01
「ねえ、カンゾウさん」
出発してから三時間くらい。歩くのもちょっと疲れて来た頃。私は思い切ってカンゾウさんにとある事を聞いてみた。
あまり興味はないけれど少しは状況を知らないと、レーノにも怒られてしまうような気がしたからだ。
「レーノの探している執事さんってどんな人?」
少なくともこれだけは知っておかなければならない。知らない人を探すのは私だって気味が悪いから。
「ああ、レーノ様が探していらっしゃるのはワタクシの孫です」
少し前を歩くレーノの後ろ姿を見てから、私は驚いた。もうすっかり慣れてしまったカンゾウさんの笑みを見届けてから、私はどういう事なのかを聞いてみる。
「アイツも、ワタクシの倅もレーノ様の一族の使用人です」
うん。カンゾウさんのお孫さんが執事さんって時点で何となく分かったかも。カンゾウさんは私に構わず続きを喋っているから、それに耳を傾けてみた。
「ツキシロ……ワタクシの孫は今から十年前、レーノ様が八歳の頃からお世話を始めまして。レーノ様はツキシロに懐いておりました。ワタクシも業務の合間合間に、それを微笑ましく見ておりましたっけ。懐かしい思い出です」
目を細めて昔を懐かしむようなカンゾウさん。余程幸せな光景だったんだろうな。お孫さんの名前、つまり探し人の名前もツキシロさんって分かった事だし。
少しはレーノに叱られずに済むかな? でもそれはそうと何でツキシロさんはレーノの前からいなくなったんだろう。カンゾウさんも知ってはいそうだけど、レーノの前じゃ教えてくれなさそうだしなあ。
「俺は絶対に信じない……絶対に……」
前を歩くレーノがそんな事をボソボソと言っているように聞こえた。何を信じないのかなんて、私はあまり興味がなかった。でもこの言葉の意味を嫌でも知る事になるけれど、まだ先の話。
「でも何で雪国にいるって分かったの?」
「何となくそこにいる気がしただけ」
……はい? 今とんでもない爆弾発言が聞こえたような気がしたんだけど。カンゾウさんを見ても、孫だけど何処にいるかまではさっぱりな様子。
「まあ、辿り着いた先々で聞けば良いだけのことだろ?」
それはそうなんだけど……そこにいる気がするって言うだけで、雪国が目的地って。何でだろう。ツキシロさんって寒い所が好きな人だとか?
「トキイロさん、安心して下さい。レーノ様の勘は誰よりも当たりますから」
それは私を慰めているのか、それともただからかっているだけなのか。唯一言える事はその言葉には妙な説得力があったという事。
何となくレーノは勘とかが鋭そうなイメージだったからかもしれない。
それにしても……疲れちゃった。一体どれだけ歩けば良いって言うの!? レーノはただ歩くだけだし、カンゾウさんはまだまだ余裕そうだし。
早く何処でも良いから休憩出来る場所があれば良いのに。
「レーノ様、お疲れのご様子ですが……少々お休みを取られてはいかがでしょう?」
やっぱりレーノも疲れていたんだ? だったら我慢しなくても良いのにな。たまには休みだって必要なんだから。
「まだ俺は歩く事が出来る! 心配は無用…………」
そう言うレーノの顔はちょっと疲れている。多分、私も似たような表情をしていると思う。カンゾウさんは溜息を一つ吐いてレーノと……あろうことか私を抱えて、爽やかな笑みを浮かべてから私達にこう告げた。
「次の町まで一キロ程あります。ですがこのままだと二人とも共倒れは間違いないでしょう。僭越ながら、ワタクシがお運びいたしましょう」
右手に荷物とレーノ。左手に荷物と私。恥ずかしいから降ろして欲しいけれど、文句も言っていられない。このまま倒れる可能性は少なからずあるから。レーノは何を言っても無駄だと分かっているのか、妙に大人しくしていた。
カンゾウさんの歩くスピードは、さっきのレーノよりも早かった。だからあっという間に隣の町に着いてしまったのだ。
すぐに降ろして貰ってから、此処が何処か確認する。辿り着いた町はアイネズという町。この町に関しては果物が沢山取れるという知識以外、全くない。
だってこの町には一度も来た事はなかったから。……こんな場所だったんだ。あちらこちらに果樹園みたいな物がたくさんある気がする。えーっと……何の果物だったっけ?
「トキイロさん、知っていましたか? 此処ではミカンが有名なんですよ?」
あ、そうそう。ミカンだミカン。……あれ? カンゾウさんってば、私の心読んだ?
「すぐに出発するからな」
そう言い残してレーノは何処かに行ってしまった。自由行動で良いのかな?
「レーノ様ってば、意地を張らなくても良い物を……」
くすくすと可笑しそうに笑うのはカンゾウさん。何でそんな事を言うのか私にはさっぱりだった。
「レーノ様は果物が大好きでして。特にミカンが好物なんですよ?」
へー、そうなんだ。知らなかった……って当たり前だよね。もしかしてレーノは心の中では大はしゃぎだったのかな? それを悟られたくなくて一人で単独行動を? 想像するとちょっと笑ってしまう。…………にしても。町ってこう言うものなのかな?
この町もとても穏やかで、皆幸せそうだから。私ってば外の世界を知らなさ過ぎる? あまり出ていないからなあ。レーノがミカンを食べに行っているだろう間に、私とカンゾウさんは休憩を兼ねて情報収集をする事にした。
不思議だと思う。カンゾウさんはツキシロさんの居所を知っていそうなのに。その居所を私達には教えようとはしない。教えたら旅の意味がなくなるから? なのかな。あまり聞きたくないからそう思う事にしよう。
「あの、すみません」
「何でしょう?」
ツキシロさんの事を聞こうとしても、特徴を殆ど知らないから伝えられない。代わりにカンゾウさんが特徴を町の人に教えていた。
少しでもツキシロさんの事を知ったつもりでいたのに、私は役立たずだ。魔法の面でもそうだし……あーあ、私足手まといなのかな?
「想像するだけでそんなに綺麗な人、見てはいないなあ……」
この人だけではなく、この後何人かに聞いても反応は一緒だった。 何度も同じ繰り返しでもう無理だと思っても、カンゾウさんはそんな私を励ましてくれる。
そうだよ、見つけないと恋人にもなれないんだもの。こんな所で無理だなんて言っていられないよね。
自分に言い聞かせながらもカンゾウさんと探し始めて、二時間近くが経っていた。その二時間で掴めた情報は二つ。
一つ目はツキシロさんに似たような人を見かけたけれど、単独行動ではなく誰かと一緒だった事。
二つ目は一番の賑わいでもある大通りの、地元では超有名な宿に宿泊していた事。
単独ではなかったかどうかはさておき、その宿に行けば何かしらの情報が掴める気がする。……それにしてもレーノは一体何処へ行ってしまったのだろう? ミカンを食べに行ったにしてはちょっと食べすぎな時間な気もするんだけどな。
でもよく考えてみれば、何処で合流するかも決めていなかったっけ。こう言う場合どうすれば良いんだろう? テレパシーみたいな魔法が使えれば良かったのに。本当にどうして私の魔法はこんなものなんだろう?
「カンゾウさん、宿に行く前にレーノと合流しないと。でも待ち合わせ場所決めていないから……」
「ご安心を。レーノ様の居場所なら予測がつきますので……」
やっぱり執事だけあってカンゾウさんは本当に頼りになると思う。その宿へ向かう前にまずはレーノとの合流を目指す事にした私達。カンゾウさんの後ろ姿を小走りで追い掛けて行く私。
だけど私はこの後起こる事を予想する事は出来なかった。……予想もしたくなかった。
何時まで経ってもレーノは見つからない。既に太陽は丁度てっぺんにいる時の事だ。私は初めてカンゾウさんの顔色が変わっていくのを見た気がする。
私の中に、恐らくはカンゾウさんの中にも嫌な予感がよぎり出す。その嫌な予感は住人である若い男の人によって的中してしまうこととなる。
「大変だ! 人が誘拐されたぞ!」
ざわつく人達の声の渦。私もただの誘拐事件だったら“物騒だなあ”って思うだけ。でも、ね。そのざわつく声とか、その男の人の声から情報を収集すると……外見の特徴とかが殆どレーノと一致してしまうの。
灰色の髪と瞳、容姿端麗、背丈や恐らく十八位だろうという少年……完璧にレーノ。あんなレーノが誘拐された、だなんて信じられない。それはカンゾウさんも同じだったようで、青い表情を更に色濃くした。
でもレーノに容姿は完璧にそっくりだといっても、それがレーノだって決まった訳ではない。まだ大丈夫。九十九%レーノだって分かっていても、残りの一%がまだ残っている。
何処かで聞いたことがあるよ? 百%断言出来るまでは諦めるなって。大丈夫。レーノはまだ何処かでミカンを食べているんだよ。そうだよ、きっと。
「大丈夫、レーノじゃないって信じないと……」
独り言のように呟いたつもりだったのに、それはカンゾウさんまでに伝わっていたらしく、カンゾウさんの方を見てみれば少しだけ表情が穏やかになっている気がした。
レーノ、早く帰って来て。幾ら探してみても見つからないってことは、きっと私達の知らない場所まで出掛けてしまったって事なんでしょ?
目撃した人が通報してから、お巡りさんが何人か来てその現場へと向かっていく。私とカンゾウさんもこっそりとそれについて行ってみた。
その場所を見たカンゾウさんが目を見開いている事に、私は驚きを隠せない。
「この場所は……」
私はなんでカンゾウさんがそんな顔をするのかが分からない。そんな顔をされてしまったらもう百%確実にレーノが誘拐された、ってことでしょ?
「トキイロさん、これはワタクシの不覚でもありました。申し訳ございません」
……やっぱりレーノなんだね。誘拐されたのは。一%の望みも此処で消えてしまうなんて。
「此処は、レーノ様が幼い時に大怪我をなされた場所です」
大怪我をした? 此処は何もないただの原っぱだよ? 大怪我の要因なんてないじゃない。疑問だらけの私にカンゾウさんはそのまま言葉を続けた。