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03

 そのやりとりをすると二人の男の人は私とカンゾウさんに、それは気の毒にと言わんばかりの表情をする。その表情を見たら妙に泣きたくなっちゃうじゃない。

 何だかお腹も空いて来ちゃったし……うん。カンゾウさんもまだ変な表情だし、今私達に出来る事をしよう。


「カンゾウさん、ご飯食べましょう。私お腹空いちゃったから」

「で、ですが……」

「今のままでレーノを探して、何処かで倒れちゃったら意味ないんじゃ?」


 私も本当は今すぐにでもレーノを見付け出したい気分だよ? でも少しは落ち着かないと駄目なんだと思う。そうやってちょっと無理して満面の笑みを浮かべれば、カンゾウさんは納得してくれて。


「それならさっきの宿で食べましょう。単なる休憩目的でも使用は可能な筈でしたしね」


 レーノがいなくなったと思われる場所を後にして、私達は元いた場所へと戻って行った。ツキシロさんの情報収集と、レーノの居所を探る準備の為に。


「いらっしゃい。お二人で? 宿泊はするのかい?」

「はい。とりあえずは二人で。宿泊も用が今日中に済むかどうかも分からないので、未定です」

「そうかい。じゃあとりあえず、二室用意しておくよ。そこのお嬢ちゃんと同じ部屋って訳にもいかないだろう?」


 カンゾウさんと宿屋のおばさんのやり取りを聞きながら、宿の中をぐるりと見渡してみた。思えば宿屋は知っていても利用する事はなかったから、これが初めての事。不謹慎かもしれないけれど、ドキドキわくわくな気分だ。

 天井は高く、絶対にレーノの家にならありそうなシャンデリア。見た事もない植物もあったりとまるで異空間。ただ唯一私を落ち着かせてくれるのは木の匂いだけだった。家を思い出すから。


「トキイロさん、一応お休みになる部屋だけは確保出来ました。お食事は部屋に運んでくれるようですので、部屋へまずは行きましょうか」


 おばさんとの話を済ませたカンゾウさんの姿を見て、私は青ざめる。そういえばカンゾウさん、今の今までずっと荷物持ちっぱなしだったんだよね。

 レーノがいなくなった事もあった所為か、すっかり忘れてしまっていた。


「カカ、カ、カンゾウさん! 私ってば今の今までずっと……」

「…………? ああ、荷物の事ですか? ご安心を。これくらいは平気だと先程も申しあげましたでしょう?」


 そうなんだけど、そうなんだけど……あまりにも長時間持たせてしまっている気がして。本当に申し訳ない事をしちゃった気分になる。


「部屋までは私が持っていきますので……」

「いえ、大丈夫ですのでご心配なく」


 不老長寿とはいえ、七十を過ぎた方にずっと持たせるなんて。私なんて事をしたんだろう。三人分も抱えているんだからきっと肩とか凝っていると思うのに。結局カンゾウさんは私の部屋まで持って行ってくれた。

 私の部屋は一番奥。その隣がカンゾウさんと……もしかしたらレーノも一緒になるかもしれない部屋。


「それでは隣の部屋に居りますので……」


 カンゾウさんはそう言ってその場から去って行った。本当に荷物持ちお疲れ様です。

通された部屋は私の家の部屋よりも明らかに広い宿の一室。あるのはベッドと、机や椅子とかの家具くらい。

 ベッドに寝転がれば、さっきまで干していたからなのか太陽の匂いがした。ふかふかでマシュマロみたいに柔らかい。このまま眠ってしまいそうな勢いだ。


(駄目だ、今からツキシロさんとレーノの情報を集めないと……ご飯だって……)


 そうやって自分の中で言い聞かせるも、そんな意志よりもベッドの心地良さからくる眠気が勝ってしまって。私はそのまま眠りに落ちてしまっていた。大丈夫、すぐに起きられる……筈だから。


『お前一体何しに来たんだよ』


 そんな声が何処からともなく聞こえてきた気がした。


 私が目を覚ましたのはドアの音がしたから。どういう訳か寝ていてもドアの開く気配がすると、目をバチっと開けてしまう。

 変に感覚が良いのか何なのかは分からないけれど、今回はそれに助けられた気がする。


「起きたのかい? はい、パンとスープ。軽めの方が良いかと思ってね」

「美味しそうな匂い……今何時ですか……?」

「あれからまだ一時間くらいしか経っていないよ」

「そうですか、有難うございます」


 食欲をそそるような香りに私は早く食べたくてうずうずした。おばさんがいなくなったのを見計らって私はすぐさまがっついてしまった。

 だって早く食べてレーノを探さないと。レーノだってお腹空いている筈だしね。誘拐されたからきっと酷い仕打ちを受けているに違いないと思う。

 待っていてね、レーノ。すぐに見つけてこのパンとスープをご馳走するから!


「ご馳走様!」


 食器は持ってきてくれるかな、とかちょっと図々しく思いながらも私は部屋を飛び出した。向かう先は勿論カンゾウさんの元。ずっと待たせちゃったから、まずは謝らないと。

 勢い良くカンゾウさんがいる部屋の扉を開けて、私は謝る。だけどカンゾウさんは何時ものニコニコ顔。その笑顔は怒っているという意味ではない事は確かだったから、安心した。

 だって怒っている時の笑顔だったら心の底から“怖い”って感じるから。


「トキイロさんが元気になられたなら問題はないですよ。なので、トキイロさんがお休みになられている間、すぐにでも探しに行けるように情報の方を収集して参りました」


 ……あれ? 嬉しいんだけど何か引っかかる。そうだ。カンゾウさんって私が眠った事知らない筈だよね? 何でだろう?


「カンゾウさん、私が眠っていた事をどうして……?」


 恐る恐る聞いてみた。


「さっき情報を集め終えて此処に戻ってきた時、ご主人が言っていました。“貴方が連れていた女の子、眠っていたのにドアの音で目が覚めるなんて驚いた”と」


 ああ、おばさんか……あれ? でもカンゾウさん、ご飯食べていないよね? もし私が眠った後からずっと情報を集めていたならば、尚更。不安になっちゃうな。


「どうかしました?」

「カンゾウさん、お腹空いていないんですか?」

「はい。大丈夫です。ちゃんと食事は済ませましたので」


 それが嘘なのか本当なのかは分からないけれど、私はその言葉に安心した。


「それでは早速行きましょうか」


 カンゾウさんの言葉に大きく返事をして、さあ出発だと思ったその瞬間。カンゾウさんは続けて信じられない言葉を言ってきた。


「レーノ様を連れ去った方々の元へ」


 …………はい? 今カンゾウさんは何と言ったのかな? カンゾウさんの方を振り向き、固まる私に更に一言。


「言いましたでしょう? 情報収集をしていましたと」


 うん、言っていたんだけど……。まさか既に犯人の居場所まで掴んでいるとは思わなかった。掴んだという情報は本当に些細な物だけなのかと思ったのに。

 カンゾウさんってば何時の間にそんな大きな情報を掴んでいたの? 恐るべし、と言うのかな? こういうのって。よく分からないけれどね。

 でも、でも……犯人の元へ行くと言う事は、相手は武器とか持っているかもしれないよね? そうじゃなくても危険な魔法の持ち主だったらどうしよう?


「カンゾウさん、危険なんじゃないですか……? 相手は武器を持っているかも……それに魔法だって……」


 不安な私を慰めるかのように、カンゾウさんは私の頭を撫でてから、


「ワタクシが付いています。怖がる事はないですよ」


 と。少しだけ気分が落ち着いた気がした。でもそんなカンゾウさんを私が心の何処かで、怒ったり羨んだりしていたのかもしれない。

 私が出来なかった事をカンゾウさんは軽々やってのけた。ご飯と食べてからと言ったのに、動いてしまったカンゾウさんの勝手な行動があったとはいえ、私はやっぱり何も出来なかった。怒りよりも喜びよりも先に、悔しい感情が込み上げる。

 レーノの居所を見つけるのも出来ない私がレーノを助けても良いのかな? また“お前は役立たず”だって誰かに言われたりしないかな?

 カンゾウさんが黙ったままの私を心配する声が聞こえた。


「見付けたのは良いけれど、私だって少しは役に立ちたかった……」


 カンゾウさんはきっと私の事を考えて、それで情報を掴もうとしたんだと思う。不安を感じて、気が滅入る事が少なくなるように。だからこの人は悪くない。

 なのに、カンゾウさんに“申し訳ございませんでした”と言わせるなんて。私はカンゾウさんに感謝しているのに。口からは悪い言葉しか出てこない。


「しかしながら、お言葉ですが。まだ役立たずであったと決めるのは間違われているかと。肝心なのはこの情報によってトキイロさん自身がどう動くか、次第でございます」


 言葉はとても優しかったけれど、カンゾウさんは私を初めて叱ってくれた。私がどう動くかで、全てが決まる。確かにそうだ。動かなければ、情報だって無駄になる。


「うん……そうだね。カンゾウさん、行きましょう! レーノに叱られちゃいます!」

「ええ、参りましょう」


 待っていてね、レーノ。すぐに助けに行くから。

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