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第一話 僕に新しいお母さんができました。

「痛いの痛いの飛んでゆけー」


 甘く艶のある声と柔らかな感触で目が覚めた。


「ここは・・・」


 目の前には膨らんだ肌色の物体が二つ。

 意識が朦朧とする中でとりあえず触ってみた。

 とりあえず歌ってみた的な感覚で。

 二つ・・・肌色・・・ぷにぷに・・・。


「うわわぁ!」


 よく見ると、それは金髪ブロンドヘアーのお姉さんのおっぱいだった。

 いや、訂正しよう。

 金髪ブロンドヘアーの巨乳お姉さんのおっぱいである。


「すっ、すいませんでしゅた!」


 膝枕をされていた僕は、瞬時に飛び起き、言葉を噛みながらも謝った。

 触ってしまったこと、そして感触を確かめるように揉んでしまったことについて。

 日本人としてまずすべきことは、一に土下座、二に土下座、三四を飛ばして五に土下座。

 何にせよとりあえず土下座だ。

 ジャパニーズ究極の謝り方イズ土下座。


「いいのよぉー全然ー」


 意外にもお姉さんの反応はあっさりとしたものだった。

 てっきりビンタとか蹴りだとかが飛んでくるものと思って覚悟していたのだが。


「でっ、でもお触りは犯罪ですから!」


 そうだ。

 いくら反応が塩ラーメンのようにあっさりとしたものであっても、犯罪は犯罪だ。

 今のネット社会、たとえ未成年でもネット上で瞬時に特定され、顔を晒され、誹謗中傷罵詈雑言を浴びせられたのち炎上。

 ニュースや週刊誌には根も葉もないことを書かれ、ベッドの下にあるたった一冊のエロ本だけで変態と断定。

 シャバに戻っても変態のレッテルを貼られ、親からは見放され、頼るあてもなく。

 あぁ、生きていけない!

 それほど僕はとんでもないことをやってしまったのだ。


「でもでもー、それって現世の日本での法律でしょー?こっちではー、そうゆうのゆるゆるだからー」


 ・・・ん?

 このお姉さんの言っていることがよく分からない。

 現世?こっち?

 そもそもこのお姉さんは誰なんだ。


「あのー、お、お姉さんはどちら様でしょうか?」


 とりあえずお姉さんの素性から探ってみることにした。

 もちろん、お姉さんが誰であるのかが分かってもこの状況を変えることはできない。

 それは分かっているのだが、なんだか聞かずにはいられなかったのだ。

 ここで、有名なメガネっ子に負けじと推理するならば、最初に思いつくのはトラックの運転手だ。

 僕はトラックに轢かれ、トラックの運転手が駆けつけ、それがたまたま金髪ブロンドヘアーの綺麗な巨乳お姉さんで、おっぱいを触ってしまい、土下座している。

 うむ、辻褄の合うきれいな推理だ。

 我ながら感心。

 もう一つ考えられるとすれば、通りすがりのお姉さん。

 僕はトラックに轢かれ、トラックの運転手はそのまま逃げ、たまたま通りすがった金髪ブロンドヘアーの綺麗なそこそこ若そうな巨乳お姉さんに看病され、おっぱいを触ってしまい、土下座している。

 これまた辻褄の合うきれいな推理だ。

 僕ちゃん天才。

 そうなると、トラックの運転手はきっとハゲだろう。

 ハゲで競馬とパチンコを愛する中年太りのじじいならひき逃げを犯しても不思議ではない。

 死ね、ハゲ。

 地獄に落ちろ。

 そして、おっぱいを触ってしまった僕。

 死んでしまったほうがいいぞ。

 でも地獄には落ちたくないです。


「あたしはー、あなたのお母さんだよー」


 ・・・んん?

 名推理からしょーもない話に脱線し、自身に対する甘さを改めて実感していた僕の思考を現実に引き戻し、積み重ねた推理という名のジェンガを根本から破壊するようなとんでもない新事実が明らかとなった。

 思わず、「あれれー?おかしいなぁ」と言いたくなる。


「お、お母さんとは・・・ど、どういうことでしょうか?」


 ってかそもそもなぜ日本語で会話ができているのでしょうか?

 アーユー日本人と外国人のハーフー?


「こっちの世界でのー、あなたのお母さんになったー、アンジェリカですー」


 お母さん?アンジェリカ?

 あぁ、もう訳が分からない!

 もはやこのお姉さんがトラックの運転手なのか通りすがりなのかはどうでもいい。

 この頭の弱い金髪ブロンドヘアーの綺麗なそこそこ若そうな巨乳お姉さんをどうにかしてくれ!


「えっとー、ちなみにこっちの世界というのは・・・」

「あははー!冗談が上手なのねー!」


 冗談を言ったつもりはさらさらないが。


「あなたー、死んだっていうのはー、当然分かってるわよねー☆」


 きらん、じゃねぇよ。

 え、てか何。

 僕って死んだの!?


「あんな事故ー、当然即死だしー。見てて気持ちいいくらいのソ・ク・シー☆」


 あまりの突然の訃報に、即死がセクシーに聞こえてしまうほど僕は混乱していた。


「ってことは・・・ここは・・・」

「ようこそー、霊界ヘブンズシティへー!そして我が家へー!」


 その言葉を聞いて周りをよく見回してみると、僕は確かに部屋にいた。

 木造のこざっぱりとした部屋。

 窓からは日差しが差し込んでいた。

 ってかヘブンズシティって何だ。

 我が家って何なんだ。

 お笑い芸人か!

 ここが死後の世界とは到底思えない。

 だがしかし、とりあえず僕は死んだという事実は受け入れることにした。

 こんな突拍子もない出来事が、生きている時に起こるわけがない。

 受け入れざるを得ない状況ですよね、これは。

 それにしても、まさか死ぬことになるなんて。

 確かにおっぱいを触ってしまったことで二度ほど自暴自棄になってしまい、生きていけないとか死んでしまえとか言ったことは認めよう。

 それに、トラックに轢かれる前に、今日死んでも構わないぐらいのウキウキ気分になっていたことも認める。

 でもそれはあくまで口や心の中だけであって、これからも生きてやりたいことはたくさんあった。

 例えば、初体験とか初体験とか・・・初体験とか。

 なのに、実際死んでましたーなんて笑い者じゃないか!

 あぁ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

 いっそ穴の中で死んでしまいたい。

 って死んでるんですけどね。

 ・・・笑えねー!


「ところであなたー、お名前はなんていうのかなー?」


 部屋の中をぶらぶらと歩きながら妄想にふけっていた僕は、お姉さんの質問にはっと我にかえる。


「ぼっ、僕は・・・山田洋一。ちゅ・・・中三で十五歳」

「おー、ヨイチちゃんですねー!よろしくー!あたしはー、アンジェリカですー。あなたのお母さんになりましたー。長いからー、アンジェリーって呼んでねー!」


 ふむ、整理しよう。

 まず僕はヨイチちゃんではない。洋一である。

 少年マンガに出てきそうな呼び方だが、当然出演したことなんて一度もない。

 次に、アンジェリカがアンジェリーになったところで何一つ略されていない。

 長いままである。

 短くするならば、アとかアンとか上だけとって冠詞みたいな呼び方にするべきじゃないか?

 ア、アン、ア、アン・・・なんかエロいな。

 最後に、この人がお母さんというところが一番の謎だ。

 「お母さんになりましたー」と言われて、「わーい!ママー!」なんて展開には絶対にならない。

 僕のお母さんは山田陽子。

 日本人の中の日本人、大和撫子だ。

 朝は割烹着を着て、お味噌汁を作る。

 仕事は着付けの先生で、受講生が多く予約の取れない先生として有名だ。

 京都出身で、はんなりとした優しい言葉遣い。

 顔も美人の類である。

 おっぱいが小さいことだけが非常に残念ではあるが、僕の自慢のお母さんだ。

 それが急にこんなお姉さんに、「お母さんになりましたー」なんて言われて。

 おっぱいは大きいが・・・。

 その大きさは大変素晴らしいが・・・。

 決してお母さんではない。

 色々と考えた末、とりあえず僕は間をとってその人をおばさんと呼ぶことにした。


「ところでおばさん、ヘブンズ」


ヒュンッ


 言いかけた瞬間、顔のすぐそばを高速の何かが横切った。

 あまりの速さと風圧に旋風かかまいたちかと思ったが、それは壁ドンならぬ壁パンだった。

 その拳は、頬をかすめて壁にヒビをいれていた。

 摩擦で頬が熱い。


「今おばさんって言ったー?」


 あまりの圧力に、僕は思わず数十回ほど首を横に振った。


「言ったよねー?」

「いいえ、そのような言葉は一度も使っておりません」

「ほんとにー?」


 さらに首を横に振る。

 そりゃもう、首がちぎれて飛んでいくぐらいに。


「全く!断じて!一切使った覚えがありません!」

「じゃあー、何を言いかけたのかなー?」


 こ、怖すぎる!

 ゴホン、ゴホン・・・僕は敬意を込めてアンさんと呼ぶことにした。

 そしてこの時、僕は二度とアンさんをおばさんと呼ぶのはやめようと誓った。


「あっ、アンさん・・・あの、ヘブンズシティについて詳しく教えていただきたいのですが・・・」

「そんなかしこまらなくていいのよー!アンさんだなんてー、よっぽどあたしをアンジェリーって呼ぶのが恥ずかしいのねー!」


 恥ずかしいとかじゃなくて、かしこまるでしょそりゃ!


「いえ、そういうわけでは・・・」

「ほんとに可愛い子ねー!あっ、そうだー。あたしー、クッキー焼いてたのよー。ちょっと待っててー、取ってくるからー」

「あ、あのー・・・」


 クッキーそこの机に置いてありますけどー!

 るんるんに走っていくアンさんと机に置かれたクッキーの対比があまりにシュールだったので、僕は思わず言いそびれてしまった。


「はぁー」


 そんなことは置いておくとして、改めて考えると謎だらけだ。

 死んだことは・・・とりあえず受け入れはしたが、実感が沸かない。

 なぜなら、この体があまりに霊体らしくないからだ。

 霊体って透けてるんじゃないの?

 ふわって浮いたりするんじゃないの?

 現世にいた時とまるで変わらない。

 だからアンさんのおっぱいを触ることもできたのだろう。

 ・・・ん?

 ってことは・・・。

 まさか!

 現世に行って女子更衣室を覗いたりとか、女子風呂に潜入したりとか、死んだら霊体になって見えなくなるのをいいことに、あれやこれやできるって思ってたこと全部できないじゃないか!

 映画やAVは、所詮みんなの願いを一心に込めた作り話ってことか。

 僕は早速、気づいてはいけないことに気づいてしまったみたいだ。


「ヨイチちゃんー、クッキー無いんだけどー。あっ、机の上にあるじゃないのー!もー、ヨイチちゃんのイ・ジ・ワ・ルー☆」


 能天気なアンさんは、自身が能天気なことさえ露知らず、衝撃の事実を知って落ち込む僕の前に戻ってきた。


「ヘブンズシティについてー、詳しく知りたいんだよねー。お母さんがー、なんでも教えてあげるよー」


 アンさんは、クッキーを取りに行ったついでに持ってきたのであろうカップを机に置き、ついでに持ってきたのであろう紅茶を注ぐと、そこに座れと言わんばかりに対面にカップを置いた。


「アンさん、それカップじゃなくてグラスです」


 アンさんの気遣いは大変ありがたいのだが、アンさんが持ってきたそれは、熱伝導率に優れた銀のグラスだった。


「えっ、どういうことヨイチちゃんー?」


 理解していただけなかったので話を進める。

 この人の天然は本物らしい。


「じゃあ、まずアンさんがなんで僕のお母さんなのか教えてください」


 ヘブンズシティとはなんなのかを詳しく聞きたいと思っていたのだが、なんでも教えてあげると言われて、それ以前に聞いておかなければいけないことに気づき、早速ではあるがテーマを変えた。

 机に置かれた紅茶からは湯気が出ている。

 湯気と一緒に立ち上る香りは、僕をとても優雅な気持ちにさせた。


「早速話題が変わったねー、別にいいけどー」


 そういうところは気づくのですね。


「その質問の答えはねー、あたしとヨイチちゃんが運命の赤い紐で結ばれているからだよー!」


 優雅だった僕の気持ちは、一瞬に苛立ちへと変わった。

 答えになってねー!

 ってか紐じゃなくて糸だろ。

 僕がアンさんのヒモ男になったみたいじゃないか。

 まあでも今のところ間違ってはないが。


「それじゃ何がなんだか・・・」

「っていうのは嘘でー」


 紅茶の、いや、グラスの異常な熱さと相まってますます苛立ちが募る。


「じゃあなんなんですか!」


 ってか熱すぎるんだよ、このグラス!


「もー、そんなに怒らないでよヨイチちゃんー。運命ってのはー、あながち間違ってはないんだよー」

「ちゃんと説明してください!」


 そしてアイスティーにしてください!


「あたしの仕事はねー、死神なのー。パートでー、死神やってるんだー」


 ・・・は?


「でねー、これがまた稼ぎのいい仕事でねー。一日八時間働けばー、八百ヘイブンも貰えるのよー」


 ・・・ひ?


「死神の仕事ってのはねー、主に現世でー、もうすぐ寿命を迎える生き物の最期を看取ってー、死んで飛び出てきた霊体をー、このヘブンズシティまで無事に運んでくることなのー」


 ・・・ふ?


「生き物っていってもー、あたしの担当は人間でー。そりゃー、仕事を始めたばかりの頃はー、虫やら動物やらばっかりで大変だったけどー、人間を担当するようになってからはー、だいぶ楽になったんだよねー」


 ・・・へ?


「それでー、たまたまヨイチちゃんの担当にあたってー、すんごく可愛かったからー、お持ち帰りしちゃったってわけー!まあー、理由は他にもあるんだけどー、それはまた今度ねー」


 ・・・ほー!

 なんじゃそりゃ!

 さっぱり訳が分かりません!

 ってかパートで死神って何だ!


「え・・・えっと・・・とりあえずアンさんの仕事は死神ってことで合ってますよね?」

「そだよー!さすがヨイチちゃんだねー、理解が早いー!」


 書生、全く理解しておりませんが。


「他にもー、稼ぎが良い仕事としてー、天使代行の仕事とかー、魔女見習いの仕事とかがあるよー」

「じ、じゃあ、ヘイブンっていうのは通貨の単位ですよね?」

「その通りー!ヨイチちゃん天才だよー!ヘブンズシティ共通のお金でー、これがないと生きていけませんー!」


 もう死んでますけどー、などというツッコミはどうやらここでは通用しないらしい。


「アンさんは、そのヘイブンを稼ぐためにパートのおば・・・オーバーワークをしていて、たまたま僕の担当になったことがきっかけで息子として引き取ることにしたと」

「別にオーバーワークしてないけどねー。定時で上がるよー、今までもこれからもー!ヨイチちゃんを寂しくさせたりなんてしないよー、お母さんはー」


 禁止ワードを危うく詠唱しかけたので言い直しただけです。

 これ以上突っ込まないでください!


「そ・・・それにしてもなんでわざわざお母さんに?面倒臭くとかないですか?」

「その話はまた今度ねー!さあー、クッキーどんどん食べて食べてー!」


 そう言うと、アンさんは僕の口に次から次へとクッキーを放り込んだ。

 なんだかんだではぐらかされてしまった。

 まだ聞きたいことはたくさんある。

 たくさんあるのに・・・。


「ぐふっ・・・」


 クッキーを詰め込まれたせいで、いつの間にか息ができなくなってしまっていた。

 意識が朦朧としていく。

 かすかな意識の中で、僕はアンさんの楽しそうな笑顔の陰に悲しげな一筋の涙を見た。

 ってか、あんたのせいで意識を失いかけてるのに楽しそうっておかしいよね!

 鬼かよ!

 でもその涙は一体・・・。

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