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第九話 アンさんは勘違いをするようになりました。


「ヨイチくん、今日は一緒に帰ろっ!」


 今日の最後の授業を終えた後、麻衣ちゃんが話しかけてきた。

 麻衣ちゃんは、ほんとに優しい。

 今日の生成術での授業のことを心配して、気を遣ってくれているのだろう。

 ならば、その好意には存分に甘えるべきである。


「もちろん!帰る帰る!」


 麻衣ちゃんとの下校は初めてだ。

 本来なら、初日から一緒に帰るはずだったのだが。

 それもこれも全て雫が悪い。

 僕の計算を狂わせたのは、紛れもなく彼女だ。

 今日もまた邪魔されるのではないかと辺りを見渡したが、彼女の姿はどこにもない。

 知らない間に帰ったようだ。


「今日の生成術の授業は衝撃だったね」

「そうだね。びっくりしたよ」


 教室を出て、二人で他愛もない会話をしながら歩く風景。

 ああ、これが青春。

 求めていた青春がここにある。


「うち、ちゃんとできるようになるかな」

「ならないと退学だからね。そりゃ、必死に頑張ってもらわないと」

「ヨイチくんは優秀でいいな。うち、みんなのヨイチくんに対する言い方はひどいと思ったけど、嫉妬する気持ちは分かる気がするんだ」

「たまたまできただけだよ。それに、精神のコントロールができなきゃ卒業できないし。だから、一緒に練習しよ」

「付き合ってくれるの?」

「もちろん!」


 付き合ってくれるの?という発言がなんだか告白みたいに聞こえて、思わず気合いのこもった返事をしてしまった。


「うち、ヨイチくんよりもうまくなるからね、覚悟しなよ!」

「望むところだよ!」


 学校を出て、帰り道を楽しそうに歩く姿は、傍から見ればカップルに見えるだろうか。

 それならいいな。

 ってか付き合ってください、麻衣ちゃん。


「みんなってどこに住んでるんだろうね」

「ん?みんなって?」


 妄想告白をしていたところに全く方向の違う話が飛んできたので返事に困ってしまった。


「西洋倶楽部のみんなだよ」

「ああ・・・」


 西洋倶楽部のメンバーの話か。


「倶楽部の活動が始まったら、みんなで一緒に帰るってのもいいよね」

「そ、そうだね・・・」


 できれば僕は、麻衣ちゃんと二人っきりで帰りたいですのですが。


「うち、部活動なんて初めてだからなんかワクワクしちゃって」

「そっか、麻衣ちゃんは学校生活も初めてだもんね」

「現世でできなかったこと、こっちではいっぱいやりたいんだ」

「例えば?」

「そだねー、恋とか!」


 ドキッ!

 麻衣ちゃんは恋がしたいのか。

 いや、でも待てよ。

 恋がしたいということは、まだ恋をしていないということ。

 つまり、僕はまだ恋愛対象として見られてないのでは・・・。


「やっぱり女の子なんだから、恋ぐらいしてないとね!今はどういう感情が恋なのか分からないけど、いずれ分かる時が来るよね!」

「そ、そうだね!」


 そうか。

 麻衣ちゃんは、恋をすることがどういう感情になることを指すのかまだ知らないのか。

 これは・・・僕と麻衣ちゃんの幸せな結婚生活までの道のりは、長くて険しい茨の道になりそうだ。


「それにしても、なんかごめんね」

「ん?何が?」


 またしても方向性の違う話が飛んでくる。

 まるで、ボディーブローを打たれているかのようだ。

 麻衣ちゃんは、ボクサーのように次々と方向性の違う話をしてくる。

 TKOにならないようについていくのが精一杯だ。


「うち、プンプン丸だったでしょ?」

「ああ・・・」


 プンプン丸はだいぶ古いですよ、麻衣ちゃん。


「雫ちゃんがあんな面白い子だって知らなかったから」


 面白いってのは聞き間違いですかね?

 顔は白いけど。

 面白くはないよ。

 あれはただの変態です。


「雫ちゃんとヨイチくんが仲良くしてるの見て、ついムッとしちゃって。ヨイチくんを避けるみたいになっちゃっててほんまにごめん!」

「麻衣ちゃん、それって・・・」

「ん?」


 生成術の授業前にも思ったけど、それって僕に気があるから雫に嫉妬してるって解釈でいいですかね?

 いや、そういう解釈しかできないですよ、その流れ。

 だとすれば、これはまさかの・・・。


「いや、なんでもない!」

「えー、なんか言いかけたじゃん!」

「なんでもない!」

「教えてよー!」


 なんて、早とちりは禁物だ。

 僕はそのせいで何度も失敗してるじゃないか。

 時間はまだ十分にある。

 恋を知らない麻衣ちゃんの気持ちについては、ゆっくりと判断すればいい。

 今はこの、二人で下校している時間だけで幸せなのだから。


「じゃ、うち、こっちだから!」

「あっ、うん、気をつけて帰ってね!」

「また明日ねー、ヨイチくん」

「うん、また明日!」


 ヒカリエに続く道とアンさんの家に続く道は、途中で分かれている。

 なので、麻衣ちゃんとはここでバイバイをしなければいけないのだ。

 でも、麻衣ちゃんとはもっと長く一緒にいたい。

 そう思えば思うほど、僕の家はどうしてヒカリエの中じゃなかったんだと思わずにはいられない。

 ヒカリエの中だったなら、麻衣ちゃんとギリギリまで一緒にいられるのに。

 まあでも、僕はアンさんに住ませてもらってるわけだし、そもそも自分の家じゃない。

 それでも、わがままの一つや二つぐらいは言いたくなる年頃なのだ。

 なんて、考えている間に家に着いた。


「ただいまー」

「おかえりー、ヨイチちゃんー!」


 アンさんと共に暮らし始めて半年以上が過ぎた。

 この世界ではアンさんがお母さんだと思えるようにもなった。

 敬語も取れて、今は家族同然に暮らしている。

 なので、声の感じでアンさんの調子がだいたい分かる。

 今日はなんだかテンションが高い。

 何か良いことがあったのだろうか。


「ヨイチちゃんー、リビングまでダッシュで来てー」

「うん」


 言われるがままに早足でリビングまで急ぐ。

 走るほどの距離もないリビングまでの廊下を走らせるなんて、よっぽど何かがあるらしい。

 僕はリビングの扉を開けた。


「ハッピーバースデー、ヨイチちゃんー!」

「・・・え?」


 突然のお誕生日会に驚く僕。


「ハッピバスデイトゥーユー、ハッピバスデイトゥーユー、ハッピバス」

「ちょ、ちょっと待って、アンさん!」

「えー、せっかくいいところなのにー」

「僕の誕生日、七月なので・・・」


 しばらくの沈黙。

 そもそも、誕生日がいつかなんて話した記憶がないのですが。


「そ、そうなのねー。あたしの勘違いだったみたいー」


 そう切り出したアンさんは、悲しそうな表情を浮かべながら椅子に座った。


「で、でも、こっちの世界の誕生日はせっかくだし今日にするよ!四月も七月も期間とか発音とかそんなに変わらないし!」


 その表情があまりに悲しそうだったので、僕は思わずそう言ってしまった。


「ごめんなさいー、気を遣わせちゃったみたいでー」


 元気なく謝るアンさん。

 その落ち込んだ言葉とは対照的に、机の上には豪華な食事が並んでいた。

 ケーキにオムライスに七面鳥。

 クリスマス的な雰囲気も否めないが、どれもうまく形作られたもので、きれいに色付けされている。

 超味料での香り付けも完璧で、いかにもお金がかかっている。

 これだけの豪華な食事にはなかなかありつけない。

 きっと一流の食品生成魔女見習いがいる店で買ってきたのだろう。


「だから、今日が誕生日だから、一緒に食べよ、ねっ!」

「ありがとうー、ヨイチちゃんー」

「こっちこそ!アンさん、ありがとう!」

「どういたしましてー」


 少しだけ元気を出してくれたアンさんと一緒に、綺麗に盛り付けられた品々に手をつける。

 なんだかいつも以上に愛情がこもっていて美味しかった。

 いつもより多めに気持ちをふりかけたのかもしれない。

 それにしても、アンさんと一緒に暮らす時間が長くなってきて、本物の親子のような関係を築けてきた最近は、こんな感じでアンさんは何かと勘違いをする。

 今回の誕生日の件は特に大きな勘違いだが、いつもはヨイチちゃんと呼ぶのに急に洋一くんと呼んでみたり、僕が知らないことをまるで二人の思い出かのように話したりしてくる。

 付き合えそうな時はその話に付き合うが、どうしても無理な時に「その話は知らないよ」と言うと、すごく悲しそうな顔で「ごめんなさいー」と言う。

 こんなやりとりが何度かあった。

 もちろん、普段のアンさんはすこぶる元気で、しっかりと仕事にも行っている。

 死神の仕事をしていることや、僕を息子にしたそもそもの理由に関係があるのだろうかと考えるが、明確な答えは当然導けない。

 でも、すごくデリケートな部分であるような気がするので、僕からはアンさんに尋ねることができずにいる。


「ヨイチちゃんー、あたしの話少し聞いてくれるー?」


 食事も終わりかけの頃、アンさんは切り出した。

 アンさんが自ら話してくれる気になるのを待っていた僕は、まさかこのタイミングで話す気になってくれるなどとは思ってもいなかったので、不意を突かれて驚いてしまった。


「う、うん」


 その顔は、学校の話を聞いてくる時のアンさんの顔や、仕事の愚痴を喋ってくる時のアンさんの顔ではなかった。

 真剣というかなんというか・・・。

 僕は真面目にアンさんの話を聞くことにした。

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