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第二話 僕はアンさんと朝食を共にしました。

「おかあさん、ぼくにはどうしておとうさんがいないの?」

「それはね、洋一。お父さんは、あなたが小さい時に天国へ行ってしまったからなんよ」

「どうしておとうさんはてんごくへいっちゃったの?」

「洋一、見てごらん、お仏壇の中のお父さんを。洋一を抱いて笑ってるわね。本当に良い人やったんよ。ただ・・・タイミングが悪かっただけ」

「おかあさん、それってどうゆう・・・」


 はっ!

 気がつくと、僕は真っ暗な部屋の中にいた。

 どうやら夢を見ていたようだ。

 ふかふかのベッドが心地いい。

 そうか、あのまましばらく眠ってたんだな。

 いや、眠ってたというか・・・気絶してたというか・・・。

 僕は上体を起こしてカーテンを開け、窓の外を見た。

 外には深い闇が立ち込めていた。

 月明かりだけが唯一絶対の光を放ち、幻想的な風景を作り上げていた。


「ヨイチちゃんー・・・むにゃむにゃ・・・ごめんねー・・・ぐぐ」


 ベッドのそばで座りながら力尽きていたアンさんは、寝言で僕に謝った。


「そんなので許すわけ無いだろ」


 そうだ、あのクッキー事件の首謀者がこんな腑抜けた謝り方で許されるわけがない。

 僕は叩き起こそうかと思った。

 しかし、入ってくる月明かりに照らされたアンさんのおっぱいが実に見ごたえのあるものであったので、つい見とれてしまった。


「まったくけしからん」


 そう小声で言いながら、まじまじと眺めてしまった代わりに、僕はアンさんを許すことにした。


「ここはヘブンズシティ。アンさんはこっちの世界のお母さんで死神」


 おっぱいを存分に鑑賞した後、僕は今日分かったことを唱えてみた。

 ・・・不気味すぎる。

 ヘブンズシティだの死神だのまるで宗教だ。


「考えても全く分からないよねー」


 その通りだ。

 僕は、思考停止という妥協案を見出して考えることをやめ、再び横になった。


「明日は外に出てみよう」


 思考は既に停止していたが、知っておかなければならないことはたくさんある。

 もちろん、外に出てみれば全て分かるなんて思っているわけではなかったが、 僕はこの世界で一歩踏み出してみることにした。


「アンさんと並んで歩いてたらカップルと思われるかもしれない」


 外出するのにアンさんの道案内は必要不可欠だ。

 ということは、二人並んで歩かなければならない。

 その姿を想像して、まんざらでもない気分になっている自分に気づく。

 年齢は不詳だが、アンさんは僕にとって十分恋愛対象となり得るということだ。

 アンさんとのデートに少し胸を弾ませながら眠りにつく。

 まあ、約束はしてないけど。

 ってかそもそもお母さんっていう設定だけど。


「断られることはないっしょ!」


 なんて変な自信で武装して、長かった一日が終わる。


「ちゅんちゅんー、ちゅんちゅんちゅんー」

「ん・・・んん・・・」


 小鳥の鳴き声で僕は目が覚めた・・・つもりだったが、その声の主はアンさんだった。


「ちゅんちゅんー、小鳥バージョンアンジェリーですー!ヨイチちゃんー、朝ご飯ができたので起きてきてねー!」


 なんだ、この騒がしさは。

 昨日までなら、目覚ましが朝の始まりを告げ、お味噌汁のだしの香りが食卓へと誘い、お母さんの笑顔のおはようがあったというのに。

 ちゅんちゅんってなんだ。

 なんならちゅーぐらいしろよ!


「今行きます」


 僕は返事をすると、ベッドから這い出て起き上がった。


「アンさんは気絶した僕をベッドまで運んだわけか・・・」


 改めて考えると、とても女性とは思えないパワーだ。

 しかし、昨日の壁パンを思い出して妙に納得してしまった。

 アンさんは、華奢だが内に秘めたる怪力は計り知れないということを。


「ってか、結局お風呂入ってないなー」


 そう呟いて着替えていないことにも気がついた。


「でも特に匂いはしないし」


 くんくんしてみたが、なんの匂いもしない。

 もしかしたら、霊体には香りという概念は存在しないのかもしれない。

 また一つ聞きたいことが増えてしまった。


「替えの服もないんだよねー、ってかパンツを替えてないのはさすがにちょっと・・・」


 なんて言いながら部屋を出て階段を下りる。

 死んでもなおパンツのことを気にしなければいけないなんて想像もしていなかった。

 霊体でもそうでなくてもあまり変わらない。

 寝癖はつくし、ご飯は食べるのだ。

 寝癖を撫でて整え終わると同時に一階へ到着した僕は、ふと気がついた。

 今更だが、僕は一階ではなく二階で寝ていたのだ。

 そして、二階まで運んだのはアンさん・・・。

 うん、余計なことは考えないでおこう。

 そして、アンさんには決して逆らわないでおこう。


「おはようございます、アンさん」

「ヨイチちゃんー、おはよー!よく眠れたかなー?」


 はい、しっかりと気絶させていただきました。


「そうですね・・・寝心地は良かった気がします」

「それならよかったー!あそこがヨイチちゃんの部屋だからー、自由に使ってねー」

「ありがとうございます」

「まあとりあえずそのへんに座ってー!朝ご飯にしましょー!」


 そう言われて机に目をやった僕は、ひとまず安心した。

 机には、白ご飯が湯気を立てながら食べられるのを待っていた。


「アンさん、朝は白ご飯なんですね」

「あたしはパンだよー!ヨイチちゃんは日本人だからー、ご飯がいいかと思って買ってきたのー」


 見ると確かにアンさんの朝食はパンだった。


「気を遣っていただいてありがとうございます」


 ナイスですアンさん!


「そんなのー、お母さんなんだから当たり前だよー!じゃあー、いただきますー」

「いただきます」


 アンさんが初めてお母さんらしく見えたことに少し感激しながら箸を持つ。


「ぱくっ・・・美味しい!」


 それは確かに美味しかった。

 それというのは白ご飯のことであるが、こう・・・なんとも言えない甘味と香ばしさが合わさって絶妙なハーモニーを口の中で奏でていた。

 それにしても、霊体は特に匂いがないのに白ご飯はちゃんと香りがしている。

 クッキーを食べたときには気づかなかったのに。

 いや、気づく猶予を与えてもらえなかっただけか。

 そういえば、紅茶も良い香りがしてたっけ。


「アンさん、白ご飯から食欲をそそるすごく良い香りがするんですけど」

「気づいたんだねー!それは超味料なのよー」

「ちょーみりょー?」


 ちょーみりょーと言われて思い当たるものは調味料しかない。


「日本ではー、料理の味付けの基本の調味料はー、さしすせそー、って言うでしょー?」

「そうですね」


 アンさんはなんだか日本に詳しい。


「砂糖、塩、酢、醤油、ソース!」

「はあ・・・」


 前言撤回。

 全く詳しくなかった。


「ヘブンズシティではそれがー、かきくけこ、になるんだよー」

「かきくけこ?」

「そう!香り、気持ち、臭み、煙、好みー!ちなみにー、味を調えるで調味料じゃなくてー、味を超えるで超味料ねー」


 超味料の定義が全くもって謎だが、きっと突っ込んではいけないのだろう。

 突っ込んだら負け。

 超味料の中に香りなるものがあって、それが作用していることが分かっただけでも収穫だ。


「それじゃあ、この匂いのしない霊体にも香り付けできるってことですか?」

「その通りだよー、さすがヨイチちゃんー!お店にはー、料理用から霊体用までー、いろんな香りが揃ってるんだよー」


 なるほど。

 霊体そのものが匂わないから自由に香りをつけられるということか。


「ちなみにお風呂って入らないんですか?」

「まさか・・・まさかまさかー!ヨイチちゃんー、あたしと一緒にお風呂に入りたいんでちゅかー!」

「いえ、そういうわけでは・・・」


 なんでこの人はそういう発想ができるんだ。

 でも、アンさんの裸を見たいとは思いますよ、男なので。


「えー、そうじゃないのー?お母さん残念ー。まあでもー、お風呂は基本入らないかなー。生前にお風呂に癒しを求めてた人はー、その名残りから入るみたいだけどー、体は汚れないしー、匂いもしないしー、贅沢だしー、何よりめんどくさいからねー」

「そうなんですね」


 じゃあ覗けないということですね、残念です。

 まあでも、そういうことならしょうがない。

 お風呂という名の時間の浪費が防げるのならありがたい話だ。

 自称めんどくさくさ人間の僕は、どさくさに紛れてお風呂に入らないことも多々あるので。


「ヨイチちゃんー、お話ばっかりでご飯が進んでないじゃないのー!」

「あっ、すいません」

「早く食べちゃってー」


 そう言われて僕は箸を進める。

 サラダに魚に卵焼き。

 アンさんは、パンにハムを挟んで食べていた。

 ドレッシングや醤油などは全く欲しいと思わなかった。

 むしろ、レタスからドレッシングの味がする。

 ドレッシングの味付きレタスなんて不思議だ。

 やはり超味料が関係しているのだろうか。

 調理法が気になるところだ。

 まあなんにせよ、この世界で生きていくにあたって食事は必要だということ、そして超味料が美味しさの秘訣だということが分かった。

 僕は出されたものを胃に収め、感謝を込めて言う。


「ごちそうさまでした!」

「あたしもー」


 いやいや、ごちそうさまぐらい言えよ!


「ところでヨイチちゃんー、なんで敬語使ってるのかなー?」


 食べ終えた食器を片付けようとしている僕にアンさんは聞いた。


「あ・・・いや、なんか慣れないので」


 そりゃそうだ。

 いくらこっちの世界のお母さんだと言われたからって、まだ二日と経っていないのにタメ口で話せるわけがない。


「もう少しアンさんといる時間が長くなれば敬語も取れると思います」

「そうー?あっ、じゃあ今日はー、一緒にお買い物の日にしよっかー!親睦を深める日にしよー」

「そ、そうですね!そうしましょう!」


 これは幸運だ。

 僕は、アンさんの提案にすぐに乗っかった。

 こっちから言う手間が省けちゃいました、てへぺろっ!


「早速着替えてくるから待っててー」


 そう言うと、アンさんはリビングを出て左の部屋へと入っていく。


「あ、アンさん、僕着替えないんですけど・・・」

「そりゃそうだよー。お金も持ってないのにー、服があったらびっくりだよー。死んだ時に着ていた服しかこっちに持ってこれないんだからー」

「そうなんですね」


 そう言われて、確かにこの服は死んだ時に着ていた服だと気づく。

 血は・・・付いていなかった。


「服も買おうねー、あと食材の買い出しもするから持ってねー」

「あっ、はい・・・」


 なんだかいいように使われる気しかしないのだが、まあいい。

 なんにせよ外に出られるのだから。

 買い物に備えて体力を温存するために、僕は座って待つことにした。


「さっ、行こっかー」


 少しして戻ってきたアンさんは、モコモコしたパーカーにハーフパンツで、オレンジ色がなんとも可愛らしい寝巻きから、デニム地のオーバーオールに白の半袖というこれまた可愛らしい姿に変身していた。


「は、はい!」


 なんだか少し緊張した。

 年齢は不詳だが、アンさんはやはり綺麗だ。

 服に着られる僕とは違って完全に着こなしている。

 それに、バンドティーシャツにジーパンの僕の格好を考慮してのチョイスなのだろう。

 心遣いになんだか泣けてきた。


「ほらほらー、早く行くよー」


 アンさんは僕の腕を引っ張り、外へと連れ出した。

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