第十九話 脱獄犯に出会いました。
「彼らは二十四時間休むことなく働かされ続けるんだ」
見学中の僕らに歩み寄ってきた従業員は言った。
「彼らは現世で罪を犯している。それを悔い改めさせるための労働としてこれ以上のものはないだろう。しかし、本音を言えば、ヘブンズシティを常に豊かに保っておくためには休まずに天使結晶を生成してもらうしかないんだ。彼らの犠牲の上に僕らの生活は成り立っているのさ」
「彼らの犠牲の上に・・・」
「それに、彼らのような罪人は掃いて捨てるほどヘルゲートにやってくる。精神が磨り減るまで働いてもらって数日で力尽きたとしても問題はないんだ」
「そう・・・ですか」
従業員はこの状況を淡々と説明したが、僕らにはあまりにも衝撃が大きすぎた。
誰も口を開こうとはしない。
僕はレイ先生が言っていた言葉を思い出していた。
「各々の適性に反したものを生成した場合にどのような場所へ送られてしまうのかを知るには絶好の機会だ。恐怖を感じさせることが、罪を犯させないための最良の手段だからな」、という言葉を。
全くその通りになってしまった。
こんな場所に放り込まれたくはないとみんな強く思っていることだろう。
「あっ、それから、彼らは君たちが今日ここに見学しに来ることを知っている。毎年この時期と決まっているからね。だから、彼らは毎年君たちに訴えかけるんだ。そんなことをしても何も変わらない、現世での自分自身の行いを恨めって思うんだけどね」
「訴えかける?」
「まあ、あんまり気にしないことだよ。それじゃ、僕は他のグループにも話をしておかなくちゃいけないから。残りの時間、見学を楽しんでね」
楽しんでね、なんてよく言えたものだ。
この場所のどこに楽しむ要素があるっていうんだ。
それにしても訴えかけるというのはどういうことだろうか。
「みんな・・・下で働いてる人たちがなんか言ってるようにうちには見えるんやけど・・・」
「え?」
「どれだ・・・」
僕たちも下を見てみる。
すると、何人もの人たちがこちらを見て必死に何かを伝えようとしていた。
「た・・・す・・・け・・・て」
「し・・・に・・・た・・・い」
助けて・・・死にたい・・・。
それは彼らの悲痛な叫びだった。
声は決して届かない。
しかし、口の動きだけでその叫びは僕たちにひしひしと伝わってきた。
従業員が言っていたのはこのことだったのだ。
彼らは、この状況を変えたいがために、意味がないと分かっていながらも僕たちに訴えているのだ。
「僕たちには何もできないのにね・・・」
「わたくしたちは、彼らを教訓に魔女見習いとしての役目を忠実に果たすことしかできないのです」
「スミレ、こんなところに入りたくない、きゃはっ」
彼らの労働環境、そして悲痛な叫びを間近で見た僕たちは、ヘルゲートに対する恐怖を十分に植えつけられていた。
工場を奥まで見学し、どこにも逃げ場のない地獄であることを実感した僕たちは、時間も迫っていたので集合場所に戻るために来た道を引き返すことにした。
「なんか・・・すごかったね」
「おれでもさすがに気分が悪くなったぞ」
「スミレは、天使さんが近くまで来るのが怖かった、きゃはっ」
スミレちゃんの言っていることはよく分かる。
倒れた人たちを回収していた天使たち。
あの天使たちは、どこからこの見学ゾーンまで来ているのか分からないが、回収した人たちを持ちながら僕たちが入ってきた入口に向かっているのだ。
その不気味な笑顔の天使が横切るたび、スミレちゃんは麻衣ちゃんに引っ付き悲鳴をあげていた。
「なんで天使はここを通るのだろうな?」
サニーくんは聞いてきた。
「おそらく、本来の魂の姿に戻す場所が別のところにあるからじゃないかな」
僕はそう考えていた。
「わたくしもそう考えております。さきほどパート死神の方が持ってこられた魂も従業員の方が別の場所へと運んでいくところを見ましたので」
雫も同じ考えのようだ。
「なるほど。だったら、力尽きたフリをして天使に運んでもらえればあの場所から出られるよな?」
「え?」
サニーくんの考えは、僕の理解の外にあった。
「サニーさん・・・素晴らしいです。わたくしもヨイチさんもその考えは持ち合わせておりませんでした」
「そ、そうかそうか!桜田さんや洋一が考えなかったことを思いつけたのは嬉しいぞ」
「うん、サニーくん、すごいよ」
「いやいや、あんまり褒めないでくれ」
確かにそうだ。
あの労働環境から抜け出したいならそうすればいい。
そして、人質を取れればもっと確実だ。
ん?
人質?
「きゃー!」
後ろから麻衣ちゃんの悲鳴が聞こえた。
何事だろうか。
「はあ・・・はあ・・・お前たち・・・大人しくしろ!おれは、この最低な地獄を抜け出す。そのために今日この日まで耐えたんだ。邪魔するならこの女を絞め殺す。分かったら道を開けろ!」
サニーくんの言う通りになってるー!
そして、麻衣ちゃんが人質にされてるー!
「あーあ、またかよ」
「今年もこうなっちゃったな」
なのに、従業員の人たちは極めて冷静だ。
またってなんだ!
毎年こんな状況が起こるのか?
「麻衣を離せばかやろー、きゃはっ」
「てめえ、ふざけてんのか!どけどけ!殺すぞ!」
何もできない僕たちや何もしない従業員を尻目に、脱獄犯は暴言を吐きながら出入り口を抜けていった。
「ぼ、僕たちも追いかけよう!」
「そ、そうだ!ぼーっとしている場合ではないぞ!」
「麻衣ー、きゃはっ」
僕たちは、麻衣ちゃんを助けるために後を追った。