第二十話 僕たちは信じることにしました。
「君たちは、何もしなくていいからな」
出入口を抜けようとしていた僕たちに、出入り口の見張りをしていた従業員が声をかけてきた。
「何もしなくていいと言われても、彼女は僕たちの友達なのでそんなわけにはいかないですよ!」
振り向きざまに返答し、先を急ぐ。
「ちょっと、ちょっと待って」
その従業員は、僕の腕を掴んできた。
僕は無理矢理ブレーキをかけられてしまった。
「なんなんですか!急いでるんですけど!」
その間にも、脱獄犯は麻衣ちゃんを盾に先へ進んでいた。
他のみんなは、僕が足止めされていることに気づいて引き返してきていた。
「あなたたちはなんでそんなに冷静なんですか!脱獄しようとしてるんですよ!それに、人質までとって!」
僕は掴まれた腕を振り払う。
「そうだそうだ!真嶋さんにもしものことがあったらどうするんだ!」
「麻衣を助けたいの、きゃはっ」
みんな思いは一つだ。
僕たちは今すぐにでも脱獄犯を追いかけて、麻衣ちゃんを助け出したいのだ。
「君たちの気持ちは分かる。でも、本当に大丈夫だから。君たちは見ているだけでいいんだ。あまり脱獄犯を刺激しないでくれ。変に刺激してしまう方が人質の命に関わる」
その言葉は妙に説得力があった。
「そう・・・なんですか」
「そうだ。理解してくれたかな?」
「はい・・・」
突然の出来事に僕たちは冷静さを欠いていた。
よく考えれば、ヘルゲートを管理している人たちはみんなヘルゲートのプロなのだ。
どのような事態も想定して訓練をしているはずである。
それに、何度も脱獄が起きているかのような口ぶりだった。
僕たちには非日常でも、彼らにとってはこれが日常なのだろう。
「麻衣ちゃんを・・・お願いします」
僕は、麻衣ちゃんの救出を従業員の人たちに任せることにした。
みんなもその言葉に頷いた。
「はい、任されました。っていっても僕たちは何もしないんだけどね」
「何もしないんですか?」
「まあ、見てて」
見ててと言われたならばそうするしかない。
僕たちは彼らと一緒に脱獄犯の元へと向かった。
脱獄犯は、すでに玄関を抜け、ヘルゲートと外の世界を隔てる最後の扉まで達していた。
「おれに手出しするなよ。少しでも不審な行動をしたらすぐにこの女を絞め殺すからな」
「分かった、分かったから。何もしないから早く外に出なさい」
僕たちが駆けつけた先では、脱獄犯と従業員が緊迫したやりとりを行っていた。
それにも関わらず、天使たちは仕事を続けている。
満面の笑顔でこの状況をスルーしている姿がとてもシュールで、今まで恐ろしいと思っていた生き物のことが急に可愛く見えるほどだった。
「離してよー!」
「黙ってろ、女!お前はおれのためにもう少し働いてもらうからな」
「みんな!助けて!」
麻衣ちゃんの叫び声が痛い。
怖がっていることが伝わってくる。
でも、僕たちは何も手出しができない。
見ているだけでいいと言われているのだから。
今は、ヘルゲートの従業員のことを信じるしかない。
「麻衣ちゃん!今助けてもらえるから、もう少しだけ待ってて!僕たちを信じて!」
僕が麻衣ちゃんにかけることができる言葉はこれくらいだ。
「うん・・・」
涙ながらに麻衣ちゃんは頷いた。
これで少しでも恐怖が和らげばいいのだが。
「ヨイチさん、そのようにかっこいい言葉を麻衣さんにかけても、決して童貞は卒業できませんよ」
冷静になったからなのか、雫はいつもの調子を取り戻していた。
「そんなつもり、微塵もないから」
「ミジンコちんこ」
「誰がミジンコちんこだ!」
聞き間違えも甚だしい。
どうやら、僕の言葉は雫の緊張を完全に和らげてしまったみたいだ。
「おいおい、泣かせてくれるじゃねえか。でも、残念!こいつはまだしばらくは返さねえからな!」
ミジンコちんこに感動したのかと一瞬思ったが、脱獄犯にはその会話は聞こえていなかったらしい。
もちろん麻衣ちゃんにも。
僕の麻衣ちゃんに対する熱い言葉に感動したらしい脱獄犯だが、慈悲の欠片は一つも持ち合わせてはいなかった。
まるで自分のことしか考えていない。
現世でどんな行いをしてきたのかは分からないが、黒き魂と判断された理由はよく分かった。
「ははっ!おれは自由だ!こんな場所とはもうおさらばだ!」
脱獄犯はそう言い残して扉を越え、外に足を踏み出した。