第二十一話 事件は解決しました。
プチュンッ
その瞬間、何かが潰れる音がした。
速すぎて何が起こったのか全く分からない。
しかし、扉の向こうに脱獄犯の姿はなく、麻衣ちゃんだけが地面にへたり込んでいた。
「麻衣ちゃん!」
「麻衣ー、きゃはっ」
「真嶋さん!」
「麻衣さん!」
僕たちは麻衣ちゃんの元へ駆けつける。
ピチャッ
扉を越えた時、僕たちは液体を踏んだ。
「え・・・」
それは真っ赤な液体だった。
血液のように真っ赤な。
「え・・・これって・・・きゃはっ」
「まさか・・・」
「いえ、ありえません」
そうだ。
ありえない。
僕たちはすでに死んだ人間。
肉体などない。
魂が、ヘブンズシティで生きていきやすいように今の形を形成しているだけなのだから、あれが流れるはずがないのだ。
でも、これは・・・。
どう考えても・・・。
「それは血ではないよ。恐怖を植え付けるためのフェイクさ」
従業員の一人が言った。
「フェイク・・・」
「そう。今のが消滅執行。生で見るのは初めてかい?」
「は、はい・・・」
消滅執行。
魂を完全に破壊する行い。
通常、精神が磨り減ったり、自ら魂の死を希望したり、寿命を迎えた魂は、天使結晶の原料として利用される代わりに精神自体は輪廻転生することができる。
そして、また現世に生まれ落ちることができるのだ。
もちろん、普通に考えて記憶などを引き継ぐことはないし、また人間に生まれ変われるかも分からない。
それでも、運良く人間に生まれ変わることができた人の中には、かすかにヘブンズシティでの記憶が残ったまま生まれるというイレギュラーが起こるらしい。
人間という生き物は、いつになっても未知だ。
そのような人間は、何かしらの障害を持って生まれてくる。
障害がないということは、記憶を持ち合わせていないということ。
それが、通常のサイクルだ。
しかし、消滅執行されてしまうと、そのサイクルに乗ることができなくなる。
消滅執行とは、魂の本当の死を意味する刑罰なのだ。
その瞬間を、僕は初めてこの目で見た。
「そして、その液体はただ赤いだけの聖水。でも、実際すごくリアルに見えるだろ?消滅執行の後は必ず赤い聖水が飛び散るようになっているんだ。そうすることで、消滅執行の恐怖を植え付けて悪いことをさせないようにするっていう代表者たちの策略だね」
「そう・・・だったんですね」
「黒き魂はこのヘルゲートからは出ることができない。もし一歩でも外に踏み出せば、消滅執行されてさよならさ」
だから彼らはみんな冷静だったのか。
消滅執行を行うために、何も手出しせず早く外に出るよう促していたというわけだ。
「麻衣、大丈夫、きゃはっ」
麻衣ちゃんは、赤い聖水を大量に被ったことで、恐怖のあまり硬直していた。
「麻衣ちゃん!これはただの聖水だから!血じゃないよ!」
「消滅執行が起こっただけだぞ!真嶋さん、気を確かに!」
一番近くで人が消される瞬間を見たのだ。
気が動転していても不思議ではない。
今はそっとしておくべきか。
「はい、これタオルね。彼女を早く拭いてあげて」
「了解いたしました」
雫は、従業員からタオルを渡され、そのタオルで麻衣ちゃんを包んだ。
「とにかく集合場所に戻りましょう。麻衣さん、立てますか?」
「う・・・うん」
少し落ち着いたのか、麻衣ちゃんは雫の呼びかけに答えた。
「麻衣ー、きゃはっ」
立ち上がった麻衣ちゃんにスミレちゃんが抱きついた。
「スミレちゃん、心配かけてごめんね。うち、何がなんだか分からなくて」
「ううん、無事でよかった、きゃはっ」
ほんと、無事でよかった。
精神的なダメージは残るかもしれないが、それは僕たちが少しずつ癒していこう。
癒せるように努力するんだ。
「麻衣ちゃんも無事だったし、とにかく戻ろう」
僕がそう言うと、みんなも頷いた。
この事件のことはレイ先生たちの耳にも届いているだろうから、早く無事を伝えに行かなければならない。
僕たちは、後処理をしている従業員を背に、集合場所へと戻ることにした。