第十四話 みんな酔い止めを飲んでいました。
バスに乗り込む一同。
僕らは早めに乗り込むことができたので、一番後ろの座席を確保することに成功した。
「五人で横並びに座れてよかったね!」
「なんかわくわくしちゃうー、きゃはっ」
麻衣ちゃんとスミレちゃんは楽しそうだ。
一方、雫はと言えば、窓際の席にもたれかかったまま一言も喋らない。
ちなみに席順は、僕から見て右からサニーくん、スミレちゃん、僕、麻衣ちゃん、雫である。
雫が真っ先に窓際を取ったので、僕は麻衣ちゃんの隣を無事確保することができた。
思い描いていた青春の一コマが今ここにあるのだ。
「桜田さんは元気がないようだけど、大丈夫か?」
「そやそや、雫ちゃん大丈夫?」
雫は相変わらず一言も喋らない。
僕もほんの少しだけだが心配になってきた。
「わたくし、乗り物には滅法弱い人間でして・・・。酔い止めの薬を飲んだ後、降りるまで何かに寄りかかっていないと気持ちが悪くて耐えられなくなるのです。みなさんはわたくしに構わずバスでの移動をお楽しみください」
バスに乗ってから初めて喋ったと思ったら、おおよそ雫らしくない発言。
そもそも、僕がいる時に下ネタのないまともな発言をするなんて、よっぽど乗り物に弱いらしい。
雫の弱音を初めて聞いた。
「そっかあ。それは大変だね」
「雫かわいそう・・・きゃはっ」
かわいそうって言った後にきゃはって・・・。
ただの悪女じゃないですか。
「桜田さん、何かあったら遠慮なく言ってや!」
「みなさん、ありがとうございます」
雫には悪いが、そういう事情なら大人しくしといてもらおう。
その方が僕にとってもありがたい。
「バス動くからなー。この先、ヘルゲートに着くまで座席移動とかしたら殺すからなー」
レイ先生の殺人予告を合図にバスは動き出した。
どれだけの時間がかかるのか知らないが、ゆっくり麻衣ちゃんとの会話を楽しめばいい。
そのために、僕は隣の席を確保したのだから。
「雫ちゃん、寝ちゃったね」
「そ、そうだね」
雫は、バスが動き出した途端、死んだかのように完全に動きを止めた。
これは・・・寝ていると判断していいのだろうか。
息をしているのかも分からない。
「言っても、うちら全員酔い止め飲んでるけどね」
「しかも眠たくなる成分がいっぱい入ってるお薬をねー、きゃはっ」
・・・え?
「真嶋さんに貰った酔い止め、すごく効いてるみたいや。さっきから眠とうて・・・はわわ・・・仕方ないわ」
「うちも・・・はわわ・・・雫ちゃん見てたら余計に・・・」
「ちょ、ちょっとみんな?」
「おやすみー洋一くん・・・きゃはっ」
今、きゃはっ、て言ったよね?
眠たい人が、きゃはっ、なんて言わないよね?
「ヨイチくん、君を・・・はわわ・・・着いたらみんなを起こす係に任命しま・・・すぴー」
「洋一・・・頼んだわわ・・・で・・・」
これは・・・。
まさかの・・・!
僕たち、わたしたち、乗り物酔いするから薬飲んじゃいました、てへぺろっ、のパターン!
それに、なんか勝手に起こす係を押し付けられてるし・・・。
ってか、僕、その薬貰ってないんですけど!
「ん・・・んん・・・」
いや、でも麻衣ちゃん・・・。
こっち向いて寄りかかってきてるし・・・。
今までで一番近い距離にいるんじゃ・・・。
それはそれで・・・悪くない・・・。
「一人だけ寝させてくれないなんてズルいよ」
なんて思ったが、総合的に判断して、僕はこの状況を受け入れることにした。
僕の予想とは全く違う状況になった西洋倶楽部のメンバーを乗せて、バスはヘルゲートに向けて順調に走っていった。