02
レーノは富豪の家の子だから、きっと私以外の人にも告白はされていると思う。私なんかじゃ比べるに値しないくらい綺麗なお嬢様とかにね。
彼は少し何かを考えてから、まるで意を決したかのように私にこう言った。見ず知らずの私の突然の告白の返事なんて、“無理”という即答だと思ったのに。
「良いよ。俺の執事を一週間以内に見つけてくれたらね」
……はい? それって喜んで良いの? いけない事なの? よく分からないけれどそれでお付き合いが出来るなら、やってやろうじゃないの。
「うん、分かった! 一週間以内だね?」
「ああ。出発は三日後。それから一週間以内だ」
出発? 何それまさか……。
「分からないのか? 三日後には此処から出て旅に出るぞ」
ええー!? 探すってそう言う意味の探すだったの? 私てっきりこの町の何処かに潜む、レーノの執事を探すのかと思った。かくれんぼの要領な感じで。まさか旅だなんて……
でも、もう返事もしちゃったし引き返すなんて絶対に無理。
「無理なのか? だったらさっきの話は断るけど」
「お、女に二言はないんだから!」
ふっと笑うとレーノは待ち合わせ場所を教えてくれる。出発は早朝。一体何処に行くんだろうか。それは教えてくれなかった。
「遅刻するなよ」
そう言って、レーノは去って行った。大丈夫。私は遅刻なんてしないから。
そしてそれが今に至ると言う訳で。外は明るくなって来ているのに、まだ日は登っていない朝。私はレーノを待ち合わせ場所である町の出入り口で待っていた。
思えばお父さんも、お母さんも、おばあちゃんも……よく反対しなかったよな。もしかして、私が玉の輿に乗るとでも? そんな訳ないのにね。唯一お兄ちゃんだけが反対したっけ。
“そんな都合の良い話がある訳がない”ってさ。
でもお兄ちゃんのそんな訴えは却下される事となる。私たち家族の中で一番の権限を持っていたのは、お父さんだったから。お兄ちゃんはついて行くと言っていたけれど、丁重に断っておいた。
そんな事をぼんやりと考えていたら、レーノらしき人影がこっちに向かっているのが分かった。ただ……明らかに影が二つあるように見えるのは気の所為?
だんだん近づくにつれてレーノと二十代後半から三十代くらいの男の人が、一緒に現れる。レーノがとても複雑な表情をしているのが分かる。
「えーと? お隣はどちら様?」
「悪い。上手く抜け出そうとしたけど、厄介な奴に知られてな……」
そう言って肩を落とすレーノとは正反対に、ニコニコと笑う隣にいた男の人は丁寧に挨拶をする。
「初めまして。ワタクシ、カンゾウと申します。以後お見知り置きを」
あまりにも丁寧過ぎるから、この人も執事さんなのかな……? でもなんで? カンゾウさんはどうしてこんな場所にいるんだろう? そんな私の疑問を解決してくれたのは、レーノだった。
実はレーノは一週間いなくなることを誰にも言っていなかった。それの理由までは教えてはくれなかったけれど、誰か一人にでも知られたら止められてしまうような理由だと思う。けど、カンゾウさんはそれを知ってしまう。そして…………。
「黙っていて欲しければ、ワタクシも同行します。だってさ」
カンゾウさんは丁度雇い主さん、つまりレーノのお父さんから、何時も一生懸命に働いているから少しはリフレッシュを、と言う事で二週間ほど休みを貰ったらしい。それが偶然にも今日からの休み。
旅行の準備をしていたカンゾウさんは、家を抜け出そうとするレーノを発見。カンゾウさんはレーノが何をしようとしているかすぐに分かり、止めに入ったけれどレーノは言う事を聞かない。ならば黙っている代わりに自分も同行させろと言ったそうだ。
「レーノ様に何かあってからでは、遅いですからねえ」
「何を抜かすか! このジジイが」
飄々と笑うカンゾウさんに、不機嫌そうなレーノの顔を交互に見てから思うのは。……ジジイ? カンゾウさん、そう言われるような年齢じゃないのに。
「何でジジイなの? カンゾウさん、こんなに若々しいのに」
「トキイロ、この男は生まれた時から魔法を使っているんだよ」
…………と、言いますと? まだ分からないんだけど。
「この男の魔法は不老長寿。不死ではなくて、長寿な。不老長寿の魔法だと軽く百五十年は生きられる……って言うのは知っているか。
つまりはな……こう見えても七十は超えているんだよ。体力も衰えていない」
不老長寿の魔法って本当に実在したんだ……百五十年も生きられるなんて、初めて知ったし、ずっと架空の存在だって思っていたよ。お母さんだってそう言う人は滅多にいないって……あれ? 滅多にって事は確実にいないって訳じゃないのか。
ははは、と爽やかに笑うカンゾウさん。二人だけよりは心強いかも。
「改めて……初めまして。トキイロです。カンゾウさんよろしくお願いします」
まだ挨拶を済ませていなかったから、軽くお辞儀をして見せた。
「トキイロさん、お荷物ならばワタクシがお持ちしますのでなんなりと」
「え、い……良いです! 自分で持てますから!」
そんなに荷物は持ってきたつもりはないけれど、レーノやカンゾウさんからすれば多い方なのかもしれない。
女の子ってこれくらいの荷物になりやすいと思うんだけど……リュックサック沢山だなんてねえ。
「持たせてやれ」
「えっ!? でも……」
「こいつの体力は半端ない。お前の荷物が加わった所で、そう大差はない」
淡々と話すレーノの横では、やっぱり爽やかに“ははっ”と笑うカンゾウさん。
「だったらお願いさせて貰おうかな……」
この人は私の執事ではないのに、私のお世話までしてくれる。こんな何処にでもいる一般庶民がこんな事してもらって良いの? なんて気分になるのは多分間違ってはいないと思う。
自分やレーノの荷物だけでも大変だと思うのに、カンゾウさんは余裕の表情。やっぱりレーノの言っていた事は本当だった。カンゾウさんの魔法って本当に凄い力を持っているんだなあ……。
「さ、行くぞ。騒ぎが起きない内に」
そういえばレーノ、これは黙ってやっている事なんだっけ。だったら早く行かないとね。でも…………。
「安心しろ。いざとなったらお前を犯罪者扱いするから」
「レーノ様、冗談はやめておきましょうか」
やっぱりレーノは私を誘拐犯に仕立て上げようとしたんだね。なんか複雑と言えば複雑なんだけどな。もしかして私ってそれの為に利用されていたりする? まさかね。
「犯罪者扱いは冗談としても、もし何かあったらちゃんと庇ってやるから。これは冗談なんかじゃなくて本気だからな」
何だかんだでレーノって優しい。流石、私を助けてくれた人だ。
「目的地は此処だ」
地図を開き見せてくれた場所を見ると、そこは雪国。しかも此処からかなり離れている場所。一週間で辿り着くのかな?
「片道、最低でも三日はかかりますね」
こう言う時、移動系の魔法を使える人が羨ましいと思う。私とカンゾウさんは違うって事が分かっていて。恐らくレーノも自分から名乗り出ないし、カンゾウさんも何も言わないから移動系の魔法は使わない。
お忍びのような物だから馬車とかは使う事も出来ないし……やっぱり歩く事しか出来ない、か。健康に良いもんね!
「じゃあ出発するぞ。長居すると見付かる可能性が高い」
スタスタと前へと進んで行くレーノ。その様子は何処か慌てた様子で。カンゾウさんも何も言わずにそれについて行き、私もついて行く。そんなワクワク感も感じさせてくれない、旅の始まりだった。