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自殺の名所で、君と会った。

挿絵(By みてみん)



最初に言っておきたいことがある。

これは、単なる私のエゴだ。

だからこうして私の話を聞いてくれるのはありがたいのだけれど、

きみのことを退屈させてしまうかもしれない。

そうらないように努力はする。

だけど、出来る限り一生懸命話すから、最後まで聞いてくれると嬉しい。

おはなしの主人公はきみとよく似た女の子だ。



しゃらんしゃらん。


鈴の音が聞こえたら、それは合図だ。

電車がホームに来るときとおんなじで、もうすぐきみのところまで来てくれる。

きみはきっと、泣いている。だから音よりも目立つ光が見えないでいる。


しゃらんしゃらん。しゃらんしゃらん。


だんだん、音が大きくなる。

目をつむっていても、消えない光が生まれる。

顔をあげよう。最初はちょっぴり驚くかもしれないけれど、心配いらない。すぐにきみの名前を呼んでくれる。

その声は初めて聞く声はずなのに、どこか懐かしくて、あたたかい。そんな、不思議な声をしている。

「探し物を見つけに行こう」

彼はそう言って、きみに手を差し出す。

切符はもうきみの手の中だ。

彼の手を握った瞬間から、旅が始まる。


きみは手を取ってくれるだろうか?


正直、私はそのことが不安で仕方ない。

怖がりなきみのことだから、急にそんなことを言われたって、きっと来てはくれないだろう。

だから案内役は彼に頼んだ。

ほんとならもっとしっかりした大人の方がいいのだけれど、わかった風な大人がきみは一番嫌がるだろうから、彼にした。彼ならきっと、きみも気に入ってくれるはずだ。

変わった見た目をしているけど、特別何ができるわけでもない。確かに魔法は使えるけれど、火が出るわけでも、変身できたりするわけでもない。

ただ、旅をしている最中、彼がずっときみのそばにいてくれる。

それがどういうことか、きみならわかってくれるはずだ。


 1


 キラキラの中をとぼとぼ歩いた。

 きっともう、駄目なんだろうなぁ、と思う。

 しっかり結んだと思っていた糸はほつれていて、それが知らないうちに広がって、切れた。一度切れた糸はもう繋げない。最初から千切れるだなんて誰も思ってなかったから、結び方もわからない。だからもう、駄目なんだろうなぁ、と思う。

 足元に落としていた視線を上にあげる。あたりはお店の光や街灯、人を待つ車のランプで溢れていた。駅前の広場の真ん中にある大きなもみの木にも明りが灯る。近くにあった時計を見てみると、ちょうど七時を指していた。

 広場のもみの木は十一月下旬のこの時期からライトアップされる。赤や黄色や緑のイルミネーションが宝石のように瞬いて、リンリンという鐘の音が響くクリスマスソングがそこらじゅうに溢れていた。

 あたしはぎゅっと自分の手を握った。皮膚に爪が食い込んで痛いと感じるくらいに、つよく、強く。

 音楽プレーヤーの電源を入れる。めいっぱい音量を上げて歩く。

 制服のポケットに手を入れて、中に入っているおまもりを握りしめる。

意味はない。クセのようなものだ。モヤモヤした気持ちになるとこうすると落ちつく。おまもりがモヤモヤを吸い取ってくれるような気がする。ここにあたしはいちゃいけないんだと思った。いや、いたくなかったと言った方がしっくりくるのかもしれない。

歩みは自然と早くなる。あたしは人の中を縫うようにして前へ前へと進んでいく。

広場にいる人たちはみんな、誰かといたし、誰かを待っていた。みんな寒い寒いと言いながら、どこか嬉しそうだった。

キラキラはあたしのこころをぎゅっと締め付ける。この時期になるといつもそうだ。

あたしはクリスマスが苦手だ。決して嫌いだったり、憎いわけじゃない。それでも、出来ることなら来て欲しくないと思う。だから〝苦手〟なのだ。


 あたしは足早に、駅のコンコースを西から東へ渡る。

 この街の駅は急行電車が止まるくらい大きな駅だけど、人が集まるのはきまって海が近い西側だ。大きなショッピングモールも、バスのロータリーも、乗り換えの私鉄の駅も全部、駅の西側にある。それとは逆に、山側になる東側は嘘のように何にもない。キラキラはぽつぽつに変わり、街灯と街灯の間隔は倍くらいになった。

 西側の光や喧騒を遠くで聞きながら、あたしは歩いた。遠くなるにつれて、最初は身体全体で感じていたモノが、耳の奥で小さくなって、消えていった。途中、ぼんやりと寂しそうに光を放つ自販機を見つけてミルクティーを買った。暖かい缶のヤツ。

 駅の東側はなだらか坂道になっていて、そこには木で出来た古い住宅が多く建ち並んでいる。それは風情があるという意味じゃなくて、ほんとにただ古いだけのボロボロの家が集まっているところだ。坂のふもとの家にはまだ住んでいる人がいるのか、ぽつぽつと灯りが見える家があった。

この辺のことを、あたしが小学生の頃はみんな『ボロ屋街』と呼んでいた。地元では有名な心霊スポットで、怪談めいた話を星の数ほど聞いてきた。例えば「あそこに行くと呪われる」とか「おばあさんの幽霊が出る」とか「死んだ人の声が聞こえる」とか。

 そんな怖い噂が「あったらいいのに」と本気で思う日が来るとは当時のあたしは考えもしなかっただろう。


 坂を上れば上るほど、家の灯りは少なくなっていく。街灯も三本に一本くらいはチカチカと瞬いていた。

駅の東側の開発計画がなかったわけじゃない。実際、計画自体は何度もあった。でも工事をしようとする度、事故が相次ぎ怪我人が出る。去年も開発計画があったのだけど、その時はついに死者が出てしまった。それから東側の開発計画は凍結したままだ。

坂を上ると木がたくさん生い茂っている、深い森が見えてくる。森の入口には有刺鉄線が複雑に張り巡らされていて、意地悪な門番のように、これ以上先へいくのを阻んでいる。「立ち入り禁止」「この先危険」といった文句の書かれた古く錆び付いた看板が、これでもかというくらいに掛けてあった。ここからでは中に入れない。

 あたしはそのまま、森のふもとに沿って走る道路を進んだ。

 少し進んだところに〝止まれ〟の標識が見える。

 この標識の後ろには有刺鉄線が破れていて、子どもなら簡単に入れるようになっている。

 あたしはケータイのディスプレイの明りを頼りに、服をひっかけないようにして有刺鉄線をゆぐり、森を抜ける。森の中はとても暗かったけど、その先にははっきりと光が見えた。あたしはその光を目指して、ただひたすらに、足を進める。

 そこにあるのはアーチ型の門とボロボロの建物だ。

 門をくぐると、ちょっとした広場があって、真ん中には街灯が一本、ぽつんと立っていた。不思議なことにこの街灯だけは切れてなくて、白い光を煌々と放っていた。

 広場の向こう側に五階建ての建物が二棟、建っている。どちらも灯りは一切なく、ひとが住んでいる気配もない。この団地はいわゆる廃墟だ。宮村団地と言えばこの辺のひとはみんなわかってくれる。その筋では有名なオカルト雑誌で何度か『自殺の名所』として取り上げられた場所だ。ここ何日か、あたしは学校が終わると家に帰らず、ここに来るようになった。

 あたしは街灯の近くのベンチに座って、カバンから給食のパンを取り出す。それを小さくちぎって、足元に置いた。今日はいつもより時間が遅いからもういないかもしれないけれど……。

 すると「にゃあ」という鳴き声がして、一匹の三毛猫がやってきた。猫はパンを食べてあたしを見る。 そして、にゃあと鳴く。あたしが触ってやると気持ちよさそうに顔をほころばせる。

 あたしが飼っていた猫も三毛猫だった。それも、世にも珍しいオスの三毛猫だ。

 我が家はあたしがものごころついた時からサンタさんの制度はなくて、二十五日の夜にお父さんがプレゼントを買ってきてくれた。お父さんは忙しい人だったけど、なんでだか、クリスマスだけは絶対に家にいてくれた。

 買ってくれたプレゼントは大きなくまのぬいぐるみとか、絵本とか人形とかだったと思う。その中で一度、猫が欲しいと言ったことがある。猛反対するお母さんを押し切って、最後はお父さんも味方をしてくれて、連れて来てくれた。

 猫の名前はミケだ。三毛猫だからミケ。たったそれだけ。帰り路の途中で拾った世にも珍しいオスの三毛猫に、その名前を授けたらしい。

 お父さんは単純で、涙もろい、子どもみたいな大人だった。大人のくせにテレビを見るのが好きで、あたしの好きなアニメも歌番組もバラエティも一緒になって見てくれて、一緒になって笑ってた。大きな手で頭を撫でられるのが嬉しかった。今思えばちょっと子どもすぎる大人だったなぁと思うけれど、すごく優しくて、あたしは大好きだった。そんな人だから、あんな風になるなんて今でもちょっと信じられない。いや、そんな人だったからこそ耐えられなかったのかもしれない。

 二年前、お父さんは宮村団地の屋上から飛び降りた。

 自殺の原因は会社のリストラだった。

 お父さんの仕事は大手家電メーカーの営業だった。最初、お父さんは人を切る側の人間だったそうだ。下請けとの取引をいくつも切って、自分に信頼を寄せていた部下の人たちの首も切った。陰口を叩かれても嫌味を言われても、自分の家族と会社を守るため、仕方のないことだと必死に言い聞かせて、がんばった。そうしている間に、自分でも気付かないうちに、切る側から切られる側に回されていて、お父さんはお父さんよりもっと上の人に首を切られてしまった。

 思いつめていた。のかはどうか、よくわからない。

 警察の判断は「突発的な行動による自殺」だった。お父さんからは遺書が見つからなかったのだ。だから何日も前から入念に計画を練っていたというわけではないということらしい。

 死にたいと思うことは、たぶん特別なことじゃない。

 誰だって一度くらいはそう思ったことがあるはずだ。その中の何人が実際に死んでしまうのだろう?

 あたしはおまもりを握る。

 出来るなら今、死んでしまいたい。でも死ぬのはきっと痛いだろうし、そう言っておきながら死ぬのが怖いという気持ちも正直、ある。お父さんは怖くなかったのだろうか? そこがただ死にたいと思うだけの人と、本当に死んでしまった人との境界線なのだろうか?

 ミケはあたしが五歳の頃、病気で亡くなった。後で知ったことだけど、重い病で、ウチに来た時にはもう手遅れだったらしい。

 まだ幼かった頃のあたしは「死ぬ」っていうことがよくわかってなくて「ミケはいつになったら起きるの?」と何度もお父さんに聞いていた。するとお父さんは「ミケは神様に呼ばれて天国に行ったんだ。天国で神様のお手伝いをしながら幸せに暮らしているよ」と言っていた。

中学生になった今はもう「死ぬ」ということがどういうことか、それなりに理解したつもりだ。ミケもお父さんも、もうあたしのところには戻ってこない。

 あたしは三毛猫を持ち上げて、ぎゅっと抱きしめた。小さな声で「ミケ……」と呼ぶと、張りつめていたものがぷつっと切れて涙がこぼれた。

 涙は、猫の額に落ちた。


 しゃらん。


 耳の奥で音がした。

 思わず辺りを見渡したけど、それらしいものはない。


 しゃらんしゃらん。


 音はだんだん、大きくなる。

とっさにあたしは目をつむって体を小さくした。

 次の瞬間、暗闇に光が生まれた。目は確かにつむったはずなのに、そこにははっきり灯りがあった。

 目を開けると、すぐ近くに人間の男の子の顔があった。男の子はあたしの目を見て「見つけた!」と言い無邪気に笑った。あたしはその光景にあっけにとられて、何も言えずにただその男の子を見ていた。よく見てみると、男の子は普通の人間とちょっと違っていた。髪の毛は黒と茶色と白の三色に染めていて、頭には二つの三角の耳があって、背中には細長い尻尾が見えた。

「えっと、タマだよね?」

 あたしは何も言えないまま、ただこくんと首を縦に振っていた。名前をもじってタマ。親も友だちも、みんなあたしのことをそう呼ぶ。ちょっとまるっこい感じのその名前をあたしは気に入っていた。

「久しぶり。オレのこと覚えてる?」

 そう聞かれた瞬間は耳と尻尾がある人間なんて知ってるわけないと思っていたけれど、考えがまとまるまでにそう時間はかからなかった。

この子は男の子の三毛猫なのだ。

状況はわからないことだらけだったけど、まとまった考えを声にしてみた。

「……ミケ?」

「やった。覚えててくれたんだ! 嬉しいな」

 そう言って男の子はふんわりと笑う。

「……ほんとにミケなの?」

「ホントだよ。ホラ、これもタマが付けてくれたんだ。覚えてない?」

 そう言って男の子は首にあるリボンをひっぱって、あたしに見せた。首元についている鈴がチリンと鳴る。確かに、あたしがミケに付けていたものだった。

「ねぇ、オレに着いてきてよ。探しに行こう。タマの欲しいもの」

「へ?」

「オレにはわかるよ。ラムプがここに連れて来てくれたから」

 そう言って男の子は右手に持った大きなラムプをあたしの前に差し出した。そこにはたくさんの飾りや鈴がついていて、ラムプを動かすたびにたくさんの鈴がしゃんしゃんと鳴った。中には小さな光が星みたいにたくさん瞬いていた。しばらくすると真ん中に大きな赤い光が生まれて、そこからレーザーみたいな細い光がとび出した。細い光はあたしのちょうど心臓を指していた。あたしはびっくりして思わず「わ!」と声をあげてしまう。

「ね、ほら。次はタマがこのラムプを必要としてるんだ。……っていっても、それってタマが自分で気付いてないものだから、考えてもわかんないんだけど」

 そう言うと、男の子は頭を掻きながらへへっと笑う。

「だいじょうぶ。信じられないかもしれないけど、信じて欲しい」

 そう言って、男の子はあたしを真っすぐ見て、手を差し出す。

 あたしはおそるおそる手を伸ばす。

 あたしの指が男の子の指にそっと触れた。

 男の子がふっくら笑った顔を見た。次の瞬間、あたしは光に包まれた。

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