第十話 アンさんは過去を語りました。
あたしは、エレーナ・アンジェリカ。
ヘブンズシティで、パート死神の仕事をしている。
家には大好きなヨイチちゃんがいて、今は幸せな生活を送っている。
あたしは、現世で殺人事件に巻き込まれた。
現世では日本人と結婚していて子供が一人いたが、その事件で子供が殺され、夫は重傷を負った。
原因は嫉妬。
隣に住むフリーターが、幸せな結婚生活を送っているあたしたちを見て、嫉妬心から殺人に至ったらしい。
あたしには、それらの出来事が全てドラマの中での出来事のように思えて仕方なかった。
だって、あまりにもお昼に放送しているドラマとシナリオがそっくりだったから。
でも、それは現実だった。
数日後、夫は息を引き取り、あたしは一人残されてしまった。
それから一週間、あたしは耐えた。
子供がいない日々を。
そして、夫がいない日々を。
だけど、もう限界だった。
あたしは自ら命を絶ち、そして現在ここにいる。
初めてこの世界に来た時、また三人で暮らせるんじゃないかと希望を持った。
でも、数日が経ち、周りの人からの話を繋ぎ合わせていくうちに、この世界の広さを痛感させられた。
同じタイミングで死なないと、この世界で再び会うことはほぼ不可能。
それだけ死後の世界は広く、それぞれにコミュニティが形成されているのだそうだ。
その点に気づかされたあたしは、しばらくの間塞ぎ込んでいた。
家もない、身寄りもいない、幸せなんてどこにもない。
そんな時だった。
デーモン大暮閣下さんがあたしの前に現れたのは。
彼はこう言った。
「えー、死神代行の、えー、仕事を、えー、する気はないか」
最初は、さっぱり意味が分からなかった。
でも、彼の丁寧な説明で少しずつ興味が湧いてきた。
この世界で充実した生活を送るためには仕事をする必要があること、その中でパート死神の仕事は稼ぎが良いこと、パート死神の仕事は死んだ生き物の魂をこの世界に連れてくることなので自分の死と向き合った自殺者しかなれないこと、パート死神の仕事をするためにはデススクールに通わなければいけないこと。
彼は、何かにつけて会話の中に、えー、という間を入れてくるので説明が少し鬱陶しかった部分もあったが、それを聞いてあたしにもこの世界で与えてもらうことのできる役割があることを知り、デススクールに通うことにした。
デススクールを卒業する頃には、適性や才能を買われて、連れてくる魂の種類が虫から大型動物に変わっていた。
それからすぐに大型動物から人間に変わったので、以後ずっと人間の魂の運び役を担当している。
稼ぎはほんとに良くて、仕事は楽しかったので、いつの間にかこの世界で生きていくには十分なお金が貯まっていた。
なので、ヒカリエを中心としたこの地域に家を買い、充実したヘブンズシティライフを送っていた。
それでも、現世での悲しみが全て無くなるわけではない。
時々、ひどい夢を見ることもあった。
そんな時に担当になったのが、ヨイチちゃんだった。
私が生きていた時の子供の名前は、陽一。
あの事件が無ければ今頃、ヨイチちゃんほどの年齢になっていた。
そう思うと、運命を感じずにはいられなかった。
あたしは、ヨイチちゃんが死んだ後、本来ならば教会に連れて行かなければならないところをデーモン大暮閣下さんにお願いして自分の息子として育てていく許可を得た。
そして、今時の男の子はちょっと天然な感じのお母さんが好きかと思って、今の喋り方や雰囲気で接している。
ほんとのあたしは、こう見えて結構真面目だから。
そんなこんなでヨイチちゃんの気持ちを聞かずに勝手に自分の息子にしたことは、わがまま以外の何物でもない。
でも、ヨイチちゃんは、あたしがあたしらしくこの世界で生きていくためにはなくてはならない存在。
パート死神の仕事の中で巡り会えたこと、ほんとに感謝してる。
あたしは、ヨイチちゃんがこの世界で幸せに暮らしていけるように、この世界での残りの人生を全うしたいと考えている。