第四話 僕は恋をしました。
「ここがヘブンズシティ最大の商業街のヒカリエだよー」
「ほえー」
そこは、非常に華やかな場所だった。
たくさんの店が立ち並び、まるでお祭りのように人が行き来している。
ヒカリエは、商業街の名に相応しい活気に満ち溢れていた。
「まずは服だねー」
「どこの洋服屋さんにするか決めてあるんですか?」
洋服屋だけでも相当の数がある。
はしごなんてすればそれだけで一日が終わってしまうだろう。
「あたしが使ってる良いセレクトショップがあるんだよー。まー、ついてきなさいー」
所狭しと並ぶ店の間を引っ張られるがままに進む僕。
まるで首輪を付けられた犬、あるいは、迷子にならないように手を掴まれた子供のようだ。
いや、待てよ。
肉食系の女子と草食系の男子のデートという見方もできるな。
そうなると、このままお店に入ったらカップルと勘違いされるんじゃ・・・。
きゃあー、照れるー!
「着いたよー」
「いらっしゃいませ!あっ、息子さんですね!」
バレてたー!
変な妄想してた自分が恥ずかしいわ!
「こんにちはー、息子のヨイチちゃんと一緒に来ちゃいましたー」
その店は看板がなく名前が分からなかったが、おしゃれなログハウス風の造りになっていた。
「こちら側に連れてきたら息子にするって、仕事に行く前におっしゃってましたもんね!」
「立派なお母さんしてますー」
「でしたらお母さん!そんな可愛い息子さんにぴったりの新作が登場してますよ!」
「じゃあー、見せてもらおっかなー」
アンさん、店員と仲良すぎじゃないか?
よっぽどの行きつけみたいだ。
「ヨイチちゃんー、こっちこっちー」
呼ばれた場所へと駆けつける。
ワンワン。
店内には様々な種類の服が取り揃えられていた。
「オレンジの水玉が爽やかさをイメージさせるシャツと、黒の細身のパンツのセットです!」
出たよ、オレンジ。
この人は確実にアンさんの好みを知っている。
僕の好みとか関係なく買っちゃうよ、絶対。
「これ可愛いねー!ヨイチちゃんにぴったりだー」
「気に入っていただけたみたいで光栄です!」
ほらやっぱり。
せめて試着ぐらいしませんか?
「すいませーん、レジお願いします」
他のお客さんが店員を呼んでいた。
「あっ、はーい!麻衣!レジお願い!」
「はーい!」
このお店はけっこう人気みたいだ。
レジのお客さん以外にも店内には何人か買い物をしている人がいる。
まい、っていう店員さんを雇えるぐらいには繁盛しているのだろう。
ってか、ほんとに試着しなくていいんですか?
「アンさん、これ試着とか」
アンさんに話しかけようと振り向いた時、その子はたまたま視界に入った。
背丈の少し小さな女の子。
それは一目惚れだった。
奥から出てきてレジに立った女の子に僕は・・・恋をしてしまったのだ。
「ヨイチちゃんなんか言ったー?ヨイチちゃんー?」
「あそこのレジにいる女の子って・・・」
「あの子はー、店長の娘さんだよー」
「店長っていうのは・・・」
「わたしのことですよ!」
・・・お義母様!
「お名前は・・・」
「真嶋麻衣ちゃんだよー。真実の真にー、難しい嶋にー、麻に衣で真嶋麻衣ちゃんねー」
「ヨイチくんは知らないかもですけど、わたしは魔女見習いですから、アンジェリーさんみたいに現世からあの子を連れてきたんじゃなくて、教会から引き取ってきたんです。もちろん、血は繋がってません。これまでお店の手伝いばかりさせてきたけど、あの子、わたしと一緒に服を作りたいって言ってくれまして。だから、今はウィッチアカデミアへの入学試験の勉強とお店の手伝いとを両立して頑張ってるんですよ」
「そうなんですか」
「そうだったんだねー。ウィッチアカデミアに入りたいっていうのはー、あたしも知らなかったよー。じゃあ店長もー、頑張って稼がなきゃだねー」
「そうなんですよ!アンジェリーさん、今後も贔屓にしてくださいね!」
「じゃあ今日はー、ヨイチちゃんの分だけじゃなくてー、あたしの分も買って帰ろうかなー」
「ありがとうございます!」
あの子は麻衣ちゃん。
僕と年齢は同じくらいかな。
ウィッチアカデミアへ行くために勉強している。
「ヨイチちゃんー、帰るよー」
ウィッチアカデミア・・・。
魔女見習い・・・。
僕も・・・麻衣ちゃんと同じ学校に行きたい!
「ヨイチちゃんー!」
「あっ、はい!」
「何ぼーっとしてるのー」
「い、いえ、なんでも」
「帰るよー」
アンさんはいつの間にか買い物を終えていた。
「ありがとうございました!」
店を出る時、麻衣ちゃんと店長は大きな声でそう言った。
笑顔がとても素敵だった。
改めて言おう。
僕は今日、恋をした!
そのせいで帰り道のことは、正直よく覚えていない。
服を買ったあと、どこに行って何をしたのか記憶がないのだ。
理由はただ一つ。
麻衣ちゃんのことで頭がいっぱいだったからだ。
荷物がやたら重かった気もしたが、全く苦にならなかった。
気がつくと、そこはアンさんの家の前だった。
僕は完全に浮かれている。
「ヨイチちゃんー、ほんとに大丈夫ー?会話になってないよー」
会話?
僕はアンさんと何を話して帰ってきたんだ?
「え、な、なんのことでしたっけ?」
「一番おっきなおっぱいってどんなだろうって話じゃんー」
なんて話してんだー!
公共の場でそんな話をしながら帰ってきてただなんて!
「やっぱりおっぱいはー、ある程度は必要だけどー、それ以上はいらないよねー」
「そ、そうですね、あはは」
あははじゃないだろ!
「まー、とりあえずご飯にしよっかー」
「ですね・・・」
これはミスだ。
別に、公共の場でおっぱいの話をしていたことが恥ずかしくてミスだなどと言っているわけではない。
そういう話は、卑猥な方向に広げてこその思春期。
なのに!
浮かれていて話が耳に入っておらず、せっかくの機会を逃すなんて。
恋は罪だ。
ありとあらゆることが犠牲になってしまう。
ガチャッ
「ただいまー」
「ただいまです」
「ごっはんー、ごっはんー」
「僕、上で待ってますね」
「じゃあー、荷物も一緒に持ってってねー」
「はーい、よいしょっと」
・・・荷物おもっ!
こんな重たいのを持って帰ってきてたのか!
恋ってすごい。
ほんとになんでもできるようになっちゃうんだな。
「うーん、だあー!」
必死の思いで荷物を持って上がり、部屋に倒れ込む僕。
「何買ったんだっけ?」
袋から出してみると、それは二十着ほどの洋服だった。
それに、パンツも買ってある。
あのお店、男性用のパンツまで売ってるんだ・・・。
「アンさん、僕に服こんなに買ってくれたんだ」
これなら、当面は毎日違う服のローテーションが可能だろう。
「サイズ大丈夫かな?」
幸い、アンさんは男性の服を選ぶセンスも良かったみたいで、変な服や、これどう考えても着れないだろー、みたいな斬新なデザインの服はなかった。
しかし、どうしてもサイズ感が気になったので着てみることにした。
「購入後の試着か」
そもそも、この世界ではクーリングオフできるのか?
「お、ぴったりじゃん!」
そんな僕の心配は杞憂に終わった。
「さすがはアンさん、サイズもぴったりだなんて」
アンさんの意外な一面を垣間見た気がした。
値札らしきものには、洋服によって五十から二百五十の値がついていた。
それが高いのか安いのかは分からなかったが、僕はアンさんに感謝した。
「ヨイチちゃんー、ご飯できたよー」
「はーい」
この自然な会話、なんだか懐かしい。
現世のお母さんを思い出した。
ありがとう、アンさん。
少しだけど、お母さんだと思えるようになってきたみたいだ。
「アンさん、服のサイズぴったりでした!たくさん買ってもらっちゃってすいません」
リビングの席につくと、僕はさっそくアンさんに感謝の意を述べた。
「いいのよー!男の子の服を選ぶなんて久しぶりでー、ついつい盛り上がっちゃってー」
「お金とか大丈夫ですか?」
「死神の給料をなめちゃだめだよー。それにー、サイズなんてのはこの世界には存在しないよー」
「どういうことですか?」
「この世界の洋服はー、魔女見習いしか作れないのー。魔女見習いが作ってるからー、サイズなんてのは洋服にかけられた魔法でー、誰が着てもぴったりになるようにできてるのー」
「じゃあ、魔女見習いっていうのは洋服屋さんなんですね!」
だから麻衣ちゃんも魔女見習いの学校を目指しているのか。
「洋服だけじゃないよー」
「え?」
「食べ物とかー、聖水とかー、超味料とかー、家具とかー、日用品とかー、生きていくのに欠かせないものを生成管理するのがー、魔女見習いの仕事だよー」
「魔女見習いの仕事って、幅広いんですね」
「そうだよー」
「麻衣ちゃん、お母さんと一緒にお店できるといいですね」
そうだ。
僕は、麻衣ちゃんの夢を応援したい。
あの店には今後も通おう。
そして将来は、僕も一緒に洋服を!
「そうだねー。卒業するときに適性試験があるからー、そこで洋服生成の才能を認められればいいけどねー」
「認められなかったらどうなるんですか?」
「そうなるとー、適性があった分野での生成管理を任されることになるよー。適性のない分野での生成管理は処罰の対象だからー」
「ちなみに、処罰っていうのは・・・」
「そんなのー、ヘルゲート送りかー、消滅執行に決まってるじゃんー」
決まってるんだ・・・。
「それって・・・どういうことなんですか?」
「えー、ヨイチちゃんー、食事中にそれ聞いちゃうのー?」
そんなにグロいことなんですか!
「あ、いやー・・・じゃあ、また今度で・・・」
「その方がいいと思うなー、あたしはー。ぐちゃぐちゃーとかー、ぐちょぐちょーとかー、あんまり言いたくないからー」
ヘブンズシティ、怖い。
ヘブンズシティ恐怖症になりそう。
「ヨイチちゃんはー、魔女見習いに興味があるのー?」
「あ、はい、少し・・・」
麻衣ちゃんと同じ学校に通いたいなんていう欲望まみれの理由じゃ怒られそうで、とてもじゃないがほんとの理由は言えない。
「魔女見習いには男の子でもなれるしー、なりたいっていうのはお母さん大歓迎だけどー、モホさんがねー」
ああ、そういえば。
あの人、先生やってるんだっけ。
「あたしの大事なヨイチちゃんがー、モホさんに犯されるとこを想像するとー、夜も眠れなくなるよー」
犯されるじゃなくて、教えられるね。
教師なんだから。
おじさんと禁断の関係なんて絶対にないから!
「そこ、心配するとこですか?」
「教師としては一流なんだけどねー。手を出されてー、いろんなとこ汚されないように気をつけなきゃだよー」
安心してください、アンさん。
そんなことになれば、間違いなく消滅執行ですから。
消滅執行がどんなことか分からないけど。
犯罪者には鉄槌を、的な感覚でしょ、多分。
未成年をおじさんが掘ったら、間違いなく犯罪です。
「でもそうなるとー、ヨイチちゃんもお勉強しなきゃだねー」
「入学するためにはどういう知識が必要なんですか?」
「その前にー、ウィッチアカデミアの入学条件があるんだけどー」
「え、入学条件?」
そんなのあるんですか!
聞いてないです!
「性別は不問だけど若いことが必須でー、だいたい二十歳までが限度だったかなー」
かなり曖昧ですね、アンさん。
「それとー、常識のある人間ってのも条件にあったかなー」
ざっくりしてますね、入学条件。
「あとー、必ず四月入学で編入とかはできないってことぐらいかなー」
「四月入学なんですね。あっ、ちなみに、この世界の時間とか季節の法則っていうのは・・・」
僕は、けっこう肝心な部分を今まで見過ごしていたことに気づく。
「現世と一緒だよー」
「ってことは今日は・・・」
「日本とはちょっとズレるかもだけどー、七月二日の土曜日でー、時間はー、その時計を見てねー」
十九時三十五分。
そうか。
時間間隔は、ほぼ一緒なのか。
ってことは、死んでからたったの一日しか経っていないということになる。
なのに、やたら濃い時間を過ごしている気がする。
「そうなんですね、ありがとうございます。今日が土曜日だってことも分かってませんでした」
「土曜日だから買い物に行けたんだよー。土日以外は仕事だからねー」
「それは、貴重な休みをすいません!」
「お母さんなんだからこれぐらいして当然だよー。これからも買い物とか行こうねー、ヨイチちゃんー」
「はい!」
「さー、ご飯にしようねー」
「はい、いただきます!」
「あたしもー」
だから、いただきますぐらい言えよ!




