめ」


 なぜ世界各国から死んだ人が集まるヘブンズシティで、日本式の入学式が採用されているのかはよく分からない。

 ヘブンズシティにきた時点で、お互いがコミュニケーションをとりやすくするために、頭の中に世界各国の礼儀やマナー、しきたり、言語についての情報が全員に刷り込まれるということはアンさんから聞いた。

 仕組みなんてもちろん分からない。

 僕たちは既に死んだ人間で魂だけの存在なのだからそういうことができてしまうということなのだろう。

 だから、誰も違和感なくこの場にいられるというのは分かるのだが。

 まあ、僕は日本人であるし、おそらく日本式の入学式が一番入学式らしいということなのだろう。

 ヘブンズシティは、様々な文化が交じり合うオリエンタルな場所のである。


「新入生代表、山田洋一」


 あらかじめ用意しておいた原稿を、空で読み終える。

 拍手に迎えられながら席に戻り、着席。

 やっと一息つける。


「ふう・・・」

「お疲れ様!堂々とした挨拶だったよ!」


 隣にいた麻衣ちゃんは、小声でそう言ってくれた。


「ありがとう!」


 ご褒美のちゅーとかあればもっと嬉しいのですが。

 なんて高望みしてもそれは出てこない。

 そう思うとなんだか悲しくなってきたので、粛々と行われる入学式の残りの時間は、妄想に使うことにした。


「それではみなさん、これから充実した学院生活を送ってください」


 学院長の締めの言葉で入学式は終わった。


「さっ、ヨイチくん、行こっか」 


 結局僕の妄想は、なかなかエロいところまで話が弾んでしまった。

 なので、妄想中によだれが垂れていたり棹が立っていたりしていなかったか気になったが、麻衣ちゃんの態度から察するに大丈夫だったようだ。

 そんなことで嫌われたらこの一年充実した学院生活なんて送れっこない。

 麻衣ちゃんとは同じクラスなのだ。

 カッコ悪いところなんて見せられない。


「ところで僕たちって、何組だっけ?」

「えー、もう忘れちゃったん?A組だよ、A組!AからHの中のA組だよ」

「あっ、そっかそっか」


 麻衣ちゃんと同じクラスだということは覚えていたが、何組かは全く覚えていなかった。

 その上、教室の配置もよく知らない僕は、麻衣ちゃんに連れられるがまま一年A組に到着した。

 これじゃまるで、金魚の糞だ。

 アンさんと初めて行った買い物みたいだと思った。


「ヨイチくん、席ここみたいやね!うちはあそこやから、ちょっと席近い子と喋ってくるね!」

「う、うん」


 麻衣ちゃんは積極的で活発だ。

 誰に対しても明るく優しい女の子。

 それに比べて、走っていく麻衣ちゃんの背中をただ見つめることしかできない僕。

 僕は非力だ。


「引き止めなくていいんですか?腕を掴んで、待ってくれマイスウィートハニー、なんて言いながら」

「そんな勇気があればとっくにして・・・ってうわっ!」


 そいつは、いきなり後ろから話しかけてきた。


「あっ、麻衣スウィートハニーの方がいいですかね、麻衣だけに」

「誰ですか!ってか全然面白くないです!」

「なんだか初々しくてつい心の声を代弁してしまいました。わたくしは、一年A組、桜田雫と申します。後ろの席なので今後ともよろしくお願いいたします」


 なんなんだ、こいつは!

 初対面の人間に対して後ろからいきなり耳元で囁くなんてどうかしてる!

 興奮しちゃったじゃないか!


「ぼ、僕は別に麻衣ちゃんとは何も・・・」

「今は何もないかもしれませんが、いずれはあんなことやこんなことをしたいって思っておられるのでしょう?」

「だから!そんなんじゃありません!」

「あっ、いやん、そこは、麻衣、恥ずかしがらなくていいんだよ、でも、ヨイチくんそこだけは、あはん!」

「や、や、やめろやめろ!そして、耳元で囁くな!」


 初対面の人間に対しては必ずと言っていいほど敬語で喋る僕が、桜田雫にはいきなりのタメ口になってしまっていた。


「こんな感じを期待しておられるのかと思いまして。もしかして、もっと激しいのがお好きだったのでしょうか?」

「もう帰れよ!」

「それは、参った降参ということでしょうか?あっ、それとも麻衣ったですかね?麻衣だけに」

「全然うまくないから!」

「それに、入学式早々に帰れだなんて、ヨイチさんはSですか?せめたい人ですか?」

「い、いい加減にしろー!」


 あっ、やばい。

 思わず大きな声を出してしまった。

 その声にクラス全員の視線が集中する。

 会話の中身は聞こえていないだろうが、麻衣ちゃんもこちらを見ていた。


「こらこら、うるさいぞ。山田洋一、早速目立っているな」


 前から注意が飛んできた。

 ・・・誰?


「えー、わたしは、このクラスの担任のリン・レイだ。レイ先生と呼んでくれ」


 タイミングを計ったかのように現れたのは、担任の先生だった。

 きれいな黒髪ロングヘアーに整った顔立ち。

 レイ先生は、モデルのようにスラッとした体型の先生だった。

 凛としたその姿は、男性だけでなく女性からもきっと人気があるのだろう。

 しかし、あえて男性目線だけで意見を申し上げるなら、先生のその格好が何よりも人気の秘訣だろうと言わざるを得なかった。


「・・・チャイナドレス」


 そう、先生は大きなスリットが目を引く真紅のチャイナドレスを身に纏っていたのだ。


「ヨイチさん、あれはおパンツが見えそうですね。興奮しておられるのではないですか?」

「おパンツって言うな!」

「これは失礼。Tバックが見えそうですね」

「違う!そういう問題じゃない!」

「そういう問題じゃないとはどういうことでしょうか?まさか、ヨイチさんはノーパンティーをご想像されていると?」

「だあー、もう!僕に話しかけるな!」


 しまった。

 また不本意な大声を出してしまった。


「だからうるさいと言っているだろ、山田洋一!特待生だからといって贔屓はせんぞ!」


 教室に響く先生の怒号と生徒の笑い声。

 くそ、なんなんだ、この桜田雫って奴は。

 彼女は、どうやっても会話をエロの方向へ持っていきたいらしい。

 彼女と関わるときっとロクなことがない。

 現に、特待生で優等生扱いされるはずの僕が、すでに二回も怒られて、周りから笑われているじゃないか!

 無視しよう。

 何を言われても無視してやる!


「うるさい山田洋一は置いといて、早速だが自己紹介してもらうぞ。わたしから見て一番右列の前から順によろしく頼む」


 先生は、僕を置き去りにしたまま、勝手に自己紹介タイムの始まりを宣言した。

 放置プレイはまんざらでもないが、自己紹介というワードにため息がこぼれる。

 僕は、自己紹介が嫌いだ。

 クラスなんて三日もすれば、だいたい仲良しグループが形成され、自分のグループに入ってない奴とは今後一年間ほとんど喋ることはないというのが常識だ。

 そんな、喋るとも喋らないとも分からない人たちの前で自己紹介をする意味ってなんだ。

 ただの公開処刑、あるいは個人情報の漏洩じゃないか。

 それをまさか死んでからもやらなければいけないだなんて。

 現世でのトラウマが蘇る。

 だから、自己紹介は嫌いなんだ。


「ヨイチさんは、どのような自己紹介をされるのですか?わたくしは、ヨイチさんのパックリ開いたお口から、どのような卑猥な発言がびゅるるっと飛び出してくるのか非常に楽しみです」


 また後ろから話しかけられる。

 さっきから、パックリ開いたお口から卑猥な発言を連発してるのはお前じゃないか。

 僕は一言も卑猥な発言をしていない。

 大声で否定してやりたい。

 だが、無視すると決めたんだ。

 ここは無視だ。

 我慢しろ、洋一!


「わたくしは・・・桜田雫と申します、先ほどから、前の席の山田洋一さんに言葉責めされ、お股が熱くなり、液が滴り落ちてしまって非常に困惑しております、雫だけに・・・なんて自己紹介をしようかと考えているのですが」


 雫だけにって、どこにかかってるんだよ。

 どんどん雑になってるな!

 なんて突っ込んだら負け。

 何を言われても無視だ、無視。


「・・・僕は山田洋一、思春期です、同じクラスの真嶋麻衣さんとは仲良しで、いや、実を言うと麻衣さんを見るだけで興奮してしまう体質で、今すぐにでも棹を突き出して、白濁した液をきれいな顔に浴びせて汚した」

「そんなこと言うわけないだろ!ってかもはや自己紹介じゃなくなってるし!」


 あっ・・・。

 やってしまった。


「こらっ、山田洋一!何度言ったら分かるんだ!二人でイチャコラしてんじゃねーぞ!」


 怒られるのは仕方がない。

 無視できなかった僕が悪いのだから。

 しかし、その指摘には納得しかねる部分がある。


「先生!お言葉ですが、イチャコラはしてません!」


 そうだ。

 僕はこいつとイチャコラなんてしていない!


「口ごたえするな!真嶋麻衣の自己紹介が中断してしまったんだぞ!」


 しまった!

 麻衣ちゃんが自己紹介してたのか。


「ま、麻衣ちゃん!ごめん!」

「ふん!ヨイチくんなんて知らない!」


 麻衣ちゃん!


「嫌われて当然だ、山田洋一!次に妨害したら、反省文書かせるからな!」

「はい、すいませんでした」


 大きな笑い声の中で、自己紹介をする前に公開処刑される僕。

 なんで僕が怒られなきゃいけないんだ。


「怒られてしまいましたね。いや、ここはしぼられたと言った方がよいでしょうか?それとも液を搾りとられたと言った方が?洋一だけに。なんにせよ、言葉責めされて興奮したのではないですか?なんでしたら、このまま絶頂になるまで」

「洋一だけにってなんだよ!お前のせいだろ!」

「山田洋一!貴様!」

「ごめんなさーい!」


 ホームルームの後、僕は職員室まで連行され、こっぴどく叱られた後、反省文を明日までに提出するように言われた。


「元気なのは実に結構だが、初日から度が過ぎるぞ、山田洋一!」

「はい、反省しております」


 僕は悪くない。

 悪いのは桜田雫だ。


「君は優秀なんだ。特待生扱いを取り消しになりたくなければ勉学で挽回しろ」

「はい、以後気をつけます」

「とりあえず、今日は帰れ。明日、ちゃんと書いて持ってくるんだぞ」

「はい、失礼します」


 なんてやりとりをしたが、僕に否はない。

 反省文はちゃんと書くが、どう考えてもおかしいじゃないか。


「なんでこんな目に・・・」


 意味もなく独り言を呟きながら戻ってきた教室には、誰の姿もなかった。

 もちろん、麻衣ちゃんの姿も。

 先に帰ったのだろう。

 そりゃそうだ。

 初日早々、クラスの笑い者になってしまった僕と一緒に帰るわけがない。

 それどころか、今後は今朝みたいに走って追いかけてきてくれることもなくなるだろう。

 嫌われた。

 僕の青春は今日終わった。


「はあ、萎えるわ」


 自分の席に腰を下ろす。


「何が萎えたのでしょうか?棹ですか?それは困ります」

「うわっ、ど、どこから出てくるんだよ!」


 誰もいないと思っていた教室には、桜田雫が残っていた。

 というか、僕の椅子の下から出てきた。


「探し物をしておりまして、偶然たまたまたまたまたま、ヨイチさんの椅子の下で探していたところ、ヨイチさんが戻ってこられたということです」


 たまが多い・・・。


「何探してたのさ」

「いえ、大した物では。あはん・・・いやん・・・では、ヨイチさん、せっかくですので一緒に帰りましょうか」


 椅子の下から出てくる時に、あはんとかいやんとか言わないよね。

 そこは、どっこいしょとかよっこらせとかですよね、普通。


「帰るかよ!お前のせいで今日どれだけの思いをしたか」

「良い突き刺し・・・いえ、ツッコミですね。わたくし、感心いたしました。しかし、あの程度の卑猥な言動を我慢できないヨイチさんがいけないのです。我慢汁を垂れ流している場合ではないのです。わたくしの目に狂いがなければ、ヨイチさんには大いなる素質が備わっているのですから」

「・・・なんのさ」

「変態の素質に決まっているではありませんか」

「・・・帰る!」

「ならばわたくしも一緒に」

「だから、ついて来るな!」


 先生に怒られた挙句、変態呼ばわりされるなんてさすがの僕も怒り心頭だ。


「ヨイチさん、わたくしのお話を聞いていただけないのであれば、今後も後ろから卑猥な言葉を恥ずかしげもなく浴びせ続けますよ」

「な・・・」


 違う、これはきっとハッタリだ。


「よいのですか?また、先生に怒られてしまっても」


 屈するな、洋一!


「いや、それは・・・」


 日本代表として負けられない戦いが、ここにはあるだろ!


「一生、クラスの笑い者ですよ」


 ・・・!


「・・・話・・・聞くだけだからな」


 僕はあっさり、桜田雫に屈してしまった。


「素直にそうおっしゃっていただければよろしいものを。これだけ追い詰めてさしあげないと心を開いてくださらないとは、どれだけせめられたいのですかあなたは。受け専門だったのですね」

「いい加減にしろよ!なんでそんな表現しかできないんだよ!」

「わたくしは、ただ嬉しいのです。このような反応を見せる殿方は、なかなかおりませんので」


 完全に遊ばれている。

 悔しいが、話を聞かないと今後もああなってしまうのならば、今は我慢するしかない。


「で、話って何?」

「わたくし、西洋倶楽部を作りたいのです」

「は?せーよーくらぶ?」

「はい」

「その・・・せーよーくらぶは、何をするの?」

「ああ、なんと素晴らしい響きでしょう」

「え?」

「ヨイチさん、もう一度おっしゃっていただけませんか?」

「だから、せーよーくらぶは、何をするのかって聞いてるの」

「素晴らしい。ゾクゾクします。さすがヨイチさんです」

「からかってるの?」

「いえ、わたくしは大真面目です。もしかしてヨイチさん、気づいていらっしゃらないのですか?」

「何が」

「はあ・・・わたくしは、ヨイチさんの勘と棹がまさかそこまで鈍いとは想像もしておりませんでした」

「棹は余計だろ!」


 ダメだ。

 こいつとはまるで会話が成立しない。


「いい加減にしないと帰るからな!」

「では、棹が鈍くてお口のユルいヨイチさんにも分かるように、もう少しゆっくり発音してさしあげましょう」

「何を」

「西洋倶楽部」

「だからなんなのさ!」

「リピートアフターミー、西洋倶楽部」

「せ、せーよーくらぶ」

「西洋と倶楽部の間を短くすると」

「せ、せーよくらぶ」

「さんはい!」

「性欲ラブ」


 ・・・はっ!


「お分かりいただけましたでしょうか。わたくしは西洋倶楽部という、一見すると現世の西洋の歴史や文化を研究する部活動のようですが、実は性欲ラブという読み方が正しくて、ただひたすらに卑猥なことを研究し、卑猥なことを言い合う部を作りたいのです」


 だめだこいつ!

 頭がおかしすぎる!


「何も知らない女性が、西洋倶楽部、と唱えたとき、本当の意味を知っているヨイチさんはさぞ興奮することになるでしょう。純粋無垢な女性から言われる性欲ラブほど興奮するものはありませんから」

「僕は絶対に入らないからな、そんな倶楽部!」

「入部していただけないのであれば、今後も後ろの席から性欲テロを起こし続けるまでです」


 あれは性欲テロだったのか!


「ぐぬぬ・・・」

「しかし、入部していただけるのであれば、性欲テロをやめ、部の副部長というポストまで用意してさしあげます」

「ひ、卑怯だぞ!」


 入部しなければ性欲テロをやめてくれないのは当然卑怯だが、入部して性欲テロをやめてくれるようになっても副部長にはするというのも卑怯だぞ!


「何をおっしゃいますか。ヨイチさんの精春、いえ、青春にエロは欠かせないものでしょう。わたくしは、ただそれを提供したいだけなのです」


 さっきからわざと言い間違えてるだろ!

 ほんと徹底してるな!

 それに気づいてしまう僕も僕だが。


「とにかく、そんな倶楽部には絶対入らないからな!帰る!」


 なんなんだ、ほんとに。


「いいえ、ヨイチさんは必ずわたくしと共に倶楽部を運営することになるでしょう」

「なるもんか!」


 もう、早く帰ろう。

 今日はほんとにツイてなかった。

 明日からまた頑張ろう。

 そして、麻衣ちゃんにちゃんと謝って仲直りするんだ。

 ・・・なんて思っていたが、桜田雫の性欲テロは三日続き、その執念と卑猥さに僕は為す術なく屈した。

 西洋倶楽部、副部長、山田洋一。

 青春を謳歌せし、高校生には似ても似つかぬ肩書きだ。

 入学してからまだ一週間も経っていない。

 青春は始まったばかりだ。

 なんて、前向きになれれば苦労はしないというのに。

 僕の青春は、これからどうなるんだろうか。

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