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第十三話 僕は早起きをしてしまいました。

 次の日、金曜日を迎えた僕は、ヘルゲート見学が気になりすぎていつもより早く目が覚めてしまった。

 アンさんはまだ起きていない。

 とりあえず僕は着替えを済まし、顔を洗って歯を磨いた。

 相変わらず寝癖が激しい。

 水をつけて整える姿は、いつもながら滑稽で思わず笑えてくる。

 一通り支度を終えたので、リビングに行き電気をつける。

 ちなみに、アンさんの家についている電気は、そこそこ腕のいい魔女見習いが生成したものなので、つけっぱなしでも五十年は使えるらしい。

 当然、値段はそれなりにするので、パート死神として活躍しているアンさんだからこそ買うことができたものの一つだ。

 お腹が空いてきたので、僕は冷蔵庫を覗き込んだ。

 アンさんは買い物好きなので、冷蔵庫にはいつも食べ物が豊富に揃っている。

 その中から、ご飯と鮭と卵焼きとヨーグルトを取り出し、ヨーグルト以外をレンジに放り込む。

 ほどなくして熱々の朝食が出来上がった。

 食べ物は全て魔女見習いが生成しているので、調理をしなくても完成品が出来ているところは、ヘブンズシティの良いところの一つだ。

 おかげで、アンさんがいなくてもこの通り。

 美味しそうな朝食の出来上がりだ。

 ただ、超味料を使用していないので、湯気や香りは再現できていない。

 まあ、食べる分には問題ないので面倒臭い作業は省くことにした。


「いただきます」


 僕はいつものように手を合わせ、アンさんを起こさないように小声で言った。

 一人での食事は久しぶりだ。

 こっちに来てからは毎日アンさんとご飯を食べていたし、学院に入学してからも昼ご飯を一人で食べることはない。

 もちろん、朝と夜は必ずアンさんと一緒だ。

 現世にいた頃は、朝こそお母さんと一緒に食べていたが、夜はだいたい一人だった。

 昔からそうだったので寂しいと感じたことは一度も無かったが、今思えば誰かと一緒に食事をすることがどれだけ幸せなことなのかを死んでから気づかされた気がする。

 お母さんはどうしているだろうか。

 元気にやっているだろうか。

 ってかそもそも僕のお葬式には何人の人が来てくれたのだろうか。

 そして、今でも僕のことを覚えてくれている人は一体何人いるだろうか。


「あれー、ヨイチちゃん早いねー」


 なんだか悲しくなってきて泣き出しそうになっていたところにアンさんが起きてきた。


「あ、アンさん、おはよう」

「ヨイチちゃんー、なんだか目が赤いよー」

「え、そ、そうかな」

「寝不足なのかなー?」

「いや、そういうわけでは」


 アンさんの声を聞いて、僕は安心した。

 僕は今ここにいるのだ。

 そして、アンさんは僕のことを気にかけてくれている。

 学院には友達もいるじゃないか。


「アンさん、ありがとう」

「えー、なんかヨイチちゃん変だよー。風邪でもひいたかなー?」

「そんなんじゃないよ。感謝の気持ちを述べただけ」

「ほんとにー?なんなら休んでもいいんだよー」

「今日は休めないよ。なんたってヘルゲートに行くんだから!」

「そっかー、今日はヘルゲートを見学しに行く日だっったねー!帰ってきたらー、色々聞かせてねー」

「もちろん!」


 今日も朝から賑やかだ。

 そして、寝巻きのアンさんは二割増しで可愛い。


「じゃあアンさん、行ってくるねー」

「いってらっしゃいー」


 なんだかんだで結局こんな時間になってしまった。

 早起きは三文の得だなんて言葉があったが、アンさんの言う通り寝不足気味なだけで、なんの得もしていない。

 これじゃ、遠足が楽しみでなかなか寝付けない幼稚園児と一緒だ。

 反省しつつ麻衣ちゃんの元へと向かう。


「おーい、ヨイチくーん!」


 前方から麻衣ちゃんの声が聞こえる。


「今日はまた一段と早いね」


 その場所ではすでに麻衣ちゃんが待っていた。

 気持ち早く来たつもりだったのだが。


「うち、早く目が覚めちゃって。みんなでグループ行動できるのが楽しみで仕方なかったみたい」

「僕も一緒!楽しみで早く目が覚めちゃった」

「ヨイチくんもかあ!親近感湧くわー!」


 正確にはグループ行動が楽しみなのではなくヘルゲート見学が楽しみなのだが・・・。

 まあ、細かいところは気にしないでおこう。

 麻衣ちゃんに親近感をもってもらえたことだし。


「ヘルゲートってどこにあるのかな?ヨイチくん知ってる?」

「うーん、知らないなあ。アンさんに聞いたことないからなあ」

「でも、バスで行くぐらいだから結構遠いってことだよね」

「まあそうなるかな」


 ヘルゲートへは、毎年貸切のバスで行っている。

 人数が多いので、言ってしまえば団体観光客だ。

 もちろん、ヘルゲートはそれで商売をしているわけではないので、毎年訪れるミーハーな生徒たちにはさぞうんざりしていることだろう。


「ま、行けば分かるさ」

「そだね!」


 麻衣ちゃんはほんとに楽しみにしていたのだろう。

 顔から笑顔が絶えない。

 そんな麻衣ちゃんの可愛い笑顔を一番近くで見ることができている僕はなんて幸せ者なんだ。

 この時間が一生続けばいいのに・・・。

 なんて思っていたら学院に着いてしまった。

 僕の願いは、いつものように儚く散った。


「みんな早いねー。もうこんなに集まってるよ」

「そうだねー」


 グラウンドには、すでに多くの一年生が集まっていた。

 楽しみにしていたのは僕たちだけじゃない。

 一年生の誰もが、入学してから最初の行事に胸を躍らせていたということだ。


「A組は・・・あっちだ!」

「え、麻衣ちゃん、なんでそんなにすぐ分かったの?」


 急に麻衣ちゃんが走り出す。

 これだけの人がいる中で瞬時に集合場所を見つけ出すなんてすごい。


「なんでって、レイ先生のチャイナドレスが見えたから」

「え?」


 チャイナドレス?

 まさか校外での行事にまでチャイナドレスを着てくるわけがないと思っていたのだが、よく見てみると、確かに黄金のチャイナドレスを着たレイ先生が見えた。

 金のチャイナドレスなんて見たことないですよ。

 なんでこんな日に一番目立つ色のチャイナドレスを着てくるのでしょうか。


「お、真嶋麻衣に山田洋一だな。ここがA組の場所だからおとなしく待機しとくんだぞ」

「はあ・・・はあ・・・先生・・・おはようございます。はあ・・・あの・・・先生はなんで今日この色を選んだんですか?」


 麻衣ちゃんは相変わらず走るのが早い。

 僕は息切れ寸前の状態だったが、どうしても気になったので聞いてみた。


「なんでって、そんなの目立つからに決まっているじゃないか。わたしの元へ速やかに集合させるためには目立つ色の方がいいだろ」

「そういうことだったんですね」


 実に合理的な判断。

 僕はてっきり先生も楽しみにしてたからだと思ってました。


「わたしは今日これだけ目立っているのだから、ヘルゲートで集合時間に間に合わなかった場合は容赦せんぞ。山田洋一、特に気をつけるようにな」


 自信過剰な人としかとれない発言ですね。

 なのに、かっこよく聞こえてしまうあたり、ズルいです。

 それに、名指しってひどくないですか。


「真嶋麻衣、山田洋一のことはよろしく頼んだぞ」


 先生は、隣にいた麻衣ちゃんに僕を託した。


「よろしく頼まれました!」


 そして、麻衣ちゃんはそれをしっかりと引き受けた。

 僕の立ち位置って一体・・・。


「ヨイチくん、雫ちゃんがいるよ!おーい!」


 今の会話で深い傷を負った僕のことを気にもせず、麻衣ちゃんは雫を見つけて声をかけた。

 もうちょっといたわってもらえないでしょうか。


「ヨイチさん、麻衣さん、おはようございます。ヨイチさんは・・・あそこが萎えているようですが」

「元気がないって言え!」


 いちいち下ネタに置き換えるな!


「おや、元気そうでよかったです」

「ヨイチくんは、先生に名指しで注意されて落ち込んでるだけだから大丈夫だよ!」


 そこまで理解していただいているのでしたら慰めの言葉ぐらいいただけないでしょうか。


「わたくし、ヨイチさんは常に言葉責めを求めておられる方だと思っておりましたので、そんなこともあるのだと驚いております」

「普通、注意されたら誰でも落ち込むだろ!」

「その普通がヨイチさんには当てはまらないと考えておりましたので」

「だったらなんだと思ってたんだよ」

「異常に決まっているではないですか。そんなことも理解しておられないなんて、棹をシゴきすぎて頭の細胞が死滅しておられるのではないですか?」

「そんなわけないだろ!」

「ヨイチくんの元気が戻ってよかったー!やっぱりヨイチくんは雫ちゃんと喋ってる時が一番生き生きしてるね」

「そんなんじゃないよ!」

「うちにはそう見えるけどなー」


 雫がありもしない話をどんどんふっかけてくるから否定してるだけなのに。

 それを生き生きしてると見られてたなんて。


「麻衣さん、ヨイチさんは下ネタでしか真の姿を曝け出すことができない方だということです」

「下ネタ?それはよう分からんけど、とりあえず雫ちゃんとの会話での姿がほんまの姿ってことやね!」

「そういうことです」

「そういうことじゃなーい!」


 はあ・・・はあ・・・。

 なんで僕は朝からこんなに疲れなきゃいけないんだ。


「みんなおはよー、きゃはっ」

「あっ、スミレちゃん、おはよ!」

「真嶋さん、桜田さん、おはよう!」

「サニーくんも一緒やったんやね!おはよ!」

「おはようございます」


 スミレちゃんとサニーくんが来たみたいだ。


「洋一、どうしたんだ。まだ時間もあるのに家から走ってきたみたいな疲れ方をしているが」

「洋一くん、はあはあ言ってるね、きゃはっ」

「ヨイチくんは真の姿を発揮しただけやで!」

「真の姿?」

「ねー、雫ちゃん!」

「麻衣さんの言う通りでございます。あの行為を一回するだけで、百メートル走を全力で行うのと同等のスタミナを消費しますので」

「それはすごい!洋一、お疲れ様!」

「洋一くんお疲れ様、きゃはっ」


 この会話の流れで最終的に労いの言葉をかけてもらえる意味が分からない。

 言葉の解釈は人それぞれとは、まさにこのことだ。


「A組諸君、全員時間内に揃ったのでバスに乗り込むぞ。わたしについて来い!」


 レイ先生の号令がかかったのでみんなが動き出す。

 集合の時点で僕はこれだけの体力を使ってしまっている。

 さらにこれからはバスの中。

 きっとさらに会話は弾むことだろう。

 みんな楽しみにしていたのだ。

 喋らないわけがない。

 それはそれで楽しみだが。

 ・・・今日一日体力がもつか心配になってきた。

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